第677話 西山君の波紋 (2)

「オラオラオラ走れ走れ、そんなんで本気で逃走王に成れると思ってんのか!お前ら鬼ごっこ舐めてんじゃねえぞ!気合入れろ気合!」


「「「はい、コーチ!!」」」

”ダッダッダッダッダッダッダッダッ”

コーチの掛け声に応える様にグラウンドを走り抜ける部員たち、皆真剣な顔をして練習に取り組んでいる。


「よし休憩。そのままへばるなよ、ストレッチを良く行って乳酸を貯めるんじゃないぞ、後に響くからな!」


「「「はい、コーチ!!」」」


”ハ~ッ、ハ~ッ、ハ~ッ、ハ~ッ”

きつい練習に座り込み荒い息を整える男子部員。


”パサッ”

頭に掛けられたタオル。

「はいこれ、よく水分を取らないと。この時期でも脱水症状って怖いんだぞ?」

渡されたのはスポーツドリンクのペットボトル。

「ありがとうマネージャー、後タオルも。」

「ブブーッ、残念でした。タオルは美智子じゃなくて私でした~。」

「わっ、久美子さん抱き付かないでください。汗臭いですから~、当たってますから~。」


俺たちの出会いはそんな何気ない学生生活から始まったんだ。



”ピッ”

”バッ、ザッザッザッザッザッザッザッザッザザ~”


「次~、準備は入れ~。この砂浜での特訓が丈夫な足腰を作り上げるんだ。反射神経、判断力を鍛えるにはビーチフラッグはもってこいなんだぞ、負けた奴は特別コース五往復だ、気合入れて行けよ!」


「「「はい、コーチ!!」」」


浜辺での夏合宿、この夏を超える事で一回りも二回りも成長すると言われている逃走部の恒例行事。俺は絶対強くなる、そう心に決めて挑んだ合宿だった。


「「東山君頑張って~♪」」


「おっ、東山~、お前マネージャー二人から声援か~?いよ、この色男。」

「何言ってんすか先輩、動揺を誘おうって手には引っ掛かりませんからね。次こそは勝ちます。」

「ハハハ、俺だってそんな色男には負けれないな~。」


”ピッ”

「「うおおおおおおおおおおおおお!」」


「東山君、今日は残念だったね。」

「ハハハ、なんかみっちゃんとくみちゃんにはいつも格好悪い所ばかり見せちゃってるね。俺、もっと強い男に成りたいんだ、それこそ憧れの逃走王みたいに。でも目標は遠いな~、俺なんてまだまだだってよく分かったよ。」

「ううん、東山君は格好悪くなんかないよ、いつも目標に向かって真っすぐに頑張っていて、凄く素敵だよ。」

「そうよ、私達はいつでも東山君を応援してるんだからね。自信をもって!」

「みっちゃん、くみちゃん、ありがとう。俺、頑張るよ。」



”ピッ”

「「うおおおおおおおおおおおおお!」」

”ザザ~ッ”

「よっしゃ~!ついに先輩に勝ったぞ~!」

「ハハハハ、マジかよ。東山成長したな~。でも次は負けないからな、勝ち逃げは許さんぞ!」

「木島ー!負け惜しみ言ってないでさっさと走って来んかい!」

「さーせんした、コーチ!ちくしょ~!!」



「みんなよくこの合宿を頑張った。今夜は漁協主催の夏祭りだ、羽目を外さん程度に存分に楽しんで来い。解散!」


「「「はい、ありがとうございました!」」」


「「東山君、一緒にお祭り廻ろう♪」」

「うん、みっちゃん、くみちゃん」


”ドドン、ド、ドンカカカッカドドン、ド、ドン”

遠くに聞こえる祭囃子、そんな中俺たちは防風林の中にひっそりと佇む祠の前に来ていた。


「宿の女将さんに聞いたんだけど、この祠の前でカップルが願い事を言うとそれが叶うんですって。」

「そうだよ、私も先輩マネージャーに聞いたんだから確かだよ。」

「へ~、二人が言うなら間違いないね。それじゃ俺もお願いしないと。どうかこれからも二人と仲良く出来ます様にってね、なんちゃって。」


「「東山君!」」

突然声を上げ真剣な表情で見詰めて来るみっちゃんとくみちゃん。


「「東山君、これからもずっと一緒にいてください、私達とお付き合いしてください!」」


「えっ、ええええええええええ!!お、俺と?俺なんかでいいの?他にもかっこいい先輩とか素敵な男性はいっぱいいるよ?」


「「私達は東山君がいいの、お願い、東山君。」」


「う、うん。俺でよかったら。これからもよろしくね、みっちゃん、くみちゃん。」


「「ありがとう、東山君。」」

”ガバッ、ドサッ”

勢いよく抱き付く二人、そのまま地面に転がる俺たち。

見詰め合う三人。

「「東山君」」

「みっちゃん、くみちゃん、」

ゆっくりと近付くお互いの唇。


「はいそこまで~、三人とも宿まで強制連行!東山~、今夜は眠れると思うなよ、朝まで正座してろ~!!絵美子、そっちの二人は任せた!」

「「「木島先輩!?」」」

”ガシッ”

捕まり俵担ぎで連行される俺。

「アンタらも馬鹿ね~、そう言うのは合宿が終わってからにしなさいよ。でも良かったわね、おめでとう。」

「「東山く~ん!!」」

襟首を掴まれ連行されるみっちゃんとくみちゃん。

先輩方は容赦がなかった。



「二人との婚約を認めてもらえませんでしょうか。」

「「私達からもお願いします。」」


三家合同の顔合わせ。その席で俺たちは親たちに婚約の承認をお願いした。


「あなたたち、本当にそれでいいのね?後悔はしない?思い直すなら今の内よ?」

「あぁ、俺たちよく相談して決めたんだ。三人で絶対幸せな家庭を作るって。子供も一杯産んで賑やかな家庭にするんだって。」

「おかあさん、私絶対幸せになるから。私たちを応援して。」

「ママ、こんなチャンス二度と無いの。ここが人生の正念場なの。」


「ふふ、あなた達よく分かってるじゃない。女だったらこのチャンス、モノにしないとね。難しい事は私たち大人に任せなさい、あなた達は幸せな家庭を築く、それだけを考えてくれればいいから。」

「そうね、だったら二人は卓也のお嫁さんって事なのよね。あなた達、今日からここに住みなさい、色々教えてあげるから。」

「「ありがとうございます、お義母様!」」

こうして俺たちの同棲生活が始まった。



「いってきま~す。」

「あ、ちょっと待って、卓也君忘れ物。」

”バタバタバタ”

「おいおい、廊下を走るなよ。転んでけがでもしたらどうするんだよ、今は一人の身体じゃないんだから。」

「エヘヘ、ごめんね。はいお弁当、いってらっしゃい。」

お弁当を渡してくれるくみちゃん。彼女はその大きなお腹をさすりながら笑顔ではにかむ。

「みっちゃんはどうしたの?」

「うん、なんか今朝は悪阻つわりが酷かったみたい。ベッドで横になってるって。送りに出れなくってごめんって言ってた。」

「そう、無理しない様に言っておいて。じゃあ行ってきます。」

”ツンツン”

「ねえねえ、いってきますのキスは?」

「ば、馬鹿、そう言うのは帰って来てからだな、その、は、早く行かないと朝練に遅れちゃう、いってきま~す。」

「もう、卓也の意地悪~。気を付けてね~、いってらっしゃ~い!」

照れくさくなった俺は、慌てて家を飛び出すのだった。


”カツカツカツカツカツカツカツカツ”

「卓也~、いい加減落ち着きなさいよ。さっきから廊下を行ったり来たりってハムスターじゃあるまいし。あなたがソワソワしたって仕方がないでしょうが。」

「だ、だ、だ、だって、母さん、初産ういざんなんだよ?しかも二人同時に産気づいたんだよ?お、お、お、俺どうしたら。」

産婦人科のロビー、急に産気づいた二人をタクシーで運び入れ、今は皆で無事の出産を祈るばかりであった。


「大丈夫ですよ、卓也さん。ウチの久美子はそんなにやわじゃありませんから。」

「ウチの美智子もそうですよ、信じてあげてください。」

「で、でもですね、万が一と言う事も、」

”オギャ~ッ、オギャ~ッ、オギャ~ッ、オギャ~ッ、オギャ~ッ”

”オギャ~ッ、オギャ~ッ、オギャ~ッ、オギャ~ッ、オギャ~ッ”


「おめでとうございます。お二人とも元気な赤ちゃんをお産みになられましたよ。母子ともに健康、パーフェクトな出産でした。良かったですね、お父さん♪」


「アハ、アハハハハハ、バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ。」

膝から崩れ落ち、座り込んだまま万歳を繰り返す俺。目の前がぼやけて何も見えない。

”ゴンッ“

「卓也うるさい、病院では騒がない。本当にすみません、ウチの卓也が騒がしくしまして申し訳ありませんでした。」


「いえいえ、ここまで喜んでいただけるのでしたら私たちスタッフも頑張った甲斐があったと言うものです。なにより新しくお母さんになられたお二人とお子さんが喜ばれるでしょう。病室に移られましたらお会い出来ますからもう少しここでお待ちくださいね、お父さん。」


「はい、畏まりました。」


俺は涙をぬぐいながら返事を返した。人間嬉しくても涙が出ると言う事をこの時初めて知ったのだった。



”ガチャッ”

ゆっくりと病室の扉を開ける。ベッドに横になるみっちゃんとくみちゃん。

その隣には彼女たちに寄り添う様に新生児ベッドに寝かされた赤ちゃんが運び込まれていた。

「みっちゃん、くみちゃん、よく頑張ってくれたね。どうもありがとう。」

「ありがとう、卓也君。正直出産がこれほど大変だなんて思わなかったよ。私たちもこうやって生まれて来たんだって思ったら感慨深いモノがあったよ。」

「本当、生まれて来てくれてありがとうって気持ちでいっぱい。卓也君、私達に出会ってくれてありがとう。私たち今凄く幸せだよ。でもごめんね、みっちゃんの赤ちゃんは男の子だったんだけど、私の赤ちゃんは女の子だったから。」

「何言ってるんだよ、男の子とか女の子とかそんな事関係無いよ、二人が無事に赤ちゃんを産んでくれた、もうそれだけで十分だよ。ふだでぃどもほんとうにあじがどうごだいばじだ~~~~。」

「ア~ンもう泣かないでよ~。しっかりしてよね、お父さん。」

「あい、おでがんばじます。」(ビーッ)

「ア~ンもう鼻なんかかんで汚いんだから~、でもありがとう。」

「「「アハハハハハ」」」

病室にはいつまでも三人の笑い声が響くのでした。



「いってきま~す。お父さん行って来るよ~。」

”ス~ッ、ス~ッ”

「うふふ、さっきおむつ代えたから気持ちよくて寝ちゃったみたい。」

”ダ~ッ、アウ~ッ”

「この子は元気よね~、おっぱいが大好きみたい。誰に似たんでしゅかね~。」

「ば、馬鹿、行って来ます。」

「「いってらっしゃい、気を付けてね。」」


今日も俺たちの一日が始まる。しっかり勉強して色んな事を身に付けて、奥さんと子供たちが誇れるそんな父親に成りたい。そしていつか子供たちに語ろう、俺たちの出会いの物語を。


「よし、頑張るぞ!」

”ガチャッ”

俺は決意も新たに一歩を踏み出すのだった。


―――――――――――――――――――――――――――

カット!!

みんな良かったよ、お疲れ様。

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