★とある新聞記者・ハイネの日記

 僕は記事を書いた。

 編集長は僕の記事を見た瞬間、眉をひそめて首を横に振った。


「こりゃあ、娯楽じゃねえ。とてもローゲンマイム社じゃ扱えねえな」


 だと思った。

 皆、この遺言状騒動を娯楽として消費していたのだ。なのに、突然殺人まで出てきては、うさんくささが増す上に読後感は最悪だ。


「……本当に出したいのか? 悪いが読んでて気分良いものじゃなかったぞ」

「すみません。でも僕もゴシップ誌とはいえ記者の端くれですし、誰かを犠牲にしてばら撒かれた誤情報をそのままになんてできないんです」


 律儀にも編集長は原稿を返してくれた。


「すみません、編集長。僕、今日限りで辞めます」


 こうなれば、個人で手作業で書いて出すしかないな。

 と、これから掛かるであろう途方もない労力に肩を落としたときだった。


「これは、うちじゃ無理だ」

「え、ええ……分かってますが?」

「……鈍い奴だな。うちじゃ無理だが! こういったものを好んで扱ってる新聞社があるんじゃねーのか!?」

「え……っと」

「ほら! 正しい情報を伝えることに関しちゃ折り紙付きの……」


 そこまで言われて、僕の頭にあの新聞の名前が浮かんだ。


「『フィッツ・タイムズ』!」


 王室の広報誌としても使われるくらい大きくまっとうな新聞社で、扱うものはローゲンマイム社の娯楽新聞とはかけ離れた情報新聞だ。


「ありがとうございます、編集長! 掛け合ってみます!」

「門前払いされそうになったら俺の名前出して良いからな~。あそこの社長とは付き合い長いだからよ」

「編集長、大好き!」


 いつもはダラダラと適当なことばかり言っているのに、最後の最後で格好いいんだから。


「男に好かれても嬉しかねーよ」

「もう少しサスペンダーの負担を軽くしてあげたら、女の人も寄ってくると思いますよ」

「うるせっ! さっさと行け馬鹿が!」



 

 こうして、僕が見聞きしたこの国と陛下の真実は、宣言通り白日の下にさらされることとなった。

 もちろん、出た当初は新聞社に色々と苦情が舞い込んできたらしいが、しかしフィッツ・タイムズの社長は頑として屈しなかった。

 正しいことを伝えるのが社の方針であり、忖度をしてしまえば今まで築いてきた信用を一気に失ってしまうと。だから、たとえ国王の名で出版停止の命が出されても、追加の刷りを止めただけで、あらかじめやり過ぎだろうと思うほど余剰に刷っていた新聞は、風に運ばれて国の端の片田舎の農夫の手にまで届いたという。

 


 

「――へえ、よく書けてる記事じゃないか」

「あら本当。ゴシップ記事以外も書けるのね」

「……目の前でそんな隅々まで読まれると恥ずかしいんですが……」


 シュビラウツ家の屋敷で、僕はリエリア様とイースさんを前にすっかり萎縮していた。

 リエリア様とは実はあの場が初対面だったわけだけど。

 あの時は気が高ぶっていて気にならなかったが、こうして面と向かって話すと緊張してしまう。


 ――だって、すっごく綺麗でお優しいんだもん!


 記事を読み合っては、イースさんとクスクスと微笑を交わしている姿は、噂に聞いていた暗いだの傲慢だの金満家だのという言葉が、嘘っぱちだとよく分かる。

 実に清楚で品があって、そして真っ直ぐな女性だ。

 まあ、そんな彼女が三年も掛けて遺言状計画を立てたのだから、人とは本当に分からないものだと思うが。


「あの、リエリア様。本当に陛下を、その……あの……」

「ああ、殺さなくてよかったのかって?」


 言いにくい言葉をあっさりと言われてしまった。まあ、実際はそうなので僕は首を縦に振るのだが。


「いいのよ。だって、もし自責の念に駆られて、とか自分の死で幕を閉じられた、とか悲劇の英雄みたいに後付けされたんじゃ困るもの。むしろ生きてた方が、国民の裏切られたっていう感情の矛先が向きやすいから、あれはあのままでいいのよ」

「そ、そうですか……」


 やはり彼女は彼女だった。

 ひとりで両親の死の真相を探ろうとしただけのことはある。


「ちなみに殿下は未だ行方不明だそうですが」

「あら、野犬に襲われてないといいわね」

「…………」


 彼女が言うと、本当にそうなりそうで怖い。


「それで、このシュビラウツ家領なんですが、今はどちらに?」

「もう俺の奥さんだから、ロードデールに入ってるよ。っても、今のハイネみたいに、行き来は今まで通り自由にできてるけど。ロードデールでも婚姻書出したしね」

「あれ、いつの間にですか? そういえば、この騒動の間ってリエリア様はどこにいらっしゃったんです? お屋敷のどこかに隠れられてました?」


 それにしては、いつ来ても彼女がいたような気配はなかったはずだが。


「ああ、ロードデールにいたのよ。それこそ、次の役目の下準備に。その時に婚姻書も出してね」

「下準備?」

「あれ、まだ言ってなかったっけ? 俺、ロードデールの王子。七代目の王様になる男」

「え? …………えっ! ええぇええぇええ!? うそっ!?」

「本当」


 イースさんは「あー」と苦笑しながら後頭部をガシガシと掻いて「ごめん」などと言っているが、軽くないか!?


「商人イースってのはこの三年間のためにつくった仮の姿。本当の名前は、イスファン・ライオッド」


 ライオッド――確か、ロードデールの王家がそんな姓だった気がする。


「じゃあ本当に、イースさんはロードデールの王子様で……それで、リエリア様はロードデールの王子妃……さ、ま……?」

「そうなるな」

「そうなるわね」


 がっくりと、僕は足の間に項垂れた。

 なんだか、色々とイースさんの態度が腑に落ちた。

 商人とは思えない堂々とした物言いに、殿下や陛下相手にもひるがない強精神。他国の商人なのに、首を突っ込んできた謎。なぜかいつもシュビラウツ家にいたし。


「なんで商人のイースさ……まが、ロードデールの停戦初代の国王様のことをよく知っているか、今理解しましたよ」

「さんで良いよ。俺のご先祖様だからね。幼い頃から父親に耳がタコになるほど聞かされたよ」

「じゃあ、リエリア様のロードデールでの下準備って……」

「色々と陛下や妃殿下に付いて、ロードデールの政治やら法律を学んでいたのよ。詳細はイースが手紙で知らせてくれていたし、それに遺言状さえ出してしまえば、あとは勝手に犯人達が潰し合ってくれるし問題はなかったわ」


 陛下が、リエリア様に向かって「智将の血を引いているな」とか言ってたけど、僕も激しく同意だね。まさか、計画が終わった後のことまで考えて行動してただなんて。


「あ、もしかしてイースさんは、シュビラウツをロードデールに取り戻すために、リエリア様と結婚したとか」

「やめてくれよ。俺をお宅の家出王子と一緒にしないでくれ。俺のは純愛だよ。三年前、彼女を見たその瞬間から、俺の心はリエリアに捕らわれていたんだから。本当は、俺は遺言状の候補者になんかならず、外側から状況を調整する役目だったんだけど。偽りとは言え、あの馬鹿二人がリエリアの婚約者候補って言われるのが腹立ってね。つい俺も参戦しちゃったんだ」

「ロードデールでその話を聞いたときは、何をやってるのよって思ったわよ」


 もう、と呆れ顔したリエリア様に、ごめんごめんとふやけた顔で謝罪するイースさんを見ていると、彼の気持ちは本当なんだなって分かった。


「何はともあれ、ご結婚おめでとうございます」


 結婚すら政治や争いの道具として使われた彼女が、どうかこの先は幸せであってくれと願う。


「悪いね、ハイネ。最後まで騙したみたいでさ」

「皆、嘘吐きでしたね」


 その嘘のつきあいも、これでやっと終わる。



 

「ハイネはこの後どうするの? 記事にあなたの名前が出たんじゃ、おちおち王都にはいれないでしょう?」


 陛下は、貴族院と司法省に召喚されたと聞いた。

 当たり前の結末だ。

 僕は陛下が貧民街の少年を殺したことも、イースさんを殺しかけたことも、そしてリエリア様の両親を殺したことも、包み隠さず全て書いたのだから。

 今や国王に対する国民感情は、シュビラウツに向けていたものの比ではない。聞くところによると、ロードデールへと移った貴族や商人もいるのだとか。王宮に勤めていた使用人達も次々と辞めていってるみたいだ。まあ、こんな王様に仕えたいって思う人はいないよね。分かる分かる。


「僕はそうですね。色々と見て回ろうと思います。ファルザスもロードデールも、他の国々も」


 知らないから耳に聞こえた噂を簡単に信じたり、書いてあることだけを鵜呑みにしたりしてしまう。

 それを、今回の件で嫌というほど学んだ。


「僕は、真実を見極められる人になりたいんです」


 時にはゴシップも良いだろう。

 ちょっとした遊び心だ。

 だけど、その裏で傷つく者がいたらそれは全くもって娯楽なんかじゃない。


「実は僕、フィッツ・タイムズから、記者として働かないかって誘われてまして」

「あら、良いじゃない」

「ええ、だからしっかりと色んなものを見て回らないと。読んでくれる人達に正しい情報を伝えるために」


 リエリア様とイースさんが顔を見合わせて笑っていた。


「きっと、しばらくファルザスは荒れると思うわ。だけど、あなたみたいな人がいるのなら大丈夫ね」

「ハイネ、ロードデールに来た際は王宮に寄ってくれよ。歓迎するから」


 二人から握手を求められ、少し気恥ずかしかった。

 イースさんと握手した際に「君を選んで良かった」と言われたけど、どういう意味だったんだろうか。

 最後にずっと傍らに控えていたマルニードさんと目が合えば、小さく頷いてくれた。


「いつでもお待ちしておりますよ、若き記者様」

「その時はまた、僕の知らないことを色々聞かせてください」




 

■11月20日(取材終了から15日)


 喉元をすぎればなんとやら。

 あんだけ国民全員が注目していた遺言状騒動は、今や人の口の端に上ることもない。

 リエリア様がなぜ今回のことを起こしたのか、すっかり皆知ってしまっているからか。それとも本当の歴史を知ったからか。以前のように彼女やシュビラウツ家を批難する声はもう聞こえない。当然、裏切りの悪徳貴族だの悪役令嬢だのという言葉すらもだ。

 まあ、隣国の王子妃を悪く言える勇気のある人はいないんだろうさ。


 そして当のファルザス王国はと言うと、リエリア様が言ったように政治が上手く機能していないようだ。

 僕たち平民はあまり影響がないというか、影響があったところで逞しく生きているというか。一番のダメージがあったのが貴族だ。

 王権が綻び、誰が政治を動かしていくか、王を処断するとしてもでは誰を次の王位につけるのかとかで揉めているらしい。何人かは見限ってロードデールへ移ったというし、未だに王宮から人がどんどんと減っている。中にはもうロードデールに国ごと降ろうという意見も出ているようだ。

 そして国王だが、後継問題でなんとか生かされているに過ぎず、彼がが何か発言しても今や誰も取り合わないらしい。憐れなおじいちゃんだ。

 王宮担当の先輩記者が、広報に呼ばれるがそのたびに内容がコロコロ変わって堪ったもんじゃないと言っていた。




  

■11月20日(取材終了から10年)


 フィッツ・タイムズの記者となって十年。

 月日なんてあっという間だ。

 若手若手って言われていた僕が、今や先輩だなんて呼ばれているんだから。


 ロードデールはで先日、国王即位五年の式典が行われていた。

 国王夫妻が国民に愛されているという声は、こちらの国にまで届いている。

 シュビラウツがロードデールに戻ったと国民が知った時は、また戦争が始まるのかと、復讐されるのではと戦々恐々としていたが、そんなことはなかった。

 相変わらずロードデールは食糧を輸出してくれるし、例の鉱物を使って軍隊強化をしているなんて話も聞かない。

 未だにあの土地はシュビラウツ家――リエリア様のものらしく、きっと彼女が初代の意思を継いで守り抜いているのだろう。


 対して、我がファルザスもあれからもしばらく色々とあったが、今はやっと国内も落ち着いてきている。譲位する者がいないせいで、国王はそのまま国王でいたのだが、王位はあれど実権はなくの状態が長らく続いていた。しかしそれも二年前、行方不明だったナディウス王子が王宮に姿を現したことで、ようやく終止符が打たれた。

 僕は王宮担当記者じゃないから殿下には会ってはないけど、他の記者の話によると、暗くて物静かだったとか。

 いつぞやの誰かの噂を彷彿とさせるなあ。

 ただ彼女と違って彼には自分の願いを叶える力はないと思う。だから、地図からファルザス王国という名前が消えるのはそう遠くないのかもしれない。その時はきっと、南隣国の名前がでかでかと地図に記されているだろう。


 そういえば、最近入ってきた新人はあの遺言状騒動を知らないらしい。というより、幼くて覚えてないんだとか。そういえば、新人は十七歳だったか。

 だから僕は、これから次々と入ってくるあの騒動を知らない新人達に、この話をすることに決めた。



「その昔、僕の人生観が百八十度変わってしまうものが、我が社の新聞に載ってね」

「へえ、どんなのですか?」



「『悪役令嬢の遺言状』って言うんだけどね――」



 

【了】


――――――――――――――――――――

ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

種明かしになるまで全体像すら見えてこない、全員が嘘を吐いているという

ミステリーをお楽しみいただけましたら幸いです。

全員嘘を吐いていますが、前段部分で必ずそれと分かるような反応やら台詞やらを

紛れ込ませておりまして、再度読んでいただけば各キャラの印象や台詞の意味が

まるっと変わります。多分(変われば良いなあ……)


この後は、リエリアが復讐するに至った経緯を語った外伝があります。

そこで、イースとの出会いもチラッと書かれております。楽しんでいただけますと幸いです。


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