第7話 役者達は舞台に上がった

 大陸北に位置するファルザス王国は、鉱山資源が豊富であるが、硬い大地と乾燥した気候で農産物は決して豊かとは言いがたい。

 反対に、大陸南に位置するロードデール王国は、温暖な気候と雨のおかげで農産物は豊富だが、山より平野部が多く、鉱山資源は少ない。

 唯一、ファルザスとロードデールに挟まれたシュビラウツ領だけが、両国の特徴を持っている。領内の北西部に岩山をもち、南東部は平野になっている。


 その北西部の岩山にほど近い、開けた場所――そこは、シュビラウツ家と、領民のための共同墓地となっていた。

 そして、夜。

 墓場にひとりの男――テオがやって来る。

 肩に大きなスコップを担ぎ、おどろおどろしい雰囲気の墓場に場違いな鼻歌を響かせている。


「しっにんに口なっし~かっねなど無用ぉ~生っきてっるだけで~まっる儲けぇ~」


 などと、死者を冒涜する内容を、調子外れながら本人はとても楽しそうに歌っていた。


「あーあ。せっかく誘ってやったのに、皆罰当たりだって言いやがって……。絶対、分け前は渡さねーもんな」


 一種の境界線のように深い木々に囲まれた墓地は、月明かりの下にあっても影が色濃く墓場を覆っていて、テオは墓標に刻まれた名前をひとつひとつ顔を近づけて確認していく。


「リィ、り、リア……じゃない、リエ……リエラ、ってこれも違う」


 リ、リ、リと、ぶつぶつ口ずさみながら確かめていると、墓地の中で一段高くなった場所があることに気付いた。木々の影がかからぬその場所は一際輝いていて、墓標も他のものより装飾がかっている。


 テオは、お、と口を丸すると機嫌良さそうに口笛を吹き、輝く墓地へと近付いた。

 近付くにつれ、影から抜けたテオの姿が月明かりに露わになっていく。

 あどけなさの残る煤けた顔には、濁った黒い瞳が二つはまっていた。頭と首に巻かれた布によって髪は隠され、その布も纏っている衣服もやはり顔同様に煤けており、もう肌寒い季節だというのに薄手のシャツ一枚という貧相な格好だ。


「やったね! あったじゃん、これこれ!」


 街の人に掌に書いてもらった『リエリア・シュビラウツ』という文字と、ひとつずつ突き合せて確認すれば、それこそまさしくテオが探していたものだった。

 人けのない時間に、ひとりでスコップを持って墓場に来るなど、その目的は一目瞭然。

 テオは躊躇いなく、墓標の前の大地にスコップを突き立てた。


「お、いける……」


 テオは勝ち誇ったように笑むと、両手でスコップを握りしめその場を掘っていく。


「なんで皆、場所が分かってんのに掘らないんだろう? 棺の中に印章があるって分かったんなら、棺を開けて盗ればいいのに」


 テオはさも当然だとばかりに、首をかしげた。

 遺言状とか婚約書とか詳しいことは分からないが、欲しいものを手に入れる方法なら知っている。

 テオは盗人だった。


 日にちが経っているとはいえ、一度掘られた地面は比較的掘りやすく、また、そこまで深い位置に埋まってなかったこともあり、あっという間にスコップの先がガゴッ、と硬いものを掘り当てる。

 思わず、テオの笑みも濃くなる。

 掘り進めれば、綺麗な漆黒の棺が現れた。


「にしても、本当ここの家って嫌われてるよねえ。三年前もあんなことになるし、今回も……って、今回はお嬢様の自殺か。まあ……前回火事にしちゃったのはオレだけど」


 盗みに入ろうとして窓から踏み入った時、相手とちょうど目が合い、驚いた拍子に机にあった燭台を倒してしまった。本やら紙やらがたくさんあった部屋は、あっという間に火の海となり、テオは何も盗らずすぐに窓から引き返したのだった。

 その後、燃え後からシュビラウツ夫妻の遺体が出たと聞き、申し訳なく思わないこともない。


「逃げれたと思ったんだけどなあ……まあ、結構な範囲燃えたみたいだし巻かれたかな」


 それに、テオにとっては貴族のひとりやふたりが死のうと、どうでも良かった。自分らより遙かに良い暮らしを長年送っていたのだ。しかも、相手がシュビラウツであれば余計にどうでも良い。


「さて、結局前回は何も盗めずだったけど、その分、今回はたんまりと稼がせてもらおうかな!」


 今国中で噂の『リエリア・シュビラウツの遺言状』。

 一時期は僻村の年老いた農夫までも、婚姻書片手に教会へと走ったというではないか。元々シュビラウツ家が金持ちであることは把握していた。しかし、どうやら自分が思うよりも『シュビラウツ家の全て』というのは、果てしない価値があるらしい。

 平民、貴族、王族全てが翻弄されるほどだ。


「おっ、意外と釘があまいな」


 スコップの先を蓋の隙間に入れ、柄を揺らしてこじ開ければ、すんなり隙間があく。

 王子は印章がほしいと言っていた。


「オレじゃ多分、シュビラウツ家の色々が手に入ったところで、どうせ使い方も分かんないことのほうが多いし、それならさっさと金だけもらったほうが得だよな」


 あんなに欲しがっていたのだ。


「王子様だし、きっと言い値で買ってくれるだろ」


 瞬間、バキッという乾いた音がして蓋が大きく開いた。


「やった!」


 分厚い蓋をずらし、その下で眠る者の姿を慎重に確認する。

 死んでから日が浅いからか、それとも気候のせいか、蓋をあけても中から腐敗臭が漂ってくることもなく、むしろ花の良い香りだけが広がる。


「身につけてるって言ってたし、きっと指輪かなあ――」


 と、興奮で手だけ先に棺に突っ込んだ次の瞬間。


「――ッん゛あ!!」


 重い衝撃を後頭部に受け、テオはぐるんと白目を向いて沈黙した。



 

        ◆



 

 次にテオが気がついた時、墓地は涼やかな朝もやに覆われていた。


「…………え?」


 身を起こして隣を見ると、リエリア・シュビラウツの墓がある。


「あれ? どういうこと? 夢? え、どっちが?」


 確か、自分は隣の彼女の墓を掘っていたはず。しかし、穴どころか掘っていたはずのスコップもない。

 ただ、スコップの代わりに、手の中にはゴツゴツしたものがあった。

「なんだ?」と、手を開いてみれば、そこには直方体のキラキラと金色に輝くものが。


「こ……これって……!」


 直方体の先端面には、シュビラウツ家の門に描かれていたような絵が彫られている。


「印章だ!!」


 どうやら気を失う前に、自分の手はしっかりと、棺の中からお目当てのものを掴んでいたらしい。


「やったー――ッいてて……」


 両手を点に突き上げた拍子に、後頭部に鈍い痛みが走る。やはり昨夜感じた衝撃は現実のものだったようだ。

 もしかすると、墓守に見つかって殴られたのかもしれない。


「これでオレは大金持ちだ!」


 だが、殴られ損にならずにはすんだようだ。

 テオは、印章を大事にズボンのポケットにしまうと、朝靄の中を泳ぐようにして駆け去っていった。

 



――――――――

次回より『組み立て編』

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