発明家シドの華麗なる一日

 私の名はシド。

 しがない発明家だ。


 私の家系は、代々好奇心が旺盛な者が多く、冒険家だったり学者だったりと、とにかく新しい物が大好きな一族だ。


 私も例に漏れず、幼い頃から御先祖様が残した様々な物を見てきた事もあり、未知の物の虜になっていた。


 ある時、私は好奇心から、家の物置を漁っていた時に、とある書物を発見した。

 見知らぬ文字で記されたその書物は、建国の英雄の一人、大賢者イトウが残した物と酷似しており、彼が残した書物だと推測される。


 その事に気が付くと、私は歓喜した。


 何故ならば、イトウは異世界出身であり、様々な事柄を書物にまとめて残したとされるからだ。


 異世界。

 何と心惹かれる言葉であろうか?


 かの世界では、男性はある一定の条件を満たせば、皆魔法を使うことができたそうだ。

「ナマポ」なる物質のおかげで働かずとも食うに困らず、数多くの「神」が現世に降臨されるという、まるで楽園のような世界。


 それが、イトウの住んでいた世界だ。


 その異世界の事が記されている書物が目の前にあるのだ。

 それで平然としていられる方が間違っている。


 幸いにも、イトウの書物は、研究もある程度進んでおり、「ヒラガナ」と「カタカナ」は読み解く事ができたため、我が家で発見された書物の題名も読む事ができた。


 ラグナロク・レポート終焉の審判


 表紙には、そう銘打ってあった。


 解読は難航を極めたが、この書物は「内政チート」なる物についても記載されており、解読できた部分を利用して、私はそれなりの財を築き上げることに成功した。


 そして私はその財を利用して、資金繰りに困っていたそこそこの規模の商会を抱き込んだ。


 私自身が研究に没頭するためには、金を生み出し続ける装置が必要だったからだ。

 そして、その事は私に嬉しい副産物を運んでくれた。


 そう、それは妻との出会いだった。


 抱き込んだ商会は、私が提供した資金の担保にと娘を差し出してきたのだが、これが思った以上に気が合った。

 少々お転婆な所もあったが、理知的で優しく、そして気が利いた。

 何よりも私の世話を任せられるという事が一番良かった。


 研究第一の私に取って、それ以外の事を任せられるというのは、何よりも有難い事だったのだ。


 私は、書物から得られた知識を形にし、妻がそれらを金に変えていく。


 本当は、商売にならない事に対しても、研究をしたかったが、娘のマリーも生まれ、商会で働いている人々も養わなければならないため、多少は諦めた。


 まあ、金になる部分だけだとしても、研究のみに没頭していられる今の環境は、それなりに恵まれているのだ。

 これ以上を求めては罰が当たる。


 そんな生活を送っていた時である。


 私は研究していた『ラグナロク・レポート』の中から製塩技術に関する記載を発見したのである。


 始めは、よく分からないイラストに解読できない文字が書かれているだけであったのだが、「ニホン語」の解読が進むにつれ、それが海水から塩を取り出す技術であることが判明したのである。


 海水から作られた塩は不味い。

 それは、この王国の常識だ。


 だが、『ラグナロク・レポート』には、海水から「ニガリ」なるものを除去し、上質な塩を取り出す技術が記載されていたのだ。


 この技術は金になる。

 もし上手くいけば、私が一生研究のみに没頭したとしても、お釣りがくるぐらいの金が手にはいるのだ。


 さっそく、小規模な実験を行った所、問題なく塩を作ることができた。

 喜び勇んで、妻にこの事を話したところ、これらの施設を作るには、場所の確保等も含めて金貨三百枚もの資金が必要との試算がされた。


 私は妻と相談した結果、この資金をファーゼスト家から借り入れる事を決めた。


 かの家は、様々な分野に出資をしており、もしその眼鏡に適い出資を受けられたなら、成功は間違いないとも言われているからだ。


 結果、私達は見事に出資を受ける事に成功した。

 最終的には金貨五百枚もの借金を負うことになったが、製塩が軌道に乗れば、そんな額とは、文字通り桁の違う額が稼ぎ出せる。


 そう思い、設備を整え製塩を開始した。


 すぐに、借金など返せる。


 そう思っていた。

 そう考えていた。





 しかし、現実はそんなに甘くなかった。





 どこから聞き付けて来たのか、岩塩で利益を得ている塩ギルドからの横槍が入ったのだ。


 彼らは、既得権益を犯す私達を潰しにきたのだ。


 まず、彼らの手回しによって卸し先の業者が手を引いた。

 大口の卸し先を失った私達は、それでも売り込み続けたが、塩ギルドと正面から敵対したい商人がいる筈もなく、私達は孤立してしまったのだ。


 何故だ!?

 あのファーゼスト家の眼鏡に適い、始めた商売が何故こうも上手くいかないのだ!


 ファーゼスト家の影が見えているのに、塩ギルドが手を出してくるということは、この技術がそれ程までに脅威ということか?


 私は、虎の尾を踏んだことに、今更になって気が付いたのである。


 本気になった塩ギルドは、方々に手を回し、私達が直接販売する分に対しても邪魔をし始め、現状、全くと言っていいほど塩は売れていない。


 そして、そうこうしている内に、三年の月日が流れてしまった。




 私は今、ファーゼスト家に足を運び、その当主と向かい合っている。


 交渉の結果、製塩技術は手放す事になってしまったが、まだやり直せる。


 三年の時は失ったが、マイナスになった訳ではない、ゼロに戻っただけなのだ。


 そう考えていた私に、ルドルフ様はこう宣告したのだった。


「何を言っているのだ、借金は残り金貨百枚だ」


「…………は?」


 空いた口が塞がらないとはこの事だろうか。


「ヨーゼフ、こいつらが金を借りたのは、いつだ?」


「三年と三日前でございます」


「だそうだが?」


 三日で金貨百枚とはなんの冗談であろうか。

 何を言われているのかさっぱり分からない。


 隣でマリーがルドルフ様に食って掛かっている事にも気付かず、私は思考に耽った。


 三日で金貨百枚とは、あまりに暴利。

 あまりにも無理がある。

 この様子を見るに、私達がもう少し早く到着していたとしても、きっと、何かしら口実を得て、同様の結果になったに違いない。


 確かに平民が貴族に訴え出たところで、一蹴されるだけ。

 平民の道理は貴族に通じないのが常だ。


 だが、今目の前にいるのは、あのルドルフ=ファーゼスト辺境伯だ。

 彼が、全くの考えなしに、こんな事をする訳がない。


 きっと何かしらの思惑があっての事だろうが、一体彼は何を考えて、私達に出資をしたのだろうか。


 この結果に導くため?

 私達に借金を負わせるのが目的だった?


 そう考えると、辻褄が合ってくる。

 彼が始めから関わっていたとしたら、全て話は繋がるのではないか?


「……ルドルフ様。あなた、始めから仕組んでいましたね?」


「クククッ、何の事だ?」


「ギルドに情報が渡るのが、いくら何でも早過ぎたし、商売を妨害をするにしても手回しが良過ぎました。今思えば、ルドルフ様の関与があったなら納得ができると言うもの」


「だったらどうだと言うのかね?」


 そう、それが分からないのだ。

 これはもう、直接聞くしか無いだろう。


「……何が望みですか?」


「ほう?少しは頭が回るようだな?流石、製塩技術の開発者」


「茶化さないで下さい」


「ふん、商会ごと巻き上げるつもりだったが、……気が変わった。貴様自身と、そこの娘に金貨百枚の値を付けよう」


 私と商会を手に入れるのが目的だったのか。

 確かに、あの『ラグナロク・レポート』から得られる知識は有用過ぎる。

 どうやってその存在を知ったのかは分からないが、それを手に入れたいのなら納得がいく。


「私と、娘を買うのですか?私はともかく、娘までとはどういう事でしょう?」


 だが、それなら私だけでいいはず。

 娘までとは、一体どういう事だろうか?


「貴様にはその頭で、そこの小娘には、その身体で稼いで貰う」


「ひぃ!」


「安心したまえ、そこらの娼館に売り飛ばす何て事はしない。きちんとした場所で、紳士の相手をしてもらう。クククッ、むしろ光栄に思いたまえ」


 ななな、なんて事を言うのだこの人は!

 そんな言い方をしたら、娘が勘違いするでしょう!!


「…………そんな、一体私に何をさせるの?」


「ルドルフ様!あなたは、私達親子をどうするおつもりですか!?」


「知れたことを!借金を払えず国の奴隷となるか、私に仕えるかさっさと選べ!」


 つまりマリーと一緒に、このファーゼスト家に仕えろという事だ。


 少々強引ではあるが、高名なファーゼスト家に召し抱えられたと考えれば、光栄なことである。


 おまけにマリーも、何かしらの才能を見出だされたようで、将来を約束されたようなものだ。

 商会の方もそう悪い様にはされない筈だ。


「……ルドルフ様にお仕え致します」


 借金の事もあり、私が選べる道は一つしかない。


「ふん、最初からそうすればいいのだ。ヨーゼフ、二人を連れていけ」


「かしこまりました。それではお二人共、着いてきて下さい」


「嫌よ、そんなの嫌ぁぁぁぁ」


 ところで、なんでマリーはさっきからこんなに嫌がっているのだ?


 …………あれ?

 私、マリーにファーゼスト家の事を教えたっけ?


 …………まぁいいか。

 どうせ後で分かることだ。


 こうして私達は、ファーゼスト家に仕える事になったのだ。










 いや~、ここは本当に素晴らしい。

 食事は出てくるし、面倒事もなく、研究のみに没頭することができる。


 以前は商会のこともあり、利益を求めた開発を行ってきたが、ここでは好きなだけ自分の好きな研究をすることができる。


 何という素晴らしい環境だ。

 こんな仕事を頂けるのなら、あんな回りくどい事をせずに、直接言ってくれれば、喜んで仕えたのに。


 まあ、貴族の世界にはよく分からない、しがらみ等もあるのでしょう。


 結局あの後、製塩技術は塩ギルドに売り渡されてしまったそうだが、その結果、上質な塩が安価で出回るようになり、今までは行き渡らなかったような僻地にも、十分な量の塩が出回るようになった。

 岩塩と海水塩を取り扱う事になった塩ギルドも、結果として利益を上げることに成功したのだ。


 また、妻が経営する商会も、塩ギルドに組み込まれ、一時のわだかまりはあったものの、十分な利益を受けているそうだ。


 私達が持っていた時は争いの種にしかならなかった製塩技術だが、やはり扱う人次第でこうも結果に違いが出るとは。


 私は、自身の研究の事しか考えていなかったが、ルドルフ様は王国中の生活を一変してしまったのだ。

 特に、今まで塩が足りずに死活問題だった僻地の住人は、ファーゼスト家に対して、並々ならない感謝をしていると聞く。


 私達があのまま塩を販売していたとしても、彼らの生活を救う事はできなかったであろう。


 借金を無理矢理背負わされた時は、どうなる事かと思ったが、やはりファーゼスト家の麒麟児の名は伊達ではないらしい。


 私達から、出資の要請を受けた時点で、この絵を描いていたとしたら、彼はどれだけ先を見据えているのか。


 私には、麒麟児と言われる人物がどのような世界を見ているかは想像が付かないが、私の手元にある『ラグナロク・レポート』によって、彼はどのような世界を見せてくれるのだろうか。


 年甲斐もなくワクワクとしてしまうのは、好奇心旺盛な一族の血を引いているからだろうか?


 まだ見ぬ新しい世界に想いを馳せ、私は手元の『ラグナロク・レポート』の解読に勤しむのだった。











 はて、何かを忘れているような気がするが…………一体何だったであろうか?

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