ロバート達の華麗なる一日

 チュンチュンとさえずる小鳥の鳴き声によって、目が覚める。

 知らない天井だ…………


 いや、確か私はファーゼスト家に泊まったはずだ。

 昨夜は、かなりの量のワインを飲んだので、記憶が少し曖昧である。

 昨日の事を思い出そうとしていると、不意に布団の中で、何かがもぞもぞと動く気配がする。


「おはようございます」


 私の布団から顔を覗かせている女性は、昨日ルドルフ殿に紹介された少女の母親だ。


 やはり、夢ではなかったか…………


 昨夜、へべれけに酔った私が部屋に戻ると、彼女はのためにと部屋の中で待っていたのだ。

 当然ながら私達は今、一糸纏わぬ生まれたままの姿。


 本当に、何故こうなったのか…………


 事の始まりは、私が『紳士倶楽部』と言う名の娼館にやって来た事だった。










 私は、家の当主に就任したばかりで、その日は、父から多くの情報が集まる場所として『紳士倶楽部』を紹介され、店まで足を運んでいた。

 ただ、やって来たはいいものの、このような場所に来るのは初めての事で狼狽えてしまい、店の入口で右往左往としてしまったのだ。


「先輩ー、ロバート先輩ー! こっちこっち!」


 だがその時、懐かしい声が私の名を呼んだ。

 声の主は学園時代の後輩。

 実に何年振りの再会だろうか。


 そう言えば、今日は彼の弟の叙爵式だったな。

 普段は辺境の領地にいる彼が、王都にやって来ているのはその為か。

 普段から調子のいい男だったが、今日は酒が入っているらしく、記憶にある姿より一段と調子が良かった。

 ……というより、うるさいし鬱陶しい。


 そんな彼だが、この店には慣れているらしく、一人にされる事に比べれば幾分かましである。

 今日は酒が入っているせいで、あんなだが、根は真面目ないい奴だ。

 今日は頼りにさせて貰う事にしよう。


「ロバート先輩はどうします?あっ、私が奢りますよ、初めての『紳士倶楽部』なんですから、楽しんでいって下さい。」


 後輩はそう言って、私に注文を促す。


 そうは言われても、今日は店への顔繋ぎ程度に考えていたので、特にしたい事も、欲しい情報もない。

 だが、店に入ったからには何も頼まない訳にもいかない。


「難しい顔をしてないで、何でも言って下さい。」


 後輩は、そう言って更に注文を促す。


 何でもか…………

 特に欲しい情報は無かったが、その言葉を聞いて、ふと思ってしまった事があった。


 それは、無事に生まれたかどうかも分からない、私の子供の事だ。

 昔、私は屋敷で働く一人の女性を愛してしまった事があった。

 だが、彼女は身分が低かったため妊娠が発覚すると、私の知らない間に屋敷を追い出されてしまったのだ。

 今どこにいるのか、生きているのかどうかすら分からない。

 もし何でも分かるのなら、今どうしているかが知りたい。

 もし無事に子供が生まれていたなら、今いくつになっているだろうか…………


「………………十歳ぐらいか」


 私の口から、ぽつりと言葉が漏れる。


「…………え? 十歳ぐらいの女の子?いや……さすがにそれはいくらなんでも……………」


 後輩のその言葉で、私が何を口にしたか気が付き、はっとする。

 娼館で注文を聞かれ、十歳ぐらいと答えればどうなるか…………


「ち、違う、そうじゃない!私が言いたいのは…………」


「……先輩、そんな趣味してたんですね…………」


「だから、違うと言っているだろうが!!」


「そ、そんな怒らないで下さい、口外なんてしませんよ」


 くっ、この酔っ払いめ、口外するも何もお前の勘違いだ!


 それからどうにかこうにか誤解を解こうにも、酔っ払いが相手では暖簾のれんに腕押し。

 否定すればする程、誤解を深める羽目になってしまった。

 店の従業員に十歳ぐらいの子供がいなかった事は、幸いだったと言えよう。


「私が先輩のために一肌脱ぎますよ。こう見えても、私はこの店の店主と顔馴染みなんで、話を付けておきますよ」


 だから、一肌脱がんでいい。

 店主にまで誤解を広めるな!

 お前は無駄に顔が広いんだから、余計な事をするんじゃない!!


「では、いいですか? 先輩との再会を祝して、カンパーイ!」


 誰が良いと言った?乾杯じゃないだろ!?

 ええい、この酔っ払いめ、素面しらふに戻ったら覚えていろよ!!


 だが話はこれで終わらず、あれよあれよという間に事は大きくなっていった。

 後輩から店のオーナーへ、店のオーナーからファーゼスト辺境伯へと話が伝わり、いつの間にか正式にアポが取れ、気が付けば辺境に足を運ばなければならないまでに事態は進展してしまった。


 …………誰がそこまでしろと言った。


 形式上とはいえ、私が少女の紹介をして欲しいと、お願いをしている立場なのだから、何の理由も無しに訪問を取り消すのは非礼である。

 それに加え、麒麟児が、私の来訪を正式に受理したのだ。

 例え誤解だったとしても、直接私が顔を出さねば収まりがつかない。


 くそッ、あの酔っ払いを一発殴っておけば良かった。


 こうして、私は遠く離れたファーゼスト領へと赴く事になってしまったのだ。









 トントン拍子に決まったファーゼスト家の訪問だったが、急な来訪にも関わらず、ルドルフ殿からは厚い歓待を受けた。

 特に先程食べた夕食。

 口に入れた時の感動たるや、口にフォークを入れたまま固まってしまった程だ。

 しかも、ルドルフ殿はそのレシピを快く渡してくれると言うではないか。

 借りを作る事は分かっていたが、あの料理の魅力には逆らえず、私はありがたく頂戴する事にした。

 これだけでも、ファーゼスト領に足を運んだ甲斐があったというものだ。


「ルドルフ殿、この度は急な来訪にも関わらず、このような歓待を頂き、誠に感謝致します」


「なんの、シュピーゲル家の次期当主と、紳士倶楽部のオーナーの紹介を受けていらっしゃるのですから、私としても、正式な客人を迎えるのは当然の事です。お気になさらず」


 ルドルフ殿はそう言って、本当に何でもなかったのかのように答える。

 やはりルドルフ殿ぐらいの人となれば、あの程度のレシピなど、はした金と同義のようだ。

 同じ貴族とは言えその感覚の違いに、どこか遠い雲の上にいるような距離感をルドルフ殿に感じた。


 これが、麒麟児と言われる人物か。

 なんと言うか、人としての格の違いのような物を感じる。


「そう言えば、何でもロバート殿は、とあるものを探しにファーゼスト領にいらっしゃったとか?」


 考え事をしていると、ルドルフ殿からそう切り出された。

 先程までの浮わついた気持ちを切り替えるために、椅子に座り直し、ルドルフ殿と相対する。


「ええ、実はその事なのですが……その、どうやら誤解があるようでして……」


 さて、噂の麒麟児を前にしてどう誤解を解いたものか。

 私が少女趣味ロリコンと勘違いされたままでは、この先色々と不都合がある。

 特に、ルドルフ殿は各方面に強い影響を持っているため、もしその口から私が少女趣味ロリコンなどと言う事が漏れれば、その噂は誠しやかに囁かれるだろう。


「おや、紳士倶楽部のオーナーからは、あるものを探していらっしゃると伺いましたが、違いましたか?」


 いや、確かに、何かを探しているかと言われれば、その通りではある。


「いえ、それは違わないのですが…………その、私は別に十歳ぐらいの少女を探している訳では…………」


 だがそれは、私が少女趣味ロリコンだからという理由では、決して無い。

 その誤解だけは解かなければならない。


「ロバート殿、分かっております」


 ほっ、良かった。

 流石はルドルフ殿、噂通り情報通だ。

 どういった情報網をお持ちか分からないが、こちらの事情は把握している様子。


「ルドルフ殿、いや、本当に申し訳ない」


 こんな下らない勘違いのために、忙しいルドルフ殿のお時間を費やしてしまい、本当に申し訳ない。

 そう思い、私はルドルフ殿に頭を下げる。


「人は誰しも、他人には言えない事の一つや二つあるものです。」


「…………ルドルフ殿?」


 何やら雲行きが怪しい。

 全く、これっぽっちも誤解が解けている気がしない……

 むしろ、誤解が深まったような気さえする。


「貴方が何をでようとも、良いではありませんか。例えそれが周囲の理解を得られなくとも、大切なのは貴方がどう思っているかでしょう?」


 そう言ってルドルフ殿は不敵に笑い、こちらの心を見透かすように見つめてくる。


 ……待てよ。

 果たして、十歳ぐらいの少女を紹介して欲しいなどと言う、下らない案件で、ルドルフ殿との面会が許されるだろうか?

 こんな些事に、貴重な時間を費やすなどありえないのではないか?


 ルドルフ殿と言えば、情報通で知られている。

 ひょっとして、私の本当の事情についても調べが付いているのではないだろうか。


「………………まさか、ルドルフ殿」


 もし、今回の件を、本当の意味で知っていたとしたら、今までの話も違う意味を帯びてくる。

 私が誰を愛していたか、何を探しているのか…………


「フフフ、ご安心下さい他言は致しませんよ。ロバート殿とは良い関係でありたいですからね」


 ルドルフ殿は、そう言って静かに笑った。


「…………」


 いや、流石に私の考え過ぎか。

 いくら何でも、話が出来過ぎている。

 もし仮にそうだったとしても、どうやって私の子供を見つけるのだ?

 調べるにしても、こんな短期間で何ができる。

 普通に考えればありえない事だ。


「さて、今日はせっかくロバート殿のために、ご用意させて頂いたのです。ゆっくりと品定めして下さいませ」


 まあ、折角ルドルフ殿が場を設けてくれたのだから、それを無下にするのも悪い。


「…………ルドルフ殿、宜しくお願い致します」


 だが、ルドルフ殿の噂は、いつも驚かされる逸話ばかり。

 もしかしたら、ひょっとしたら。

 そう言った気持ちが無いと言えば嘘になる。


「では早速。……入れ」


 ルドルフ殿がそう言うと、部屋の扉が開き、メイド姿をした一人の少女が姿を現し、私の前で、ぎこちなさの残る一礼を披露し、にっこりと微笑む。


「な、何と…………」


 一目で分かった。

 この子は、私の子だ。


 目鼻は、私の子供の頃に良く似ている。

 顔の雰囲気は母親そっくりだ。

 癖っ毛な所は、私の父譲りだろう。


 だがそれ以上に、見た瞬間なんとも言えない感情が胸の内より沸いてきたのだ。

 しっくりくるというか、収まりがいいというか……

 この子が私の子供だと言われて、どこか腑に落ちる思いがするのだ。


「お気に召されましたか?」


「……ルドルフ殿、この子の年齢は?」


 その質問は、もはや私の確信を裏付けるための物でしかない。


「八歳です。…………どうぞ、他にも何かご質問等があれば、直接お聞き頂いて構いませんよ」


「……それでは」


 私は少女の目の前で片膝を付くと、目を合わせながら優しく語りかける。


「君の名前は?」


「アンナです、八歳です」


 アンナ……それはもし娘が出来たら付けようと、二人で考えていた名前だ。


「身体はどこか悪くないかい?風邪を引いたりはしてないかい?」


「アンナは元気だよ……です!辺境ッ子はみんな丈夫なのです!」


 そう元気に答える姿に嘘偽りは無い。

 そうか、娘達はファーゼスト領で元気に暮らしていたのか。


「お母さんは元気かい?………あと、お、お父さんは?」


 私の愛した人がどうしているのか、聞くのが少し怖かったが、聞かない訳にはいかない。


「お母さんは元気です、お父さんはいません」


 アンナの言葉に、少しほっとしてしまった。

 あれから十年近くも経つのだ。

 新しい伴侶を求めていてもおかしくはなかったが、彼女はそうしなかったようだ。


「今の暮らしは辛くないかい?」


 女手一つで娘を育てるのは、一体どれ程の苦労だろうか。

 アンナも辛い生活を送っていたのではないだろうか。

 貴族としての暮らししか知らない私には、想像も付かないぐらいの物だったに違いない。


 だが私の心配を、アンナは満面の笑みで否定する。


「ルドルフ様のお屋敷で、お勉強をするのは楽しいです!お母さんみたいな、素敵なメイドになって運命の人と出会うの!!」


 その言葉を聞いて、私の頬を涙が一筋伝う。

 アンナは、母親が私と出会った事をまるでおとぎ話か何かのように、嬉しそうに話すのだ。


 ふとあの頃の思い出が甦る。

 彼女の楽しそうに笑う笑顔。

 一生懸命に働く姿。

 腕の中で恥ずかしそうに、はにかむ愛しき人。


 どれだけの月日が流れても、一向に色褪せる事のない思い出だ。


「ルドルフ殿、もう結構でございます」


 流した涙を隠しながら、私は席へと戻る。


「もういいぞ、戻れ」


 ルドルフ殿がそう言うと、少女はまた、ぎこちない一礼をして去っていく。

 私はその後姿を見つめながら、物思いに耽る。


 誰が想像できただろうか。

 後輩のとんでもない勘違いに始まり、辺境まで謝罪に足を運んでみれば、そこには私の過去の心残りが待っていた。


 子供の元気な姿は見る事ができた。

 ……だが、それで?

 それで私はどうしたいというのだ?


 あまりに急な事で、考えが追い付かない。


 子供の事が気掛かりだった事に嘘偽りは無いが、いざ目の前にして、これからどうしたらいいのかが分からなかった。


 あの子を我が子として家に呼び戻す?

 …………馬鹿な。

 現在、私には跡継ぎがいないどころか、伴侶すらいない。

 そこへ、平民との間に生まれた子供が第一子となれば、家中は揉めに揉める。

 そもそもあの子の母親が屋敷から追い出されたのは、そう言った騒動を起こさないための物なのだ。


 遠ざけた騒動の種を、私が自ら呼び戻してどうすると言うのだ…………


「ところで、話は変わるのですが、ロバート殿は親子が離れ離れで暮らす事をどうお思いですか?」


 私が物思いに耽っていると、ルドルフ殿がやや芝居がかったような口調で問い掛けてきた。


「ルドルフ殿、それは一体どういう意味ですか?」


 私はルドルフ殿が何を言いたいのか分からず困惑する。


「そのままの意味ですよ。遠い遠いどこかで我が子がどんな目に遭っているか、親はどんな気持ちでしょうね?」


 ルドルフ殿は今の私の事を言っているのか…………


「…………」


 そんな物、一緒に居たいに決まっている。

 誰が好きこのんで、離れるものか。


「何か辛い目に遭っているなら、どうか、一緒に居てあげたい。出来る事なら代わってあげたい。それが親心と言うものではないでしょうか?」


 そんな事、言われるまでもない。

 親子三人で一緒に暮らしたいと、どれだけ願った事か。


 だが、ルドルフ殿の口振りはどうだ?

 これでは、まるで私達が一緒になるべきだと言っているようではないか。


「…………まさか」


「はい、そのまさかです。……母親も一緒に召し上がってはいかがですか?」


 ルドルフ殿は、さも当たり前の事かのように言葉にした。


「ルドルフ殿……貴方は、一体なんと言う事を…………」


 ここまできて、ルドルフ殿が私の事情を把握していないなど、ありえない。

 彼は、私に親子三人で一緒になれと言っているのだ。


「おや、お気に召しませんでしたか?」


 ここに至って、私は始めに聞いたルドルフ殿の言葉の意味が、ようやく理解できた。


『貴方が何をでようとも、良いではありませんか。例えそれが周囲の理解を得られなくとも、大切なのは貴方がどう思っているかでしょう?』


 そう、ルドルフ殿は始めから私に言っていたのだ。

 私が誰を愛するか、私がどうしたいのか。

 そう問い掛けていたのだ。


「……素晴らしい、何と素晴らしい!!まさか、ルドルフ殿にそう言って頂けるとは……」


「そこまで喜んで頂けるとは、提案した甲斐があると言うものです。また後で、母親とも顔を合わせる機会を設けましょう」


 確かに、私だけで盛り上がっていても仕方がない。

 お互いがどう思っているのか、しっかりと確かめねばならない。


「是非、お願い致します。だが、しかし……」


 目を瞑ってこれからの事に考えを巡らせる。

 いくらルドルフ殿がそう言ったからといって、私の家中の話が纏まる訳ではない。

 私が、本当の意味で家中を掌握するにはまだまだ時間がかかる。

 だが、私は彼女達を諦めるつもりは毛頭ない。


「………………ルドルフ殿、厚かましいお願いではございますが、あと二年……いえ、一年で結構です。お時間を頂けませんか?」


 それだけの時間があれば、家中を掌握し、両親を説得し、周りに何も言わせないだけの力を持って見せる。

 だが、私の言葉に対し、ルドルフ殿は想像以上の言葉を返してきた。


「では、ちょうど十歳の誕生日まで、ファーゼスト家で面倒を見ましょう。そして、あの子が十歳になった日に誕生日プレゼントを差し上げるのです。いかがでしょうか?」


 なんと母娘揃って、ファーゼスト家でと言うではないか。

 つまりそれは、ファーゼスト家の侍従としての勉強を積ませると言う事。

 家の者も、ただの平民を娶ると言えば反発するだろうが、ファーゼスト家の侍従を娶るとなれば、納得する者も多いはず。


「よろしいのですか!?」


「ええ、あの子に素敵な誕生日を迎えさせるのです。中々の趣向でしょう?」


 なんと言う、全くなんと言うお方だ。

 ここまでお膳立てされては、やるしかないではないか。

 私があの子に贈る、初めての誕生日プレゼントを最高の物にしなければ。


「素晴らしい……なんと素晴らしい趣向だ!……私は、ルドルフ殿を勘違いしていたようだ。私の周りには中々理解してくれる者がいなかったが、どうやら貴方は違うようです!」


 今まで周りの言う事を気にして、何が大切なのか見失っていた自分が恥ずかしい。

 貴族としての外面が何だというのだ、周りを黙らせるだけの力を持てばいいだけの事ではないか。


 私の目を覚まさせてくれたルドルフ殿には感謝の言葉しかない。


「ロバート殿。私で良ければいくらでも力になりましょう」


 その上、そんな言葉まで頂けるとは……


「何と言う頼もしい言葉! ありがとうございます、今日はルドルフ殿に会えて、本当に良かった」


「いえいえ、こちこそロバート殿に喜んで頂けて何よりです」


 ルドルフ殿が味方に付いたと言うだけで、どれだけ心強い事か。

 他人の幸せにここまで尽くせるなど、なかなかできる事ではない。

 噂に聞く以上に素晴らしい人格者だ。

 この方のために、全てを投げ打つ人がいると言う話も頷ける。


「ルドルフ殿、今後何かあれば是非私を頼って下さいませ。このロバート=オオクラ=トヨトミ、出来る事なら何でも致しましょう!!」


 だから、その言葉を告げるのに全く躊躇は無かった。

 私は、これ程までの心意気に対して、払う対価を持ち得なかったからだ。


「心に留め置いておきます。……さて、話がまとまったところで一杯いかがですか?」


「是非、頂きます」


 そう言って飲んだワインは、いつもの何倍も美味しく感じ、ついつい飲み過ぎてしまった。





 どれだけ飲んだか分からなくなった頃、私はファーゼスト家の家令に連れられ、私に宛てられた客室へと向かった。


 そこで誰が待っているかも知らずに。

 先程ルドルフ殿は何と言っていただろうか?

 彼は、こう言っていたはずだ。

『また後で、母親とも顔を合わせる機会を設けましょう』と。


 部屋の扉を開くと、中では一人の侍女が待っていた。

 年月が経てども、その姿は見間違えようもない。

 私が愛した、ただ一人の女性。


「…………ハンナ」


 月日が経てば、人の想いも移ろうもの。

 彼女は今、何を想い、何を考えているだろうか。


「ロバート様、またお会いできて嬉しいです」


 だが、私の不安は、ハンナの嬉しそうな声に払拭される。

 その嬉しそうな笑顔を見て、彼女が私と同じ気持ちであると悟った。


 そして、気が付くと柔らかな温もりが、腕の中にあった。

 私が抱き寄せたのか、それとも彼女が飛び込んできたのか。

 別にどちらでも構わない、二人の想いは同じなのだから。


「もう、二度と離さない」


 そう呟いたのはどちらだっただろうか。


 辺境の夜は長い。

 しかし、私達が離れていた分の想いを確かめ合うには、些か時間が足りないようだった。

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