悪徳領主の取り立て
ファーゼスト家の、とある応接間にて三人は向かい合って座っていた。
一人は、ファーゼスト家の当主である私。
残る二人は、やや緊張した面持ちで椅子に腰掛けていた。
この二人は、年齢は離れているものの顔立ちは良く似ており、親子であることが伺える。
年嵩の男性は、髪はボサボサであるものの、それなりに切り整えられていたり、着ている服は清潔ではあるものの、だらしなく着崩していたりするなど、どこかチグハグな印象を受ける。
反面、その隣に座っている若い女性は、身形もきちんと整えられており、背筋も真っ直ぐにして座っていたりと、その仕草1つ取っても教育の跡が伺える。
おそらく、だらしない父親の面倒を、娘が見ているのであろう。
「ルドルフ様、どうぞこちらを御賞味下さいませ。」
そう言って年嵩の男性は、手の平に収まる程度の大きさの紙袋を取り出した。
ヨーゼフはそれを一旦受け取ると、毒味をして問題無いことを確認した後に、こちらに手渡す。
紙袋を開けると、そこには大さじ一杯程度の塩が、入っていた。
それを、一つまみして口の中に放り込む。
「ふむ、海水塩とは思えない程の味だな」
私の知っている海水塩は、もっと雑味やえぐみがあり、とても食べれたものではなかったが、今回口にした塩はやや雑味等は残るものの、十分実用可能なレベルの物であった。
「ルドルフ様、それでは!?」
「うむ、見事な製塩技術だ。褒めてつかわそう」
果たして、この技術で一体どれだけの金貨を生み出す事ができるだろうか。
そう考えると、労いの言葉の一つも出てくると言うもの。
そう、この技術は、今目の前に座っている人物が開発したものなのだ。
彼の名はシド、中程度の規模の商会の主だ。
しかし、店の切り盛りは専ら別の人が担当をしており、彼自身は研究者の方が肌に合っているらしく、商会で取り扱う商品の開発等を手掛けている。
そして、彼は色々な物を開発していく中で、ある時海に目をつけた。
岩塩が市場を独占し、莫大な利益を上げている現状、海水から上質な塩を供給する事ができれば、どれ程の利益が産み出せるだろうか。
そう考えた彼は、そこから塩を精製する技術を開発するべく、私から資金を借りたのだ。
その額、何と金貨三百枚。
そして今、こうしてその成果を、私に披露しにきているという訳だ。
素晴らしい、実に素晴らしい技術だ。
金の卵をよくぞ産み出してくれた。
そのあまりにもの嬉しさに、彼らに、こう言葉を投げ掛ける。
「……それで?」
そう言葉を発すると、二人は言葉の内容が理解できなかったのか、キョトンとしている。
「ルドルフ様、それでとは、一体どういうことでしょうか?」
「それは私が聞いているのだが?」
そこまで言っても飲み込めないらしい。
やれやれ、それなりに教育を受けているとは言え、所詮は
「貴様らが持ち込んだ塩は、中々の物であった。それで?そもそも私に用があって出向いたのは貴様らだろうが。私に一体何の用だ?」
「……っ!何ってそんなの決まってるでしょう!!」
今まで静かにしていた娘が、我慢できなくなったのか大声を上げる。
「控えなさいマリー!……ルドルフ様、娘が失礼を致しました。」
この娘、レディに見えて、その実相当なじゃじゃ馬のようだ。
フフフッ、これは思わぬ拾い物になりそうだな。
「くっ」
マリーと呼ばれた娘が、口を閉ざしたのを見てから、シドは言葉を発した。
「ルドルフ様、出来上がった塩の品質につきましては、たった今御賞味頂きました通りです。これらが軌道に乗れば、莫大な利益を産み出す事でしょう」
「貴様の言う通りだな」
「ならば、今しばらく、返済に猶予を頂けないでしょうか?」
確かにこいつの言う通り、きちんと扱えば、莫大な利益を産み出すのだ、猶予があれば、もしかしたら返済ができるかもしれない。
「断る!まずは、金貨五百枚を返済して頂こうか?」
勿論、そんなことをさせるつもりはない。
「はぁっ!?借りたのは三百枚でしょ!?何で二百枚も増えてるのよ!?」
「マリー!!」
ちっ、さっきからうるさいガキだ。
利息のことも知らんのか・・・
「三年で五百枚にして返済する、そういう約束だったな?」
懐から証書を取り出すと、横でギャーギャー喚く小娘を無視して、シドと話を進める。
「その通りでございます。ですが、儲かる物なのは間違いありません、ルドルフ様も、目先の利益よりも後の利益の事をお考え下さいませ」
「ほう?それならば聞くが、この塩は売れるのかね?」
「それは……」
その問いに、シドは言葉を詰まらせる。
「実際に販売するようになって、しばらく経つと聞くが、どうなんだね?」
後の利益?そんなもの、有る訳がないだろう。
実際に売れて利益を出しているのなら、このように頭を下げずとも、金は返せていたはずなのだから。
「…………」
「良い物は売れると言う程、商売の世界は甘くないようだな」
もっとも、商売敵である塩ギルドに情報を流したりして、新しい塩を売れないように手を回したのは、私自身だがな。
既得権益の塊である塩ギルドに対して、海水から上質な塩を取り出して売ると言う行為は、真っ向から喧嘩を売る事に他ならない。
ならば、ギルドに一言告げるだけで、あとはこの親子を勝手に潰してくれると言う寸法だ。
「あいつらが……ギルドの奴らが邪魔をするからじゃない!?」
「マリー、いい加減にしなさい」
シドが小娘を嗜めるが、収まる気配を見せない。
やれやれ、この小娘には少し灸を据える必要がありそうだ。
「小娘、ギルドがどうとかは関係無いのだよ。貴様は金を借りた、だから金を返す。それだけなのだよ」
「何よ、あいつらの肩を持つの!?あいつらがどんな嫌がらせをするか分かるの!?」
知るかそんなもの、ギルドの既得権益を犯せば、真っ向から敵対する事ぐらい、自明の理だ。
「ふん、私には関係の無いことだな。……ところで小娘、金を返せなければどうなるか、分かっているのか?」
そんなことよりも、この小娘は分かっているのだろうか?
このまま金を返せなかった場合に、自分達がどんな運命を辿るのかを。
「そ、それは」
ふん、少しは知っているようだな。
王国では、借金を返せなかった場合には、その身を以て返す事となる。
直接、人身売買を行うと外聞が悪いため、一旦は国が債務者を引き取り、その債務を国が支払うのだが、国に引き取られた債務者の末路は悲惨なものだ。
男は鉱山などでの重労働へと従事する事になり、女は国営の娼館などで客を取り、その債務を返済していく事になるのだ。
「ルドルフ様、もう結構でございます。私が開発致しました技術を、金貨五百枚でお譲り致します。それだけの価値はあるはず。」
シドが、そう口を挟む。
まぁ、交渉の着地点としては妥当な所だろうか。
シドの商会の規模はそこまで大きいものではないため、それらを処分しても、精々が金貨50枚程度にしかならない。
金貨五百枚分の価値があるとしたら、製塩の技術を差し出すしかないのだ。
「売れない塩を作る技術に、金貨五百枚もの値を付けるとは、吹っかけ過ぎではないか?」
「その様な事はござません、技術は活かすも殺すも、それを扱う人次第でございます。私共には精塩という技術は荷が重かったようで、ルドルフ様が扱うならば莫大な利益を生み出す事でしょう」
確かに、平民がギルドに楯突こうとするには荷が重いが、貴族である私ならばやりようもある。
どちらにしても、金貨三百枚以上の価値なのは間違いない。
「ふん、まあいい。それで買い取ってやろう。…………ヨーゼフ!」
ヨーゼフを呼び、こいつらから、金の卵をを毟り取るための契約書を用意するように命じた。
十数分後
無事に、契約書にお互いのサインを交わし、製塩技術を毟り取る事に成功した。
「金貨五百枚分の技術、確かに受け取った。」
私の分はヨーゼフが受け取り、彼等の分はシドが受け取る。
そして、シドが借金の証書に手を伸ばした所で、私はサッと証書を回収する。
「ちょっと、何をするのよ!ちゃんとお金は返したんだから、それは渡しなさいよ!」
馬鹿め。
私が、たかが製塩技術を奪い取るためだけに、わざわざ手を回すわけが無いだろう。
こいつらには、何もかもを失ってもらう必要があるのだ。
食って掛かってくる小娘に、私はこう答えてやった。
「何を言っているのだ、借金は残り金貨百枚だ」
「…………は?」
私の言葉に、二人は茫然とする。
クククッ、いつ返済額が五百枚だと言った?
「ヨーゼフ、こいつらが金を借りたのは、いつだ?」
呆けている二人にも分かるように、わざとらしくヨーゼフに問いかける。
「三年と三日前でございます」
「だそうだが?」
「はぁ!?何言ってるのよ、三日で金貨百枚なんてふざけてるの?」
いち早く我に返ったのは小娘の方で、口を開けるなり、そう喚き散らす。
「三年で金貨五百枚の約束だ。それを過ぎれば利子が発生するのは当然だろう?三日で百枚?違うな、三年の次は四年だ。四年で金貨六百枚を返すのだから、中々良心的な内容ではないか」
利子を二割しか取らないのだ、むしろ感謝して欲しいぐらいだ。
「そ、そんなの無茶苦茶じゃない!?」
無茶でもなんでも、平民が貴族に道理を説く事など、出来はしないのだ。
なんとでも言え、結局は金を返せなかったこいつらが悪い。
「三年経つ前に返さない貴様らが悪い」
「なら、さっきの契約も無効よ!金貨五百枚なんかじゃ売らないわ!」
そう小娘が喚くが、想定済みだ。
「はあ?何を言っているのだ?ここには、父親のサインもある。貴様も商売人の端くれなら、この意味が分かるだろ」
フハハハ、何のために契約書を作ったと思っているのだ?
貴様らの、最後の切り札である製塩技術を奪い取るためだ。
「…………そんな、そんなのあんまりよ」
ようやく自分の立場が分かったのか、小娘は、青菜が萎れていくかのように、力なく椅子にもたれ掛かる。
「……ルドルフ様。あなた、始めから仕組んでいましたね?」
いつ我に返ったのか、シドが口を開く。
「クククッ、何の事だ?」
「ギルドに情報が渡るのが、いくら何でも早過ぎたし、商売を妨害をするにしても手回しが良過ぎました。今思えば、ルドルフ様の関与があったなら納得ができると言うもの」
「だったらどうだと言うのかね?」
クククッ、今更それが分かった所で何だと言うのかね。
貴様らにできることなど、もう何も無い。
既に、まな板の上に乗っていて、あとは料理されるの待つだけだというのに。
「……何が望みですか?」
シドが短くつぶやく。
「ほう?少しは頭が回るようだな?流石、製塩技術の開発者」
「茶化さないで下さい」
知った所で、何か変わるわけでもないだろうに。
まぁ良い、茶番に付き合ってやろう。
「ふん、商会ごと巻き上げるつもりだったが、……気が変わった。貴様自身と、そこの娘に金貨百枚の値を付けよう」
当初は、商会ごと抱き込むつもりだったが、良く考えれば、貴族たる私が、貧乏商会で平民(かちく)を相手に頭を下げて小銭を稼ぐなど、性に合わん。
「私と、娘を買うのですか?私はともかく、娘までとはどういう事でしょう?」
シドは、だらしなく見えるが、その頭脳は優秀で、価値がある。
その娘も、それなりに器量が良くおまけに気が強い。
特に、そういった筋の紳士には受けが良く、高い値が付くだろう。
「貴様にはその頭で、そこの小娘には、その身体で稼いで貰う」
「ひぃ!」
萎れていた小娘に視線を投げ掛けると、さっきまでの威勢はどうしたのか、ひどく怯えた様子を見せる。
「安心したまえ、そこらの娼館に売り飛ばす何て事はしない。きちんとした場所で、紳士の相手をしてもらう。クククッ、むしろ光栄に思いたまえ」
まぁ、世の中には色んな趣味嗜好を持った紳士がいる。
小さいのが良かったり、気が強いのが良かったりと、特に貴族にはそう言った紳士が多いと聞く。
……私には全く理解できない世界だがな。
「…………そんな、一体私に何をさせるの?」
小娘は何を想像したのだろうか、顔を青くしている。
「ルドルフ様!あなたは、私達親子をどうするおつもりですか!?」
「知れたことを!借金を払えず国の奴隷となるか、私に仕えるかさっさと選べ!」
シドが問いかけるも、一蹴する。
茶番は終わりだ。
どちらにせよ、貴様らの選択肢は多くはない。
借金を返せない以上、身を売る事は決まっているのだ。
「……ルドルフ様にお仕え致します」
国の奴隷となって酷使されるか、私の奴隷となって良い生活をするか……考えるまでもない事だ。
「ふん、最初からそうすればいいのだ。ヨーゼフ、二人を連れていけ」
「かしこまりました。それではお二人共、着いてきて下さい」
ヨーゼフはいつも通りの口調で話し掛け、シドと小娘を別室へと連れていく。
「嫌よ、そんなの嫌ぁぁぁぁ」
廊下に小娘の叫びが響いたが、私には、売られていく家畜の鳴き声に聞こえてしょうがない。
フハハハハハ!
小娘が生意気を言うからこうなるのだ。
これに懲りたら、もう少し身を慎むのだな。
……まぁ、そんな機会がこの先あればだがな、クハハハハハ!
さて、首尾良く事は運んだ。
あとは、塩ギルドの連中に製塩技術を、精々高く売り付けてやるとしよう。
なに、嫌とは言わせないさ。
もし、そうすれば、私が上質な塩を売りさばいて、その利権を犯し始めるのだ。
それを少々の金で済まそうと言うのだから、感謝して欲しいものだな。
……金貨五千枚ぐらいで勘弁してやるとしよう。
フハハハ!
全く、私の商才は凄まじいな。
金貨三百枚を、五千枚に変えるだけでなく、優秀な人材も手に入れた。
小娘?まぁ、あいつはおまけだ。
精々、借金分の絶望を女神様に捧げるがいいさ。
クククッ、借金で身を売る娘と、それをどうする事もできない父親の感情は、如何程のものだろうか?
さぁ女神様、奴等の苦悩を、とくと御賞味下さいませ!
クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!
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