悪役令嬢の策略


葬儀を終えてすぐ、私は部屋に籠もった。自ら出て来るまでは、決してドアを開けるなと命じて。

マルニードが心配していたが、まだ計画を明らかにする時ではない。

自分でも、どうやって犯人を見つければいいのか分からないのだ。きっとマルニードや使用人達に相談すれば、力になってくれる。しかし、それでは駄目だ。


私が、『今回のことは事故ではなく他殺で、犯人を見つけ出すつもり』と言えば、きっと彼らは手伝ってくれるだろう。

ありとあらゆる手段を使って、様々な情報を持ち帰り、犯人を見つけ、目の前に引きずり出してくれるだろう。

自分たちの身をかえりみずに……。


それほどに、シュビラウツ家は領民に愛されていた。

それほどに、シュビラウツ家は領民を愛していた。

そして、私もそんな皆が大好きなのだ。


だからこそ、彼らにそんなことはさせられない。

私は、私ひとりでこの件を全うしなければならない。

そう思いつつも、もう部屋に籠もって三日だ。

まったく良い案が思い浮かばない。食事は、ノックだけして部屋の外にメイドが用意してくれているから餓死することはないが、いい加減マルニードが「これ以上はなりません!」と入ってきそうだ。


「犯人はシュビラウツの何を欲しがってたのか見当も付かないのよね。元々他家と繋がりなんてなかったし、心当たりがなさ過ぎるわ」


欲しがっていたものが分かれば、多少はマトを絞り込めるのに、それすらままならない。


「うちに資産があることは、貴族達は知ってるはずだわ。もちろん平民すらも。そして、今回の件でその全てを私が引き継いだことも、当然理解しているはず」


きっと、すぐに縁談申し込みの手紙で机の上があふれかえるだろう。迷惑なことだ。今まで散々こちらを尻目に嘲笑罵倒を向けてきたというのに、今更どの面下げて結婚をと申し込めるのか。


「もちろん応じてやる気はないけど、その中に犯人もおそらくいるはずよね」


人を殺してまで欲しがった犯人が、ここで諦めるとは思えない。きっと大勢の厚顔無恥な求婚者にまじって、手紙を寄越してくる。

万が一、私と見合う年頃の息子がいない家だった場合でも、別人を立ててでも求婚者に潜り込んでくるに違いない。滅多に領地から出ず、社交界にも顔を出さず、交友関係など一切築いてこなかった私と繋がりをつけたければ、それしか方法はないのだ。


「問題は、どうやって選別するかよね」


求婚の手紙一枚では、その腹の中まではうかがい知ることはできない。


「腹黒い奴ほど、よりインクが黒くなるようにできていればいいのに……」


思わず、舌打ちが出てしまう。

こんな姿、両親が見たら『どうしたんだい!?』と大騒ぎしていただろう。想像したら、ちょっと面白かった。父も母もきっとあたふたしながら熱を測ったり、医者を呼んだり、マルニードに厚手の布団を今すぐ買ってこいと叫んでいただろう。


「こんなにもリアルに想像できるのに……もう……二人はいないだなんて……」


ついさっき両親を土の下に寝かせたばかりなのに、まだ夢だと思いたい自分が残っている。


「駄目ね。現実を見なきゃ……充分泣いたでしょ、リエリア。だったら、前に進まなきゃ」


打ちひしがれてる時間などない。

その間に犯人に先手を取られたら、堪ったもんじゃない。

ペンを持った手は、思考の混迷を表すように紙の上でメチャクチャに動き、無意味な軌道を描いていく。まるで絡まった糸のようだ。


「求婚の手紙が来るのは良い。その中から絞り込めるし……もし、貴族以外だった場合は、それ以外の方法できっと私に接触してくるはずだし。どちらにせよ、今後私に接触してきた人は容疑者だわ。犯人も、私に求婚が集中するのは分かりきった状況でしょうから、我先にと何らかの行動をおこすはず。ただ……」


求婚者が複数現れた場合、通常であれば、相手選びには家の意向が大きく関係する。婚姻関係を結ぶことで、メリットがある家を選ぶのは当たり前のことだ。

しかし、そこに家格が絡んでくると、途端にややこしくなる。

自分の家の力で成り立っているシュビラウツ家は、相手の顔色を気にする必要はないが、求婚してきた家々が、相手を知るや求婚を取り下げる恐れがある。

取り下げなくとも、上位家格のものが権力にものを言わせ、下位家格を無理に排除するかもしれない。そうなると、私は犯人でもなんでもない、金にたかるただの蠅と結婚しなければいけなくなる。


「お父様とお母様の為だけど、無駄骨だけは勘弁だわ。それに、シュビラウツの資産が一時でも、他の家の物になるだなんて耐えられない」


結婚を餌としてちらつかせるのは良い案だと思う。

しかし、実際に結婚はできない。

してしまった瞬間、すぐに離婚しようがシュビラウツの財産は、少なからず奪われてるだろうし。そして何より、この結婚を餌にという案には大きな欠点がある。

それが――。


「王家が出てきた日にはおしまいね」


まだ貴族どうしなら抗いようもあるだろうが、相手が王家となると、他の者たちは抗う事すら許されない。


「王家に全て接収されて、犯人は動けず、私も犯人の手がかりが見つけられないまま……っていうのが一番最悪なパターンだわ。その場合は、せめて婚約程度で留めておかないと。不幸中の幸いで、私はまだ十七だし、それを理由に二十までは結婚自体は伸ばせるはず……まあ、王家が出てこないに越したことはないけど」


ひとりぶつぶつと思考を口に出し、様々なパターンを考えていく。

あまりにも、犯人の手がかりが少なすぎるのだ。


「世間と関わってこなかったことが、こんなところで悔やまれるだなんて皮肉ね」


自ずと自嘲が漏れた。


「私を巡って、身分関係なしの奪い合いが起きてくれたら一番楽なんだけど……何がなんでも犯人は欲しがってるだろうし――って、あら?」


ふと、自分の発した言葉が、脳の一部分にパチパチと稲妻を走らせた。


「私の婚約者には必ず身分が必要になってくるし、権力によるところが大きいけど、資産を譲渡するっていう話なら、それらを排除できそうじゃない?」


犯人が欲しいのは、私の『婚約者』というポジションではない。


「そうよ! 犯人は、私の『資産』がほしいだけで、私はいらないのよ! それに、資産の譲渡だけなら身分も家格も問われない。こちらが指定できるもの!」


突然、目の前を分厚く覆っていた霧が晴れた心地だった。

何も、最初から『婚約者=犯人』となるように仕向けなくて良いのだ。資産を譲渡すると言えば、犯人は絶対他を排除してでも手に入れようとしてくる。すでに両親を排除しているという前例があるのだから、間違いない。

となると、『資産の譲渡』という状況をつくれば良い。


「……私がいらないのなら、消えてやろうじゃない……」


あとは、蠅共で潰し合ってくれれば良い。

最後に残った者こそ、欲深な犯罪者の証明になるのだから。





こうして、例の遺言状が作成され、リエリアは三日ぶりに部屋をでたのだが――。


「マルニード、この三日間でうちに来た手紙を全て見せて」


さて、我先に欲を見せたのは誰だろうか。


「かしこまりました、お嬢様」と、マルニードは腰を折った。しかし、彼は手紙を取りに行こうとはせず、「それよりも先にお嬢様に会わせたい方がいます」と、私を応接室へと誘ったのだ。


応接室にいた男は鷹揚としてソファに座り、私を見るなり目を見開いて表情を硬直させていた。

しかしそれも一瞬。男はすぐにソファから立ち上がると、実に惚れ惚れするようなボウアンドスクレープ――紳士の挨拶を見せてくれたのだ。


「実に七年ぶりのご挨拶です。ご無沙汰しておりました、リエリア嬢……いえ、新当主様」


随分と美しい蠅が一番乗りしたものだな、と私は思った。




















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