悪党三人組の華麗なる受難(前編)

 少し、俺の事を話すとしよう。


 俺は何の変哲もない田舎の農家の三男として生まれた。

 農業が主な産業の、本当にどこにでもある普通の村だ。

 だが、普通の農家に生まれた俺は普通ではなかった。


 小さい頃から物覚えが良く、ありとあらゆる物事を簡単に身に付ける事ができたのだ。


 村長から習って、読み書き計算を覚え、薬屋の婆さんからは、薬学の知識を伝授してもらい、狩人のおやっさんからは、弓の扱いと罠の扱いを教えてもらい、時々訪れる冒険者からは、各種武器の扱い方と魔物との立ち回り方を教わった。


 一を聞けば十を知る…………とまではいかねぇが、一を聞けば三を知るぐらいの速さで物を覚え、おまけに、魔法の適正まであった俺は、村では神童と持て囃されていたのだ。


 そうして様々な技能を身に着けながら村で過ごしてしていた俺に、一つの転機が訪れる。


 十三歳という、成人として認められる年齢になったのだ。


 農家の三男と言やぁ、普通は冒険者になったり、商人の元に見習いに出たりするなど、家を出て行くのが常だが、俺の場合は何との試験に合格し、そこに通うことが許されたのだ。


 勿論学費は高く、平凡な農家にそれを払うだけの蓄えはなかったが、学園の卒業生と言やぁ、皆超の付くエリートばかり。

 中には例外もあるだろうが、貴族の付き人や、魔術師、薬師や学者など、高給取りになる事が予想されるため、村全体で資金を捻出し、領主に借金までして、学園に通う事にしたのだ。


 更に、学園では驚愕の事実が発覚する。

 何と、俺には全属性の魔術適正があるというのだ。

 魔術適正が複数あるのは珍しくないが、全ての属性に適正を持つものは稀なため、俺の期待は更に高まった。


 初めて見る王都の街並みや、学園での生活は、全てが新しく見え、そこで俺は、様々な知識を吸収し、様々な技能を身に着け、ありとあらゆる物事を自らの物とした。



 剣術、槍術、弓術、体術、魔術、神術、呪術、錬金術、戦術、薬学、医学、数学、語学、理学、社会学、軍学、兵学などなど、それこそ目に映るものを片っ端から手を付け、何でもできる凄い奴になろうと努力もした。






 そしてその結果、俺は落ち零れた………………






 俺は、様々な事に手を出し過ぎたのだ。


 もともと培った知識等はあったものの、所詮は田舎で覚えた中途半端な知識と未熟な技術。

 学園で与えられる高度な知識に対して、付いていくだけで精一杯だったのに、アレもコレもと手を出したせいで、全てが中途半端になってしまったのだ。


 各種武器の扱いは、一般的な冒険者程度。

 各種魔術は、初級魔術全般と中級魔術が幾つか扱える程度。

 各種学問は、下の上程度の知識量。


 結局、神童と持て囃されたのも、何の情報も無い田舎の村だからこそであり、こうして王都の人の波に揉まれてみると、自分がどれだけ平凡なのかを実感させられる。


 学園内の具体的や評価は、下から数えて二割程度の成績だ。


 それでも何とか喰らいついて、卒業する事自体はできたが、なんのコネも無く、卒業その物がギリギリだった俺に優良な就職先は無く、かと言って、抱えた借金は何とかしなければならないため、俺は腕一本で大金を稼ぐ事ができる冒険者になる事を決めた。


 別に何の勝算も無く冒険者になる訳じゃねぇ。

 それなりに稼げる算段はあるのだ。


 まずは、迷宮都市バンガードへ向かって冒険者になる。

 あそこは、迷宮があるだけあって、金を儲けるには絶好の場所だし、迷宮の探索には様々な要素が要求されるため、幅広く取得した俺の技能も十分に生かせる。

 中途半端ではあるものの、前衛から後衛、斥候や回復、はたまた交渉事までこなせる人材は、まずいないはず。


 俺自身は一流の冒険者にはなれないが、一流のサポーターになることができるのだ。


 こうして俺は、学園を卒業した後、バンガードで冒険者として活動をし始め、予想した通り俺の真価は発揮され、その才能を開花させる事になる…………








 …………事は無かった。








 冒険者になるような奴に、学のあるヤツなんて殆どいない。

 いても、そういった奴らは、既にそれなりの冒険者になっており、自分の所属するチームがあって、俺と組むような奴はいない。


 結果、仲間を探そうにも、周りからは並程度の技量しか持たない冒険者としか思われず、集まってくるのは、俺の価値も分からない底辺の者達ばかり。

 結局、俺は迷宮都市でも半端者の烙印を押される事になるのだった。


 底辺の冒険者と組んで、足手まといを連れるぐらいならと、ソロで活動し始めたのだが、やはり、独りで潜れる階層には限界があり、その日を生きるための稼ぎで精一杯の、苦しい日々を送る毎日。

 それでも、十年も迷宮に潜り続ければ、そこそこの稼ぎを得る事ができるようになったし、冒険者の横の繋がりも増え、臨時でチームを組む事も多々あった。


 そこで出会ったのが、デクとネズミだ。

 二人は、俺の事を馬鹿にしない数少ない仲間であり、不思議と気が合ったため、三人で良くチームを組んでいた。


 デクは、オーガ大鬼トロルと見間違えるような巨体を持った、強面の大男だが、その反面オツムが弱く、他の冒険者に木偶デクの棒呼ばわりされて、いいように扱き使われていたのだ。

 それを、見るに見かねて俺が手を差し伸べた所、妙に懐かれてしまい、それ以来俺の弟分を名乗るようになった。

 ……余談だが、この時俺は、世の中土下座をすれば何とかなる事を学んだ。


 ネズミは、デクとは対照的な小男で、迷宮都市では情報屋を営む変わり者だ。

 ネズミのようにあっちこっちに、チョロチョロと顔を出して、何処で聞き付けたのか分からないような情報を仕入れるため、俺達の間では、ネズミの通称で呼ばれている。

 こいつは、いつも色んな騒動の種を持ってくるが、その分儲けの種も持ってくるため、付き合っている内に、よく組んで仕事をこなすような関係になっていた。

 こういうのを腐れ縁と言うのだろう。


 こうして、山あり谷ありの冒険者生活を過ごしていると、次第に借金も終わりが見え始め、俺の人生もようやく軌道に乗り始めたのだった。








 迷宮が暴走するまでは…………








 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!


 今まで馴れ親しんだ迷宮から、あり得ないぐらいの魔物が溢れ出てきて、街を破壊する。


 俺も、溢れた魔物の対処をしながら、避難しようと街を駆けていたのだが、ある光景が目に飛び込んできた。


 この世の終わりかとも思えるような絶望の中を、両手に一本ずつ剣を携えた男が、笑みを浮かべながら、一人でその中に突入していく。

 すると、魔物が木の葉のように舞い散り、魔物の波は男の剣によって、一筋に切り裂かれた。


 男の名はウィリアム=バンガード。

『剣鬼』の二つ名で知られる、この街の領主だ。


 何がヤバイかって、この男の戦闘力が一番ヤバイ。

 学生時代に、ソロで迷宮に潜り始め、それから一年で百階層を突破するという、頭がイカれているとしか思えない男だ。


 俺が学生だった時から、手に負えない後輩の一人として有名だったが、この時だけは、この男が迷宮都市にいてくれた事を神に感謝したもんだ。


『剣鬼』が迷宮に潜り始めて、丸一日が経過したぐらいで、迷宮はなんとか沈静化を迎えたが、迷宮都市は荒れており、俺が金稼ぎをする場所ではなくなってしまった。


 結局、俺はバンガードを去る事を決め、デクとネズミの三人で次の拠点を探す事にしたのだ。




 だが、ここでも運に恵まれず、地元の冒険者達と揉めたりして、中々拠点を決める事が出来ず、転々としている内に路銀が尽きてしまった。


 借金を抱えていた事もあり、元々、蓄えがあった訳でもない。

 働き口が見つけられなければ、こうして路頭に迷うのも必然だった。


 この道をそのまま進んでも、その先は辺境だ。

 王国の最果てに自身の未来を賭けるか、それとも………


 …………俺が選んだ選択は、野盗に身をやつす事だった。


 もう我慢の限界だ。

 何で、俺だけがこんな目に合わなければならねぇんだ!

 俺は、学園の卒業生だぞ。

 どんだけ苦労して卒業したのか分かってんのか!?

 なのに……なのに何故俺だけがこんな目に合うんだ、世の中おかしいだろ!?


 なぁに、野盗に身をやつすとは言っても、凶賊になるつもりはねえ。

 ちょっと、脅して金を借りるだけだ。

 他の奴らの幸せを、不幸せな俺らに少しだけ分けて貰うだけでいいんだ、そんなに難しい事じゃねえだろ?


 そう言って、デクとネズミを唆し、三人で旅人を襲撃する算段をつける。


 作戦はこうだ。

 次に誰かが道を通ったら、デクが道を塞いでその足を止める。


 デクの巨体から産み出される力は相当な物で、並の馬車程度であれば、体一つで押し止めるなど造作もない。

 徒歩の人間では実入りが少ないだろうから、狙いは馬車で移動している人間だ。

 かといって相手の数が多過ぎればこちらが返り討ちにあってしまうため、デクには相手が五人より多ければ何もしないでいるように言い含める。


 ん、どうしたデク?五人がどれくらいかって?

 …………そりゃぁ、あれだ、いっぱいだいっぱい。

 相手がいっぱいいたら、何もしない。分かったか?


 そんで、相手の足が止まったら、俺が弓を射掛けて何人かを無力化する。

 相手がこちらに気を取られている隙に、ネズミに裏から回ってもらい、人質に出来そうな人物を探して貰って、ミッションコンプリートだ。


 俺達は作戦を確認すると、それぞれ別れて配置に付いた。


 これで、俺達も立派なお尋ね者だ。

 初めての行為に少々緊張するが、今まで魔物を相手にしていたのが、人間に変わるだけだと自分に言い聞かせ、機会が訪れるのを待つ。


 どれだけ時間が経っただろうか。

 しばらく茂みの中で身を潜めていると、遠くから一台の馬車がやって来るのが見えた。


 デクとネズミの姿を見ると、二人とも馬車の姿を確認したようで、お互いに頷く。


 そして、初めての獲物がやって来るのをじっと待つ。

 小さく見えた馬車が、段々大きくなってくるにつれ、心臓の鼓動も大きく聴こえてくる。


 馬車の姿がはっきり確認できる頃になると、俺は大きな違和感を感じた。


 黒く立派な馬が引いた、黒塗りの馬車。

 所々に銀細工があしらわれたその馬車に、俺は見覚えがあったのだ。

 あれは、学生時代に『剣鬼』以上に手に負えない人物として有名だった『黒麒麟』ルドルフ=ファーゼスト辺境伯の馬車だ。


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!


 アレはダメだ、アイツに手を出したら絶対にダメだ。

 俺は学生時代に、あの『黒麒麟』に手を出した奴らがどんな末路を迎えたかを知っている。

 あの人物に手を出して、まともでいられた人間は一人もいない。


 だが、不運な事に、馬車には御者が一人に、お供が一人と、見える範囲にはしか見えない。


「ヴォォォォォォォ!!」


 俺が止める間もなく、デクが打ち合わせ通りに、馬車へと向かっていく。

 デクの上げる雄叫びは凄まじく、その凶悪な見た目も相まって、気の弱い者であればそれだけで戦意を喪失する物だ。

 実際、迷宮内のゴブリンなんかは、それだけで腰を抜かしていた程だ。


 だが、今回は相手が悪い。

『黒麒麟』が、こんな物でどうにも出来ない事は、俺は良く知っている。

 だが、デクはもう走り出しており、襲撃は止められない。


 ……ちくしょう!やってやる!!


 このままデク一人を見捨てる訳にも行かず、俺はヤケクソ気味に弓を射た。




 結果は、無残な物だ。

 デクは馬に蹴られて気を失い、俺はお供のおっさんに捕まり、ネズミは何もせずに降参していた。


 ネズミめ、相手が『黒麒麟』だと分かって、早々に降伏しやがった。

 ある意味、ネズミは一番賢い選択をしたのかもしれない。


 そして、主犯の俺は『黒麒麟』の足元で土下座もどきをかまし、襲撃の責任を取らされていた。


 貴族の馬車を襲撃したのだ、俺の未来は『死』以外にはありえない。


『黒麒麟』に踏んだり蹴ったりされながら、何とか必死に命乞いをし、俺は何とか首の皮を繋ぐ事に成功した。

 ……まあ、何とかしたのはネズミだが、あいつは早々に降伏した罪があるので、これでチャラだ。


 しかし、『黒麒麟』が俺達に課したのは、一ヶ月で金貨一千枚、無理難題も良いところだ。

 更には『逃げ出しても構わん』などと言い放つ始末。


 …………この王国の中で『黒麒麟』から逃げられる訳ねぇだろうが!!


 この時、俺は命が助かった事をちょびっとだけ後悔した。


 金貨一千枚を一ヶ月で稼ぐなんて無理だし、『黒麒麟』から逃げ切るなんて、それ以上の難易度だ。

 おまけに、一ヶ月過ぎても金貨が用意できなければ、どんな目に合わされるか分かった物じゃない。


 一ヶ月命が延びたと言えば、聞こえは良いが、一ヶ月後の事を想像すると、気が気ではない。

 こんな思いをするぐらいなら、いっその事、一思いに殺されていた方が良かったかもしれない。


『黒麒麟』は、俺達を縛ったまま行っちまいやがるし、このままでは餓死してしまう。


 …………な?

 俺の人生、本当にクソみたいな人生だろ?

 お前もそう思うだろ?














「お願いですから、命は、命だけはお助け下さい!家では、病気の妻が待っているんです、私が帰らないと妻は……妻は…………」


「だぁぁぁぁ、うるせえな!分ぁってるよ!!ったく、俺の話を聞いてたか?俺達が欲しいのは金で、お前の命じゃねぇんだよ!」


 俺は、目の前で命乞いをする男に言い放つ。


 この男は商人で、ファーゼスト領の外れの街まで荷を運ぶ途中、道端で転がっていた俺達を、にも助けてくれたのだ。


 俺は縄から自由になると、男にお礼を言って、簀巻きにした。

 残念ながら、俺には受けた親切に対して、礼で返す余裕はなく、俺の命を繋ぐために、犠牲になって貰う事にしたのだ。


「荷は、ただの小麦粉です。大した金額にはなりません。おまけにこの荷を届けないと、妻の薬が手に入らないんです………」


 男は必死に訴えてくるが、俺の知った事じゃない。

 荷物が何だ、病気が何だ、こっちは金貨一千枚と命が懸かっているんだぞ。


「だから、うるせえって言ってるだろう!」


「ですが……」


「あぁもう、うるせぇ奴だなぁ。グダグダ言ってると、本当にブッ殺すぞ!」


「ひぃぃぃ!」


 俺が大きな声で脅すと、男は情けない声を上げて怯えだす。

 まぁ、命が掛かっていれば、普通はこうだろう。

 実際、俺も数時間前には同様の醜態を晒していたのだ。


 ……この男の事を笑える立場じゃねぇな。


「はぁ…………だから、殺さねぇって言ってるだろ?」


「ほ、本当ですか?」


 俺の言葉を聞いて、男は少しだけ落ち着きを取り戻す。


「あぁ、さっきも言ったように、俺達に必要なのは金だよ金。それだけ貰えりゃ後は必要はねぇ」


「で、ですが、私の荷ごときでは、金貨一千枚に到底…………」


「んな事ぁ、分かってんだよ……」


 そこなんだよなぁ~。


 この男の荷はただの小麦粉で、俺達が稼がなければならない金額からすれば、雀の涙にしかならない。

 誤差と言ってもいいだろう。


 取りあえず、目の前に都合良く現れたから襲っただけで、何か考えがあって襲った訳では無い。

 そもそも、金貨一千枚などという大金を簡単にどうにかできるようなら、こんなところで野盗に身をやつす必要など無いのだ。


「兄貴ぃ~!」


 俺が目の前の問題の大きさに唸っていると、馬車の方からネズミの声が聞こてくる。


「おう、どうだ?いくらぐらいの値が付きそうだ?」


 ネズミには元情報屋の知識を使って、荷物がどれぐらいの金額になりそうか調べて貰っていたのだ。


「それどころじゃ無いッス~。小麦粉の袋の中に麻薬が紛れ混んでるッスよ~」


 …………ん?今何て言った??


「麻薬ッスよ~、麻薬~。末端価格で金貨数十枚ぐらいになるんじゃねぇッスか~?」


 ネズミの言葉を聞いて、俺は思わず簀巻きにされた男の顔を見る。


 …………何でお前が『えっ?』って顔をしてるんだよ!?

 …………何でお前が知らねえんだよ!?


「兄貴~、このブツどうしやすか~?」


 どうするったって……麻薬だろ?


 ………………んなもん、どうすりゃ良いんだよ一体……

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