とある悪魔の華麗なる?一日

「だんご♪だんご♪だんご♪だんご♪だんご……え~っと、美味しそう♪じゃったか?」


 薄暗い空間に、どこか凛とした歌声が響き渡る。

 だが、それを聞く者は誰もいない。

 ここは、ファーゼスト家の中でも、限られた者しか存在を知らない地下空間。

 そこには歌声の持ち主である悪魔以外、誰一人として存在しないのだ。


 えぇのぉ~、えぇのぉ~。

 え~っと、この「ケイ?」とかが制作した「蔵人クランド?」とか言う作品は面白いのぉ。

 妾、悪魔だというのにホロリとしてしまったわい。


「さぁて、次は何をしようかのぉ…………」


 遥か昔に神々の手によって封印されて以来、時間だけは有り余っていた。

 長きに渡る封印生活で暇を持て余すようになって、最近では、異世界を覗き見るのが日課となってしまったのだ。


 封印により弱まったとは言え、大悪魔としての力を持ってすれば、封印の外はおろか、異世界の様子を覗く事など造作もない。

 こうして、暇潰しに様々な世界を覗いている内に、悪魔はとある世界にドップリハマってしまったのである。


 にしてもこの異世界は凄いのぉ、一つの世界の中にもう一つの仮想世界を作るとは。

 その名も「WWW」…………

 ブフッ、なんと言うネームセンス。

 名付け親は何故この名前を付けたし。

 本当に草生えるのぉ。


 それにしても、大悪魔たる妾をここまで魅了するとは、恐るべし「蔵人クランド?」。

 矮小な人間の癖に、妾の心を鷲掴みにするとは……






 けしからん、もっとやるのじゃ!





 ふふふ、運命を司る悪魔に目を付けられたのが運の尽き。

 今後も妾がその作品を吟味してしんぜよう。

 くくく、これで制作会社は今後も妾に娯楽を提供し続けることじゃろう、次回作が楽しみじゃ!


 さて、次は何をしようかのう。

 今期の「あにめ」は大体チェックしたし、「カクヨム」の新着も確認した。「MANGA」も、「WWW」に「あっぷろぅど」されている物はあらかた読み尽くしたし…………


 そうじゃ!

「ぴーしー」を魔力で擬似的に再現できれば、「えみゅれーた」で「えすえふしー」も遊べる!(※犯罪です)

 念願の、ろまんしんぐなアレもプレイできるのじゃ!

 ぬぬぬ、こうしてはおれん、一刻も早く「ぴーしー」を再現せねば……


 あれをこうして、これをこうして…………

 ……オーエスってどんな作りをしているのじゃ?

 困った時には「ごーぐる先生?」じゃな。

 …………ふむふむ、成る程。

 あとはここをこうして……

 ……ここはこうして………………


 完成じゃ!!


 ふふん、妾の手にかかれば「ぴーしー」の再現なんぞ、朝飯前じゃ!!

 まっ、妾は飯なんぞ食わんがな。


 あとはのんびりと、ろまんしんぐするだけじゃな。

 目指せ三地点制覇!


 ふん♪ふん♪ふん♪


 魔力で作り出した擬似「こんとろーらー」を手に、鼻唄を歌いながら、擬似「ぴーしー」に向かった。


 しかしこの時、妾は気が付いていなかった。

 今日がどんな日であるかを。

 今日は一年に一度、妾を恐怖に叩き込む存在がやって来る日。

 その事に気が付いた時には、もうその足音が間近に迫っていたのである。


 カツン

 カツン

 カツン


 階段を降りる硬い音が、規則正しいリズムを刻む。


「ひいっ!!」


 聞こえてきた音に対して、反射的に悲鳴が上がってしまう。


 来る!ヤツが来てしまう!!

 あわわわわ、どうしよう、どうしよう。

 すっかり忘れてたのじゃ。

 一年なんてあっと言う間じゃから、全く気が付かなかった。


 カツン

 カツン

 カツン


 そう言えば、昨日は外がガヤガヤとうるさくて、「あにめ」に集中出来なかったが、アレは収穫祭じゃったか!


 しまったのじゃ!

 そうと分かっていれば、もっと心の準備ができていたのに。


 カツン

 カツン

 カツン


 はっ、そうじゃ。

 とりあえずこの疑似「ぴーしー」を隠さねば!

 ええっと、あぁっと、取り合えず枕の下に突っ込むのじゃ!!

 えいっ!


 ギィィィ


 ちょうどその時、部屋の入口が開く音が聞こえてきた。


 姿を現したのは、黒髪に紫色の瞳を宿した人間の若者だ。

 妾から見れば小僧にも満たないような存在じゃが、それがそら恐ろしくもある。


「ファーゼストを護りし偉大なる御柱様。ご機嫌麗しゅうございます。」


 その人間は、妾の目の前にやって来ると、うやうやしく跪いた。


「よい、面を上げよ。してどの様な用向きじゃ?」


 よし上手く言えたのじゃ!

 声が震えてしまうかと思ったのじゃが、何とか威厳は保てそうじゃ。

 グッジョブ妾。


「はっ、今年も御柱様のお陰で、無事大地の恵みを収穫することが叶いました。その他、家業も順調で御家も益々繁栄致してございます。御柱様には感謝のあまり言葉もございません。」


 か、感謝とな!?

 こやつめ、自分の行いを棚に上げ、ぬけぬけと感謝を口にするとは。

 ムキィーーー!

 妾に、怨嗟の念をこれっぽっちも捧げぬくせに、なんたる言いぐさ。

 許せぬ。

 契約のせいで直接手出しはできぬが、ここははっきりと遺憾の意を伝えるのじゃ!


 ふ、ふん、相手は所詮人間の小僧。

 こ、怖くない、怖くなんてないぞ。

 よし、言うぞ。

 言っちゃうぞ!


「妾に感謝とな……皮肉か?」


 ヤッター!!

 上手く言えたのじゃ~。

 ふふ~ん、妾は大悪魔なのじゃ。

 人間に要求をすることぐらい、造作もない事なのじゃ。


 ついでに眉もしかめて、表情でも遺憾の意を伝えるのじゃ。


「滅相もございません。いくら我が家との契約があるとは仰せども、御柱様は、人知の及ばぬ尊き御方。卑しき手前と致しましては、只々感謝するのみにございまする。他意はございません」


 うむ、そうかそうか。

 分かればいいのじゃ、分かれば。


 妾は、そんじょそこらの悪魔とはワケが違うからな。

 そこまで言うのなら、寛大な心で許してしんぜよう。


 こやつも、死すら厭わぬ程の忠誠を誓っておるようじゃし、妾も器の大きい所を見せてやろう。


 えぇ〜っと、こんな時は何と言えばいいのじゃろうか…………


 そうじゃ、『大義である』とでも言って大仰に頷いておけば、それっぽく見えるじゃろう。


「(ちゃぃぎ)であるか」


 メッチャ噛んだ。

 恥ずかしい…………

 しかも何じゃ『であるか?』って、聞いてどうするのじゃ!


 あぁ、もういいから取り敢えず話を進めるのじゃ!!


「はっ、また、御柱様のお耳に入れたき事がございます。」


 妾に報告とな?

 何ぞ嫌な予感がするのじゃ。


 この一族は、毎度毎度、ろくな報告をせぬから聞きたくないのじゃが、もしここで聞いておかねば、気になって折角のろまんしんぐが、楽しめなさそうじゃ。


「なんぞ、申してみよ。」


「手前どもは御柱様のご加護により、例年通りの収穫を得る事が叶いましたが、他家では不作ばかりと聞きます。今年は御柱様への供物も一層、奉じられる事と存じます」


「ほう?」


 こやつにしては、珍しく朗報じゃの。

 飢饉とくれば、飢える苦しみがあちらこちらで発生するもの。

 いくらこやつでも、王国各地で発生する怨嗟の念は止められまい。


「また、家業の方でも、近々借金で首の回らなくなる家がございます。こちらも御柱様の贄として、お捧げ致します。」


 なるほど、借金で身を持ち崩したとなれば、あとは人生という名の坂を転げ落ちるばかり。

これは期待ができそうじゃのぉ。




 ………………いや、待て、待つのじゃ。

 そんな安易に期待をしてもいいのか?

 一体、今までどれだけ期待を裏切られた事か。

 この一族は、毎回、妾の予想の斜め上を行くのじゃぞ!


 そうじゃ、あれはいつの事じゃったか。

 ファーゼスト領ができて間もない時の事じゃ、せっかく収穫できるようになった田畑を焼き払うように、命じた事があった。

 あの時はどうじゃっただろうか。


 焼き払った結果、領民は泣いて喜んだではないか。


 いや、意味が分からぬ!!

 何故、収穫物を目の前で焼かれて喜ぶのじゃ!?


 たまたま、焼き払った直後に大雨が降ったからか?

 確かにあの年は中々雨が降らず、おまけに作物の出来も悪く微々たる物じゃった。

 だからと言って、初めて収穫した物を目の前で焼かれてるのに、神に供物捧げて雨乞いをしたと勘違いされるとか、一体どうなっておるのじゃ。

 妾はそんな結果になるように、因果を弄ってはおらぬぞ!


 他にも、領民を拐かして他所へ売り払うよう指示すれば、売られた者はその先々で大成するわ、次から次へと才能豊かな人材を発掘するものだから、今では領主の目に止まる事は一種のステータスになってしまった。


 どうしてそうなる!?


 この一族は、我が儘放題、好き勝手し放題する度に、方々から感謝の念を集めまくる。

 しかもそれは代を重ねる度に酷くなっていき、特に今代の当主はそれが図抜けている。


 どうしてこうなった!


 あやつの魂は、あり得ないぐらいに真っ黒なのに、非常識なくらいに徳が高い。

 あやつが何かをする度に、感謝の念が溢れ返るのだ。


 そして、いつしかその念の中には耳を疑うような祈りが混じり始めた。


(運命の女神よ、感謝致します)と。


 ………………ん?

 運命の女神?










 ファァァァァァァッ!?









 それは妾の事か?

 妾の事なのか?


 いや、おかしいじゃろ。

 妾は運命を司る大悪魔じゃぞ。

 何がどうトチ狂えば、運命の女神になるのじゃ!?


 だが現実に、その念はファーゼスト家を通して妾の元にやって来る。

 それも一つや二つではない、王国中から数えきれない程の念が届くのだ。

 その事実に、妾はゾッとして恐怖を覚えた。


 このままでは……

 このままでは妾はどうにかなってしまう…………















 このままでは、女神になってしまうではないかぁぁぁ!!














 いやいやいやいや、あり得ないから!

 それ、絶対に何かがおかしいからね!

 悪魔が神になるとか、古今東西聞いた事もない。


 逆はあるよ?神が悪魔になったり、天使が堕ちて悪魔になる事なんてよくある話じゃ。

 実際に妾も、何匹か唆した事がある。


 じゃが、悪魔が神になるとかどうやればできるの?

 というか、人間がそれを為すとか、それ、本当に人間の所業なの??


 色々と頭を抱えたく問題が山積みである。

 だが今、ふとある事に気が付いてしまった。




 光と闇が両方備わり最強に見えないかこれ。




 ……アレ?これ格好良くない?

 魔と神が合わさるとか、滅茶苦茶格好いいのじゃ!


 ふふーん、そうなると妾は唯一の存在じゃの。

 魔と神を両方備えた「魔神」……は何か響きがダサいのぉ。

 ふむ、天使は悪魔になると「堕天使」というから、妾は差し詰め「堕女神ダメガミ」と言ったところかのぉ。

 ふむ、中々悪く無い響きじゃ。





 ………………って違ぁぁぁぁう!!





 妾は、女神になるのではない、怨嗟の念を集めて、悪魔としての力を取り戻すのじゃ。


 その為には、こやつに画策して貰わねばならぬのじゃ!


「期待しても良いのじゃな?」


 良いか?振りじゃないぞ。

 振りじゃないからな。


「うむ。時におぬし、名はルドルフと申したな?」


「おお、御柱様に直接名前をお呼び頂けるとは、恐悦至極にございます」


 年がら年中、ルドルフの名と共に感謝の念が届けば、いい加減名前も覚えるわい!!


 良いか、民を苦しめるのじゃぞ、怨嗟の念を捧げるのじゃからな!

 絶対に、絶対に感謝の念を捧げるなよ。

 良いか絶対じゃからな!


「そちには期待している。良きに計らえ」


「ははぁぁぁっ」


 ルドルフはそう言って、大仰に頷くと、意気揚々として去っていった。






 後日、悪魔の元には当然のように感謝の念が届き、ファーゼスト家の地下には誰かの叫び声が響き渡ったという。


「あの悪魔ぁぁぁぁぁ!」

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