メイドinスズキ

 朝日の光を感じて目を覚ます。

 メイドの朝は早く、日の出と共に一日が始まるのだ。

 まだ眠り足りず、目を擦りながらベッドから起き出す。

 昨夜は、お気に入りの作家が新刊を出したため、それを読んでいて寝るのが遅くなってしまったのだ。


 読んでいたのは、恋愛小説。


 お互いの身分の壁を乗り越えて、燃え上がる恋。

 数々の障害にも負けず、想いを成就させる主人公達の描写が綺麗で、とてもロマンチックな作品です。


 あぁ、私もいつか、こんな恋が叶うのでしょうか…………


 はっ、いけない、いけない。

 もうお仕事の時間なんですから、支度をしなくちゃ!


 私の名はレーラ。

 ファーゼストからスズキ領にやってきた三人のメイドの中の一人です。

 スズキ領でのお仕事は、非常にやり甲斐のある楽しい物で、充実した満足の行く毎日を送っています。





 第一訓練場の中を怒号と共に、男達の汗と血が飛び散る。


「構えぇぇぇ!突けぇぇぇ!!」


「もっと腰を入れて突かんか!そんなんで、れるほど、辺境は甘くねぇぞ!!」


 あちらでは、教官が怒鳴り散らしながら、新兵に槍の扱いを教えている。


「オラオラ、そんなへっぴり腰で、俺の守りを抜けると思うなよ!」


「けっ!テメエこそ、もっとしっかり構えやがれ!もっと脇を締めねぇと、ブッ飛ばすぞ!!」


 こちらでは、ベテラン達がお互いの技を競い合いながら、お互いを高め合っていた。


「レーラさんお願いします!!」


 そんな中、慌てた声で私の名前が呼ばれる。

 怪我をした新兵が、数人のベテラン兵に連れられて、私の元にやって来たのだ。

 見ると、腕が変な方向に曲がっている。


 うっ、怖い…………でも駄目!

 私がやらなきゃ、兵隊さんの怪我は治らない!!


 回復魔術を修めている私達は、こうして良くスズキ家の訓練に呼ばれるのだ。

 どれだけ激しくぶつかり合っても、私達が居ればすぐに治るという事で、スズキ家の訓練は一層激しい物が行われている。


 本当は血を見るのは苦手だが、今日も怪我を治していく。


「少し我慢していろよ、すぐに終わるからな!まずは骨を嵌めるぞ」


 折れた腕にそのまま回復魔術をかけると、曲がったまま骨がくっついてしまうので、まずは骨をまっすぐにする必要があるのだ。


「よし、いくぞ!!」


 ベテラン兵達は新兵の体を押さえ付け、勢い良く骨を繋ぎ合わせる。


「あぁぁぁぁぁぁ!!!」


 新兵が、堪らず悲鳴を上げる。


 その声に、思わず耳を塞ぎたくなるが、今はそんな事をしている場合ではない。

 急いで回復魔術を掛けて、新兵の怪我を癒す。


 すると、先程まで赤く腫れていた腕が、みるみる治っていき、新兵の呼吸も落ち着いてきた。


「ふぅ」


 ようやく一息つけた。


 やはり、どれだけやっても慣れそうに無い。

 だけど、これも私の仕事の一つだ、頑張らなくちゃ!






 夕方、食堂に向かおうとしていた時の事だ。

 廊下の真ん中で、ぽつんと佇む一つの人影を見かけた。


 髪の毛から肌の色まで、何から何まで透き通るような白色をした儚げなその人物は、先日スズキ家にやってきた、ドワーフのバッケくんだ。

 大体十二、三歳くらいの少年に見えるが、彼は確か十八のはずで、成人している。

 彼は、妖精としての血が色濃いためか、体毛は薄くドワーフらしくない。

 体の成長も止まっているらしく、その姿は儚げで、正しく妖精のようである。

 幼い頃から体が弱く、家族以外と触れ合った事が少ないらしく、年齢の割に言動が幼いので、その見た目も相まって私達は『バッケくん』と呼んでいる。


「バッケくん、どうしたの?」


「あっ、メイドのお姉さん。その、ちょっと食堂の場所が分からなくなっちゃって…………」


 そう言えばバッケくんは、生まれつき物が見えづらいんだっけ?

 ただでさえ、このお屋敷は広くて迷いやすいのに、目印になる物も見付けづらいとなれば、迷っても当然かもしれません。


「それじゃあ、お姉さんと一緒に行きましょうか」


「うん!」


 ふふふ、なんか弟が小さかった頃を思い出しますね。





 夜、一日の最後の仕事を終えようと、廊下を歩いていると、不意に声が掛けられた。


「ずいぶんと精が出るね」


「リ、リオン様!」


 声の主の顔を見て、私は慌てて頭を下げる。


 この方は、私達の主であるライアン様の兄君であられます。

 リオン様は、時々こうしてライアン様やその領地の様子を見にいらっしゃるのですが、ライアン様の事が心配なのか、何度も足をお運びになられているのです。

 とても、思いやりのある、優しいお方です。


「あぁ、そんなに畏まる必要は無いよ。特に今日はプライベートな用事で来たからね」


 それに、メイドの私にもこんな風に声を掛けて下さる、気さくなお方です。

 なので、私はいつも、この方との会話をついつい楽しんでしまいます。


「ふふふ、兄弟仲が良くて羨ましいです」


「そ、そうかな?ハハハッ。今日はコイツでライアンと一杯やろうと思ってね」


 そう言って、リオン様は手に持っていたワインの瓶を掲げて見せて下さいます。

 ふふふ、兄弟でお酒を酌み交わすなんて、本当に仲がよろしいのですね。


「それでは後で、何か摘まめる物を、お持ち致しましょうか?」


「それじゃあ、お願いしようかな」


 リオン様はそう言って微笑むと、廊下の向こうへと去って行った。

 私は、そんなリオン様の姿を見詰め続ける。


 はぁ、こうして気軽にお声をお掛け下さるのは、きっとリオン様の人柄なのでしょう。

 きっと、どなたにもあの笑顔向けられているに違いない。


 ……でも…………でも、もしあの笑顔が私だけに向けられているとしたら………………


 不意に、昨夜読んだ小説の内容が思い出される。

 身分違いの恋をした女性が、貴族の貴公子と恋の炎を燃え上がらせる。


 小説の登場人物に自分を重ねている事に気が付き、恥ずかしさで顔が熱くなってくる。


 違ッ、違うのこれは!

 別に私は、リオン様との事なんて考えてないの!!


「そ、そうだわ。早く仕事を終えて、お摘まみを持って行って差し上げなきゃ」


 私は、先程までの考えを誤魔化すかのようにして、仕事を終わらせることにした。





 今日も一日が終わる。

 自身の部屋で、今日一日の事を思い出す。


 スズキ領での生活は、忙しくはあるものの、充実した非常に楽しい毎日を送っている。


 明日も良い一日でありますように。


 今日という日が良き一日であった事を感謝し、明日も同様であるように神に祈る。


 …………それと、もし叶うなら、明日もリオン様とお話ができますように!


 こちらは、どちらかと言うとルドルフ様に祈る。


 こうして、一通りの祈りを捧げると、早々にベッドの中に入った。

 メイドの朝は早い。


「おやすみなさい」


 布団を被ると、すぐに睡魔が訪れた。

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