悪役令嬢の運命の出会い
テーブルを挟んで互いに座る。
てっきり、顔だけが取り柄の馬鹿が、勢い込んで手紙もなしに直接求婚しに来たのかと思った。もしや、この馬鹿が犯人かと身構えたが、マルニードの様子を見るに、すぐ違うのだろうと察する。
しかし、警戒を解くことはできない。今近付いてくる者は、全て疑ってかかるべきだ。
「失礼ですが、以前どこかで会ったことが? 七年前と言いますと、私はまだ十歳ですが」
男は見るからに年上だと分かった。まとう雰囲気は実に重みがあり、仕草のひとつひとつにも気品がある。これが自分と同じ年頃の男とは思えない。社交界に出たばかりの者が、このように沈着を古き友人のようにまとえるはずがない。
二十そこそこに見えるが、もう少し上か。
「失礼。ご挨拶が遅れました。私は隣国ロードデールの第一王子、イスファン・ライオッドと申します。この度の先代当主様方のこと、誠に残念なことでした。お悔やみ申し上げます」
「ロード……デール……の王子……」
完全に予想の向こう側から突然やって来た人物に、今度は私のほうが目を見開いてしまった。まさかファルザスの者よりも先に、
――何か裏があるのかしら。
時期的につい警戒してしまう。
内心が顔に出ていたのか、彼は私の警戒を解くように、丁寧に身の上を話してくれた。
彼は、元より父との交友があったのだとか。
確かに元ロードデールにいたシュビラウツ家がロードデールの者と関わりがあるのは理解できるが、離れて長い。今更感がある。もしや、父は六代目になる私のために、ロードデール側となんらかの話をつけていたのかと思えば、どうやら違うらしい。
彼は現在王子として国王の政務を補佐するかたわら、『民の実態は民の中でしか分からない』というロードデール王家ならではの精神の元、貿易商にも関わっているのだとか。父とはその縁でという話しだった。
話を聞いて、私の中の古い記憶が蘇る。
「貿易商……って、幼い頃に一度だけ、父の仕事に着いてロードデールに行ったことがありましたが、もしかしてその時に?」
「ええ。あの時はまだ当主様は幼かったですからね、覚えられていないのも当然ですよ」
ほっと、少し心が緩んだのが自分でも分かった。
彼は、我が家に敵意も下心も抱いていない。たったそれだけのことが、今はものすごく安堵できた。
「たかだか他国のいち貴族ですのに。殿下自ら隣国より訪ねてくださり、嬉しう存じます。両親の娘として、そしてシュビラウツ家当主としてお礼申し上げますわ」
「あなたのお父様にはとてもお世話になりましたから。当然のことをしたまでですよ」
久しぶりに、家中の者以外とこんなに穏やかに会話した。常に悪意に囲まれて生きてきた私にとって、それは新鮮なことで、同時にとても喜ばしいことだった。
「殿下、本日はどちらにお泊まりになられるのでしょうか。よろしければ、今夜は我が家へ招待させていただけませんか」
「素敵なお誘いですが、実は数日前から王都の方で宿をとっていまして。食事付きだから、連絡もなしに帰らないのは迷惑をかけてしまう。今日のところは、あなたの無事が充分確認できたので帰ります。部屋にずっと籠もって、やつれる一方だったらどうしようかと思っていたところだったんですよ」
「え、ずっと籠もってって……どうしてそれを?」
今日来たのではなかったのか?
控えていたマルニードに目を向ければ、彼は口を開く。
「実は、葬儀の日より毎日訪ねてくださっておりまして」
「まあ! じゃあ、三日も!? どうして私に知らせなかったの、マルニード」
隣国の王子が慰問に来てくれているというのに、当主である自分が何日も無視してしまったということではないか。
マルニードの対応に、さらに声を上げようとした時、彼が「ああ、それは」と手をあげて私の声を止めた。
「あなたが部屋に籠もっていると聞いて、私が彼にお願いしたんですよ。悲しみに暮れた少女を無理矢理引きずり出して、挨拶させるような趣味はありませんから。なので、彼を責めないでください。王子である私に頼まれたら断れないでしょうから」
「そ……そうだったんですね。ごめんなさい、マルニード。理由も聞かずに怒ってしまって」
「いえ、わたくしもお嬢様に一報くらいは入れるべきでした。申し訳ありませんでした」
早とちりしてマルニードに怒鳴ってしまったのは私なのに。本当、シュビラウツは領民には恵まれている。
殿下は、私とマルニードの間が落ち着いたのを見て、「では」と立ち上がり応接室を出て行こうとした。
「お待ちください、殿下!」
慌てて私も立ち上がり、彼を引き留める。
彼が三日も訪ねてきてくれていたとは。知ってしまった上で、さらに今日も王子を帰らせれば、それは当主の不覚というもの。
「マルニード、急いで殿下が泊まっている宿へ遣いを出して。そして、殿下が利用する予定だった分の宿代も含めて精算してきてちょうだい。引き払った殿下の荷は、西の客室に全てお願いね」
「かしこましました、すぐに」
言うやいなや、マルニードは機敏な動きで言いつけを果たしに応接室を出て行った。
「え、あの……」
「ご安心を、殿下。信用できる者を向かわせますので、殿下は私と一緒に夕食でも食べながら待っていてください」
戸惑いの声を漏らす殿下に、安心をと笑みを向ければ、彼は口を丸く開けたのち堪えきれなかったかのように笑いを漏らした。
「あっはははは! 随分と強引なご当主様だ。しかも指示が的確で漏れがない」
「……ご迷惑でしたでしょうか」
「いやいや、迷惑だなんてとんでもない」
強引という言葉で不安にかられたが、彼は手を横に振ってくれた。事実、まだ笑っている彼の笑声からは、マイナスな要素は感じられない。
彼は最後にクツクツと身体をゆらし、ようやく笑みを収めると、こちらへと近付いてくる。
近くに来ると、彼の背が意外と大きいことが分かる。
「私の方こそ、あなたと親しくなりたいと思っていたところですから。思わぬ幸運ですよ」
彼は私の右手をとると、口づけを落とした。
指先とはいえ、家族以外に初めてもらうキスに、思わず顔が熱くなってしまう。
「~っそ、それは光栄ですわ、殿下」
失礼と分かってはいるが、顔を隠したくて彼から背けてしまった。
しかし、聞こえる彼の声音は優しい。
「どうか殿下などという他人行儀な呼び方ではなく、イスファンとお呼びください」
「し、しかし……隣国の王族の方をそのように……」
「では、その王族の方が言っているのですよ。あなたが呼んでくださらないと、私もあなたをリエリアと呼ぶことができない」
「――っ!」
どういう意味だろうか。
親しくなりたいということか。それは、当主を引き継いだ自分は、次の貿易相手となるからだろうか。それとも、純粋に私自身とということだろうか。
「……っ」
彼の顔が見られなかった。
――どうしちゃったのかしら、私。
「……か、かしこまりました。イスファン様」
「本当は、様も丁寧な喋りもいらないのですが……急ぎすぎて良いことはありませんからね」
「急ぎすぎ? 何がでしょうか」
「いえ、こちらの話ですよ。リエリア」
もう一度、彼は指先に口づけを落とし、そして手を解放してくれた。
右手の指先だけがとても熱い。
離された右手をどうしたら良いのか分からず、自分の手だというのに、しばらくは置き所を探して中途半端に胸の辺りを彷徨っていた。ひとつひとつの行動が彼に見られている気がして、とても恥ずかしかった。
――きっと、私に男性免疫がないからだわ。
接してきた異性といえば、父親と家人達と領地の者――家族という認識の者たちばかりだった。ハッキリと『異性』と認識できる者からの行動は、どうしても意表を突かれてしまう。
――こんなんでどうするのよ、私。これは貴族では当然の挨拶なんだから。この先、誰かの婚約者になったりするんだし、少しは慣れておかないと。
ぐっと息をのみ、なんでもないことのように気持ちを切り替え、クルリと背を向ける。
「で、では、イスファン様。お部屋にご案内いたします。夕食の準備が整うまで、部屋でお休みくださいませ」
先だって歩きはじめると、後ろから彼が付いてくる気配があった。
「ありがとうございます」と背後から聞こえた彼の声に、微笑がまじっていた気がして、また顔が熱くなった。
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