マリーの憂鬱なる一日

 いやぁ、もうダメ。


 ムリムリ!もうこれ以上入らないからぁ!


 ダメ、ダメなの。

 そんなにいっぱい詰め込めないで!


 は、初めて何だから分からなくて当たり前でしょ!


 えっ、こんなに小さい子にも同じ事をさせてるの?

 う、嘘でしょ!?

 あなた達、一体何を考えているの!?




 マリーは、ファーゼスト家に連れてこられて以来、教育と言う名の拷問を受け、紳士を相手にするために日々、様々な事を教え込まれていた。


 商会の娘という事で、ある程度の教養があると自負していたマリーだったが、ファーゼスト家で行われるは全くの未知の物。

 初めての事で上手く行かず、叱責を受けたり、酷い時には鞭が飛んでくるような事もあった。


 それもこれも、売られて行く先々で、の相手をきちんと務めるため。

 マリーが泣こうが喚こうが、無理矢理にでも教え込まれているのだ。


 借金によって身を落とされ、悲哀に暮れるマリーだったが、ここでは我が身の不幸を嘆く暇など無い。

 入れ替わり立ち替わり、次から次へと、様々な人物によって色々と身体に教え込まれる。


 もう今までと同じ、ただの村娘ではいられない。

 そう、マリーはファーゼスト家によって、立派な大人の女性へと作り替えられるのだ。


 今日もまた、嫌がるマリーを前に、一人の男性が相手をするのだった。


















 私の名は……まぁ、何でもいいでしょう。

 ルドルフ様との出会いによって、人生を変えられた人間なんて、山程いる。

 私は、そんなどこにでもいる人間の内の一人で、王都でちょっとした娼館を営んでいる者です。


 今日は、人材の下見などをするために、遠路はるばるファーゼスト領までやってきました。


 ルドルフ様の屋敷に訪れると、いつものように家令のヨーゼフが対応をしてくれ、屋敷を案内してくれます。


 彼とも、もう何年の付き合いになるでしょうか。

 何も言わなくても、私が何をしに来たのか察して案内をしてくれます。


 さて、私の経営する娼館は、他にない一風変わったサービスを提供するのが売りで、王都では、それはもう大変な評判を頂いています。

 今日は、もうじき人員に欠員が出るため、それを補うためにもこうして足を運んだのですが、ヨーゼフさんの話によると、ルドルフ様が直々に目を掛けられた逸材がいるとの事です。

 あの方のお眼鏡に適ったという事は、相当な資質をお持ちなのでしょう、これは期待できそうですね。


 長く続く廊下を案内される中、ふと、この地を初めて訪れた時の事を思い出した。


 そもそも、私の店がこれほどまでに繁盛しているのも、この地にやって来た事が、事の始まりでした。


 当時の私は、ごく一般的な普通の娼館を営む経営者でした。

 勿論、国の認可を受け、国から引き渡される者を扱う、真っ当な店舗を経営していたのですが、どこか娼館の在り方に疑問を抱いていました。

 というのも、私自身が娼館の生まれで、幼い頃からその有り様見て育ったからでしょう。


 娼館の存在そのものは、社会にとって無くてはならない物なのでしょう。

 利用する者にとっては勿論の事、そこで働く者にとってもある種のセーフティネットになっているからです。


 他に働き口がなく、身を売らざるを得ない者。

 どうしようもない借金のために身を落とすもの。

 どちらにしても、王国がきちんと目を光らせているため、生きていけるのですが、そこから幸せを掴む者は殆どいないのです。


 娼館に通う者の中には、稀にではあるが娼婦を身請けする者もおり、そうして娼館を巣立っていった者、幸せに暮らしていると聞き、私の経営していた娼館では、なるべく客を選び、身請けするだけの経済力のある人物をターゲットに営業をしていたのですが、それでも身請けしていく人はそれほど多くはありません。

 それでもなお、幸せになれる人が増えるのならと、営業を続けていたのです。


 そんな折に、私はルドルフ様と出会いました。

 あれは、店の売り込みをするために、色々と渡り歩いていた時の事です。


 ひょんな事から、ファーゼスト家を訪れる機会があったのですが、偶然にもルドルフ様の予定が合わず、半日ほど待たされる事があったのです。


 待たされると聞いた時は、用意された部屋に籠もり、旅の疲れを癒やそうと考えていたのですが、私の対応をするためにと付けられたメイドのおかげて、私の思惑は外されました。


 特別な事をされた訳ではありません。

 飲み物を用意してくれたり、話し相手になってくれたりと只々ただただ時間を持て余した私の相手をしてくれただけです。


 ですが、会話にのめり込むあまり、つい店の事や私自身の身の上の事など、喋るつもりのない事まで話し込んでしまい、気が付けば半日という時間が過ぎてしまっていたのでした。

 あまりにも心地良い時間だったためか、それが終わってしまうのが惜しいとさえ思ったぐらいです。




 閃いたのはその時です。




 娼館にやってくる者達は、何を求めて来るのか。

 欲望の吐け口を求めてやってくるのか?

 いえ違います。

 少なくとも私の店にやってくる方々にはそんな客はおりません。

 彼らは、私の店に心の充足を求めて足を運ぶのです。


 その後、ルドルフ様にお目通りが適った時、私は娼館の未来について語りました。

 ただ店の売り込みをしに来ただけのはずが、気が付けば新しい娼館の形について語り、そして気が付けばファーゼスト家の協力を取り付けていました。


 あの時のルドルフ様の一言は、今でもはっきりと覚えています。


「家畜に幸せになる権利などない、幸せになっていいのは人間だけだ」


 そう、いくら身を落としたとはいえ、娼婦たちは人間なのです。

 ただ身を売るだけでは家畜と何ら変わりがない。

 だからこそ、私は自らの手で幸せを掴む事ができる、そんな店を作りたかったのです。


 そうして出来上がったのが、今の私の店『紳士倶楽部くらぶ』です。

 そこは紳士達に充実した時間を提供する社交の場。

 様々な芸事で男達の心を癒やすという、まったく新しい娼館です。


 そこでは様々な教養を身に着けた女が、時には慰め、時には叱りつけ、時には友人として、時には相談相手として紳士達を支えるのです。

 勿論そんな場で肌を重ねるなど言語道断、彼女達の心を射止め、身請けをするのでなければ、手出しはできません。


 この店は達の集う社交の場なのですから。


 そして今では、噂が噂を呼び、貴き方々も愛用する本当の意味での紳士達の社交場となりました。


 勿論、貴き方々のお相手を勤めるには様々な教養が必要です。

 テーブルマナーから、言葉遣い、身だしなみから佇まい等は勿論。

 語学、数学、理科、政治などなど、やって来るお客様の期待に応えるには、多方面での高度な知識や、高い接客スキルが要求されます。


 そしてそれらを十分に会得している人材は、ここファーゼスト家にしかおりません。


 現在の『紳士倶楽部』では、他のスタッフも育ってきたため、ファーゼスト家の人材に頼らなくても何とか店を回せるまでにはなってきましたが、やはり店のNO.1スタッフはファーゼスト家の人材でした。


 今度そのスタッフが、とある貴き方の元に嫁ぐ事が決まったので、今日は、その報告をするついでに後任のスタッフも紹介してもらおうと、ファーゼスト家にやって来たのです。


「ヨーゼフさん、この子ですか?」


「はい、先日教育を始めたばかりなので、二年程度の教育期間を経てからの引き渡しになりますな」


 案内をされてやって来た部屋を覗くと、二人の少女が、教師役の侍従を前に算術の勉強をしていた。


 一人はまだ、十歳にも満たないような幼子だったため、もう一人が件の少女なのでしょう。

 なかなか気の強そうな子ですが、自分よりもかなり小さい子供が、同じ問題を難なく解いているのを横目に涙目になっている。


「気の強そうな子ですね」


「えぇ。なんとルドルフ様にすら食ってかかる程の気の強さです」


 なんと、王国の麒麟児と名高いルドルフ様に対して食ってかかるとは……


「成る程、逸材ですね。」


 紳士達が集う『紳士倶楽部』ではあるが、やはり政治を担うという方々の中には、その激務のせいか変わった趣味を持つものも少なくありません。


 例えば、年端も行かない少女に罵られる事でストレスを発散させたり。

 例えば、少女が涙目になっている姿に、悦びを感じたり。

 例えば、幼児の様な扱いを受けることで、充足感を感じたり。


『紳士倶楽部』には、普通のでは満足されない紳士も数多く足を運ばれるのです。


 それがどうでしょう、この少女は王国の中でも有名な、あのルドルフ様にすら噛みついたというではありませんか。

 それならば、私の店にやって来る紳士達に気後れすると言うことはないでしょう。


 更に、涙目になりながらも虚勢を張ろうとするあの姿。

 そういった趣味の無い私ですら、意地悪をしたくなる気持ちがムクムクと湧いてきます。


「ヨーゼフさん、彼女はそう遠くない将来、私の店でNO.1のスタッフとなっている事でしょう。あと二年程度でしたね、期待して待っていますね」


 勉強で頭を一杯にさせている少女を横目に、私はその場を立ち去りました。


 さて、これからルドルフ様には、今度結婚するスタッフについて報告せねばなりません。


 私は気持ちを切り替えて、ルドルフ様との面談に望むのでした。


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