悪徳領主と豚の餌

「ル、ルドルフ殿、お待ち下さい。どうか、どうかお力をお貸し下さい。」


 席を立ち上がろうとした私に、すがり付くような声がかけられる。


 声の主は、何とかという地の領主で、名は何と言っただろうか?


 ……相手は、貴族の末席に名を連ねているとは言え、規模の小さい田舎貴族。


 その地を治めるために便宜上、貴族を名乗っている家畜へいみんに毛の生えた程度の者など、覚える価値もない。


「縁がなかったようだな。他家を当たってくれ」


 そう冷たく突き放し、そのまま部屋を去ろうとする。


「そこを何とか。今年はどこもかしこも不作で、最早ファーゼスト家以外に頼る所などないのです。どうか、どうかお力をお貸し下さいませ。」


 だが、相手も行く手を遮るようにして、食い下がってくる。


 それもそのはず、彼は自領が不作のため、ここでなんらかの支援をもぎ取らねば、かちくを餓えさせる無能のレッテルを貼られるのだ。

 だが、わざわざ私を利用しようとする所が気に入らない。

 田舎貴族風情が、自身の分を弁えず、私に話しを持ってくるなど、厚顔無恥も甚だしい。


「ふん、それで何故私の家なのだ?私の領地が荒れ地ばかりなのは、知っているだろうに。モロー伯爵の所にでも頼むのだな。」


 だいたい、この辺りを取りまとめているのはモロー伯爵だ。

 あそこは、代々続く由緒正しい家柄で、家格に相応し財力に加え、豊かな穀倉地帯もあり、蓄えもある。

 泣きつくなら、まずはそこだろう。


「モロー伯爵には、もう相談を致しました。が、足元を見られ高額な料金を吹っ掛けられました。その額何と金貨二百枚!私のような小さい家にそんな資金はごさいません!」


 ふん、その程度の額も払えないのか。

 有事に備えて普段から蓄えを怠るとは、やはりこの田舎貴族は無能だな。


「そうか、それは気の毒に」


「それでは!?」


 一瞬、田舎貴族が喜びの声を上げる。


 ……こいつは何を言っているのだ?

 私が貴様に手を貸して、何のメリットがあるというのだ。

 何の利益にもならない事に、私が手を貸す訳がないだろう。


「……どうぞ、お引き取りを」


 そう言ってにべもなく返す。


「なっ!貴殿は、私の領民に餓えて死ねと言うのか!?」


 田舎貴族がなにやら喚き始めたようだ。


 何様のつもりだろうか?

 貴族とは、自身の領地を治めてこその、貴き血であろう。

 自身の無能を棚に上げ、あまつさえ責任転嫁をするとは。

 やはり、所詮は田舎者と言うことか。


「その責任は、貴様が負うべきだろう?」


「ぐっ……」


 そう言って、田舎貴族の口を塞ぐ。


「そもそも、食べさせる事ができないなら、他所にでも売り払えば良かろう」


「なっ!?我らが守るべき民を、家畜の様に売り払えと!?いくら辺境伯とは言え、言って良いことと悪い事があるぞ」


 はぁ?何を言っているのだ、確かに家畜へいみんは大事な収入源だ。

 野犬にでも襲われたならば、守ってやることも吝かではない。

 だが、家畜へいみんを食わすために、我らが倒れてしまっては本末転倒だ。

 家畜へいみんが飼えないなら、出荷するなり潰すなりして数を調整することぐらい、当たり前の対処法だろう。


「全く、あれも嫌だこれも嫌だと駄々ばかりこねて、貴族の端くれとして恥ずかしくないのか?」


 金は無い、代わりに差し出すものも無い、おまけに身を切るのも嫌だと。

 自身の領地の事ぐらい、自分で責任を持って貰いたい物だ。

 ただ喚くだけなら、家畜にだってできる。


「さっきから聞いておれば……」


「ふん、貴様の領地の事だ。責任は貴様が持つべき物だろ」


「…………」


 そこまで言ってようやく口を閉ざしたようだ。


 所詮は田舎貴族、家畜と同様の事しかできないのなら、貴族を名乗らず、ブヒブヒ鳴いていればいいのに。

 わざわざ我が領にまでやって来てブヒブヒ泣き喚くとは、迷惑な奴だ。


 そういえば豚の餌ならば、大量に備蓄があったな。


 家畜へいみんが豚の餌を貪るのか…………これはいいな。

 ……いや、むしろ妙案ではないか?

 フハハハハ傑作ではないか!

 そうだ、豚は大人しく豚の餌でも食っていればいいのだ!!


「そうだ、いい案を思い付いた。ドクイモなら我が領にもたくさんある。それで餓えを凌いでは如何か?」


「ドクイモだと?」


 ドクイモとは、主に家畜の食糧として用いられる芋類の事で、特に辺境の地で良く見られる。

 非常に繁殖力が強く、痩せた土地でも育つため、ファーゼストでも大量に収穫することができるのだが、毒性を持っており、食べれば腹痛を起こす場合もあるため、専ら飼料として使われているのだ。


「食べられない物でもないだろう?」


 勿論、必ず腹痛になるというものでもないし、大量に食べ過ぎなければ、問題もない。

 餓えはある程度、凌げるはずだ。

 ただ、という事自体に、目を瞑ればだが……


「ぐぬぬ……」


「冬を越せない家畜は、潰すしかなかろう。潰すかどうか、貴様の好きにするがいい。」


 迷っている所に、そう投げ掛ける。

 私としては、このまま帰ってもらうのも、豚の餌を食わせるのもどちらでもいい。

 どちらにせよ、この無礼な田舎貴族が帰ってくれるなら、万々歳だ。


「…………それ以外に方法は無いか。ルドルフ殿、お願いできますかな?」


 やや間を置いて、田舎貴族はそう答る。

 その顔は、苦虫を噛み潰したようだった。


「ドクイモは、我が領でも処分に困っていたところだ。格安で譲ろう。……ヨーゼフ、後は任せる。」


「はっ、お任せ下さいませ。それでは別室にてご案内をさせて頂きます。どうぞこちらへ。」


 今まで側に控えていたヨーゼフは、そう言って、田舎貴族を伴って部屋から出て行った。


 やれやれ、ようやく帰ったか。

 全く、あれで王国貴族の末席を名乗るなど、一体いつからこの王国は豚小屋になったのだ?

 せめて人間の言葉を理解できるようになってから、貴族(にんげん)を名乗るべきだろう。


 ……まぁいい、あの芋は本当に繁殖力が強く、処分するのに困っていたところだ。

 あれを金に変えることが出来ただけでも、良しとしよう。


 それにしても、家畜へいみんに豚の餌を食わせるという発想はなかったな。

 フハハハハ、奴らにはお似合いの食糧だ。

 家畜へいみんが、豚の餌を貪る様は、さぞ滑稽であろう。


 さぁ女神様、あなたの忠実なる僕が、これから新たな供物をお捧げ致します。


 豚どもが涙を流しながら餌を貪る様を、存分にお楽しみ下さいませ!!


 クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!

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