とある妖刀の華麗なる経歴

 昔々、あるところに、一振ひとふりの刀がありました。


 名のある刀匠に鍛え上げられたその一振は、折れず、曲がらず、よく切れる、刀匠の人生を掛けて鍛えられた最高傑作でした。


 しかし、所詮は人の手によって造られた物。

 神代の神秘には及びません。


 鋼の刃はその鋭さで物を切りますが、神秘の刃はそので物を切ります。

 なので、神秘を持たない物質では、神秘の刃を防ぐ事は適わないのです。


 けれども、神ならざる刀匠には神秘の刃を鍛える事は能いません。

 その事がどうにも我慢できなかった刀匠は、ある時、とんでもない事を思い付いてしまいました。


『我が刀は、未だ神秘の刃には遠く及ばざるが、人の肉と骨ならば、いくらでも斬り伏せられよう』


 そう、幾人もの命を代償に、その血と怨念でもって、刃に『死』の概念を植え付けるというものです。


 それから刀匠は、男を斬った。

 女を斬った。

 子供を斬った。

 老人を斬った。

 罪人を斬った。

 善人を斬った。

 乞食を斬った。

 村人を斬った。

 悪人を斬った。

 役人を斬った。

 盗賊を斬った。

 豪族を斬った。


 ―――そして刀匠は、寿命を迎える直前、最期に自身を斬った。


 一体どれだけの命を吸った事でしょうか。


 刀はいつからか、血脂一つ浮かべる事なく、肉を切る事ができるようになりました。

 まるで、刀身自体が血肉を啜っているかのように。


 刀はいつからか、刀身が黒く染まってしまいました。

 まるで、人々の怨念を表すかのように。


 刀匠の死後、刀は人から人へと、様々な人の手を渡っていきました。

 そして、その都度死の山が積み重ねられました。


 刀のあるところには、いつもカラスが舞い、積まれた屍を貪り喰らうのです。


 刀はいつからか、『カラス』と呼ばれるようになりました。

 まるで、屍肉を糧にする忌み鳥のように。


 妖刀『カラス』。

 死を暗示する鳥の名を冠する刀。

 持ち手を惑わし、血に狂わせる稀代の妖刀。


 果たして、次にカラスが舞い降りるのは何処いずこの地でしょうか…………






























『御柱様~、ちょっと良いかのぉ~?』


 一羽の老カラスが、羽音もたてずに舞い降りる。


 普通のカラスより一回り大きいその体躯は、漆黒で艶やか。

 その輪郭は、うっすらとぼやけながら燐光を発しており、この世の物とは思えない存在感を放っていた。


「おおカーちゃん、良く来たのじゃ!今日はどうしたのじゃ?」


 御柱様と呼ばれた存在は、ベッドの上から起き上がると、老カラスを迎え入れる。


『ほれ、この間坊と一緒に遠出をしたのでのぉ。帰って来たので挨拶に参ったのじゃ。いや~毎度の事ながら、年寄りにアレは堪えるわい』


 老カラスはベッドの端に止まると、羽を繕いながら、そう答えた。

 お互いに旧知の仲なのか、妙に気安い様子。


「ん?刀の中で眠っているだけなのに、何かあったのか?」


『ほれ、儂ってば一応魔道具じゃから、この間、おーばーおーるに行ってきてのぉ~』


 それは作業着だ、鳥が着てどうする。

 鳥頭に横文字は難し過ぎるようだ。


「おーばーおーる?なんじゃそれは?」


『儂も良く分からんのじゃが、の前で丸裸にされての。何処かに異常がないか、体の隅々まで弄くり回されるのじゃよ』


 老カラスは、その時の事を思い出したのか、ブルッと身震いをする。


「なんじゃそれは!?ただのセクハラではないか!」


『まぁ、魔術回路の淀みなんかも解消されて、スッキリ出来たからいいのじゃが…………』


 だが、身体は妙に調子が良いらしく、カラスは首を傾げる。


「スッキリしたなら、いいではないか」


『……じゃが、儂、何かに目覚めそうでの』


 どこか恍惚とし始める老カラス。


「カーちゃん、刀じゃよな?鳥じゃよな?」


『なんかお尻の辺りがムズムズするのじゃよ。はぁ、儂何かの病気かのぉ?』


 老カラスはそう言って、お尻を持ち上げて、異常がないか確かめる。

 だが、自分の足とお尻が見えるだけで、どこにも異常は無い様子。


「刀なのにお尻ってどういう事じゃ?そもそも、病気ってなんじゃ?」


『……………………えっと、トリフルとか?』


「カーちゃんの本体は無機物じゃろ。…………まぁ、カーちゃんの気のせいではないか?おおかた、スッキリしたから、いつもと調子が違って違和感があるだけじゃろう」


『成る程のぉ。さすがは御柱様ですじゃ』


 御柱様の言葉に、安心してほっとした老カラス。

 やはり鳥頭には、難しい悩み事だったようだ。


「ふふん、妾は偉大じゃからの!さて、そんな事より、こっちで一緒に遊ぶのじゃ!対戦げーむを一人でやるのは、もう飽きたのじゃ」


 老カラスに持ち上げられて気分を良くしたのか、御柱様はそう言って自分の隣にスペースを作る。

 すると、魔力が渦を巻き、透明なボードが宙に表れ、手のひらサイズの楕円形の物体が二つ、ベッドの上に転がった。


『おおっ、これが噂の疑似ぴーしーという奴ですな。儂が触っても良いのですかな?』


「当然なのじゃ!さあ、コレを持って…………コレに乗って、『板垣ストリート?』をぷれいするのじゃ」


 老カラスは、疑似こんとろーらーの上にちょこんと乗ると、の足で器用にボタンを押し始める。


 それを見て、御柱様は首を傾げる。


「…………カーちゃんの足って三本もあったかのう?」


『何か言いましたか?それより、御柱様これは一体どうやって遊ぶのですかな?』


 二つの存在は、永い時を歩んでいるだけあって、細かい事はどうでもいいようだ。

 そんな事よりも、異世界の遊戯で遊ぶ事の方が大事なのである。









 地下空間に、ピコピコとした電子音と、白熱した二つの声が響き渡る。


「ふふふ、カーちゃんや、ゲームで容赦はせぬぞ!ほれ、五倍買いじゃ!!」


『御柱様、大人気ないですのぉ……では、売ったお金でこっちの店を上限まで増資っと』


「ファッ?…………ふ、ふんだ!べ、別にそこに止まらなければどうという事はないのじゃ!!」


『御柱様、それはふらぐと言うヤツでは……』


「…………はっ!」


 御柱様は、何かに気が付いたようだったが、気を取り直して疑似ぴーしー上のサイコロを振る。


『「…………」』


 出た目を見て固まる二つの存在。


「のじゃぁぁぁぁ!!!」





 ファーゼストは今日も平和である―――



















 辺境を治める名領主の腰には、それはそれは見事な刀が見られました。


 名領主はその刀を用いて様々な偉業を成しました。

 ある時は、襲いかかる魔物を退け、またある時は悪事を成敗する。

 名領主は人々の生命と生活を守り慈しみ、その魂の輝きで以て闇を切り裂き、人々の生きる道を照らしたのです。

 共にあった刀もまた、その偉業に尽力しました。


 いつしか刀は人々の口に上り、その名を知らしめる事になります。


 陽刀『八咫烏ヤタガラス

 それは、太陽と導きを司る稀代の霊刀。


 名領主の治める地では時々、三本足をしたカラスの姿が見られ、吉鳥として尊ばれたそうな。

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