悪党三人組の華麗なる受難(中編)

「病気の嫁さんのために、危険の多い辺境での輸送の仕事を引き受けるたぁ、中々出来る事じゃねぇよ」


「うぉぉぉん、オ、オデも感動じだどぉ」


「いや、そんな大袈裟な…………」


 そこまで大きくない馬車の中に、男達の声がうるさく響く。

 デクが感動の余り体を震わせ、俺も目の前の男、パウロさんの肩をバシバシと叩く。


 結局あの後、俺達はで馬車のブツを届ける事にした。


 話してみると、パウロさんは根っからのお人好しで、とても麻薬組織の片棒を担ぐような男ではなかった。

 そもそも、道端に転がっているような怪しい男達に手を差し伸べるような善人だ。

 荷物に麻薬が紛れていると聞いて顔を真っ青にしていた程だ。


「おまけに、俺達を助けてくれた恩人に、俺ぁ何て事をしちまったんだ。……この通りだ、許してくれ」


 それに比べ、自分の命の為に他人を食い物にしようとした自分が恥ずかしい!

 危うく、故郷の母ちゃんに顔向けできなくなるところだった。


「あ、頭を上げて下さい!ザックさんも大変だったんですから仕方がありません」


 パウロさんはそう言って、頭を下げる俺の前であたふたとする。


「それに、ザックさん達がいなかったら、私は知らない間に犯罪の片棒を担がされていたのですから、感謝こそすれ、恨む筋合いなんかありませんよ」


「かぁぁぁぁっ!パウロさん、あんた本当に出来た人だ。…………よし、決めた!残り僅かなこの命、あんたの為に使わさせて貰うぜ」


 元々一ヶ月でどうにかできる金額じゃねぇんだ。

 どうせ残り短い命なら、悪事に身を沈めるより、パウロさんのような人の為に使いたい。


「そんな、何言ってるんですか!?簡単に自分の命を諦めるなんて、言わないで下さい!!だいたい、相手はファーゼスト辺境伯ですよ。きっと、何とかなりますよ!」


 辺境伯だからこそ駄目なんだ。

 俺ぁ学生時代に、数年だけだがあいつの所業を、間近で見聞きして知っている。

『黒麒麟』は敵対した者と悪人には容赦はしない。


「パウロさん、あんたはあの『黒麒麟』の事を良く知らないからそんな事が言えるんだ。あいつは、目的のためなら、どんなに汚い手段でも躊躇なく選択するような男なんだぜ」


「お言葉ですが、だからこそじゃありませんか?普通に考えれば、辺境伯を襲撃したザックさん達が、今ここで生きている事自体が不思議でしょうがありません。きっと、かの辺境伯に何か考えがあるのですよ」


「そ、そうか?」


「きっとそうですよ」


 不思議な事に、パウロさんにそう言われると、何となくそんな風に思えてくる。

 これもパウロさんの人徳だろうか。


「…………お取り込み中悪いッスけど、着いたみたいッスよ。とりあえず、どうしやすか?」


 ネズミの声を聞いて、外を見てみると、目の前には、辺境の地ファーゼストの入口の街『ファーゼスト・フロント』が広がっていた。


 それを見て、これからの事に対して、もう一度考えを巡らせる。


 何故、俺達がパウロさんと一緒に行動しているかというと、それが一番利益が多そうだからである。


 馬車から多くの麻薬が見つかり、俺がまず考えたのは、自分達で売り払う事だ。

 だが、金貨に変えるには時間がかかる事がネックになり、その案は却下した。

 そもそも、麻薬は人生を狂わせる悪魔の薬だ。

 何百、何千人もの人生と引き換えに金貨を手に入れるような、悪魔の取引に手を出す度胸は、俺にはなかった。


 ネズミが「気が小さいんスから……」とかほざいたので、取り合えず殴っておいた。

 お前は、俺の心を読むな。


 続いて、麻薬を焼却する事も考えたが、それでは実入りが全く無い。

 それどころか、麻薬組織に目を付けられる可能性があるため、ハイリスク・ノーリターンで却下。


 だが、せっかく手に入れた機会を不意にするつもりはねぇ。


 そこで第三案、このまま運び屋のフリをして麻薬組織のアジトを探し出し、その上前をはねる。


 麻薬を自分達で金に変えるから時間がかかるのだ。

 せっかく麻薬組織がせっせと金に変えているのだから、これを狙わない手はない。


 あん?麻薬組織に報復されるって?

 んなもん『黒麒麟』付け狙われる事に比べたら屁でもねぇ。

 どうせ『黒麒麟』の懐に入る金なんだし、せっかくだから全部『黒麒麟』の仕業に仕立て上げてやるぜ!


 こうすれば、俺達は金が手に入り、『黒麒麟』に嫌がらせもできるし、ついでにパウロさんも自分の仕事の報酬が貰えるため、皆が幸せになる事ができるのだ。


「よし、それじゃぁ計画通りに進めるぞ。とりあえず、宿を決めるか」


 そう言って、宿を適当に決めると、俺達はそのまま目的地にまで向かう。

 馬車に十分程度も揺られると到着し、馬車から下りるとそこには小規模な商会の建物が建っていた。


 俺とネズミはパウロさんと一緒に建物の中へと入って行き、デクは荷物番をしてもらうために待っていてもらう。


 建物の中に入ると、そこにはカウンターが一つあり、愛想の悪そうな男が書類仕事をしながら座っている。

 男は、こちらの姿を見ると作業の手を止め、そこへパウロが声をかけた。


「ど、どうも、お届け物の品です、こちらを確認下さい」


「おう、ご苦労だったな。ブツは外か?」


 パウロさんは、緊張のせいか多少どもってしまったが、特に男は怪しんだ様子はなく、パウロさんの手にある納品書を見ると、外へと出て行き、馬車の荷に問題が無いことを確認すると、ニンマリと笑う。


「荷はそっちの倉庫で下ろしてくれ」


「あ、はい!」


 俺達は、男の指示に従って隣の倉庫まで馬車を移動させ、小麦粉の袋を倉庫の中に運び始める。

 そして、パウロさんとデクが馬車と倉庫を往復するのを横目に、俺とネズミは男に近付いていく。


「よう旦那!なかなか儲かっているようだな?」


「ん?なんだテメェは?さっさと荷を運び込んじまえよ」


 俺が声を掛けると、男は不機嫌そうに眉をしかめる。


「おおっと、そんな顔をすんなって。俺達ぁただの護衛で、荷物の搬入は契約外なんだ。それよりも、旦那に聞いて欲しい事があってだな……」


「俺には用は無ぇから、そこで大人しく待ってな」


 男の無愛想な対応も気にせずに、俺は言葉を続ける。


「へ~、旦那そんな事言っちゃっていいんですかい?俺達ぁ口が軽いんで、何かの拍子に色々としゃべっちまうぜ?」


「あん?何を話すか知らねえが、したけりゃすればいいだろうが」


「本当に良いんですかい?運んだ小麦粉の中に、小麦粉が紛れ込んでた事なんだが……」


 俺がその事に触れた瞬間、男の雰囲気が一変する。


「……おい、長生きがしたけりゃ、余計な事に首を突っ込まない方が身のためだぜ?」


 男が険の含んだ言葉を発するが、俺はそれに呑まれないように、意図しておどけた態度を取る。


「おおっと、勘違いしないでくれよ旦那。あんたの敵になりに来たんじゃねぇんだ」


「なに?」


「実は、ちょいと金が必要でな。あれだけのなら、商会の金庫にゃ、金貨がぎっちり詰まってんだろ?なぁ、俺達もこの件に一枚噛ませてくれよ」


「けっ、どこの誰とも知らねえ奴なんか、雇うわけねぇだろうが」


 まぁ、普通はそうだよな?

 だが、俺達には普通じゃねぇ事情がある。


「俺達が『黒麒麟』の紐付きでもか?」


 嘘は言ってねぇぜ?

 ちぃとばかし、その紐が物騒なだけで、嘘じゃねえもんな。


「…………っけ、バカバカしい。嘘ならもっとましな嘘を吐くんだな」


「嘘だと思うんなら、今度本人に聞いてみてくれや」


「ちっ…………銀貨三枚やるから、それで帰ぇんな」


 男はどうやら、俺たちを金をたかりに来たチンピラだと思ったようだ。

 それならそれで、別に構わねぇ。


「けっ、しけてやがんな……まぁ、それで我慢してやるよ」


 そう言葉を吐き捨て、納得した演技をする。


「ア、アニギ!ぜ、全部終わっだど~」


 丁度、荷物の搬入も終わったようで、デクが声を掛けて寄ってくる。


「それじゃあ、事務所で少し待ってな」


 男は荷物が全て搬入されている事を確認すると、皆で先ほどの事務所まで戻り、一人で部屋の奥へ入って行った。


 男がいない間に、ネズミに目配せすると、肯定の合図が返ってくる。

 どうやら首尾は良いようだ。


 それほど間を置かずに、男が戻ってきたので、ニヤけそうになるのをこらえて我慢する。


「ほらよ、こいつが報酬の紹介状だ。この街の薬屋に話しは通っているから、そこで受け取んな」


「あ、ありがとうございます!それでは、私は先に失礼しますので、後で宿で落ち合いましょう!」


 パウロさんは、紹介状を受け取ると、居ても立ってもいられないといった様子で、俺達の返事も待たずに飛び出して行った。


 ……馬車は俺達が回収するらしい。


「ほらよっ!お前らの分だ。分かっているとは思うが、余計な事は言うんじゃねぇぞ?」


 男は凄みのある声を出しながら、俺に三枚の硬貨を手渡してくる。


「分ぁってるよ。誰にもしゃべらねぇから安心しな」


「けっ、さっさとどっかに行っちまいな」


 シッシッと追い払う男を尻目に、俺達も商会を後にする。


 その後は特にする事もないので、宿まで戻り、作戦の決行時刻が訪れるのを待つ。


 さて、今回の作戦は至ってシンプルだ。

 夜になったら、あの商会に忍び込んで、金を盗んでトンズラする。

 ただ、それだけだ。


 というよりも、今回の作戦だが、実は仕込みはすでに終わっているのだ。

 あの無愛想な男が、商会の奥から金を取り出してきた時点で、半分成功したような物。

 何故なら、俺達には『ネズミ』というカードがあるからだ。


 ネズミは、世にも稀な能力を所持している。

 それは、人の心を読むという力だ。


 ネズミは、その力を活用し、他の人間では手に入れる事が出来ないような情報を入手することで、情報屋を営んでいたのだ。


 ネズミ曰く、何でもかんでも分かるような便利な能力じゃ無ぇらしいが、何にしても便利な能力だ。


 今回は、ネズミにあの男の思考を読んで貰い、金の在りかを把握した上で、商会に忍び込む。

 何処に何があるのか分かった上での物取りなんざ、迷宮で宝を探し当てるより、よっぽど簡単だ。


 後は夜になるのを待ち、金を盗んだら、そのまま街を出るだけ。


 ちょっくらひと眠りして、英気でも養うとするか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る