■ようこそ破滅へ
第14話 さあ、見極めよう
『五代……そこまでは我慢しよう。私達は、今から行く国の民を多く殺してしまったのだから。たとえどのような責め苦を浴びせられようと、目を向けられようと、唾を吐かれようと、私達は耐えなければならない。黙して岩のように。それが彼らにできる償いなのだから』
カウフ・シュビラウツは、五代という期限の理由と、その後のシュビラウツの者達にこのような言葉を残している。
『きっとロードデールに向けられる憎しみの全てを、私達はうけることになる。だが、それでいい。それでロードデールの民が守れるのなら。それで、ファルザスの民の溜飲が少しでも下がってくれるのなら』
カウフは、自国民を守るために停戦の条件となっただけでなく、その後に及ぶ全てのロードデールの民すらも、敵国の民の心すらも守ろうとした。
『二国が停戦ではなく、和平の手を取り合ってくれるのなら。私達はその狭間で架け橋となろう』
停戦が恒久的和平となることをカウフは望んでいた。
しかし、同時にそうならなかった場合のことについても、彼はこう言い残している。
『だが、もし五代を超えてもシュビラウツ家が不当な扱いをうけているのなら、その時は国を捨てよ』
『それは民が悪いわけではない。民を諫めることができず、過去の罪を延々と引っ張って、民意の矛先を自分へと向けないよう、シュビラウツを人身御供として使っている国王に力がないだけなのだから』
『そのような国王が続く国は、いずれ必ず滅びる』
『また、もし五代を超えてもロードデールが背中に石を投げるようであれば、シュビラウツは全てを捨てて国をひらけ』
『この土地には、それだけの価値が埋まっているのだから』
◆
「――本当に立派なお方ですよ、カウフ様は」
イースは上等なソファの上で、惚れ惚れとした声を漏らす。
「ねえ……そうは思いませんか? 殿下も」
言って、にっこりとイースが綺麗な微笑みを向けた先には、じっとりとした目で相手の出方を窺っているナディウスの姿があった。
目には猜疑と警戒が宿っている。
「……わざわざマルニードを使って私をシュビラウツ家に呼び出すとは、何を考えているんだ、商人」
「そんな警戒なさらないでくださいよ」
「時間稼ぎか? 私が本物の印章を持っていると分かって、婚姻書を出さないでくれとでも頼みにきたか。だが、それはできない話――」
「ええ、ええ。それはできない話ですよね」
イースは顎を上げ、まるで見下すような目をナディウスに向ける。
「だって、殿下が持っている印章は偽物なんですから」
ソファに深く座っていたナディウスの上体が、勢いよく前傾した。二人の間にテーブルが無ければ、そのままナディウスは突っ込んでいただろう。
「なぜ――!? い、いや……それは私を愚弄しているのかな? あれはリエリアが私に託してくれたものだ。それを、異国とは言えたかが商人風情が……侮辱罪で引っ張ってやってもいいんだぞ」
「あっはは! そんな怖い顔しないでくださいよ、殿下」
奥歯を噛んだのだろう。ナディウスの片口がひくりと引きつっている。
「まあ、交渉はとある物を見ていただいてから」
イースは腰をあげると、ついて来いとばかりに先に部屋の入り口に立ち、目線を送った。逡巡を見せたナディウスだったが、いつまでも見つめてくるイースに、ナディウスは嘆息しながら腰を上げ、大人しくついていくことにした。
◆
まるで我が家の用に振る舞う商人を、ナディウスは疑問に思わなかったわけではない。
しかしそれよりも今は、『偽物』と知られていることをどうにかしなくては、という思いでいっぱいだった。それに、商売がらみでシュビラウツとの関係は自分よりも濃かったのだろう。
「さあ、ここですよ。殿下」
案内された部屋は、部屋と言うには真っ白なただの箱のような場所だった。
ただ、部屋の真ん中には膝下くらいまでの黒い箱が置かれ、異彩を放っている。
「そこの黒い箱が見せたかった物か?」
「ええ、そうですね。何に見えます?」
商人が箱に手を置くと、籠もった音がした。どうやら木製ではないようだ。
「まあそうだな……普通ならば金庫だろうか? しかし、ダイヤルが見当たらないな?」
一般的な金庫には円形のダイヤルがついている。決められた通りに回せばそれで金庫の扉は開く。しかし、目の前の金庫かもしれない箱は表面がのっぺりとしていて、扉を開けるような構造は見つけられない。
「正解です、殿下。金庫ですよ。ただし開けるには必要な物がありまして……是非、殿下にそれをお貸しいただきたい」
ナディウスは首を捻った。
「貸す? 私が持っている物で開くっていうのか?」
「ええ。実は箱の壁面に小さなくぼみがありまして、そこに印章をはめて回せば開く仕組みになってるんですよ」
寄越せとばかりに、イースがナディウスに手を差し出す。
「本物の印章でしたら開きますので」
「……っ! あいにく、そんな大事な物は持ち歩かない主義でね」
「確かに、そうですよね」
胡散臭い笑みを崩さず、商人は手を下ろした。
「しかし、もし殿下がリエリア様と結婚なさって、全てを手に入れられる時は、必ずこれを開けることになるんですがね。殿下がリエリア様から託されたという印章で」
「まさか……」
商人が頷いた。
「ここに、シュビラウツ家の全ての権利書が収められております」
なんということだ。
つまりは結婚して『全て』が入っている金庫を手に入れても、この持っている偽造印では中のものは取り出せないということか。
いやしかし、何もこの場で開封させる必要はないはずだ。
婚姻書を提出したら、金庫ごと王宮に持って帰って壊して中身を取り出せばいいだけだ。
「ちなみに、こちらの金庫。特殊鉱物でつくられたものでして、そんじょそこらの物では破壊は不可能な代物になっておりまーす」
「くっ……!」
まるで心の中を読まれたような台詞に、忌ま忌ましさが増す。
「何が目的だ、商人」
商人の顔から胡散臭い笑みが剥がれ、欲に満ちた嫌らしい笑みが現れた。
「では交渉とまいりましょうか、殿下」
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