第668話 用務員さんと駄弁る (9)

春の爽やかな風が吹き抜ける。木々の合間を抜けてやって来たそれは、新緑の香りを含み、季節の移り変わりを知らせてくれる。


“カチャン”


テーブルに差し出されたティーカップ。琥珀色の水面みなもから立ち上るほんのり甘い香りが、荒れた心を落ち着かせてくれる。

一口口に含む。口腔に広がるスッキリとした味わいが、何処か肩肘を張っていた身体の緊張を優しく解してくれる。


「終わったのかの。」

対面に座る朱音さんが外の緑を眺めながらそう訪ねて来る。


「恐らくですが、今回の騒ぎはこれで終息かと。」

俺は再び紅茶を口にしながらそう答えた。


神々の遊戯の後始末はそれなりに大変であった。何せ今までいたはずの人間が突然いなくなるのだから。

教室にポツンと空いた使われていない机、荷物が入った誰のものだか分からないロッカー。使われてないはずなのについさっきまで誰かが生活していたかの様な寮の一室。

そして誰も知らない“菊池洋子”と言う人物。

記録上は確かに存在するのにいるはずのない人物、その矛盾。

俺は鬼龍院理事長、鬼龍院校長に事の詳細を説明、事態の収束に動いた。鬼龍院家は土地神と契約している様な家系であり神の試練についても伝わっていた事はありがたかった。内容が内容なだけに信じてもらえる確証が無かったからだ。

大和には古くから怪異による成りすましといった事件も多々存在するため、鬼龍院家の様な古い家系にはそうした記録も残っているとの事であった。

理事長は早速菊池洋子の記録は登録上のミスであるとして事務課に通達、彼女の生活痕も、清掃業者に依頼し綺麗に取り除いた。まだ入学当初であり、ロキが頻繁に表に出ていたため彼女自身が親しい交遊関係を築く前であった事は、不幸中の幸いであっただろう。

こうして菊池洋子と言う少女の存在は完全に消し去られたのである。


「ところでのっぺり、あの時あのロキとか言う神性の仲間達を無理やり顕現させたであろう?あれはどうやったのじゃ?」

朱音さんが思い出したかの様に疑問を口にした。


あれは前に伊邪那美様がやった事を俺なりの方法で真似した感じですかね。伊邪那美様はカメラ越しに悪意を特定して存在を固定、引っ張り込んだって言ってましたが、そんな難しい事出来る訳ないじゃないですか。何で俺は前に不審者天照大御神様に聞いた事を思い出して応用してみました。

神動画チャンネルの配信者達って動画を撮影する時に観察対象とその関係者を配信対象として指定するんだそうです。そしてそれぞれの動きを視聴者が好きに見れる様にする。その為観察対象が主要に活動する場所には配信スポットを設定して、彼ら彼女らの行動を自由に観察出来るようにしていたらしいんです。今回俺はそれを利用しました。予め奴らの配信動画チャンネル“異世界人モニタリング、気付いたら乙女ゲームの世界に転生してた件”のコメント欄に”どうやら学園に潜り込んでいた配信運営が特定されたみたい。“とか“来たーーー!!ついに始まる人間の逆襲!特定された相手は観察対象のクラスメート!”とかの煽り文句をいれたりして配信者に指定対象を増やす様に促しました。結果一人で行動する菊池洋子が怪しいって話しが視聴者の中でも広がって行くんですが。

そして放課後、何も知らないロキが市ヶ谷さんを観察しているところに俺が登場、名探偵の様なネタばらしの上に広場に誘い出しての攻防、視聴者の目は完全に俺に集中しています。

つまり画面と俺とは繋がっている訳です。これは配信運営側も同じだったはずです。なんてったって自分達の盟主がボコられているんですから。そんでロキを黄泉送りにした後に配信画面を通して祝福を送ったんですよ、ウチのプニ助が。

掌からポヨンと現れたプニ助、やはり最強最カワ、何者もプニ助には敵わない。黒丸とはそもそも喧嘩しないから勝負にならないしね。

プニ助が吸収したロキの権能とロキの存在値、相当な神力になりましたからね?後は力任せにドンって感じですかね?神々が群衆に薄い加護を大量配布するのとやり方は同じです。要は相手と繋がることが目的なんで。

一度繋がってしまえば後は簡単、乙女ゲームの配信運営関係者って条件検索を掛けるだけですから。その辺はハニワが処理してくれました。

で、繋がってる対象を顕現させるのはロキの時と同じです。完全な力業ですかね。今回ロキから奪った力はこれで完全に消費しちゃったし、同じ事をしろと言われてもちょっと難しいかな?やっぱり伊邪那美様って凄過ぎですって。

因みにあの後黄泉送りにした連中の取り調べをしたらしいんですが、この世界と言うより学園を舞台にした乙女ゲームと恋愛ゲーム、異世界で実際に制作していたみたいです。未来観測予知の権能もちが複数パターンのシミュレーションデータをゲーム制作者にインストール、学園の背景や色んなイベントも確率論的に弾き出して設定、中々の出来だった様です。今回ターゲットにされた世界では乙女ゲーム、成人恋愛ゲーム共に大ヒットしたって言うんですから、ロキの企画力は流石の一言ですね。

去年俺がぶち壊した各種術式があったじゃないですか、あれの中に物語を進めるための発生イベント用術式が複数あった様ですよ。

俺の言葉に口をポカーンとして固まる朱音さん。やっぱり俺の感性は間違っていませんでした。ここは整えられたゲームの舞台でした。(どや顔)


「それで、今後どうなるんじゃ、観察対象の二人は解放されたんじゃろ?」


そうですね、西脇京弥君は特に何も変わりません。彼の精力絶倫は既に肉体改造されたものですんで死ぬまであのままですね。精神面の干渉も、既に彼の一部になってしまってますからね。

でも考え方の固定化が解除されたので今後生き方が変わる可能性はありますが、それこそ以降は彼次第ですね。

市ヶ谷真知子さんは自身のステータスチェックが出来たそうです。それにより自身の行動でのパラメーター管理が出来た様なんですが、今後はそうした事が出来なくなります。決められた行動をとっても必ずしも必要な結果には繋がらないって感じですね。普通の女の子になったって感じです。元々積極的に乙女ゲーム的行動はとって無かったのでさほど問題はないんじゃないんですか?一応要経過観察ってところですかね。


はぁ~、これって天海くんや康太君には詳細は話せないよね~。

俺と朱音さんは紅茶のお代わりを飲みながら、なんとも言えない気持ちになるのでした。



(side : ??)


「ここが今日からあなたが通う学校です。ここにはあなたの様なで学校に通えなくなった子ども達が通っているの。あなたは寮の生活は初めてだったかしら?」


「いえ、以前は寮に入って学校に通っていましたんで。」


「そう、なら良かった。はじめは寮生活に慣れなくてホームシックに掛かる子もいるのよ。」


“ガラガラガラ”


「はい皆席に着いて、今朝は新しいクラスメートを紹介します。」


今日から私の新しい生活が始まる。前の生活に未練がないと言えば嘘になるけど、ここは切り替えて行かないとね。私を救ってくれたあの人の為にも。


「はじめまして。今日からお世話になります、」


私、この学校黄泉で精一杯青春を楽しみます。だから応援していてくださいね、先輩。

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