悪役令嬢の覚醒


それから数年が経ち、私は十六歳になった。

なぜ自分が『悪役』か理解していた。

家族が『裏切りの悪徳貴族』と呼ばれていることも、何もかも全て・・・・・・


「しょうもない世界だこと」


真実を知りもしないで、憶測と嫉妬と羨望で人を貶めるだなんて。そして真実を自ら知ろうとすらしない。与えられた情報に好き勝手、自分たちの溜飲が下がるように面白おかしく脚色して、だんだんとどれが真実かも分からなくなっている。


先日、「もう理解できる年頃だから」と、父からシュビラウツ家の歴史を教えてもらった。聞いて最初に思ったことは、『この国の王家は無能だ』だった。

王家はシュビラウツを、貴族たち、さらに民衆の適当なはけ口に使っていたのだ。

かつての歴代の王など知らない。しかし、今のシュビラウツ家の扱いを見ていると、おそらく今までの王も今の王と大して変わらなかったのだろうなと予想できた。


おそらく初代国王が行った停戦協定だが、それに対する国民の反応がよろしくなかったのだろう。そして、自分に向きかけた矛先を逸らす先としてシュビラウツを選んだ。

つい先日まで敵対国の宰相であり将軍でもあったシュビラウツは、実に良いマトとなったことだろう。そうしてその風潮を二代目も三代目もずっと、良しとしてきたのだ。そして現在六代目。


「最初から最後まで無能ばっかりだなんて、よくこの国がもってるもんだわ」


悪口や社交界からの締め出し程度、痛くも痒くもない。

ただ不快ではある。

そのくせして、ちゃっかり水面下ではシュビラウツの財ほしさから縁談を申し込むものもいたのだという。全て父が払ってくれていたようでまったく知らなかったが。

本当、この国はくだらない。


私の気持ちを分かったのだろう。

父と母は「リエリアは自由にしていいからね」とずっと言っていた。

とは言っても、私にとっちゃロードデールもファルザスも同じなんだけど。

ロードデールなんて一度、父の仕事で連れられて行ったくらいで特に思い入れはない。


「私はこの領地と領民さえあればいいわ」




――そう、思っていたのに。



十七歳のある日。

父が亡くなった。母が亡くなった。

父か母かも分からない姿で、重なり合うようにして、それらは焼け落ちた屋敷の下から発見された。


火事だ。

屋敷の全焼はまぬがれ、崩れ落ちた際に飛んだ屋敷の柱や窓などで怪我をした者はいたが、死者は両親以外にいなかった。

消火されてすぐ、瓦礫の中をすみずみまで探し回った私が言うのだから間違いない。

もちろん、両親を見つけたのも私だ。



不幸な事故だったのだ。

いつもなら二人ともとっくに寝室で寝ている時間なのに、なぜか二人揃って執務室にいた。


不幸な事故だったのだ。

なぜ、執務室から発火したのに、二人は大人しく執務室の中に居続けたのだろうか。


不幸な事故だったのだ。

母らしき遺骸は金庫を抱いていた。

微かに焼け残った母らしき遺骸の腹部は、なぜか黒くなった血に染まっていた。


不幸な事故だったのだ。

私の聞いたあの逃げるような足音……あれは、誰のものだったのだろうか。




不幸な…………事故??????




「そんなはずないわ……っ」



父の遺骸の中から見つかった印章を使って、金庫を開けた。

中には、貿易に関する独占権やら交渉権やらの書類、土地の権利書、家系図、資産調査書諸々のシュビラウツ家の骨幹が全て詰まっていた。

その全てが私のものだ。


父も母もこの金庫の中身を守ろうとして、刺されて、焼かれて、殺されたに違いなかった。

では、誰がそんなことを???



翌日、火事の現場調査が入ったが、その時には母の服の燃え残りは私が回収していた。そして、私は聞き取り調査で『足音』については告げなかった。


当然この件は、ただの失火とによる事故死として片付けられた。

ホッとした。

もし、ここで下手に事件性ありと判断されれば、証拠品と思われるものは全て押収されてしまっただろう。もしかすると金庫まで奪われてしまったかもしれない。

両親を殺したのが誰だか分からないが、私の手元から離れた瞬間狙われるような気がした。そして中央と関わりのほぼない私には、もし金庫に誰が近付いても分かりようがない。その事態は避けたかった。

だから、全てを隠した。

全てを、自分で解き明かすと誓ったのだ。




棺の中に収まった父と母は、とてもとても少なかった・・・・・

胸の上で組ませてあげる手すらなく、安らかな眠りを祈り撫でる瞼も、お別れのキスをする頬すらもなかった。

真っ黒な大人用の棺に入っていたのは、茶黒い人間らしき塊だけ。

足りなくなった部分を埋めるように、二人の美しさを表すように、私は白い花を隙間無く敷き詰めた。

父は、母は、とても気高い人だった。

いわれなき悪意にも、決して反論しようとしなかった。


あの夜、執務室で何があったのかは知らない。

だが、きっと二人は間違いを犯したわけではない。最後まで守るものを守り、気高いまま死んだのだ。


領地にある小さな教会で、私と使用人達とだけで両親に別れを告げ、たくさんの白に包まれた棺に釘を打った。埋葬時に参列者など誰も来ないと思うが、それでもこの人達を誰の目にも触れさせたくなかった。この気高い人達を汚されたくなかった。


使用人達が気を利かせ、最後に家族だけにさせてくれた。

小さな教会で、私は二人の棺を抱きしめ馬鹿みたいに大きな声で泣いた。

耳を失った二人に、どうか私の声が届きますようにと願いながら。あなた達をずっとずっと心から愛していると、気持ちが伝わるようにと祈りながら。


さぞ痛かっただろう。

さぞ苦しかっただろう。


「大丈夫よ、お父様、お母様。もう私は守られるだけの子供じゃありませんもの」


成長した私の姿を、両親が見ることは二度とない。

それならば、両親の無念を晴らすことで、どうか私の成長を感じ取ってほしい。


私の愛する人達を――


「誰が殺した」


何年、何十年かかっても、絶対に追い詰めてやる。







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