ファーゼストの悪魔がカップ焼きそばを作るようです。

「ふむ、次で最後か…………」


 ベッドの上に寝転がりながら、今日も異世界の様子を覗き見る。


 妾は、神々によって、このファーゼストの地に封印された、運命と因果を司る大悪魔。

 封印は何百、何千年にも及び妾を弱体化させたが、契約者という現世での力を得た今、封印から解かれるのを、今か今かと待ち続ける日々を送っている。


「うむ?このサイトには無いのか……」


 封印の内側にあるのは、豪奢なベッドが一台あるのみ。

 …………決して、ゴロゴロと寝転がっている訳ではない。


「うぬ?こっちのサイトは変な言語に変換されておるの……」


 当然ながら、悪魔は封印から出る事はできない。

 …………決して、引き込もっている訳ではない。


「やはり、こっちのサイトでは削除されているのじゃ……」


 異世界を覗き見しているのも、情報収集のためだ。

 …………決して、異世界のオタク文化にハマった訳ではない。


「ぬおぉぉぉぉ、何故じゃ!何故、最終話だけが見れないのじゃぁぁぁぁぁ!?」


 …………決して、異世界のオタク文化にハマった訳ではないと思う。


 ふんだ、もういいのじゃ。

 どうせ最終回は、二人のヒロインをどちらも選ぶ事が出来ずになぁなぁにして終わるのじゃ。

 きっとそうなのじゃ、どっちを選んでも視聴者のバッシングを浴びるから、「後はご想像にお任せします」みたいな展開になるのじゃ、きっとそうなのじゃ! そうに決まっているのじゃ!!


 …………ふん、今日はもう「カクヨム」のランキングをチェックしたら寝るのじゃ。


 …………ん?なんじゃこれは?


「神様印のカップ焼きそば?」


 良く分からないリンクから飛ばされたサイトには、そう書かれていた。


「何々?……様々な世界に特製カップ焼きそばをお届け致します。お代は100MP…………なぬ!? カップ焼きそばが、たった100MPぽっちの魔力で食べられるのか!?」


 どうやら、異世界の神が運営している特殊なサイトに迷い込んだようだ。

 サイトからは、神々特有の魔力を感じるので、間違いないだろう。


 封印生活は酷く退屈なもので、生活空間にはベッド以外に何もない。

 現世に影響を与えようにも、あの契約者を通すとなると碌でもない結果にしかならない為、普段は現世や異世界を覗き見て暇を潰しているのだが、このサイトに出会えた事は正に僥倖。

 実物のカップ焼きそばを食べる事ができるのじゃ。


 妾は迷うことなく100MPを注ぎ込んだ。

 すると、光が集まり始め、ラベルに『神』の一文字が印字された、白いどんぶり型のカップが現れた。


 うぉぉぉぉ、きたきたキターーー!

 これで……これで妾もカップ焼きそばが食べられるのじゃ!!


 いくら食事をする必要が無いとは言え、他人が食べているのを見ることしかできないのは苦痛でしょうがなかった。

 だが今は違う!

 しかも、今回は夢にまで見た異世界のジャンクフード。


 み、な、ぎ、っ、て、キターーーー!


 ……はっ、そうだ。これは、念願のアレができるのではないか?

 某動画配信サイトの、天空のお城で大佐なあの人が三分間舞ってくれる、あのカップ麺動画で時間を計るという夢が叶うのじゃ!!


 よし、今からやるのじゃ!すぐにやるのじゃ!


 目の前にあるカップ焼きそばの包装ラップを取ると、ベリベリと勢い良くフタを全部剥がした。

 すると、中からは乾燥した麺の他に、小さな袋が3つ現れ、袋のみをカップから取り出す。


 異世界のカップ麺は、非常に良く考えられており、何とお湯を注ぐだけという簡単な調理法で、手軽に食べる事ができるのじゃ。


 これなら、料理をした事が無い妾でも全く問題ない。


 さて、早速お湯を注ぐとしようかの。


 お湯♪お湯♪

 ふふんふふんふんふーん♪

 あびばのんのん♪

 ふふんふふんふんふーん♪

 あびばびばびば♪


 ……ん?あれ??





 ………………お湯が無いじゃと!?






 封印の中には、コンロやポット、ましてや瞬間湯沸し器などあるはずもない。

 まずい、このままでは乾燥している麺をそのまま食べるしかない……


 …………いや、待て、待つのじゃ、お湯なら魔術で出せる!!

 セーフ、セーーーーフなのじゃ!!


 危なかったー。

 たかがカップ焼きそばに、こんな罠が待っていようとは……

 まったく、信じられない所に、落とし穴があったものじゃ。


 出てきた冷や汗を拭いながら、魔術を使いカップにお湯を注いでいく。

 なるほど、カップの内側に線が引いてあり、「ここまでお湯を注いで下さい」という印になっている。


 さて、つまらない罠でつまずきそうになった事じゃし、一度きちんと説明書きを見る事とするかの。


 カップの側面には特に何も書いて無かったため、剥がしたフタを良く見てみる。


―①フタを点線の位置まで剥がす―


「………………………」


 無言で、剥がされたフタを見る。

 そして、口の空いたカップを見る。

 もう一度フタの説明書きを見る……


―①フタを点線の位置まで剥がす―


「………………………嘘じゃろ?」


 き、聞いてないのじゃ!

 そんな事これっぽっちも聞いてないのじゃ!?

 フタなんてしてあったら、普通、全部剥がすじゃろうが!

 なんでこんな所に罠があるのじゃ、おかしいじゃろぉぉぉ!?


 …………ぐすん。

 無いものは仕方がないのじゃ、このままおとなしく三分間舞うのじゃ。


 少し時間は経ってしまったが、あの動画を見ていると心が弾むので、この際きっちり三分間舞って、気持ちを持ち直すのじゃ!!


 よしよし、このサイトじゃ。

 ここをこうして……これをああして……

 よし、再生なのじゃ!!


 流れ始めた動画の動きに合わせ、きっちり三分間舞うと、程よく汗もかき、少しぐらいの事などどうでも良くなってきた。


 たかがフタをしなかったぐらいで、味がそこまで変わるじゃろうか?

 そもそも妾は、カップ焼きそばを食べるのは初めてじゃから、ちょっとした違いなんぞ、分かりはしないのじゃ!

 それよりも、初めてのカップ焼きそばを沈んだ気持ちで食べる事の方が勿体ないのじゃ、うむ、そうなのじゃ!!


 体を動かして気分転換も済んだ事だし、今度こそ見落としが無いかとフタの説明書きを見直す。





『湯切り一分』





 ……ん?妾の見間違いか?





『湯切り一分』





「……なん、じゃと?」


 妾は、一分で良い所をわざわざ三分間+αも待っていたというのか!?

 こ、これでは麺が伸び伸びのグチョグチョになってしまうではないか!?


 急がねば!

 とにかく急いでお湯を捨てるのじゃ!!


 幸いな事に、カップの縁には穴の空いたフタの一部が残っており、そのままお湯を捨てても麺は流れない仕組みになっている。

 適当にお湯を捨てても、麺はこぼれないという親切設計。

 これなら、いくらなんでも問題なくお湯が捨てれるのじゃ!!








 …………どこに?








 封印の中を見渡す。


 地面。

 ベッド。

 ……以上。


 念のため、もう一度封印の中を見渡す。


 地面。

 ベッド。

 ……以上。


【選択肢その1 地面に捨てる】

 …………ダメじゃ、そこからカビが生えてくる。


【選択肢その2 ベッドの上に捨てる】

 …………論外。


 詰んだ。

 まさかの心折設計である。

 カップ焼きそばを食べるだけで、何故こんなにも多くの試練を乗り越えなければならないのか。

 神様印のカップ焼きそばだけに、神々が妾に与えた試練だというのか!?


 とにかく、早くお湯を捨てなければ、どんどんと麺が伸びていく。

 かといってお湯を捨てる事は出来ない。

 どうする……

 どうすればいいのじゃ…………


 熱々の熱湯が注がれたカップを見つめながら頭を捻るが、いい案は浮かんでこない。


 絶望の眼差しをカップ焼きそばに向ける最中さなか、妾の口からふと言葉が漏れる。










「……………………飲むか」










 はっ、今、妾は一体何を考えていたのじゃ。

 いやいやいやいや、おかしいじゃろ、なみなみと注がれたこの熱湯を飲むなんぞ、どこのお笑い番組じゃ。

 飲むなよ、絶対飲むなよ!とでも言うつもりか!?


 だが、時間は残酷にも刻一刻と過ぎていく。

 それにつれ、麺は水分を吸い、嵩を増してゆく。


 ごくり。

 捨てることが出来ない以上、飲むしか方法は無さそうじゃ……

 このまま見ていても、麺はどんどん伸びていく。

 それならば、早い内に覚悟を決めて飲んでしまった方がいいのではないか?


 ええい、やってやるのじゃ!

 カップ焼きそばを諦められない以上、こうなったら仕方がない!!


 覚悟は決まった。

 カップを両手で持つと、湯切り口に口を付ける。


 ええい、ままよ!


 そして、そのままカップを一気に傾ける。





「熱ッ、熱ッ!アツゥゥイ!!」





 舌を火傷した。


 こんな物、一気に飲めるかぁぁぁ!!

 妾はバカか?

 何故、何も考えずに一気に飲もうとしたのじゃ?

 少しずつ飲めばいいじゃろうが!?


 いやしかし、少しずつ飲んでいては麺が伸びてしまう。

 むむむ、どうすればいいのか…………


 とりあえず、『耐火レジストファイア』の魔術でも使ってみるか。


 急いで魔術を使い、もう一度両手で持つ。


 おっ、熱さをほとんど感じない。

 これなら何事もなく湯切りができそうじゃ。


 湯切り口に、口を押し当て、もう一度カップを傾ける。

 すると、口の中に、何とも言えないお湯の風味が抜けていく。


 不味い。


 粉っぽい口当たりの後に、微妙な小麦粉の風味が通り抜けた。


 妾は、何故一人でこんな罰ゲームを受けているのだろうか。

 何が悲しくて、こんな目に合っているのか。

 美味しいカップ焼きそばを、美味しく頂くだけのボーナスイベントではなかったのか?


 そんなどうしようもない事を考えながら、湯切りを済ませる。


 げぷぅぅ。


 麺がお湯を吸っていたおかげで、通常よりも少ない量を飲めば良かったのは、幸いじゃった。


 とにかく苦行は終わった。

 あとはソースを麺にからめて食べるだけである。


 妾は液体ソースの入った小袋を手に取り、ニヤリと笑う。


「…………ふふふ、もう騙されぬぞ!」


 ここまでくれば、流石に妾にも分かる。

 これは、先にソースをかけてしまい、後から「しまった!」となるパターンじゃ。


 ふふん。こんな物、少し気を付けておれば回避なんぞ、よゆーなのじゃ。


 良く見ると、袋には『粉末ソース』を先にかけ、後から『液体ソース』をかけるようにとの指示が書いてあった。


「ほうれ、やっぱりそうじゃ。ここまで試練を乗り越えた妾に死角は無い!!」


 そして、更に注意深い妾は、万全の態勢を整えるべく、きちんと三つ目の袋にも目を通す。










『かやく』










 ふぁ?










 何故じゃ、何故このタイミングでお前が出てくるのじゃぁぁぁ!


『かやく』と書かれた小袋の中に入っていたのは、乾燥したキャベツ。

 本来、乾麺を湯で戻す時に一緒に入れなければならない物だ。


「ぬぉぉぉぉぉ!貴様なんぞ、こうしてくれる!こうしてくれるわぁぁぁ!!」


 そう言って、袋の中の乾燥キャベツを口の中に放り込んで、バリバリと噛み砕く。


 キャベツの自然な甘さが口の中に広がる。


「地味に美味しいのが、余計に腹立つのじゃぁぁぁぁぁぁぁ」


 はぁはぁはぁ、もういいのじゃ。

 キャベツの事は忘れて、本命のカップ焼きそばを食べるのじゃ。

 後は、二つのソースを絡めて美味しく食べるだけなのじゃ。


 妾はもう充分に頑張ったのじゃ。

 だから、もうゴールしてもいいはずなのじゃ。


 粉末ソースを麺にかけ、その後に液体ソースをかけていく。


 瞬間、ほかほかと立ち上る湯気と一緒に、食欲をそそるソースの匂いが漂ってくる。


 おほー!

 これじゃこれじゃ、妾はこれを待っていたのじゃ!

 数々の苦難を乗り越えてきた甲斐があったという物じゃ。


「あぁー、もう辛抱たまらんのじゃ!いっただっきまーーーす!!」


 ここまで待たされただけあって、妾の期待は最高潮。

 飛びかからん勢いで、カップを抱え込み、そのままソースを混ぜ絡め、カップ焼きそばを食べ始めた。













 手掴みで。













「のじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」





 ファーゼスト領は、今日も平和である。

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