鍛冶師ワッツの華麗なる一日

 朝、一日の始まりとして日課になってしまったそれを今日も行う。


 二年程前に、自らの手で生み出した最高傑作を手に取り、油を染み込ませた布で手入れをしていく。


 手から伝わる鋼の感触に、少しだけ笑みが浮かぶ。


 アダマンタイトをここまで加工するのにどれだけ苦労したか。

 鎚を振るうのに夢中になり過ぎて、どれだけの時間を忘れたか。

 この作品一つに、自身の技術をどれだけ詰め込んだか……


 過ぎ去ってしまった過去を思い出しながら、黙々と手を動かす。

 だが、一通りの作業が終わると、まるで心地良い夢から醒めたように、途端に寂しさが込み上げてくる。


 何故なら、今自分が手にしているものは、文字通りのだからだ。


 鉱山から取れる希少なアダマンタイトを惜しげもなく使い、秘伝の技術を使い硬度を増しつつ、同時に粘りも持たせる。

 ただでさえ扱いの難しい鉱石を、炉と鎚と勘のみを頼りに、幾日もの時間を費やして作り上げた一品。

 それがどれ程の技術の極地であり、鋼の極地であるかは、同じ鍛冶師でなければ理解できるものではない。


 だが、そんな逸品を造り上げた事を誇りに思うと同時に、俺っちの心を襲ったのは、ある種の虚しさだった。

 つまり、この作品は俺っちの最終到達点であり、これ以上の作品は、もう造るどころか想像する事すらできないのだ。


 胸を苛む虚無感を誤魔化すために、横に置いておいた酒瓶を一口呷る。


「ぷはぁー……ッヒク」


 鋼の頂きを見て以来、本気で鎚を振るった事はない。

 やる事なす事が既知の物で、そこに新しい何かは存在しない。

 有り体に言えば、鎚を振る意味を失くしたのだ。


 頂上に到達する虚しさを知った俺っちは、それからまもなくして鎚を置いた。

 俺っちが鎚を置いてからそろそろ一年が経つが、鉄を打たない日々がこんなにも退屈だったとは思いもしなかった。


 過ぎ去りし過去の栄光を見つめながら、また一口酒を呷る。

 いつからか味は分からなくなったが、酔えればそれでいい。

 鎚を振るう楽しみを失った俺っちには、それだけが唯一の楽しみなのだ。


「あんた!やることが無いなら、店番でもしておくれ!」


 ちっ、人がせっかく酔ってるってぇのに、うるせぇかかあだ。

 結婚した時は、俺っちを立てて一歩下がる貞淑な良い女だったが、今ではすっかり逞しくなっちまいやがった。


 ああー、やだやだ。

 年月って言うのは残酷だね、本当。


「あんたッ!!さっさとしないと、酒を取り上げるよ!」


 一人の女を、こんなにもおっかなくさせやがるんだから。


「そんなでけぇ声出さなくても、わあーったよ!」


 まったく、泣く子とかかあには勝てねぇな。


 俺っちは、道具の片付けもそこそこに、急いでカウンターへと駆け出した。






「暇だな…………ッヒク」


 かかあに怒鳴られて仕方なく店番をするも、特にする事はない。


 ウチの工房は、その筋では名の知られた工房ではあるが、一族のみで運営しているため、抱えられる仕事の量には限りがある。

 また、仕事一つ取っても、受注から納品までには数ヵ月から、下手すれば一年以上掛かる事もあるため、店に訪れる客の数なんぞ高が知れてる。

 一人も客が来ない日なんてのもざらだ。


 たまに、勘違いした馬鹿がやって来る事もあるが、そう言ったアホ共には、部屋の隅の樽に突っ込んである武器を売って、追い払う事にしている。

「コイツを使いこなせるようになったら、また来な」とでも言えば、喜んで帰ってくれるので中々重宝している。


 勿論、だからと言って手を抜いて造ってある訳ではない。

 きちんと鍛造で造られており、そこらの安物よりもずっと丈夫な造りをしている。

 だが、とても一級品と呼べる物ではなく、癖の無い初心者向けの品となっているのだ。


 追い払う時の言葉も嘘ではない。

 これらの武器をきちんと使いこなせるようになれば、それは得物を扱える、一人前になったという証拠。

 もしそうなれば、こちらも快く注文を受けている。


 まあ、そんな輩は滅多に現れないがな。


「…………ッヒク」


 カウンターに頬杖を付きながら、酒瓶を弄くり回す。

 かかあに、一日に飲んで良い酒の量を制限されているため、チビチビと酒を舐めながら、時間が経つのを待つ。


 そうして適当に時間を潰していると、店の外で馬車が止まる気配がした。

 何やら話し声も聞こえ、しばらくすると、扉が開いて二人の人物が店の中へとやって来た。


「失礼する、私はスズキ家のライアンと申すが、店主のワッツ殿はいらっしゃるか」


 男の第一声に顔をしかめる。


「…………なんでい、俺っちに何の用だ……ッヒク」


 引退した俺っちを名指しで呼ぶなんて、碌な案件じゃない事が殆どだ。

 大方、どこぞの貴族が俺っちを囲いたいとか、どうせそんな話だろう。


「おお、貴方が『黄金の鎚ゴールデンハンマー』と名高いワッツ殿でしたか。私は先日爵位を賜りました、ライアン=スズキと申します。今日は、貴方の腕を見込んで依頼をお願いしにやって来ました。」


 男が口にした内容は、俺っちの予想予想通りではあったが、相手の名前に少しだけ違和感を覚えた。


 ……ん?スズキ?


 スズキと言えば、誰もが知る英雄が名乗っていた姓だ。

 そのため王国では、許された者以外がその姓を名乗ることは重罪である。


 ……そういやこの間、魔の領域を開放した英雄が現れて、スズキを名乗る事を許されたってぇ話を聞いたが、この男がそうか。

 どこかの馬鹿貴族かと思っていたが、こいつはとんだ大物だ。


「おう?何だあんた貴族様だったのかい。……ッヒク、息子を呼ぶから、ちょいと待ってな。 ………ビッケ!おいビッケ!!貴族様のご依頼だぞ!!……ッヒク」


 久し振りの仕事の注文を受け、俺っちは今代の『黄金の鎚ゴールデンハンマー』を呼んで、酒を一口呷る。


 良く勘違いしているヤツがいるが、『黄金の鎚ゴールデンハンマー』は店の名前で、俺っちの事を指す名前じゃない。

 一族の中で一番の腕前を持つ者の事を、店の代表者として『黄金の鎚ゴールデンハンマー』と呼ぶのだ。


「ワッツ殿、失礼ですがどうして息子を呼ぶ必要があるのですか?」


「あん?『黄金の鎚ゴールデンハンマー』に仕事の依頼なんだろ?……ッヒク」


 何を言ってんだ?

 ウチの工房に仕事の依頼をしに来たんなら、店主が話を聞くのは当然だろ?


「ええ、なので貴方に仕事を受けてもらいたいのですが…………」


 そこまで言われて、ようやく合点が言った。

 どうやらこの貴族様は、俺っちが引退した事を知らないみたいだ。


「おう何だ、あんたも勘違いしてる口か……ッヒク。俺っちはもう一年前に引退してな、『黄金の鎚ゴールデンハンマー』は息子のビッケに譲っちまったんだ。……ッヒク、悪いな」


 そう言って軽く謝る。

 それを聞いた貴族様は、驚いた顔をしていたが、やがて何かを考え始めたようだった。


「店主よ、少し試させて貰うぞ」


 不意に横から声が聞こえる。


 ん?あぁ、そう言えば貴族様の他にもう一人居たな。

 見ると、男の手には一本の剣が握られており、部屋の隅にある樽の中から選んだ物のようだ。


「ああん?……ッヒク、あっちに専用のスペースがあるから、好きに使いな……ッヒク」


 生憎とこちらは取り込み中だ、付き人はそこらで好きにしていてくれ。


 俺っちが部屋の横の扉を示すと、男は無言で扉の向こうへと去って行った。

 扉の向こうは、ちょっとしたスペースが確保されており、本来は出来上がった作品の具合を確かめて貰うため、剣が振ったりできるようになっている。


 あの男も、適当に素振りをでもすれば満足するだろう。

 そう考え、とりあえず男の事は意識の外へと追いやった。


「……それでは、ただのワッツ殿に、私の領地で腕を振るって頂く事はできませぬか?」


 さっきから、何を考えているかと思ったら、そんな下らない事を考えていたのか。

 他にも色んな貴族様が、俺っちが引退してフリーになったと聞くと、声を掛けてきたが、そう言う問題じゃねぇんだ。


「……ッヒク、貴族様、悪いが俺っちには、もう鎚を振るう意義を見出だせねぇんだ……ッヒク。注文なら、息子に言ってくれ」


 スズキの名を継ぐ程の、本物の英雄に声を掛けて貰えるのは職人冥利に尽きるってもんだが、生憎と今の俺っちは職人じゃねえ。


「そうおっしゃらずに。貴方のような職人が引退するにはまだ早いでしょう」


 そう言ってくれるのは嬉しいが、俺っちにはもうやれる気がしねえんだ。

 悪いが諦めてくれ。


「貴族様、止めときな。親父には何を言っても無駄だよ。鋼の頂きを見て、人の限界を知っちまったんだ……」


 突然、奥から声が聞こえてきた。

 ようやく息子のビッケが顔を出したのだ。


「バカ息子が、余計な事は言わなくていいんだよ!ったく」


 俺っちの役割はただの店番のため、ビッケが来たなら俺っちの仕事は終わりだ。

 あとは、今代の『黄金の鎚ゴールデンハンマー』に任せればいい。


「注文だろ?『黄金の鎚ゴールデンハンマー』ビッケが話を伺うぜ」


「そ、そうですか……では」


 貴族様は、どこか納得のいかない様子ではあったが、本来の目的を思い出したのか、ビッケの対応に応じるようだ。


「ケッ、一丁前の口を聞くようになりやがって……ッヒク」


 そう呟く。

 一人前の顔をするようになった息子の姿に、寂しさを感じ、酒を一口喉の奥へと追いやった。









 その時だ。





 ギイィィィィィィンンン!!





 耳をつんざくような甲高い音が聞こえてきた。

 その金属と金属がぶつかり合う不協和音は、先程男が入っていった部屋の奥から発せられた物だ。


 あの男、一体何をしやがった!?


 全く気にしていなかったが、一体何者なのだろうか。

 この貴族様の護衛?

 いや、貴族様の方が圧倒的に腕が立ちそうだ。

 なんだか良く分からねぇ…………


 いや、今はそんな事を考えている場合じゃねぇか。


 俺っちは急いで扉を開け、慌てて部屋の中へと駆けつけた。


 すると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 軽鎧を着た木人形が半ば真っ二つになっており、折れた刀身が木人形に突き刺さったままになっていた。


 なっ、何て事してくれやがるんだ。

 素振りをしてるだけかと思っていたら、鎧に切りかかるとか、一体何を考えてやがる!!


 だが、それ以上に信じられないのは、この男のしでかした事の結果だ。


 切られた軽鎧はいくらとは言え、しっかりと拵えた実用に耐えうる物だ。

 それを、鍛造とは言え二級品の剣でここまで切るとは、何て腕をしてやがる。


 目の前の男は、柄だけになった剣を捨てると、酷くつまらなさそうな顔をして口を開いた。


「所詮は耄碌もうろくした酔っ払いの作品ということか。」


 男の呟いたその言葉に、ついカッとなって頭に血が昇る。


「おうおうおうおう!俺っちの作品を台無しにしておきながら、でけえ口を叩くじゃねえか!?」


 切られた軽鎧は、まだ俺っちが現役だった頃に造った品だ。

 いくら昔の作品だとはいえ、台無しにされて気分の良いものでもない。


 声をかけると、男はようやくこちらに気が付いたようで、人を小馬鹿ににしたような笑みを浮かべる。


「作品?冗談を言うな、ただのナマクラだろう?」


 な、ん、だ、と、ぉ!?

 このクソ野郎、言うに事を欠いて俺の鎧をナマクラだとほざきやがる。


「あぁん! ナマクラとは言ってくれるじゃねえか、喧嘩売ってんのか!?」


 ウチの店で暴れ回るだけでは飽きたらず、俺っちの鎧にイチャモンまでつけるとは何様のつもりだ!


 男のあまりにもの言い種に、怒りが募る。


「…………あの、ルドルフ殿。実はですね、ワッツ殿は既に一年程前に引退しておりまして………」


 そこに貴族様が口を挟んで男を宥めるが、それを聞いた男の口から出た言葉は、火に油を注ぐものだった。


「…………なんだ、やっぱりナマクラではないか。」


 ブチンッ。

 俺っちの中で何かがキレる音がした。


「この野郎、二度もナマクラ呼ばわりしやがって…………」


 英雄の付き人だかなんだか知らないが、偉そうにしやがって。

 俺っちの鎧をナマクラと呼ぶんだから、腰の刀はさぞかし立派な物だろうな?

 おうおう、そこまで言うなら『本物』ってぇ物を見せて貰おうじゃねえか。


「もう我慢ならねえ! やいてめえ、そこまで言うなら、俺にも考えがある。おめえの腰にぶら下げてる物で、こいつを切って見せやがれ!!」


 そう言って俺っちは、朝手入れをしたばかりのを指差す。


 見るからに重厚に造られたその鎧は、最高硬度を誇るアダマンタイトをふんだんに使っている。

 刀のような薄っぺらい刃なんぞ、文字通り刃が立つ代物ではない。


 男にもそれが分かるのか、鼻で笑って相手にしようとしない。

 ……がしかし、これだけ店の中で暴れておいて、ただで済ますつもりは毛頭無い。

 俺っちの最高傑作で、男の腰の刀をへし折ってやらないと気が済まないのだ。


「ああん?それとも何だ、お腰のそいつはかい?」


 だから、そう言って男を煽る。


 カチン


 …………だが、俺っちが言葉を発した瞬間、空気が変わった。


 室内なのに、男を中心に風が吹いたような錯覚を覚える。


 さらに、何と呼べばいいのか……殺気というか、闘気というか、とにかく、男から何とも言えない圧力を感じて、一歩後ずさった。


「…………クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!」


 男が不敵な高笑いを上げる


「老いぼれの玩具おもちゃと一緒にするな!」


 人を小馬鹿にしたような態度は変わらないが、先程とは打って変わった威容を放つ。


「ふん、貴様のナマクラと、私の愛刀の格の違いを見るがいい」


 今まで感じた事の無い程の気配に気圧され、一気に酔いが覚めた。

 だが、男はそれだけ言うと、それ以上は何もせずに背を向けて行こうとする。


「ライアン殿、このような工房に頼むのは止して帰りましょう」


「いえ、ルドルフ殿……その…………」


「私は、愛刀のメンテナンスを先に済ませる事にしますので、また後程」


 それだけ言うと、男は店から出て行った。


 一体何だったのだろうか。

 でかい口を叩いた割には何もせずに帰って行きやがった。


 男が去った事で、部屋の中の緊張がようやく解ける。


 しまった!

 あの男の雰囲気に飲まれて、結局うやむやにされてしまった…………


 だが、そこまで考えた所で、背後からズシンという重たい何かが地面に落ちる音が聞こえてきた。


「………………」


 何の音だ……いや、まさか…………そんな、ありえない…………


 俺っちは、何処か祈るような気持ちで、ゆっくりと背中を振り返る。


「………………」


 目に飛び込んで来た光景に、呼吸を忘れた。


 最高傑作が。

 鋼の頂きが。

 詰め込んだ技術の結晶が。

 鍛冶師の到達点が。

 そして何より、俺っちのプライドの塊が見事に切り裂かれていた。


 それも斜め一文字に一刀両断。

 鏡面のごとく輝く断面は、見事としか言いようがない。


「…………一体いつ、どうやって?」


「ワッツ殿が、『ナマクラ』と言った瞬間です。」


 思わず漏れた言葉に、貴族様が答えてくれた。


 カチンと聞こえたあの音は、聞き間違いではなかったのか。

 あの時、風が吹いたような気がしたのも、錯覚ではなかったのか。

 ……信じられない、一瞬の事で全く分からなかった。


 だが、あの男がどれ程の技量を持っていようとも、納得がいかない。

 あの鎧は、どれだけの腕をしていようが、薄っぺらい刃を通す程甘く造ってはいないのだ。


「ワッツ殿の鎧も見事な物でしたが、ルドルフ殿の刀は魔道具……いえ、神器と言って差し支えないレベルの物です」


 俺っちの疑問が顔に出ていたのか、またしても貴族様が答えてくれた。


 どれだけ優れていても、神秘を前にしてしまえば鍛えただけの鋼に意味など無い。


 魔道具…………いや、神器だったか。

 あの刀は、神代の神秘を内に秘めた一振だったのか。


 …………そうか、そう言う事か。


「フフフ、ブハハハハハハハハ!!」


 今までのモヤモヤとしていた気持ちが、パズルのピースがはまるかように、心の内にカチリと収まっていく。


「ワッツ殿?一体どうされたのですか?」


 愉快だ、こんなに愉快な気持ちになったのは一体いつ振りだ。

 今まで鬱々としていた気分が嘘のように、晴れ晴れとしやがる。


「ライアン様、先程は大変失礼致しました。言葉を翻して申し訳ありませんが、是非俺っち……私の腕をライアン様の領地で振るわさせて頂けませんか」


 身を改めて、ライアン様にそう願い出る。


「それは願ってもいない事なので構いませんが、一体どういった心境の変化があったのですか?」


「ドワーフは、本来、神代の神秘を受け継ぐ種族でした。しかし、いつしかそれは失われてしまったのです。私は、その神秘を取り戻したいと思います」


 そう、あの鎧はあくまでも人のわざで造られた代物。

 それをあのクソ野郎は、神代の神秘でもって粉砕していきやがった。


 俺っちのプライドを嘲笑うかのように、一刀の下に切って捨てて行ったのだ。


『所詮、人のわざなどこんなものだ』と言われている気さえするぐらいだ。


 上等じゃねえか、ここまでされて黙っているようでは、鍛冶師の風上にも置けねぇ。

 そっちがそう言うなら、こちらも同じステージに立つまでだ。


「親父、一人で行く気か?」


 息子のビッケが、声をかけてきた。


「おうよ、止めても無駄だぜ」


 どうせ店にいても、特にすることなんて無かったんだ。

 俺っちがいなくなったって、問題無く店は回る。


「そうじゃない、弟のバッケも連れていってくれ」


 息子の言葉を聞いて、言葉に詰まった。

 もう一人の息子は、生まれつき体に色が無く、日の光の下に出ると、すぐに火傷を負ってしまうという奇病を患っていた。

 体毛も薄く、ドワーフらしくない。

 医者の話では妖精としての血が色濃く出たのではないかとの事だった。


「バッケの目は必ず役に立つ。それに『耐火レジストファイア』の魔術を覚えたから、日常生活は問題無いはずだ」


 また視力が悪く、物が見え辛い代わりに、目に見えない物を感じる能力がずば抜けていた。

 神代の神秘を取り戻したいと考えるなら、うってつけの人材だ。


「私は構いません。二人ともスズキ家で生活の面倒等を引き受けましょう」


 話を聞いていたライアン様が、そう仰って下さる。


「ありがとうございます」


 ライアン様に礼を言って、頭を下げる。

 そうして話が纏まった所で、一つ気になっていた事を伺う事にした。


「ところでライアン様。先程のあの男は一体何者ですか?」


 付き人だとばかり思っていたが、ライアン様への言動を思い返してみれば、どうやら違う様子。

 英雄の名を継ぐ方と、あのように気安く声を交わすとは一体どのような人物なのか。


「ワッツ殿は王国の麒麟児の事を聞いた事はありませんか?あの方が、ルドルフ=ファーゼスト辺境伯その人ですよ」


 ライアン様は笑いながら、そう教えて下さった。


「早速ですが、移住について手続きがありますので、取り敢えず私はこれで失礼致します。追って人を遣いますので、詳しくはまた後程」


 ライアン様は、そう言って丁寧な一礼をすると、店から去って行った。


 そうか、あいつが噂に名高い麒麟児だったのか。

 噂ではもっとスマートな奴だと思っていたが、実物はとんでもないクソ野郎じゃねぇか。


 借りを返す相手も分かった事だし、早速引っ越しの準備に取りかかる。


「覚えていやがれ、いつかその刀をへし折ってやるからな!」


 俺っちの心の炉に火を灯してくれた、は、いつかきっちりさせてもらおう。


 ニヤリと笑い、切られた鎧の後片付けを始める。


 どこからか、あのクソ貴族の高笑いが聞こえてくるような気がしていた。

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