悪徳領主の沙汰

「ふごふごふご…………」


「んん?なんと言っているのか分からんなぁ?私は謝罪の言葉を要求しているのだが、きちんと人間の言葉で喋ってもらえないだろうか?」


 私は、後ろ手に縛られた髭面ひげづらの男の頭を踏みつけ、問いかける。


「ふご~!ぶごふごふご…………あ、足をどげでぐだざい……」


 すると髭男は、少しだけ頭で私の足を押し上げて、何とかそう答えた。


 生意気な。

 自身の立場もわきまえず、私の意志に反してなど、誠意が足りん!


「まずは、地に頭を擦り付けろ!」


「ふ、ふごぁ!」


 足に力を込めて、髭男の顔を無理矢理地面に押し付ける。


「おい、どうした?私はを聞きたいのだが、何とか言ったらどうなのだ?」


 私がそう言うと、髭男は再び顔を持ち上げようとするが、私はそれを許さず、足に力を込める。


「ふご~!ふごふごふご~ふご~!!」


 髭男は、必死になって訴えかけるが、後ろ手に縛られており、体の自由がきかないなため、私の足をどかす事ができない。

 結果、顔を地面に埋めたまま、言葉にならない声で喚いている。


 クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!


 何と無様な姿だ!

 いい大人が芋虫のように這いつくばり、ふごふご喚き散らして、恥ずかしくないのだろうか?


 そのまま、グリグリと髭男の頭を踏み付けていく。


「ア、アニギに、ぞんなヒドイごどをじないで欲じいど~」


 すると、少し離れた場所から、酷い訛りをした声が掛けられる。

 見ると、髭男と同様に、後ろ手に縛られた男の姿が二つあった。


 一人は、オーガ大鬼トロルを思わせる、並々ならぬ巨体を誇る強面の大男。

 もう一人は、対称的にゴブリンのように小柄で、ズル賢く、醜悪な顔付きをした小男。


 先程の声は、大男から掛けられた物だ。


「デ、デクは、黙ってろ!!……ふごぁぁっ!」


 大男の声に気を取られた隙に、足下の髭男が顔を上げて喋るが、直ぐに地面に埋め直す。


「おい、貴様らは、自分達が一体何をしたのか分かっているのだろうな?」


「だ、だども……」


 それでも大男はいい淀む。

 先程からの様子を見るに、この大男は体だけは立派だが、その分オツムが弱く事態を把握できていない様子である。


 私は、髭男の顔を地面にしっかりと埋めると、その足で大男に詰め寄った。


「貴様は、貴族の馬車を野盗がどうなるか、知っているか?」


「ど、どうだんだ?」


「こうなるんだ、よ!!」


 そう言って、少し助走をつながら、髭男の尻を蹴飛ばす。


「ふごぁぁぁぉぉぉぉっ!!」


 すると、髭男は奇声を上げながら地面を転がっていく。


 クハハハハハハ!

 いい気味だ。

 貴族に手を出すとどうなるか、その身でしっかりと味わって貰わねば。


 そう、この三人組はあろうことか、貴族である私の馬車に襲い掛かったのである。


 今居るこの場所は、ファーゼスト領の外れの街道沿いであり、このまま進めば、隣の領地の街に続いている。


 私は、所用でその街まで出掛けており、帰り道で、この三人組の襲撃に遭ったのだ。


 始めに、大男が道を塞いで、その巨体でもって馬車の足を止め、続いて髭男が弓を射掛けてこちらの戦意を挫き、小男が裏から回って人質を取るという、野盗にしては連携の取れた、スムーズな襲撃。

 普通の荷馬車などであれば、あっという間に制圧されていたであろう。


 だが実際は、大男はレーツェルの蹴りをまともに食らって目を回し、弓矢は同行していた村長に掴み取られ、裏から回ってきた小男は、私が一睨みしたら降伏し、呆気なく撃退されたのだった。


 髭男も、元冒険者である村長の手によって捕縛され、三人揃って私の沙汰を待っている状況だ。


 三人は、当然死刑。

 あろうことか、貴族の馬車に直接手を出したのだ、それ以外の刑などありはしない。


 だが、私は慈悲深い。

 なので、こうしてを設けているのだ。

 こいつらの態度如何いかんによっては、減刑もと言ってある。


 だが、三人組のリーダーである髭男の口からは、謝罪の言葉は未だに


 まったく、謝罪の言葉一つ吐けないとは、よほど命が惜しく無いらしい。


「…………ず、ずみばぜんでじだ!何でもじまずので、許じで下ざい」


 考え事をしていると、涙混じりのか細い声が聞こえてくる。

 見ると、先程蹴飛ばした髭男が、顔をグシャグシャにしながら、声を振り絞っていた。


 ちっ、謝罪の言葉が聞こえてしまっては仕方がない。

 こいつらの処分について、考えてやるとしよう。


「ほう、今、何でもすると言ったな?」


「は、はいっ!貴方様のだめに何でもじまずので、どうかお許じを…………」


 ふむ、『何でもする』とまで言うのなら、しっかりと考えてやるとしよう。

 文字通り『何でもする』人間が手駒になるのであれば、汚れ仕事をさせるのに便利であろう……


「いいだろう、ならば最初の命令だ」


「は、はい!なんなりと!!」


 髭男は、救いを得たとばかりに顔を上げ、私はそれに短く命令する。


「死んで詫びろ」


 ふむ、考えた結果、やっぱり駄目だ、こんな屑は不要。

 だいたい、貴族を襲撃した罪が、野盗の命ごときで償えるはずがない。


「か、考えてぐれるって言っだのに……」


「考えたが、やっぱり駄目だ。するのだろう?ほら、早く死ね!」


「……ぞ、ぞんな~!」


 クハハハハハハ!

 愉快、愉快。

 つまらん仕事だったが、帰り道にこんな面白い余興が待っていたとは。

 流石は御柱様のご加護、この巡り合わせに感謝せねばな。


「フハハハハハ!何と無様な姿だ…………いいだろう、今の私は気分がいい、特別にチャンスをやろう!」


「はへ?…………あ、あ、ありがどうございまず」


 髭男は、一瞬呆けたが、言葉の意味が分かると、大仰に頭を地に擦り付ける。


「言え。貴様の命の値段はいくらだ?」


「………………へ?」


「貴様の命はいくらかと聞いているのだ」


 世の中には、命は金で買えないとかほざく偽善者がいるが、そんな事はない、命は金で買えるのだ。


「えーっと、その、ほら…………俺の命なんか、き、金貨一枚ぐらいですかね?へへへっ」


 ほら、現にこいつは、自分の命に値段を付けた。

 命は金で買えるのだ。


 私は髭男の言葉を聞くと、懐から金貨を一枚取りだして、髭男の目の前へと放ってやった。

 金貨は、ボトリという重たい音を立てて、地面に着地する。


「これが貴様の命だ。冥土の土産ができて良かったなぁ?」


 私はそう言って、腰の刀に手を掛ける。

 そろそろ茶番にも飽きた事だし、いい加減処分するとしよう。


 こいつの命は、今私が買い上げた。

 それをどうしようと、私の勝手であろう。


「ひいぃぃぃ!」


 髭男は、私の本気を悟ったのか、乙女のような悲鳴を上げて逃れようとするが、縄で縛られているため、身を捩ることしかできない。

 暴れ回る芋虫の背をドンと踏みつけ、地に縫い付ける。


「ぐぇぇっ」


 芋虫のくせに、人間のような悲鳴を上げるとは生意気な。

 これはきちんと処分して、輪廻の環に戻してやるのが、貴族としての使命でもあろう。

 今度は、ちゃんと芋虫に生まれ変われるように祈っておいてやる、感謝しろよ!フハハハハハ!


 そうして、腰の刀を引き抜こうとした瞬間である。


「き、金貨一千枚ッス!!」


 今まで一言も喋らなかった小男が、突然口を開いた。


「へへっ、貴族様、勘違いッスよ勘違い。兄貴の命は金貨一枚じゃなくて、一千枚ッスよ」


「……ほう?金貨一千枚とは、大きく出たな?」


 金貨一千枚。

 普通に考えれば、こいつらが二、三十回は生まれ直さないと、稼ぐ事のできない大金だ。

 それをこの場で言ってのけるとは…………面白い。


 小男の言葉に興味を抱き、刀の柄から手を放す。


「へへぇ!じ、実はこう見えても兄貴はの出でして、能力については折り紙付きなんッス」


 ほう、襲撃の段取りも上手くただの野盗ではないと思っていたが、学園の卒業生だったのか。

 まぁ、嘘か本当かは分からないが、その辺の野盗より頭が回るのは認めよう。


「それを金貨一枚だなんて、とんだ勘違いッス!兄貴の価値は金貨一千枚にもなるんスよ。ここは一つオイラ達の命を買わせては下さいませんか?」


「良く回る口だな…………」


 ふむ、本当に金貨一千枚が稼げるのなら大したものだが……まぁハッタリだろうな。

 だが、自身の命が掛かっている状況で、ここまで大きな事が言えるとは、この小男は見た目によらず中々胆が据わっているらしい。


「貴族様に損はさせないッスよ」


 確かに、このまま処刑をしても、それほど利益がある訳では無い。

 それに、リーダーの髭男は元冒険者で、ギルドカードを所持していたため、身元は割れている。


「…………いいだろう、貴様ら三人で金貨一千枚だ。一ヶ月で用意しろ」


 本当に、金貨一千枚も用意できれば儲けものだし、そこまで用意できなくても、いくらか利益が上がれば、その上前をはねた後で始末すればいい。


「へへへっ、期待してお待ち下さいッス」


 小男は、笑顔で答えるが、ただでさえ醜悪な顔が、余計に醜くなるだけだった。


「…………そうそう、別に逃げ出しても構わんからな?」


 不気味に笑う小男に、そう言葉を刺す。


 もし、この話を無かった事にして逃げ出したとしたら、その時は、ゆっくりと真綿で絞めるように追い詰めて、絶望の果てにその命を刈り取るだけだ。

 逃げ延びた日にちの分だけ、苦しみを御柱様に捧げる事になる。


 つまりは、どう転んでも私の利益になるのだ。

 しばらくはこの余興を楽しむ事としよう。


「…………」


 私の言葉に、小男はどこか不穏な物を感じたのか、無言でこちらを見据えてくる。


 だが、私はその視線を無視して踵を返した。


「ヨーゼフ、そういう事だから帰るぞ!」


 御者をしていたヨーゼフに告げ、そのまま馬車の中に乗り込む。

 すると、しばらくしてから、馬車はゆっくりと進み始めた。


 はてさて、一体どんな結末を迎える事やら。

 これから彼らを待ち受ける苦難を思うと笑いが込み上げてくる。


 クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!


 果たして、どんな手段で金を稼いでくるだろうか。

 どれほど凶悪な悪事に手を染めれば、金貨一千枚もの金額を手に入れられるだろうか。

 …………せいぜい、私を楽しませてくれよ?

 フハハハハハ!


 放置した三人組の事を想像しながら、私はその場を後にした。

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