第675話 人類の宝

おいっす、木村君。双龍寺愛弟子たちの調子はどうよ。

放課後の陸上部専用グラウンド、走り込みを終えた木村君に声を掛け双龍寺と石川の様子を伺う。四月に入ってからは新入生の騒ぎに掛かりきりになっていた為たまにしか顔出しできなかった。これは確りと反省しないといけないな。


あぁ、双龍寺たちなら確り仕上がって来ているぞ。ここから先は本人次第になるからな、その辺が難しい所だ。ただ、あれが良い刺激になっているようでな。


木村君が見詰める先にはキャッチミーで双龍寺に捕まり悔しそうな顔をする一年生林一真の姿。


「林の奴、双龍寺に負けたのが相当悔しいらしくって毎日の様に勝負を挑んでは負けてるんだが、その負け方がな。あいつ御劔山の修行を終えた双龍寺たちに徐々に追い付きつつあるんだ。信じられるか?あの修行を経てナマハゲの扉を開いた愛弟子たちにだぞ?

あいつ化けるぞ、今まである意味部長として回りの面倒ばかりを見ていた人間が初めて自分の為だけに走り始めたんだ。案外俺たちを最初に倒すのは林なんじゃないのか?」


なんだよ林の奴そんなに良いモノ持ってたのかよ。なんかゾクゾクしてきたじゃねぇか。

こうして林一真の“ナマハゲへの道(極み)”への参加(強制)が決定した。


ところでこないだの連休の時西山夫妻のところに行って来たんだけど、写真見る?

俺はスマホのアプリを立ち上げ撮ってきた西山くんたちのを表示する。


「おぉ、可愛い赤ちゃんだな~。元気そうで良かったじゃないか。母子共に問題なかったのか?初産ういざんは何かと大変だって聞いてるから心配してたんだが。」


あぁ、至って順調らしい。毎日夜泣きが酷くて大変だって言ってたけど三人とも笑顔だったよ。よっぽど可愛くて仕方がないんじゃないかな?そしてナントなんと、みっちゃんのお子さん、男の子でした。(パチパチパチ)


「やったな、西山の奴喜んでたんじゃないのか?」


あ~、西山君はどっちでもよかったみたい。男の子でも女の子でもどっちもメロメロになってるし。みっちゃんとくみちゃんにひたすらお礼を言ってたらしいよ、僕の子どもを生んでくれてありがとうって。


「西山の奴、流石だな。男の子でも女の子でも等しく愛しの我が子か、俺も奴に見習わないといけないな。」


そうだよね、いまの世の中どうしても男の子の方が価値がある様な風潮にあるけど、赤ちゃんは等しく人類の宝なんだもん。そこに優劣を付けるだなんて間違ってるよね。西山君はその事を再認識させてくれたよ。


「ほう、野口も一緒に行ったのか。なんか幸せそうな顔をしているじゃないか。あいつも良い母親になるんじゃないか?どうだ、佐々木も父親になってみては。経済的には確り一人立ちしているんだろ?」


イヤイヤイヤ、ちょっと待とうか木村君。俺なんかまだまだ若輩者のぺーぺーですって、それを言うなら木村君の方がよっぽど相応しいですよ~。


「ハハハ、悪い悪い、冗談だ。俺だって学園を卒業するまで子どもを作る気はないさ。自分がまだまだだと言う事も自覚しているしな。ただ別の選択をした西山には惜しみ無い称賛を送りたいがな。あの西山がと思うと感慨深いものがあるな。」


そうだね、あの不登校児童だった西山君が誰よりも大人になるとは想像もしなかったもんね。本当に人って変われるモノなんだよね。


「あ、佐々木先輩ちっす、最近学園で見なかったっすけど仕事ですか?やっぱり芸能人って大変なんですね。」


おう林、頑張ってるみたいじゃん。どうよ、俺の作ったスポーツ研究会は。鬼ごっこ同好会より歯ごたえあったっしょ?なんとスポーツ研究会、全ての運動部にチャレンジ出来ます。お前には取り敢えず全部の運動部に完勝していただきます。因みに木村君と双龍寺は既に達成しています。でも俺はまだなんだよね、俺って泳げないんだよね、林は水泳はどうよ。


「あ、俺は一応泳げますよ。でも本格的に水泳ってやった事無いんですよね、ちょっと自信はないです。」


そんじゃ二人して特訓するか、その辺は水泳部の顧問に交渉してみるわ。

まずは他の部活から回るから覚悟しておけよ。


「うっす。佐々木先輩って相変わらず無茶苦茶言いますよね。それでさっきからお二人で何盛り上がっていたんですか?」


あぁ、林は西山君とマネージャーのみっちゃんくみちゃんの事覚えてるか?


「あっはい、あの有名な熟年夫婦ですよね?」


あぁ、あいつら子どもが生まれたんでな、連休に顔を見せてもらいに行って来たんだ。



「へ~、お子さんが産まれたんですか。それはおめでとうございます・・・えええええええ!!あ、いや、えええええええ!!」


叫んでから口をパクパクする林、気持ちは分かるぞ。俺も正月の時のファーストインパクトはとんでもなかったからな。


「何よあんたたち、さっきから騒いじゃって。集中が乱れるじゃない。」


あ、兵頭、ちょっとうるさかったかな、すまんこってす。

素直に頭を下げる俺。


「たっ、兵頭先輩は知ってました?西山先輩のお子さんの話し。俺初めて聞いたんでビックリしちゃって、うるさくしてすみませんでした。」

同じく素直に頭を下げる林。ちゃんと反省出来るのは良い事です・・・ちょっと待て林、お前いまなんて言った?


「あ、うるさくしてすみませんでしたって言いましたが。」


いや、その前、なんか余計な事を言わなかったか?


「えっ?西山先輩の事ですか?いや~、やっぱり行き成りこの話しを聞いたら誰だって驚きますよ。だって先輩方どっちもまだ高校生ですからね。こんなのドラマでも見たことありませんよ、そうですよね、兵頭先輩?」

隣に立つ兵頭に同意を求める林。だが兵頭にその余裕はなかった。さっきから鯉の様に口をパクパクさせる兵頭、おーい帰ってこーい。

“グシャッ”

うわ~、兵頭が酸欠で倒れた。誰か酸素缶持ってきて~!!

この後陸上部コーチに事情を聞かれ素直に説明したところ被害が拡大、自体は収拾が付かない状態となる。

尚、この話しは林経由で佐久間中学校にまで伝播、更なる混乱を引き起こすのだが、それはまた別のお話し。

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