第10話 従兄ハルバート②
ハルバートは街で手に入れた新聞を読み、盛大な舌打ちをした。
「ったく、これじゃあひとり以外はいい道化だ」
それにしても、やはり王子は動いたのか。
こうなったら、偽造印をどちらが早く作り公表するかの問題になってくる。
「だが、こちらはもう作らせているし、あとは出来上がりを待つのみだ」
家にある書類全てをひっくり返しようやく見つけた、当時、家を分かれる際に交わした誓約書のようなもの。そこには当時のシュビラウツ家の当主と、ルーイン家の当主となったご先祖様それぞれのサインと印章が記されていた。
誓約書はチラッと中身を見たが、五代条項が云々かんぬんと書かれていた。おそらく、分かれるにあたっての取り決めだろうが、興味もないので読んではいない。
「それにしても、あの細工師め。結構な額をふっかけてきやがって」
シュビラウツ家の家紋を彫らせるのだ。
当然、ばれる。
口止め料と称して、同じ大きさの金の指輪細工の五十倍をふっかけてきた。
「裏商売の奴だし仕方ないとは思うが……」
とてもまともな細工師に頼める仕事ではない。となれば、やはりそこは裏世界のレートがものを言うのだろう。
金額を聞いたとき、自分のポケットマネーでは到底足りず、両親に話せば、シュビラウツ家の財産が手に入るのならば、ということで出してもらったが。
やはり、ただの子爵家には結構きつい額だったことは確かだ。
父は仕えている先の貴族に給与の前借りを頼んだらしいし、母は気に入っていたドレスを売っていた。
今、ルーイン家はすっからかんだ。
「まったく面倒な遺言など残さずに、すっぱり死んでくれたらよかったものを」
親族ではあるが、リエリアとの関わりなど無いに等しい。
むしろ、こちらからの関わりは最低限にするように努めてきた。
嫌われ者のシュビラウツなんかの親類だと、思われたくなかったからだ。しかし、今回の記事で親族だと大々的にばれてしまった。
「チッ……これじゃあ、絶対に財産を手に入れないと割に合わないぞ」
シュビラウツの親類と世間にはばれ、借金まで負い、しかし財産は王子にかっ攫われる――考えただけでも最悪だ。
異国の商人という者も候補者に入っていたが、こちらの国の文化も知らないだろうし、ただの身の程知らずだろう。名前を売るチャンスと思ったのかもしれない。
ハルバートはソファに身を横たえ、天井を仰いだ。
すると、「ハルバート、あなたにお客よ」と、階下より自分を呼ぶ母の声がした。
「ああ、印章か」
意外と早くできたな、とハルバートは手を揉みながら階下へと向かった。
しかし、待っていたのは細工師ではなく、萎縮したように肩を縮こまらせた青年だった。
彼はローゲンマイム社の記者であるハイネと名乗った。その社名には覚えがある。
先ほど読んでいた、煽りに煽った新聞を書いたゴシップ誌の会社だ。
印章はどうするのか、シュビラウツの親族だが、リエリアやシュビラウツとの関係はどうだったのかなどと、オドオドしていたわりに随分と不躾に聞いてくるものだ。さすがゴシップ記者。
「印章は大丈夫だ。親族なんだ、どこにあるのかくらい見当はついている」
「あ、やっぱり親族なんですね」
「はあ?」
知っていたから新聞にそう書いたんじゃないのか。
「実は、ロードデールの商人のイースさんって人に教えていただいて……第三候補者の……。僕自身は知らなかったんですけど」
「イース……?」
異国の商人なんかが、どうしてシュビラウツの血筋を知っているのか。別に商人の名前に聞き覚えがあるわけではないし、自分と交流があった者ではないだろう。
しかも第三候補者ということは、あの新聞にのっていた宣伝目的の商人か。
――おそらく、商人ならシュビラウツ家と取引もあっただろうし、そこで知ったのかもしれないな。
まあ、気にするほどでもない。
「それで、シュビラウツとの関係だったか?」
「はい! 街での噂を拾っていくと、どうにも評判が両極端で……それで、一番親しいだろう親族の目から見てどうだったのかなと。あと、リエリア様個人に関しても!」
「リエリアなあ……」
彼女の生前の姿を思い出す。
と言っても、最後に会ったのはもう随分と昔だが。
「真っ黒な美しい髪と、猫のようなヴァイオレット色の強気な瞳をしていた。だが、見た目の強さに反して、とても静かだったな。俺が知っている頃までは……」
自分がシュビラウツ家を訪ねていたのは、まだ先代当主が生きていた時で、幼い頃から両親に連れられ幾度か訪れたものだ。
最初の頃は両親が何をしに訪ねているのか分からなかったが、成長し一般的な社会性を身につけ始めた十四歳くらいの頃から、両親がシュビラウツ家を訪ねている理由を理解し始めた。
金の無心だった。
よその貴族にはシュビラウツ家に繋がる血ということは伏せ、一緒になって目の敵にしていたというのに、当のシュビラウツの前では、へこへこと頭を下げて親族だろうと金をせびっていた。
それ以来、両親についてシュビラウツ家を訪ねることはなくなった。そしてそのまま、自分ひとりで訪ねる用事もないため、結果まったく会わなくなった。
「貴族がお金の無心ですか!?」
「貴族が全員金持ちだと思っているのか? ははっ、そんな甘い世界じゃないさ」
当時は両親の姿に嫌悪を覚えもしたものだが、さすがにこの年になれば分かる。
「貴族で居続けるには金が必要なんだよ」
きれい事ばかり言ってられないのだ。
屋敷を維持するのだとて、貴族に相応しい格好をするのだとて、仕える貴族に渡す真心だとて全て金がかかるもの。
上級貴族に呼ばれた茶会には毎度新しいドレスを着ていかなければならないし、奥方が刺繍好きだと聞けば、王都で評判の服飾屋に刺繍の美しいハンカチを買いに行かなければならない。
「あれ、でも貴族の方や街の噂では金満家と……シュビラウツ家は援助を断らなかったんですか?」
「ああ、先代当主はいつも快く承諾してくれたよ」
王子も動いているのなら、自分の方が全てを手に入れるに相応しいという正統性を持たせなければならない。
本当なら、秘密裏に全て終わらせるつもりだったのだが、こうも公に親族だったと広まってしまったのであれば、そこをとことん利用させてもらおう。
「ほら、シュビラウツ家はほとんど社交界ではのけ者だったから。うちくらいしか、情報を教えてあげるところがいなくてね。いつも良い話し相手だって迎えてくれていたみたいだ」
「なるほど、持ちつ持たれつみたいな……ではリエリア様とも?」
「私がシュビラウツ家を訪ねていたのが十四歳くらいまでだったから……彼女は十歳くらいだったかな。静かという印象が強いが、まあ、妹のように可愛がっていたよ」
「では亡くされてお辛いのでは……」
「ああ……。だが、リエリアが私達ルーイン家のために色々と遺してくれたみたいだしね」
これで、突然印章を出したとて誰も疑いやしない。
むしろ、王子よりもよっぽど全てを受け継ぐに相応しい。
「では、やはりリエリア様の悪役令嬢や、シュビラウツ家の悪徳貴族だなんていう噂が間違っていたんですね?」
「ん、あ、ああ……まあしかし、それ以前のシュビラウツ家がどうだったかは分からないからな」
「確かにそうですね。裏切りの悪徳貴族ってのは、何も一代だけの話じゃありませんし……」
「そういうことだ。で、もう取材とやらはいいかな? 私も暇ではなくてね」
「あ、すみません。ありがとうございました」
人が良さそうな笑みを作って、大丈夫だと手を振るハルバート。
「ああ、そうだ。近々記事にするのなら、私が印章を手に入れたと、大々的に書いてくれよ。そろそろ印章を取りに行こうと思うから」
「え、じゃあもうすぐなんですね! 任せてください、一面に飾りますよ!」
記者は目を輝かせ「スクープだ!」と跳ねながら帰っていった。
「さて、これで王子様が偽造印を作っていたとしても、公に出せなくなったな」
何事も先に出した者勝ちだ。
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