第11話 王子ナディウス③-1
ハイネの予想通り、ハルバートが印章を手にしたという話はスクープ記事となって、大いに国民を沸かせた。
皆、最初は大金を手に入れるチャンスだと、目の色をかえてリエリアと結婚しようとしていたが、それが到底無理だと分かるやいなや、傍観することで一種の娯楽として消費していた。平民とは実に逞しいものである。
貴族達は印章を手に入れることの難しさを知っており、また王子が出て来るのならと早々に戦線離脱して、静観を決め込んでいた。
王子ナディウスと従兄のハルバート、そして謎の商人イース。
その中で、『リエリアが印章を遺してくれた』ハルバートは今や、ファルザス王国いちの注目を集める男となっていた。
「――チクショウ! 先を越された!」
ナディウスは手にしたルーマーという、王子が読むにはあまりよろしくないゴシップ新聞を床にたたきつけた。
やっとこちらも偽造印が出来上がったと思ったのに、先に公表されてしまった。せっかく、全てを出し抜けたと思ったのに。
「つい最近、遺言状の候補者は三人に絞られたなどと勝手に記事にしておいて、今度は印章をハルバート卿が持っているだと!?」
前回の記事には親族と書いてあったし、本物である可能性は高い。いやしかし、家令のマルニードは、印章は最後までリエリアが身につけていたと言った。
「もしかして、それすらも嘘か……?」
つい最近、棺から盗ってきたなどと嘘を言って、偽物の印章を売りつけようとした馬鹿が出たばかりだ。
もはや、何が真実で嘘かも分からない状況であった。
するとそこで、ノックもなしに部屋の扉が開いた。
勝手に誰だ、と思ったが自分に対してこのような振る舞いができる者はひとりしかいない。
「ナディウス、どうなっている」
国王である父だ。
「そんなの僕が聞きたいですよ。ハルバート卿がもつ印章が本物か偽物かも分かりませんし、彼がシュビラウツの親族だってことも、こんなゴシップ誌で知ったくらいですから」
「相手の印章が本物か偽物かなどどうでも良い。ただ、リエリアの結婚相手はお前でなければならないし、それしか私は認めない」
「……どうしてそこまで父上は、リエリアにこだわるのですか」
確かに、結婚式を勝手に逃げ出したことで、王家の評判を落としたのは事実だ。
だからこうして、彼女を愛しているふりをして動いているというのに。どうせ相手は死人なのだから、結婚したとしても王太子妃の座は空席になる。
であれば、最初からリエリアではなくミリスと結婚し、愛を貫き通した方が良かったのではと思う。
悪役令嬢と嗤われている女を、恋人との間に割って入った正真正銘の悪役にするだけだ。何も不都合は起こらない。
「ミリスがリエリアにそれほど劣っていましたか!? 社交界でミリスは人気者で、リエリアは疎まれている。実家の爵位ならばミリスの方が侯爵家で高いですし、金にも困っていません! 王家だとて困窮しているわけでもないのに、なぜ急にリエリアを婚約者にして、今なおリエリアにこだわるのです!」
リエリアと結婚しても、金銭面でしか良いことはないように思える。
「それに、シュビラウツ家領を王領にできたとしても、結局運営は誰かに任せなければならない。しかもかつての敵であるロードデールとの国境領。軍備に兵士の召集に……正直手に入れてもお荷物でしかないじゃありませんか!」
ナディウスは、不要だと言うように目の前で手を払ってみせた。
「……ナディウス。私は国民にどんな王だと言われている?」
しかし国王は――父は、ナディウスの怒りなどまるで聞いていなかったとばかりに、まったく違う話題を口にする。相変わらず答える気はないらしい。
ナディウスの払った手が力なく身体の横に落ちた。
「――っ賢王であられると……」
たとえ国民にとって賢王でも、自分にとっては言葉の届かない父親だ。
「そうだ。王のほころびは国のほころびとなる。私は賢王であり続ける必要だあるのだ」
「……それが、僕がリエリアと結婚するのと関係があるのですか」
じっとりと恨みがましい目を、下から舐め上げるように向けるも、父はやはり自分の問いには答えなかった。
「ミリスがほしくば、なんとしてでもハルバート卿を止めろ」
閉まった扉に、ナディウスは床に落ちていた新聞を投げつけた。
パスッ、と気の抜けた音がして新聞は床でバラバラになった。
「ぅうう……ッ」
扉に傷ひとつ与えられない新聞が自分と重なって、ナディウスは頭を掻き乱しながら膝をついた。
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