★ゴシップ専門『ローゲンマイム社』の新人記者・ハイネの取材日記③
全然関係ないのに、編集長からネタが上手く手に入れられないなら暇だろ、と決めつけられ、『ルベル川で遺体が上がったらしいから、ついでに取材してきてくれ』と頼まれてしまった。
正直、わざわざ水死体なぞ見に行きたくないのに。しかし、新人に拒否権などない。
ルベル川のどこらあたりだろうと、うろうろしているとすぐにその場所は見つかった。やけに人だかりができている。
近付くと、野次馬の「まだ若いのに可哀想に」や「浮浪者か」などといったヒソヒソ話が聞こえてきた。
川縁に引き上げられた遺体は、予想していたものよりも綺麗なもので、まるでただ眠っているようにも見えた。ただ、顔色がとてつもなく悪いことを除けばの話だが。
漏れ聞こえた話を総合すると、どうやら浮浪者の青年は暗闇の中、誤って川に落ちてそのまま流されてしまったのだろう、ということだった。
「ただの事故死だし、とりたてて記事になるようなこともないかな」
あどけなさの残る、自分よりもいくつか幼そうな青年。着ているものは中秋を過ぎたというのに、薄手のシャツとズボンだけという寒そうな格好だ。
僕は、そのまま立ち去るのも忍びなく、静かに短めの黙祷だけ捧げてその場を立ち去ろうとした。
「やあ、また会ったね」
しかし、親しげにかけられた声でその場に留まることになる。
声の主をみやれば、つい先日、シュビラウツ家の前で会った、ロードデールの商人という男だった。
「あなたは、えっと確か……イースさん?」
「さすが記者だな。記憶力が良い」
「はは、それほどでも」
ちょっと嬉しい。
「君がここにいるってことは、あの遺体を取材に来たのかな?」
「ええ、その通り。ですが、記者としては特に面白いネタは何もありませんでしたよ。足でも滑らせてそのままドボン……ってな感じでしょうし」
肩をすくめて、骨折り損だったとばかりに首を横に振れば、イースさんは「へえ」と意味深な声を出しながら目を細めた。
「知っているかい? 溺死ってのはね、生きていると口から身体の中に水が入って、それで息ができなくなるんだけど。その時はさ、身体の中に残っていた空気と口から入ってくる水が体内でかき混ぜられて、泡状になるんだ」
「へえ、そうなんですね」
相槌をうちつつも、だからどうした、知識の自慢か、と内心で溜息を吐く。
「それでその泡なんだが、死後身体の中から押し出されて鼻や口から出て来るんだよ」
「へえ…………え?」
え。
僕は勢いよく振り向いた。
遺体がちょうど男達の手によって持って行かれようとしているところだった。おそらくは、街外れにある集合墓地にでも入れられるのだろう。
僕は、運ばれていく青年の顔をまじまじと見つめた。
彼の顔は、まるでただ眠っているだけのように、目も口もきっちりと閉ざされ、綺麗なものだった。
「え……」
今度は慌ててイースさんの顔を見た。
彼は目を細めたまま口の両端を持ち上げていた。
「えっと……つまりは……」
あの死んだ青年は溺れたわけではなくて……。
「あ、そうだ」
「ひっ!」
ひとつの可能性に頭が混乱し始めたとき、ポンと肩を叩かれ、僕は大げさなほどに肩を跳ねさせてしまった。イースさんがおかしそうに笑っている。
「ごめんごめん、驚かせたね。実はひとつ君に伝えておこうかなってことがあって。まだ遺言状の件は追っているんだろう?」
「それはそう……ですが……」
「だが、書けるようなネタが手に入らなくて困っている……ってところかな?」
図星だった。
「じゃあ、これを書くと良い。きっと、全国民の注目を集められるから」
思わず前のめりになって、メモとペンを取り出す。
「『シュビラウツの全て』を手に入れるために動いているのは……王子のナディウス殿下、従兄のハルバート卿、そして異国の商人である俺の三人だ」
「え」
今日はきっと、「え」という言葉ばかりが出る呪いに掛かってしまったに違いない。
「あなたもですか!? え、でも、あなたは異国――ロードデール王国の人間ですし」
「身分に定めはないはずだ。だったら異国だろうが構わないはずさ」
確かに文字を素直に受け取るのなら、そうなのだろうが。
「俺より、きっと王子様と従兄殿のことに注目した方がいいと思うぞ。そういえば、つい先日、いかにも貧民街から来ましたって青年が、王子に会わせろと王宮を訪ねたらしい。衛兵達が話していたな」
僕はもう一度、背後――遺体があった場所を振り向いた。
が、遺体はすっかり運ばれてどこにもなかった。
そして正面に向き直れば、イースさんの姿もどこにもなかった。
■10月15日(取材10日目)
編集長に遺言状の件で動いている三人の面子を伝えると、「そりゃ面白ぇや!」と手を叩いて喜んだ。
その日の夕方の新聞の一面が急遽差し替えになって、僕は先輩達からものすごく睨まれた。解せない。
■10月16日(取材11日目)
昨日の新聞は、よほど反響が大きかったようだ。あっという間に売り切れてしまったらしい。おかげで編集長はご機嫌だ。
だけど『シュビラウツの全てに最も近い三人!』とか大見出しで、王子達の名前を出して、さらに『この三人の候補者の中で、誰が生き残るのか!』ってあおりを付けて、まるで賭け事みたいに煽るのはどうかと思う。
おかげで街は朝から三人の話題でもちきりだ。
きっと三日後には、国の端までこの話題は浸透していることだろう。国民がこの三人の動向に目を光らせることになるんだろうなあ。
■10月18日(取材13日目)
続報はないかとメチャクチャ急かされる。
ないと言えば、だったら間をもたせるためにも、各候補者のインタビューに行けと尻を蹴られて社屋を追い出された。
仕方ない。それじゃあ明日はハルバート・ルーインをインタビューしようかな。あ、そういえば、王宮を貧民街の青年が訪ねていたって言っていたし、それについても調べなきゃだ。
……なぜだか、貧民街の青年と、ルベル川で死んだ青年が一緒のような気がする。
でもそんなことはないはず。きっとあんなタイミングでイースさんが言ったからだ。
■街で集めた声
・王都パン屋の看板娘M
どの候補者に『全て』を手に入れてほしいですか?
「どのって、特にはないけど……強いて言うなら、従兄のハルバート様かしら。やっぱり殿下は結婚式から逃げちゃったし。さすがの悪役令嬢様もあれはちょっと同じ女としては同情しちゃうもの」
ああ、リエリア様のことですね。彼女のことで何か知っていることあります?
「知ってるってわけじゃないわ。全部私達が聞くのは噂だもの。金持ちを鼻に掛けて、全然社交界にも出てこない高飛車な女――って、もう覚えちゃうくらい聞いてきたわよ。あ、でもシュビラウツ家との取引があるところは、彼女に詳しいんじゃないかしら」
・そのパン屋を外からじっと食い入るように眺めていた青年A
あなたは『全て』をほしいとは思いませんか? というか覗いてないで声掛けたらどうです……。
「こ、声なんかかけて、あの子を怖がらせたらどうするんだよ!? 俺はこうして彼女を見守る妖精さんをやってるだけで幸せなんだよ!」
いや、覗いてるだけのほうが怖がらせてますけどね。そんな毛深さとがたいの良さで妖精さんを自称するなんておこがましいですが、本題はそこじゃないんでいいです。
「ん? ああ、全てな。俺も最初は彼女のために大金持ちになってやるって婚姻書を教会に届けにいった口なんだがよ、まあ色々聞けば、平民にゃどう足掻いても無理ってわけで。やっぱり健全に働くのが一番だよな。今じゃほしいってより、誰が手に入れるのか一種のエンターテイメントとして楽しみにしてるな」
・王都を歩いていた貴族っぽい青年S
やっぱり貴族の方でもお金はほしいもんです?
「下世話なことを聞くねえ、君。さすがはゴシップの記者だ。……だが、まあそうだな。金はいくらあっても困らないからな。あっ! もしかして遺言状絡みか!? 従兄と殿下が動いてるんなら、他の貴族の望みはなくなったし静観するのみだよ。まあ、異国の商人がどうするつもりかは興味あるがね」
リエリア様について、何かしっていることがあれば教えてください。
「ハッ! 知らないね。興味も無い。たとえ我が国のかつての王が引き込んだ貴族だと言っても、かの家は僕らのご先祖様達を大勢殺してるんだ。同じ国の貴族に並ばれるのすら嫌だよ」
・シュビラウツ家と取引のある商人R
直接取引があるあなたなら、シュビラウツ家やリエリア様のことを知っているかと思いまして。
「商売相手としてはとても優良だよ。あそこがなんで巨大貿易商になれたかって言うと、ロードデールの農産物のほとんどをシュビラウツ家が独占してるからなんだよ」
え、それって駄目なんじゃ……。
「それがシュビラウツ家が独占してるわけじゃなくて、ロードデール側がシュビラウツ家にしか卸さないって話なんだ。優良って言ったのは、並の商人なら独占したものを高値で売りさばくだろうが、あそこはずっと適正価格なんだよ。俺ら商人からしちゃ、そこらの同国の貿易商よりも遙かにありがたい相手だね。交渉にも応じてくれるし、話も聞いてくれるし、ほしい商品も可能な限り探してくれる。正直、なんでここまで嫌われてるのか理解出来ないよ。まあ、だからって擁護の声なんか上げられるもんでもないしな……」
じゃあ今回の件では王子様を恨んだり?
「いやいやいや、貴族のことには首は突っ込まないのが一番だ。俺は何も言ってないからな…………先代の当主が亡くなって、若い彼女が全部引き継いで一生懸命にやってたのにな。一度挨拶にわざわざ自ら足を運んで来てくれて……そんな貴族、あの子くらいだったのにな……」
シュビラウツ家に関してはやっぱり両極端な意見ばっかりだった。国王様は、シュビラウツ家に関してどう思われていたんだろうか。
自分の息子の婚約者にするくらいだから、善く思っていたのかもしれない。
でも、だったらどうして、国民の嫌悪の感情をたしなめたりしなかったんだろうか。
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