悪徳領主と武具職人

 ガタゴトと馬車の中で揺られながら、流れる景色を見る。

 日差しは穏やかではあるものの、窓から吹き込む風は冷たさを運び、冬の訪れを感じさせる。


 つい先日、王都にてスズキ男爵の叙爵が正式に行われた。

 私も、スズキ家に支援をしている関係で、叙爵式に呼ばれ、今はその帰り道である。


 ただ、せっかく王都までやってきたのだから、このまま真っ直ぐ帰るのはもったいないと思い、オーレマインに寄ってから帰る事にした。


 オーレマインとは、良質な鉱石が採掘される鉱山の麓に作られた、工業生産が非常に盛んな街で、鍛冶工房が軒を連ね、優れた鍛冶職人が集まる、鉄と鎚の街だ。


 通称、工房都市。

 そこでは、優秀な鍛治職人がしのぎを削り合い、日々、優れた武具が産み出されている。


 なぜ、そんな街に行く事にしたかと言うと、そろそろ私の愛刀のメンテナンスが必要になる頃合いのため、王都から帰るついでに、職人達が集まるオーレマインに寄る事にしたのだ。


 その過程で、私は思いもよらぬ人物と、同道する事になった。


「ところで、ライアン殿はオーレマインまで、どのような用向きで?」


 そう、先日叙爵したばかりのライアン=スズキ男爵である。

 ライアン殿は自分の馬車は御者に任せ、せっかくだからと私の馬車に同乗しているのだ。


「ええ、叙爵を機に装備を整えようかと思いましてね。兄に鍛治師を紹介して頂いたので、その工房に伺おうと思っております」


 成る程、辺境にて新しい領地を治めるという事は、新しい魔の領域と接するという事、戦力の増強は当然であろう。


「ちなみに、ライアン殿は得物は何を?」


 辺境の地にて、戦いに開け暮れる日々を送っているせいか、戦闘に関する話題を振ると、ライアン殿はとたんに目を輝かせた。


「辺境の男として、武芸百般は修めておりますが、とりわけ大剣を得意としております。お恥ずかしながら、細々とした事は苦手なたちゆえ、存分に振り回せる得物が性に合うのです。……ルドルフ殿は、腰の物を?」


「ええ、私の愛刀で、銘を『カラス』と言います」


 そう言って、『カラス』を腰から外し、ライアン殿に良く見えるように持ち上げる。


「刀とはまた、繊細な得物を使われるのですね。……むっ、この感じ、魔道具ですか?」


 黒く飾り気のない鞘に納められたそれは、一見すると何の変哲もない刀に見える。

 しかし、ライアン殿の目には違って見えたようだ。


「流石はライアン殿、お目が高い。おっしゃる通り、強力な魔を宿した魔道具です」


 魔道具。

 それこそが、オーレマインに向かう理由だ。


 魔道具とは、魔法の力や、魔の力そのものを宿した道具の事で、特に、武器防具のそれは、持ち主に様々な加護を与えたり、特殊な機能を有していたりするため、その価値は非常に高い。


 私の愛刀は、とりわけ強力な魔を宿した魔道具のため、一般的な武具の手入れだけでは不十分。

 そのため何年かに一度、こうして専門の職人に見てもらいに行く必要があるのだ。


「これだけ、存在感を放つ刀なのですから、さぞかし名のある業物なのでしょう」


 フフフ、やはり分かる人には分かるようだ。

 ここまで私の愛刀の事が分かるのだ、鞘の上から見るだけでは勿体無い。


「良ければ、少し抜いて見ますか?」


「よろしいので!?」


 勿論だとも。

 ライアン殿程の人物であれば、愛刀を触って貰っても何ら問題はない。


 向かいに座るライアン殿にそのまま手渡すと、彼はそれを丁寧に受け取り、二十センチほど刀身を引き抜いた。


「…………ほう」


 思わずといったため息が漏れる。


 引き抜かれた刀身は漆黒の夜空のように黒く、濡れたカラスの羽のように艶やか。

 刃先を波打つ刃紋は、まるで暗闇を切り裂く流星の如く煌めき、どこか神秘的な美しさを醸し出す。

 命を絶つ凶刃でありながら、美術品と見紛う美しさを兼ね備え、相反する二つの要素が人の目を惹きつけて止まない。


「ライアン殿、あまり見つめすぎると


 ライアン殿はその言葉で我に返り、急いで刀身を鞘にしまう。


「…………まさか、これ程までの逸品であったとは。……ルドルフ殿、良いものを見させて頂き、ありがとうございました」


「なんの、ライアン殿にそこまで言って頂ければ、この刀にも箔が付くというもの。お気になさらず」


 私は愛刀を受け取ると、そう返した。

 ライアン殿は一流の武人だけあって、得物を見定める目も確かだ。

 そのような人物に愛刀を誉められ、嬉しくないわけがない。

 それだけでも、愛刀を見せた甲斐があったと言うものだ。


 そう思いながら、愛刀を腰に差し直していると、ライアン殿が何かを思い付いたように口を開いた。


「そうだ、お返しという訳ではございませんが、ルドルフ殿も工房までご一緒致しませんか?」


 そういえば、ライアン殿はオーレマインの工房に武器の発注をしに行くのだったな。

だが、ライアン殿の公務に、私が物見遊山気分で一緒に付いて行っては失礼ではないだろうか。


「私が一緒ではお邪魔では?」


「ははは、そのようなことはございません。是非、オーレマイン一と名高い名工の作品を、一緒に堪能しませんか?」


「ライアン殿がそこまでおっしゃるのであれば、私に断る理由はございません。」


 正直なところ、オーレマインの名工には興味がある。

 私の愛刀程ではないだろうが、名工の手で作られる武器が、どれ程の業物なのか、この目で見てみたいものだ。


「おお、そう言って下さいますか! ルドルフ殿程のお方と一緒に武具を見られるとは、楽しみでしょうがありません」


 無邪気に目を輝かせるライアン殿の様子に、こちらまで楽しい気分になってくる。


「私も、『カラス』のメンテナンスだけでは味気ないと思っていた所です。期待させて頂きましょう」


 ライアン殿が期待する程の工房だ、私の目をさぞかし楽しませてくれる事だろう。














 馬車での旅も数日が経つと、目的地である工房都市に到着することができた。

 道中では、ライアン殿の武勇伝を聞かせてもらうなど、非常に楽しい物となり、ここ数日はあっという間に時間が過ぎていった。


 オーレマインに到着すると、馬車は速度を落とし、何度か角を曲がると、ゆっくりと停止した。


「ルドルフ殿、ようやく到着したようですな」


「ふむ、ここが『黄金の鎚ゴールデンハンマー』ワッツの工房か、思っていたより小さいのだな」


 名工と言うのだから、さぞかし大きな工房なのだろうと思いきや、馬車から降りて見えた工房は想像よりこじんまりとしており、年季の入った、やや薄汚れたものであった。

 ライアン殿に聞いた所によると、家族と親族だけで工房を運営しているため、何十人も所属する大工房ほどの大きさは必要無いとの事だ。

 また、一族秘伝の技術と言うのもあり、質に関しては折り紙付きだという。


 成る程、外観から感じる年季は、そのままこの工房の歴史という事であり、言われて見れば、どこか風格漂う、職人の工房といった出で立ちだ。


「立っているのも何ですし、中に入りましょう」


 ライアン殿はそう言って、先に工房の中へ入って行き、私もその後に続いて入った。


 しかし、目に映った店内の様子に困惑する事になった。

 名工というのだから、店内はさぞかし賑やかで活気のあるものなのだろうと思っていたのだが、営業中の店舗とは思えない程がらんとしており、武器などは隅の方に、樽にまとめて無造作に突っ込まれていた。


「失礼する、私はスズキ家のライアンと申すが、店主のワッツ殿はいらっしゃるか」


 ライアン殿は、そんな店の様子を気にする事もなく声をかける。


「…………なんでい、俺っちに何の用だ……ッヒク」


 部屋の奥にあるカウンターから、酷く面倒臭そうな男の声が聞こえた。

 見ると、怠そうに頬杖を付き、酒瓶を面白くなさそうに弄る男の姿があった。

 男の顔は、白髪混じりの髭と髪に覆われ、毛むくじゃらの一言。

 ライアン殿より頭一つ分位小さい身体は、ガッチリとした筋肉に覆われ力強さを感じる。

 そんな男の身体的特徴により、一つの種族が頭に浮かんだ。


 ドワーフ。


 土と鎚を友とし、酒と鍛治をこよなく愛する大地の民。

 大地の精霊の末裔とも、妖精の血を引く種族とも言われ、神代の時代の神秘の一部を受け継ぐ種族だ。


 彼らは、大地との強い親和性を生かして、鉱山から良質な鉱石を掘り出し、見かけからは想像できない程の器用さを発揮して、鍛治や細工を行うなど、鍛治師や細工師として高い適性を誇る。


 その最高峰の職人が、目の前にいるワッツだ。


 …………だが、名うての職人だというのに、それ程の雰囲気を感じないとはどういう事だろうか?

 酒瓶を片手に顔を赤らめている様子は、どう見ても場末の酒場にいる酔っ払いと変わらない。

 この男が、一流の鍛冶師だとはにわかに信じ難い。


「おお、貴方が『黄金の鎚ゴールデンハンマー』と名高いワッツ殿でしたか。私は先日爵位を賜りました、ライアン=スズキと申します。今日は、貴方の腕を見込んで依頼をお願いしにやって来ました。」


 私の個人的な感想はともかく、ライアン殿はこの酔っ払いと、話を進めるようだ。


「おう?何だあんた貴族様だったのかい。……ッヒク、息子を呼ぶから、ちょいと待ってな。 ………ビッケ!おいビッケ!!貴族様のご依頼だぞ!!……ッヒク」


 酔っ払いは大声で息子の名を叫ぶと、酒瓶に直接口を付けて、一口あおった。


 ……貴族を前にして、何たる態度、何たる言い草。

 たとえこの酔っ払いが、本当に名工ワッツだとしても、私はこの男の事を認める事はできそうもない。


 私は、この酔っ払いの様子を見て、興味が急速に失われていくのを感じた。


 そう思うと、途端に手持ち無沙汰になり、部屋の中をキョロキョロと見周す。


 相変わらず、がらんとしていて何も無い。

 ……いや、部屋の隅の方に樽が置いてあり、中には何本かの剣が無造作に放り込まれている。

 おそらく、この工房の作品だろう。

 私は、その中から、オーソドックスな形をした片手剣を選び、手に取ってみる。


 勿論、鋳造ではなく、鍛造である。

 確かに丁寧な仕事に見えるし、造りも丈夫で頑丈そうだ。


 …………だが、やはり名工の作と言われるだけの物には、どうしても見えない。


 一級品と呼ばれる物には、必ず雰囲気がある。

 私の愛刀『カラス』がそうであるように、それらはある種の風格や気品を漂わせ、造り手の想いや魂を感じさせるものだ。

 それが、この剣はどうであろうか。


 手に取っても何も感じぬ。

 それどころか、持ち主に媚びを売る飼い犬のごとき卑しさすら感じる程だ。


 ……これは本当に、一級品の剣だろうか?

 それとも、実際に振るわねば分からぬ物の類いだろうか。


「店主よ、少し試させて貰うぞ」


「ああん?……ッヒク、あっちに専用のスペースがあるから、好きに使いな……ッヒク」


 酔っ払いの物言いはこの際無視をして、指を差された方へと足を運ぶ。

 扉を一つ抜けると、天井が一段高くなっており、武器の素振りができる位のスペースが確保されていた。

 部屋の中を見渡すと、隅の方に試し切りの的であろう木人形が何体か置いてあるのが見える。


 ふむ、あの人形が丁度良さそうだ。


 その中から、軽鎧を被せた木人形を選んで、前に立つ。

 すぐ横に重鎧を被せた物があったが、流石にそっちで試す気にはならなかった。


 私は、手に持った片手剣を構えると、静かに呼吸を整える。

 余計な力を抜き、雑念を取り払う。

 息を吸って、ゆっくりと吐き出す。


 それを何回か繰り返す内に次第に音は遠退き、世界から色が失われてゆく。


 己の血の流れを感じ、心臓から産み出される魔力の流れを手繰り寄せ、体の求めるがまま腕を振り抜く。


 ギイィィィィィィンンン!!


 金属が高速で擦れ合う、甲高い音が鳴ると共に、世界に音と色が戻ってくる。

 手元には片手剣の残骸。


 ふむ、やはり耐えきれなかったか。


 見ると、そこには刀身を半ばまで埋め込んだ、木人形の無惨な姿があった。


「私の腕に耐えきれず、折れ果てるか」


 口の中で小さく呟き、手に残った残骸を無造作に投げ捨てる。


 ……やはり名工とは名ばかりで、大した腕では無いらしい。

 恐らく、昔は名工として申し分無い腕前だったのだろうが、大方名声の上で胡座をかき続けてきたのだろう。


 所詮は耄碌もうろくした酔っ払いの作品ということか。


「おうおうおうおう!俺っちの作品を台無しにしておきながら、でけえ口を叩くじゃねえか!?」


 おっと、どうやら口に出ていたらしい。


 振り返ると、そこには顔を真っ赤にした酔っ払いと、それによく似た毛むくじゃらが一人、それからライアン殿の姿があった。

 木人形を切る時にあれだけ大きな音を立てれば、集まって来るのも当然か。


「作品?冗談を言うな、ただのナマクラだろう?」


 たったの一振りで真っ二つになる剣になど、誰が命を預けられようか。

 あんなものは、駄作だ、駄作。


「あぁん! ナマクラとは言ってくれるじゃねえか、喧嘩売ってんのか!?」


 売っているのは貴様だ。

 ナマクラを売って、喧嘩も売るとは、とんだ商売上手だ。

 あんな駄作しか置いてないのだから、店が閑散としているのだ。


「…………あの、ルドルフ殿。実はですね、ワッツ殿は既に一年程前に引退しておりまして………」


 ライアン殿が申し訳なさそうに、口を挟む。


 ……何?引退していただと?

 成る程、引退を余儀なくされた耄碌爺の手慰みが先ほどの作品という訳だ。

 …………なんだ、やっぱりナマクラではないか。


「この野郎、二度もナマクラ呼ばわりしやがって…………」


 おっと、また口に出ていたらしい。

 いかんいかん気を付けねば。


「もう我慢ならねえ! やいてめえ、そこまで言うなら、俺にも考えがある。おめえの腰にぶら下げてる物で、こいつを切って見せやがれ!!」


 そう言って酔っ払いが示したのは、すぐ横に置いてある重鎧を被せた木人形だった。


 はぁ?

 重鎧をとは頭がイカれているのか?

 軽鎧や革鎧を切るのとは訳が違う。

 何故私がそんな事をせねばならないのだ。

 馬鹿が、付き合う訳が無いだろう。


「ああん?それとも何だ、お腰のそいつはかい?」


 カチン


 何かが切れる音がした。


「…………クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!」


 酔っ払い風情が調子に乗るな!

 私の愛刀を、よりによってナマクラだと!?

 この愚物は、アルコールのせいでとうとう眼までおかしくなったらしい。


「老いぼれの玩具おもちゃと一緒にするな!」


 この『カラス』と、駄剣を比べるなど、烏滸おこがましいにも程がある。

 それこそが、名工の看板に嘘偽りがあることの証。

 この名刀を見てその価値が分からぬなど、その眼が節穴だと言っているようなものだ。


「ふん、貴様のナマクラと、私の愛刀の格の違いを見るがいい」


 もっとも、アルコール漬けでボケた眼では、見ることはだろうがな。


 そう言うと、それ以上はもう何も言わず、奴の事は意識の外へやり、ライアン殿へと向かう。


「ライアン殿、このような工房に頼むのは止して帰りましょう」


「いえ、ルドルフ殿……その…………」


 ふむ、確かこの工房はライアン殿の兄上の紹介であったか。

 ならば、ライアン殿もそれを無下にする訳にもいかないか……


「私は、愛刀のメンテナンスを先に済ませる事にしますので、また後程」


 ライアン殿にそう告げると、私は工房を後にした。

 工房を出る時に、背後でズシンと重たい物が落ちる音が聞こえたが、もはや私には関係が無いことだ。


 私は自分の馬車に乗り込むと、御者をしているヨーゼフに短く告げた。


「出せ」


 優秀な家令は何も言わず、無言で馬車を走らせる。

 ガタゴトと揺れる震動だけが、馬車の中を彩っていた。

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