悪徳領主の商品 その二
「ロバート殿、王都から我がファーゼスト領までは遠かったでしょう。旅の疲れはどうですか?」
魔道具の灯りに照らされた応接室で、私は一人の男性と向かい合って座っていた。
男の名はロバート=オオクラ=トヨトミ。
王都で政治に携わる法衣貴族の一人だ。
トヨトミの姓が示す通り、宰相のジョシュア閣下の親戚で、ミドルネームのオオクラは、彼が財務関係の上級貴族である事を示す。
「普段王都に引き込もっているので、長旅は久し振りで堪えましたが、先程頂いた夕食でそれも吹き飛んでしまいましたよ」
「それは良かった。ちょうど先日、一流の料理人のレシピを手に入れる機会がありましてね、今日はそれを振る舞わさせて頂きました。」
オオクラの名を正式に継いでいるのであれば、彼にはかなりの裁量権があり、更に財務を担当しているとなれば、仲良くするに越した事はない。
「何とレシピをですか。あれ程の料理のレシピです、手に入れるのに、さぞかし苦労したのでは?」
多少問題はあったものの、料理を食べただけで手に入れたレシピだ。
それでロバート殿の関心が得られたのだから、トニーには本当に感謝せねば。
「いえ、それ程でもありませんよ。たまたまその料理人と縁があっただけで、それ程の苦労はございません。そうだ、もし良ければレシピをお持ち帰りになりませんか?」
「なんと、よろしいのですか?」
フハハ、あんな物で良ければいくらでも持って帰って結構だ。
レシピなんぞ、次から次へと生まれて来るのだから問題はない。
むしろ、率先してレシピを広めて欲しいぐらいだ。
「ええ、王都から遠路遥々ファーゼスト領へやって来たのですから、是非お土産にお持ち帰り下さい」
王都でレシピが広まれば、それだけレシピを作った料理人の価値が上がる。
だが、料理人は既に我がファーゼスト家が囲っており、新しいレシピは誰も手に入れられない。
クククッ、そうなれば新しいレシピには一体いくらの値段が付くだろうか。
「ははは、ルドルフ殿にかかれば、料理のレシピもお土産扱いですか。流石、王国の麒麟児は言う事が違う。ルドルフ殿、それではありがたく頂きます。」
「ふふふ、喜んで頂けたようで何よりです」
ロバート殿は、まだこちらの思惑には気が付いていない様子。
貴族家の当主になって、まだ日が浅いと聞くので、こう言った腹芸は勉強中と言った所だろうか。
トヨトミの姓を名乗るのだから、もっと勉強を積んで、宰相のジョシュア閣下の力になれるように、是非頑張って欲しい物だ。
「ルドルフ殿、この度は急な来訪にも関わらず、このような歓待を頂き、誠に感謝致します」
「なんの、シュピーゲル家の次期当主と、紳士倶楽部のオーナーの紹介を受けていらっしゃるのですから、私としても、正式な客人を迎えるのは当然の事です。お気になさらず」
そう言って、私はロバート殿に受け答えた。
さて、ロバート=オオクラ=トヨトミ伯爵が、何故ファーゼスト領にやって来たのかと言うと、それは彼があるものを探し求めているからだ。
それは、我がファーゼスト領の商品。
クククッ、それもわざわざシュピーゲル家を通して、あの『紳士倶楽部』に依頼して求めているのだ。
ロバート殿は顔に似合わず、中々いい趣味をしていらっしゃる。
事前にどういった商品を求めているのか、知らされていなければ、まず期待に応える事は出来なかっただろう。
一通り世間話も済んだ事だし、私は本題を切り出す事にした。
「そう言えば、何でもロバート殿は、とあるものを探しにファーゼスト領にいらっしゃったとか?」
すると、ロバート殿も居住まいを正して、私と相対する。
「ええ、実はその事なのですが……その、どうやら誤解があるようでして……」
だが、出てきた言葉は歯切れの悪い物だ。
「おや、紳士倶楽部のオーナーからは、あるものを探していらっしゃると伺いましたが、違いましたか?」
「いえ、それは違わないのですが…………その、私は別に十歳ぐらいの少女を探している訳では…………」
なるほど、年端も行かない少女を求めているというのは外聞が悪く、なかなか口にはしづらい物だ。
それを汲み取り、察して対応するのは貴族の必須技能。
「ロバート殿、分かっております」
「ルドルフ殿、いや、本当に申し訳ない」
ロバート殿はそう言って、頭を一つ下げる。
「人は誰しも、他人には言えない事の一つや二つあるものです。」
だが、腹芸の苦手なロバート殿には、一つ勉強をしてもらう事にした。
貴族が、他者に弱味を見せるとどうなるか、もっと危機感を持つべきだ。
「…………ルドルフ殿?」
私の言葉に、ロバート殿の声色が変わる。
「貴方が何を
さて、ロバート殿の性癖が社交会に流れたら、一体どれだけ愉快な事になるだろうか。
もし、ロバート殿の政敵にこの話を持って行けば、一体いくらの値段がつくだろうか。
「………………まさか、ルドルフ殿」
「フフフ、ご安心下さい他言は致しませんよ。ロバート殿とは良い関係でありたいですからね」
……まあ、ジョシュア閣下の親戚に、そんな事はしないがね。
これを機会に、今後は気を付けてもらいたいものだ。
「…………」
「さて、今日はせっかくロバート殿のために、ご用意させて頂いたのです。ゆっくりと品定めして下さいませ」
難しい話は
先日仕入れたばかりの商品だが、きっとロバート殿の期待に添える事だろう。
「…………ルドルフ殿、宜しくお願い致します」
「では早速。……入れ」
そう言うと、部屋の扉が開き、メイド姿をした一人の少女が姿を現し、ロバート殿の前に来ると、ぎこちなさの残る一礼を披露し、にっこりと微笑む。
「な、何と…………」
少女の微笑みに、ロバート殿は声も出ない様子。
「お気に召されましたか?」
「……ルドルフ殿、この子の年齢は?」
「八歳です。…………どうぞ、他にも何かご質問等があれば、直接お聞き頂いて構いませんよ」
「……それでは」
そう言うと、ロバート殿は少女の前まで進み、身を屈めて目線を合わせながら、優しく語りかけ始める。
内容は他愛も無い事ばかりだ。
名前は?
身体は健康か?
病気は無いか?
両親はいるか?
今まで何をしてきたか?
何ができるか?
等々、奴隷を見定める時の一般的な質問ばかり。
「ルドルフ殿、もう結構でございます」
一通りのやりとりに満足したのか、ロバート殿はそう言って席に戻ってきた。
「もういいぞ、戻れ」
私がそう言うと、少女はまた、ぎこちない一礼をして部屋から去っていった。
ロバート殿は、扉が閉まるまで、その後姿を名残惜しそうに見つめていた。
フフフ、どうやら気に入って頂けたようだ。
だが、これだけで終わってしまっては、商売人としては二流だ。
相手の期待に添う物を提供するのは商売の基本だが、相手の期待以上の物を提供するのが一流の商売人と言うもの。
「ところで、話は変わるのですが、ロバート殿は親子が離れ離れで暮らす事をどうお思いですか?」
タイミングを見計らい、思わせ振りな言葉を投げ掛ける。
「ルドルフ殿、それは一体どういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよ。遠い遠いどこかで我が子がどんな目に遭っているか、親はどんな気持ちでしょうね?」
どこぞの紳士の
「…………」
「何か辛い目に遭っているなら、どうか、一緒に居てあげたい。出来る事なら代わってあげたい。それが親心と言うものではないでしょうか?」
親とは、子を何よりも大切に想うもの。
子を玩具にされた親と言うのは、何を思うのだろうか?
親が玩具にされるのを見て、子は何を思うのだろうか?
「…………まさか」
「はい、そのまさかです。……母親も一緒に召し上がってはいかがですか?」
はたまた、二人同時に玩具にしてしまう何て言うのも、なかなか悲劇的かも知れない。
「ルドルフ殿……貴方は、一体なんと言う事を…………」
「おや、お気に召しませんでしたか?」
ロバート殿、私のご提案する趣向は如何だろうか?
「……素晴らしい、何と素晴らしい!!まさか、ルドルフ殿にそう言って頂けるとは……」
フハハハ、ロバート殿は、やはりとんでもない紳士だったようだ。
王都の貴族は、一体どれだけの闇を抱えていると言うのか。
「そこまで喜んで頂けるとは、提案した甲斐があると言うものです。また後で、母親とも顔を合わせる機会を設けましょう」
クククッ、本当に王都の貴族様はいい趣味をしていらっしゃる。
「是非、お願い致します。だが、しかし……」
ロバート殿はそう呟くと、目を瞑り、じっと何かを考え始めた。
そして、しばらくするとゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「………………ルドルフ殿、厚かましいお願いではございますが、あと二年……いえ、一年で結構です。お時間を頂けませんか?」
そう言えば、ご要望は確か十歳の少女。
ちょうど、少女が大人の肉体へとを変貌を遂げる年齢か。
それは、子供が大人になり始める頃合い。
「では、ちょうど十歳の誕生日まで、ファーゼスト家で面倒を見ましょう。そして、あの子が十歳になった日に誕生日プレゼントを差し上げるのです。いかがでしょうか?」
「よろしいのですか!?」
ロバート殿がそこまで拘るのであれば、一年や二年、私の所で面倒を見る事ぐらい構わない。
それに、その間多少いい生活を送らせてやるのも、いい案かもしれない。
絶望とは、幸せとの落差が大きければ大きい程、昏く深くなる物なのだから。
「ええ、あの子に素敵な誕生日を迎えさせるのです。中々の趣向でしょう?」
十歳を迎えるその日に、あの少女は何を失うのか。
「素晴らしい……なんと素晴らしい趣向だ!……私は、ルドルフ殿を勘違いしていたようだ。私の周りには中々理解してくれる者がいなかったが、どうやら貴方は違うようです!」
ロバート殿は、感極まった様子で喜んでいる。
やはり紳士の考える事は、計り知れないな。
「ロバート殿。私で良ければいくらでも力になりましょう」
「何と言う頼もしい言葉! ありがとうございます、今日はルドルフ殿に会えて、本当に良かった。」
私も、あなたのような本物の紳士に出会えて嬉しく思う。
「いえいえ、こちこそロバート殿に喜んで頂けて何よりです」
御柱様への供物を、せっせと作り出してくれるのだからな、フハハハ。
「ルドルフ殿、今後何かあれば是非私を頼って下さいませ。このロバート=オオクラ=トヨトミ、出来る事なら何でも致しましょう!!」
おやおや、そんな事を気軽に言ってはいけませんよ?
財務を担当する上級貴族なのだから、私のような悪徳領主に言質を取られては、何を要求されるか分からないですよ?
まあ、これもロバート殿の勉強だと思い、今回は彼の言葉に甘える事にしよう。
クククッ、彼の出来る事がどれ程の利益を生むか、中々楽しみである。
「心に留め置いておきます。……さて、話がまとまったところで一杯いかがですか?」
「是非、頂きます」
細かい話はさておき、ヨーゼフを呼んでワインを開ける。
はてさて、今回の商品の対価に何を要求しようか。
財務を担当しているのだから、ファーゼスト領が王国に納める税金でも誤魔化してもらうかな。
いくら払っているか知らないが、私が稼ぐ金は莫大だ。
それなりの金額を納めているはずなので、今回はかなりの利益が見込める。
クククッ、それにしても王都の貴族というのは、業の深い者が多いようだ。
あんな少女に何をするのか。
おまけに母親も一緒になど、身の毛もよだつ所業だ。
年端も行かない少女が受ける絶望と、その母親が受ける絶望はどれ程の物になるだろう。
彼女らの行く末を思うと笑いが込み上げてくる。
クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!
せいぜい苦しんで、御柱様の贄となるがいい。
フフフ、フハハハハハハハ!!
ファーゼストの夜は暗いが、王都の闇は、なお昏いらしい。
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