冒険者ガッシュの事情(前編)

「けっ、ゴブリンの討伐依頼とは、しけてやがるぜ」


 俺の名はガッシュ。

『鉄壁』の二つ名をもつ、Aランク冒険者だ。


 先日、迷宮都市バンガードで、迷宮の百階層を突破し、とうとう念願のAランク冒険者の資格を取る事ができた。


 これで、金も名声も思うがままだと喜んでいたのだが、心の底から喜べていたのは一ヶ月ぐらいの間だけだった。


 始めの内は気も大きくなり、金をばら撒いたりして豪遊をしたものだが、肌に合わなかったのか次第にそれらにも飽いてしまったのだ。


 それ以来、いつもと同じように迷宮に潜ってみても、Aランクという目標を達成してしまったせいか、どこか身が入らない。

 どうやら、目標を達成してしまった事で、燃え尽きてしまったようだった。


 そういった日々を過ごしている内に、俺は迷宮都市を去る決心をした。


 十年程の時を共に過ごしたこの街に愛着はあったが、このままモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、日々を過ごしていく事が我慢できなくなり、更なる刺激を求めて旅に出ることにしたのだ。


 そうして、王国中の村を渡り歩いているのだが、そう簡単に俺が求めるような刺激は転がってはいない。


 今日も、やって来た村で、何か面白そうな仕事は無いか探していたのだが、村長に依頼されたのは、低ランクの冒険者でも楽に相手ができる、ゴブリンの討伐依頼だった。

(※小さな村では冒険者ギルドと言った施設はないため、村長がその業務を受け持っていることが多い)


「Aランクのガッシュ殿には、物足りない依頼かもしれませんが、最近ゴブリンの数が増えてるようなのです。どうか、お力をお貸し頂けませんか?」


 ゴブリンは、弱い癖に数ばかり多くて、面白味に欠け、気乗りのしない相手ではあったが、俺はこの依頼を受ける事にした。


「ちっ、仕方ねぇな。やってやるよ」


「あ、ありがとうございます」


 そう言って頭を下げる村長を尻目に、俺は村を出て森の中へと入って行った。


 依頼を受けたのは、別に、困っている人を見捨てられなかったからだと言う訳ではない。

 単純に路銀が尽きそうだったため、依頼を受けざるを得なかっただけである。


「夢にまで見たAランク冒険者様の生活が、ゴブリン退治で日銭を稼ぐだなんて、本当、悲しくなってくるねぇ」


 そう一人でぼやきながら歩みを進める。

 冒険者といえば、強大な魔物を退治し、時には辛酸を舐め、時には思いもよらぬ財宝を手にするなど、毎日が刺激に満ちたものだと思っていた。

 中でも最高峰であるAランク冒険者にもなれば、どれだけ心躍る毎日だろうかと、夢に見ていたが、到達してみれば何のことはない。

 それ以上の刺激など、そうそうは無かったのだ。


「世の中って、こんな物なのかねぇ…………おっと」


 腐ってもAランク冒険者である、世の中のつまらなさに嘆きつつも、周囲の警戒は怠らない。

 半ば無意識に行っている索敵に反応があった。


 息を潜める…………


 いる。

 ……この気配の感じだと5匹だろうか。

 気配は固まって行動しており、それなりの統率が感じられる。


 こりゃぁ、はぐれじゃねえな。

 これだけの社会性があるって事は、どこかに群れができてやがるな。

 ちっ、面倒くせぇ。

 適当に間引いて終わりにするつもりだったが、群ごと潰す事になりそうだ。


 俺は、こちらにやってくるゴブリンの集団から身を隠し、息を潜めながら機会を伺う。

 そして、ゴブリン達が目の前を素通りした直後に飛び出した。


 全身のバネを駆使して、弾かれたように駆け出す。


 一閃。


 愛用の槍を目にも止まらぬ早さで、次の獲物を見定めて薙ぎ払う。


 胸に穴の空いたゴブリンと、頭をヘコませたゴブリンが同時に地に伏せると、残りのゴブリンがようやくこちらの姿に気が付いた。


 一閃。


 ゴブリンを横目に、石突きをもう一匹のゴブリンの喉へと叩き込む。

 喉を破壊されたゴブリンが、もがく様に地を這い、頭の無い死体が思い出したかのように倒れ伏す。


 一瞬の内に四匹のゴブリンを葬り、最後の一匹が残る。


 相手は何が起きたのか分からない様子だ。


 そこへ、ぼとりと丸い物体が落ちてくる。

 先程ねたゴブリンの首だ。

 ゴブリンと、ゴブリンの首の目が合う……


「グゲァァァァァァォ!!」


 森の中に、何とも言えない悲鳴が響き渡る。

 当然だ。

 何が起きたのかも分からず、気が付けば皆死んでおり、極めつけは同胞の生首からの熱い視線……

 ゴブリンでなくとも、パニックになるというものだ。


 そこへ、ゆっくりと音を近付いて行く。

 そんな俺の様子に気が付いたのか、今度はゴブリンと俺の目が合う。


 ニィッ。


 ゴブリンからの視線に、笑みを返す。


「グ、グゲェェェェェェェ!!!」


 ゴブリンは、先程以上の悲鳴を上げて形振り構わず、森の中を駆け出した。

 完全に我を忘れている様子だ。


「やれやれ、ちとやり過ぎたか?」


 ブンと音を立て槍を振り、血糊を飛ばす。


 逃げるゴブリンを追跡して、群れの場所を探るつもりだったが、あのゴブリンは完全にパニックに陥っている様子だった。


 あれではまともに群れへ帰れるかどうか分かった物じゃない。


「まっ、やっちまった物はしょうがねぇか」


 そう言って、俺は一目散に逃げるゴブリンの追跡を行った。









 ゴブリンは途中から我に返ったのか、後ろを気にしながら、一定の方向に向かって歩き続けていた。


 時間にして三時間位だろうか。

 幸いな事に逃げた方向は、どうやら群れがある方向だったらしく、目的地が見えてきた。


 群れが見え、ゴブリンがふと気を弛めた瞬間を見計らい、槍を一閃する。


「はい、ご苦労さん」


 一瞬で首を刎ね、命を刈り取る。

 群れからはまだ距離があるため、死体は木の陰にでも隠しておけばバレる前に森の獣が処分してくれる事だろう。


「しかし、思ったよりもでけぇな」


 ゴブリンの死体を運びつつ、そう呟いた。


 元々ゴブリンは個体が弱い分、数を増やして群れで生きる魔物だ。

 十匹や二十匹ぐらいの群れならば、そこら中で見かけることだろう。

 だが、今俺の目の前にある群れはどうみても百匹はいそうな程の大きさがあり、崖を背にしたその集落には簡易的な柵も見られそれなりの防衛力も見受けられる。


 たかがゴブリンの百や二百程度に後れを取るつもりはないが、一斉に逃げられると、どうしても一人では手が足りない。


 そう考え、俺は一度村まで戻ることにした。








「…………ってな訳で、殲滅するには人手がいる。まぁ、数が多いとは言えたかがゴブリンだ。冒険者が十人も居れば戦力的には大丈夫だろうし、群れは崖を背にしているから包囲も簡単だ。村の男手も借りて隙間なく囲めば、被害もなく殲滅できるだろうよ」


「何と、それ程までものゴブリンが、群れをなしていたとは……」


 俺は村まで戻ると、村長にゴブリンの群れの事を話した。

 今までにない規模の群れに、村長は驚いてはいたものの、Aランク冒険者の俺の言葉に安心したのか、冷静に街へ応援を依頼する判断を下した。


 群れているとはいえ、相手はゴブリンだ。

 高ランクの冒険者は必要ないので、十人程度すぐに集まるだろう。


「この度は、ガッシュ殿のお陰で大事には至らなさそうじゃ。誠に感謝致します。」


「おっと、ゴブリンのはまだ終わって無いんだ。感謝するにはまだ早いぜ」


「何と!……ほほほ、そうでありましたな。ガッシュ殿への依頼は、ゴブリンのでしたな」


「おう、任せておけ!」


 そう言って、村長の家を後にする。


 相手はゴブリンとは言え、百匹規模の群れならばそれなりの相手がいる事が予想される。

 俺が求めるような刺激は得られないだろうが、多少はストレスの発散が期待できる。


 さて、冒険者が集まるまでどれくらいの日にちが掛かるだろうか?

 恐らく一週間もあれば集まるのではないだろうか。

 それまでは、村でのんびりと待つ事にしよう。


 つまらないゴブリンの討伐依頼が、思ったよりは楽しめそうな事に胸を弾ませ、俺は村で唯一の酒場に足を運ぶのだった。

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