冒険者ガッシュの事情(中編)
一週間程の時が経ち、街から依頼を受けた冒険者が村にやってきた。
その数十二人。
今回はゴブリンの数が多い事もあってか、中堅クラスのベテラン冒険者の姿もちらほら見られる。
そこに俺自身や、村の男衆も加えれば三十人程の集団となり、百や二百程度のゴブリンの群れなど、容易く殲滅ができるだろう。
そんな中俺は、集まった冒険者の中でも唯一の高ランク冒険者として、今回この集団を率いる役目を担うことになっていた。
『鉄壁』の二つ名の由来にもなっている大盾を背負い、愛用の槍を脇に抱え、辺りを見回す。
目の前には、今まさにゴブリンの殲滅に向かおうとする集団が、村の入口に程近い広場に集まっていた。
大きく息を吸い、全員に聞こえるように腹の底から声を上げる。
「いいか、よく聞け!数が多いとは言え相手は所詮ゴブリンだ。俺達冒険者の敵じゃねえ、村の男衆は槍を構えて逃げようとする奴らを牽制するだけでいい。なぁに、この『鉄壁』ガッシュが付いてるんだ、大船乗ったつもりで安心しな!」
そう大声で言い放ち、特に村の男衆達に言い聞かせる。
今回は、ゴブリンの多くを逃がさない事が肝心だ。
戦闘能力の低い村人は、極端な事を言えば槍を構えて立っているだけで良いい。
馴れない戦闘でパニックにならないように、余裕の有るところ見せておく。
そうして、士気を高めていた時の事だ。
黒塗りの立派な馬車が、数人の供を連れて、この村にやって来るのが見えた。
馬車を率いる馬まで黒で統一されたそれらは、遠くから見ても、かなりの威圧感がある。
ただ、良く目を凝らすと、所々に銀で細工をされた様子が見られるなど、かなり豪奢な馬車であることが分かる。
乗っているのは間違いなく貴族であろう。
今俺がいるこの村は辺境に程近い場所にあり、王国の街を結ぶ大きな街道からは、かなり離れた場所にある。
こんな辺鄙な場所に、貴族様が一体何の用であろうか。
貴族というものに良い印象を持っていなかったのだが、このタイミングで現れたそれに、何か言い様の無い不安を覚えた。
滅多に見ない豪奢な馬車の到来に、広場がざわめく。
すると、馬車から護衛の一人が離れてこちらに向かってくるのが見えた。
身に纏った革鎧は年期が入っており、その身のこなしもあって、腕利きであることが伺える。
「我々はファーゼスト家の者だが、この村で一晩の宿を提供して貰いたい。取り込み中申し訳ないが、どなたか村長の所まで案内してもらえないだろうか」
やはり貴族の一団であったか。
護衛の物腰は思っていたよりも丁寧ではあったが、これからゴブリン退治にと意気込んでいただけに、出鼻を挫かれた思いで、苦虫を噛み潰す。
「私が村長です」
そう言って、村長が前に出る。
俺たちが出発するのを見送りに来ていたため、この場にいたのだ。
「おお、こちらにいらっしゃったか。村長殿、先程も申したように、本日この村で一泊させて頂きたいのだが、頼めるかな?」
「ええ、勿論。喜んで宿を提供させて頂きます。」
「ご厚意感謝致します。」
「ですが、その……」
村長が護衛に返答をするが、途中で言葉を濁す。
今この村には、多少とは言え魔物の脅威が迫っている。
その事をどう伝えるべきか迷っているようだ。
「何やら物々しい雰囲気をしているが、それと何か関係が?」
「はい、その、実はですね…………」
だが、村長と護衛とやりとりは、いつの間にか近付いてきていた馬車からの声によって遮られる。
「おい、何をもたついている!さっさと宿に案内しろ!!」
不機嫌さを隠そうともしない、苛ついた声だ。
馬車の窓からは、まだ十代半ばぐらいの、幼いと言っていい容姿をした少年が、こちらに見下すような視線を投げている。
その傍若無人な態度は、俺が嫌っている貴族その物だ。
ちっ、こんな時にお貴族様と鉢合わせるとは運が無ぇ。
頼むから、何事もなく過ぎ去ってくれよ。
そう思ってしまったのがいけなかったのだろうか、少年は広場を埋める物々しい集団を見渡すと、眉を潜める。
「これは一体何の騒ぎだ……貴様、答えろ」
偶然にも目が合ってしまい、不幸にもご指名を頂いてしまった。
「この村の近くにゴブリンが湧いたから、駆除しに行く所だったんだ。今日中には終わるから、貴族様は宿でゆっくりしてて貰っていいですよ」
何とか敬語を捻り出す。
「ほう、ゴブリンごときに雁首揃えてお出掛けか……」
「ええ、どうやら百匹規模の群れができていやがりまして、こうして数を揃えたんです。なぁに、Aランク冒険者の俺が付いているんだ、ササッと終わらせてきますよ」
貴族の少年の問に対して、イラッとしながら答える
「待て…………貴様らが出て行ったら、誰が私を守るのだ?冒険者を半分置いていけ。」
「………………」
あまりにも当たり前のように出てきた言葉に、一堂が声を無くした。
この糞ガキ、いきなり出てきて、何てことを言いやがるんだ!
これだから貴族は嫌いなんだ、自分の事しか考えないで、勝手ばかり押し付けやがる。
「なんだ、貴様はAランク冒険者の癖に、ゴブリンごときに後れを取るのか?威勢が良いのは口だけの様だな」
その言葉に、殴りかかろうかとも思ったが何とか自制する。
貴族に手を上げようものなら、処刑される未来しかないからだ。
「ガ、ガッシュ殿。確かに、貴族様に何かあっては大変です、ここは貴族様の言う通りに致しましょう」
何とか場を取り繕おうと、村長が声を上げる。
糞ッタレ!
ここで何をしようとお貴族様の言葉を曲げる事はできそうもない。
仕方ない、村に置いていく冒険者を決め、さっさとゴブリンの討伐に赴くとしよう。
「さっさと行ってこい」
ボソっと呟かれたその言葉に、殺意が芽生えたとしても、それは仕方の無いことだった。
最悪な気分で向かったゴブリン退治だったが、道中は思ったよりも順調だった。
何事もなく、数時間の距離を歩き、目的地であるゴブリンの集落にやって来ることが出来た。
崖を背にした粗末な集落は相変わらず健在で、簡易的な柵に囲われ、あちこちでゴブリン達が思い思いに過ごしている。
俺は、立ち止まってその様子を確認すると、皆に合図を送る。
すると、事前に打ち合わせていた通りに、冒険者と村人が何人かで組になって散開していく。
どこかの貴族のせいで戦力が減ってしまい、完全な包囲はできなくなってしまったが、多少は逃がしてしまったところで問題はない。
どうせ、根絶やしにしたとしても、暫くすればどこかから流れてきて、別の場所に違う群れが誕生するのだ。
今、この群れを一匹残さず潰す必要はない。
暫く待っていると、散開していった冒険者達が位置に着いた。
それを確認すると、俺は大盾と愛用の槍を構えて、ゆっくりと歩き出す。
その姿を見せびらかす様に、堂々と独りで歩いて行く。
やがて、何匹かのゴブリンがそれに気が付き、群れが次第にざわめいていく。
それでも、無視して群れに近付いていくと、何匹かの集団が粗末な棒切れを手にして向かってくるのが見えた。
向かってくるゴブリンに狙いを定め、タイミングを合わせて槍を突く。
狙い違わず、槍はゴブリンの喉元に吸い込まれ、その命を散らし、続くゴブリンには大盾を振るい、殴り殺す。
一突き、一振るいされる度に骸が転がり、あっという間に向かってきた集団を壊滅させた。
槍を一振りして血糊を飛ばすと、また群れに向かってゆっくりと歩き始める。
「グキャァァァァ!!」
悲鳴とも雄叫びとも取れる声が、群れのあちらこちらから沸き上がる。
それを切っ掛けに、ゴブリンとの戦いが、本格的に幕を開ける。
「「「グゲァァァァァ!!」」」
奇っ怪な声を上げながら向かってくるゴブリンの波を、冷静に一つ一つ処理していく。
槍で突く度に死体が生まれ、盾で殴る度に鈍い音が響き、槍を払う度にゴブリンが宙を舞い、そして相手の攻撃は全て盾で受け止める。
その姿は、正に要塞の如し。
ゴブリンの目の前に立ち塞がる姿は、『鉄壁』の名に相応しい様相をしている。
今回の作戦は、一番実力が高い俺が囮となり大多数を引き受け、冒険者を核とした村人達の集団が、包囲して残りを担当すると言うものだ。
作戦は見事に成功し、ほとんどのゴブリンが、血走った目をこちらに向け、俺をなぶり殺さんと押し掛けてくる。
それらを粛々と処分して行くと、群れの中から逃げ出そうとする個体が出てき始めた。
だがそれらは、徐々に包囲を狭めていた冒険者や村人達によって刈り取られていく。
中には、包囲を上手く抜けて逃げていく姿も見られたが、そういった個体は無視して、どんどん包囲を小さくしながらゴブリンを始末していく。
やはり数が多くあったものの、所詮はゴブリン。
それほど時間をかけない内に、集落にいたほとんどの個体を始末する事ができた。
残りは、柵で囲まれた中をしらみ潰しにしていくだけである。
見える範囲にゴブリンの姿が見えなくなった頃、村人達の間からは安堵の声が上がってきた。
慣れない戦闘が終わり、緊張から解放されたからだろう。
だが、そんな様子を見て、俺の背中に冷たい物が走る。
戦闘中から、何か違和感を感じていたのだが、それが何なのかが分からない。
こちらの被害もなく、戦闘もあっという間に終わった。
ゴブリンも普通の個体ばかりで、上位個体もおらず、拍子抜けしたぐらいだ。
だが、嫌な予感は去ってくれないばかりか、益々強くなっていく。
まずい、弛んでしまったこの雰囲気は、とにかくまずい。
迷宮で培われた経験が、けたたましく警鐘を鳴らす。
「おい、お前ら!まだ気を抜くんじゃねぇぞ!」
そう皆に声をかけて、とにかく周囲を警戒する。
何だ?一体何が変なんだ?
別段何事もなく事は終わり、特に変な所は何も無いように見える。
…………ん?何事もなかった?
そこまで思い至り、周りを見回す。
辺りには何十といったゴブリンの死体が転がっていた。
……そう、何十体程度の普通のゴブリンの死体しか転がっていないのである。
「お前ら全員集まれ! ぐずぐずするな、急げ!!」
違和感の正体は、何も無い事だったのだ。
群れの規模からいけば、この三倍は死体がなければ数が合わない。
また、これだけの規模の群れなら、上位個体が何匹もいるはずなのに、死体はどれも普通のゴブリンばかり。
「まだゴブリンの生き残りがいる筈だ、気を抜くな!」
警戒を一層強くする。
「おい、あれ…………」
その呟きは誰の物だっただろうか。
その声に釣られて柵の外を見てみると、そこには信じられない光景が広がっていた。
……集落の外側をゴブリンの群れが整然と取り囲んでいたのだ。
包囲して殲滅するつもりが、逆に包囲されてしまった。
村人や冒険者達も、信じられないといった様子でそれらを呆然と見つめている。
「ギャギャギャァァァァァ!」
耳に障る笑い声が響く。
辺りを見渡すと、他より一段高く丘の様になっている場所に、他のゴブリンとは異なった雰囲気を醸し出す一団がいた。
普通のゴブリンよりも頭一つ分だけ背が高く、スラリとした細身のゴブリンが高らかに笑い、
ゴブリン
いずれも、ゴブリンの高位個体だ。
・・・・まずい。
特にゴブリン
ホブゴブリンやゴブリン
クソっ、してやられた。
人間が、群れを退治しにやって来ることを察知して、逆に罠に掛けてきやがった。
腐っても俺はAランク冒険者だ。
これらを纏めて相手にしても切り抜ける自信があるが、他の連中は違う。
中堅の冒険者でも、ゴブリン
もし、一気に攻められれば、俺以外はあっけなく磨り潰される事だろう。
だが、奴らはそれをしない。
何故ならゴブリン
奴は、先程の戦いを見て、俺という猛獣を認識した筈だ。
今も狩人のような慎重さを見せ、俺達の隙を伺おうとしている。
このまま、俺達が消耗するのを待つつもりだろうか?
全く、ゴブリンの癖に良くそこまで頭が回るものだ。
「ギャギャギャ」
気色の悪い笑い声があちらこちらから聞こえてくる。
さて、どうやってこの窮地を切り抜けるか……
流れ落ちる汗で手が滑らないよう、槍を強く握り直す。
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