第4話 従兄ハルバート①-1

「これはこれは、ルーイン子爵家の皆様お揃いで、本日はどうなさいました?」


 屋敷の入り口で出迎えたマルニードを、ルーイン子爵は押しのけるようにして手で払った。後に続いて、子爵夫人とハルバートが屋敷の中について入る。

 三人は我が物顔でシュビラウツ家の応接室へと足を運ぶと、勧められるまでもなくソファに腰を下ろした。


「どうしたも何も、親族なんだから家くらい訪ねるだろう」

「それは失礼しました。ただ、ご当主様――リエリア様が存命の時は、一度も訪ねられたことがなかったので、つい……」


 瞬間、マルニードの言葉に子爵の片口が引きつるが、マルニードは気付いていないのか、話を続ける。


「それに、先日の葬儀も終わるなり足早に帰られたものですから」

「あれは仕方なかったのですよ、マルニード。だって、私達が葬儀の場についた頃には棺には釘が打たれて、リエリアとは最期に別れの口づけすらさせて貰えなかった。従兄というのに悲しいものでしたよ」

「そうよ。てっきりわたくし達は歓迎されていないものだと思って、だから、別れもそこそこにあの場を去ったのよ。いえ、去らざるを得なかったんだもの」


 ハルバートと子爵夫人が続けざまに反論すれば、再びマルニードは「それは失礼しました」と頭を下げた。

 リエリアの葬儀には、シュビラウツ家の使用人と親族であるルーイン家、そしてナディウス王子だけが参列した。貴族として、これほどに質素な葬儀はないだろう。ナディウス王子の従者や護衛のほうが多かったほどだ。

 しかも、ルーイン家とナディウスが到着したときには、すでに棺は閉ざされ、顔を見るのぞき窓からすら覗くことを許されるなかった。


「ですが言わせていただくのなら、棺を閉ざしていたのは、何も嫌がらせなどではなくお互いのためだったのです。ご当主様は首を吊られましたから……いろいろと出るものが出て、美しかったヴァイオレット色の目すらも飛び出――」

「分かったから! ……っそれ以上は口にするな」


 マルニードの淡々とした説明を、子爵が声を荒げて止めた。三人は顔を青くして、夫人に至っては口元を手で押さえている。


「ご理解いただけたようで何よりです」


 しれっとして、腰を折った老家令に三人は忌々しい目を向けつつも、それ以上は何も言えなかった。


「それより、マルニード。遺言状のことをどうして私達に黙っていた。葬儀の時には存在を知っていたんだろう」

「いえ、まさか。葬儀を終えて、ご当主様の身の回りの品を整理していたときに見つけたまでです」


 こればかりは嘘か本当か確かめようがない。

 ただ、唯一分かるのは、マルニードは自分たちをあまり良く思っていないということだけ。

 お互い口を閉ざしたことで、ずっしりと空気が重くなる。


「……気分転換に、私は少し屋敷を見回らせていただきましょう。リエリアの過ごした屋敷に思いを馳せるのも、故人への弔いですから」


 ハルバートが席を立ち、ひとり応接室を出て行く。

 マルニードが付き添おうとするが、子爵が引き留める。


「おいおい、客人を置いてどこかへなんて行かないでくれよ」

「当主がいない今、わたくし達をもてなせるのはあなただけなんだから。まさか、他の使用人に相手させるつもり?」

「……かしこまりました」


 子爵夫妻は満足そうに眉を上げて、大きく頷いた。

 しかし――。


「フィス! ハルバート様が屋敷を見て回られるようだ。何かあっては困る、付き従いなさい」


 マルニードが声を上げれば、飛ぶようにしてやって来た二十歳そこそこのメイド――フィスは、「はい」と腰を折ると、すぐさまハルバートを追いかけた。


「フィスはご当主様の侍女も務めたしっかり者ですから、どうぞご安心を」


 振り向いて子爵夫妻にそういったマルニードに対し、夫妻は「ああ」と重い声で返事したのみだった。



 

        ◆




 ずっと後ろをついてくるメイドが煩わしい。何度ひとりで大丈夫だと言っても、壊れた人形のように「お気になさらず」としか言わない。

 仕方なしに、ハルバートは言葉通り気にしないものとして、屋敷の中を歩き回る。どうせメイドごときに、貴族の自分を止めることなどできないのだから。


「……悪徳貴族には分不相応な屋敷だな」


 高い天井に蜜色に輝く調度品。主はいなくとも変わらぬ輝きを保つシャンデリアと、清潔に保たれた長い廊下。

 自分ちの数倍は広く、遙かに金満的屋敷だ。


「私達はシュビラウツの親族というだけで、申し訳ない思いを抱えているのに、当の本人はなんとも贅沢な暮らしをしていたことか」

「申し訳ございません、ハルバート様。お言葉ですが、お嬢様も先代ご当主様や奥様も、決して贅沢な暮らしなどなさっておられませんでした。こちらのお屋敷は、代々修繕と改築を行い大切に使われてきたものでございます」

「お嬢様? ああ、リエリアのことか……確かに、当主らしいことは何もしていなかったしな」

「いえ、そのようなことは……」


 黙れというようにハルバートは、手を振ってメイドの口を閉じさせる。


「三年前か……シュビラウツ伯爵と夫人が火事で亡くなったのは。それでまだ十七歳だったリエリアが突然当主に……」


 チッと、ハルバートの舌打ちが鳴った。

 自分より若い娘が当主になるなど面白くない。


「あの時、さっさと私の父に当主の席を譲っていれば良かったものを……おかげで、シュビラウツの悪名は、さらに加速することになったんだからな」


 まだ成人を迎えていない十七の小娘が当主になった。

 しかも、資産家であるシュビラウツ家の、である。

 当然、多くの貴族達が『援助』という名目で、後見や縁談の話を取り付けようと動こうとした。もちろん、うちもそのひとつだ。

 しかし、どこよりも先に動いたものがいた。


「王家に動かれては、親族だろうと分が悪すぎる」


 子爵家など、下級貴族で領地すら与えられない。親族だからというカードを使っても、王家に対抗できる力などありはしない。

 そして、まんまと王家がリエリアの後見となし、なし崩し的にそのままナディウス第一王子との結婚まで決まってしまった。


『金だけでは飽き足らず、我が国すら欲しがるか』


 おかげでそのように、貴族だけでなく平民達の間でも噂されるようになった。


「殿下には元々婚約者がいたらしいし、リエリアがそれを押しのけたんだとしたら、このあいだの結婚式での王子の行動も、少しは理解はできるな」

「それは……」


 何か言いたそうにメイドがしていたが、暗い顔を俯けただけで、結局何も言い返せないでいた。

 リエリアが亡くなっても、悲しむ者などいない。

 むしろ皆、シュビラウツの血が絶えてくれて良かったと、安堵していることだろう。

 ナディウス王子の結婚式当日にかけおちというのも、王子の行動としては褒められたものではないが、目立った批判がでないのも、皆心のどこかで理解できていたからだろう。


 うちも一応シュビラウツの血を引いているわけだが、すでに別れて五代は経っているし、こちらから言わなければ分からない。

 そんなことを思いながら屋敷を歩き続けていると、先の部分一帯が壁も床も全て新しくなっているのに気付く。

 修理でもしたのか。

 こんな部分的に?


「……メイド。シュビラウツ伯爵が亡くなっていたのはどこの部屋だった?」


 やや間があったが、「執務室でございます」という声を聞いて、ハルバートは新しい木々でつくられた部屋へと走った。


「――っあ! お待ちください、そこの部屋は!」


 メイドの制止も声も聞かず、ハルバートはノブを回した。


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