〈四〉拒絶
母さんの棺が、ミカネの隣に納められた後。オレと親父は工房へと行って、町長達に借りていた金を返した。
「このたびはありがとうございました」
深く頭を下げる親父に倣ってオレも同じように顔を床に向ける。オレ達の前には町長だけでなく、これまで協力してくれた職人達もいた。彼らのしてくれたことを思えば感謝しなければならないと分かっているのに、頭を下げるオレはそこに親父の行動を真似る以上の意味を持たせられなかった。
結局使えなかったのに――喉元まで来た言葉は、どうにか飲み下した。
「これからどうするんだ?」
頭を上げたオレ達に町長が話しかける。オレが親父を見ると、親父は辛そうに顔を力を入れながら「そうですね、」と口を開いた。
「息子と二人、どうにか――」
「二人共罹ってはいないのか?」
親父の声を遮るようにして職人の一人が言う。その隣にいたドナさんが「お前ッ……!」と声を上げたが、彼らの様子を見ていた町長がそれを制した。
「その心配は尤もだ。……なあ、ヒハヤ。お前達も大変だったろうが、この二ヶ月で町はだいぶ疲れてしまった。だから……」
町長が親父の名を呼びながらこちらを見る。オレと親父を交互に映したその後ろめたそうな目は、やがて親父の元で止まった。
沈黙――聞こえるのはそれぞれの息遣いだけ。だけど町長と同じような目がいくつも親父に向けられているのが分かる。それはドナさんですら同じで、みんな何かを言いたそうにしながら親父の言葉を待っていた。
「……確かに俺達がいたら、暗い記憶も忘れられませんね」
静かに親父が言う。「親父……?」思わず問いかけても親父はこちらを見ない。オレはその意味が分からなかったのに、周りの大人達はみんなほっとしたような空気を出していた。
「今まで、ありがとうございました」
そう言って親父がまた深く頭を下げる。だけどオレは同じようにすることができないまま、親父から目を逸らそうとしている人達を見ていることしかできなかった。
「――どういうことだよ?」
家への道を歩きながら親父に尋ねる。親父は真っ直ぐに前を見据えたまま、「町を出る」と短く答えた。
「は?」
「ここにはもういられない。俺達はもう、元通りには暮らせない」
「いや意味分かんねェよ! なんで急にそんな話に……」
オレが立ち止まって声を荒らげれば、親父もまた止まってこちらを見た。その目は冗談を言っているように思えなくて、本気なんだ、と嫌な直感が胸を襲った。
「町長達が言っていたのはそういうことだ。職人連中はまだ気を遣ってくれてるが、俺達と関わりの薄い奴らはそうはしてくれないだろう。不満がある以上、俺達がここに留まればいずれ
「だからって今出てくとかおかしいだろ!? 本当に問題が起こってからまた考えればいい! ここにはミカネと母さんの墓だってあるのに……!」
「その問題を避けたいんだよ。悪いな、イヒカ。辛い時期なのに住み慣れた町を離れることになって……」
「ッ……」
親父が申し訳なさそうにオレを見る。そうしてまた、前を向いて歩き出す。「違うだろ……」そう零したオレの声は小さすぎて、親父には届かなかった。
§ § §
オレ達が町を出るという噂は翌日にはすぐに広まった。二日後――それが親父の決めた、オレ達がこの町を出る日。すぐに出ていくにはこのあたりの雪は深すぎる。近隣の町ではオレ達のことも知られているから、目指すのはそれよりも遠い場所でなければならない。遠くに行くには準備が必要だから、最低でもこの二日という時間が必要だった。
昨日工房から家に帰って来てからずっと、オレと親父は準備に追われていた。町の人々も必要なことだと理解しているからか何も言わない。それどころかあからさまに安心したような目を向けられることもあるし、頼んでもいないのに積極的にオレ達の準備を手伝ってくれる人さえいた。
早く出ていけ――彼らの行動から感じ取れるその本音が酷く憎らしい。これまでオレ達を疎ましく思っていたくせに。アンタ達が嫌がるせいでオレ達は出ていかなきゃならないのに。ちょっとでも出ていく手伝いをすれば、それら全てが許されるとでも思っているかのような態度に沸々と怒りがこみ上げる。
……そう、考えてしまう自分にも。
「――イヒカ!」
翌日の出発に備えて買い出しをしていると、前からロネが歩いてきた。でも何故だかアイツの顔は今見たくなくて、オレは荷物に顔を隠して気付かないふりをする。そうやってやりすごそうとしたのに、つかつかと歩いてきたロネがぐいとオレの顔を引いた。
「なんで出てくの……!」
両手で顔を持たれているせいでロネと目が合う。隠されていない目元はうんと辛そうに力が入れられていて、オレは咄嗟にロネのマフラーへと視線をずらした。
「ここにはいられないんだってさ」昨日親父から聞いた言葉をそのままロネに伝える。まだ、オレの言葉になっていない。だってオレは納得していない。
だけどそれを出すわけにもいかないから、オレは逃げるように周囲へと顔を向けた。
「見ろよ、みんなの顔。前よりずっと楽そうじゃん。……オレ達がいると怖いんだろ」
「でも……!!」
ロネが声を上げる。オレはそれ以上そんな声を聞いていたくなくて、荷物を持っていない右手で顔を覆うロネの左手を掴むと、ゆっくりと自分から引き離した。
「あんまオレに近付いてるとお前まで変な目で見られるぞ。そしたらおばさんにも迷惑がかかる……もう放っとけよ。どうせ明日にはいなくなるんだから」
自分でもびっくりするくらい冷たい声だった。掴んでいたロネの腕から力が抜ける。抵抗のなくなったそれを腰のあたりまで下ろすと、オレは無理矢理自分の指を押し広げた。
するとロネの腕がオレの手の中から落ちて、ぽすん、と彼女のコートに当たった。オレの頬に触れたままだった右手もいつの間にか離れている。
「本当にいなくなるの……?」か細い声に「ああ」と返す。「お墓の世話はどうするの……」責めるような声に、「……諦めるしかないな」とどうにか
「そろそろ行かなきゃ。まだ準備終わってねェしさ」
くるりと踵を返してロネに背を向ける。行きたい店はこの先だったけれど仕方がない。後でまた様子を見て来ればいい。
「ロネ、じゃあな」
振り向かないままロネに言う。息を呑む音が聞こえてきたけれど、聞こえないふりをした。
「イヒカ!」
悲痛なロネの声が鼓膜を引っ掻く。ツンとした鼻を誤魔化すように、マフラーの中に深く顔を埋める。
「ミカネ達のお墓、私がちゃんと世話するから……! だから落ち着いたら連絡して! 私もイヒカ達が戻ってこられるように頑張ってみるから!」
遠くなっていくロネの声を聞きながら、オレは何の反応も返すことができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます