第四幕 溢れる叫び

〈一〉建前と独り善がり

 ガタゴトと揺れる暖かい幌馬車の中、シェイは隣に座るイヒカの手元に釘付けになっていた。


「それヒューさんの銃?」

「ああ。でっかいよなー、これ」


 先程からずっと武器の手入れを続けるイヒカが手に取ったのは一際大きい拳銃だった。拳銃と言っても形がそう見えるだけで、シェイが両手で抱えるように持たなければならないくらいの大きさがある。リボルバー特有の形をしているが、回転弾倉シリンダーに空いた穴もまた他の似た形の銃と比べるとずっと大きかった。


 そんな銃をイヒカが軽く両手で握るように持つと、次の瞬間にはガシャンと音を立てて全てのパーツがバラバラになった。床に敷いていた布の上に着地したそれらをイヒカが一つずつ手に取って、丁寧に磨いては隣に敷かれたもう一枚の布の上に置いていく。先日手のひらに負った怪我はまだ治りきっていないはずだが、この作業をする分には影響はないようだ。


「ずっと思ってたんだけど、銃ってそんな簡単に分解できるものなの? 一個ずつなら分かるんだけど、一気にバラバラになるなんて……」

「慣れればいけるぞ。パズルみたいなもんだし」

「……他にできる人いる?」

「うちにはいねェな」


 手元に目を向けたままあっけらかんと答えたイヒカに、シェイは物言いたげな視線を向けた。

 しかしイヒカがそれに気付くことはない。「あんまり話しかけない方がいい?」作業に集中している様子の彼にシェイが問いかければ、「いんや? 話すだけならいくらでも」と返され、ならばとシェイは会話を続けることにした。


「やっぱり銃って大きい方がいいの?」

「人によるだろ。ここまでデカいと持ち運ぶ時にかさばるし、威力もすげェからその分反動もブレも大きいし。つーか多分これ特注だから普通は使えねェんじゃないかな」

「ヒューさん専用ってこと? でもヒューさんはなんでそうまでしてこれ使うんだろ……今の話だとあんまり良いことなさそうだけど」

「不器用だから」

「へ?」


 予想外の答えにシェイが目を丸くする。その様子をちらりと一瞥したイヒカは金属のパーツに視線を戻して、「めちゃくちゃ不器用なんだよ、アイツ」と苦笑いを浮かべた。


「しかも手もデカいだろ? だから小さいリボルバーだと弾入れるのにもたつくし、じゃあマガジンぶっ挿すだけでいいやつ使えよって話なんだけど、銃はリボルバーじゃないと嫌とかなんとかで使いたがらなくてさ。アイツの感覚だとデカいリボルバーが一番格好良いらしい」

「そんな理由なんだ……」


 小さく呟きながらシェイは床に視線を落とした。そこにはイヒカによって磨かれた銃のパーツが並べられていたが、それだけ見ても格好良さというのは理解できない。代わりに近くにある既に整備された銃を眺めてみたものの、形の違いは分かれど〝大きいから格好良い〟というのは結局よく分からず、シェイはイヒカに視線を戻した。


「じゃあ二丁使うのも格好良いから?」


 今イヒカが手入れしているものとは別に、同じ銃が近くに置かれているのを見ながらシェイが問いかける。先程ヒュー専用の銃か尋ねた時に明確な答えがなかったため彼が使うとは限らないが、他にこれを使いこなせそうな人間がシェイには思い浮かばなかった。


「いや……あ、シェイってばもしかしてヒューが両手に銃持って戦うと思ってる?」

「違うの?」

「違うよ。アイツ左手で撃つのヘッタクソだから右手でしか撃たねェし」

「……でもこれヒューさんのなんだよね? だったら尚更なんで二丁も持ってるの?」

「それは単に装填数が少ないから。六発しか入らないから二丁使って誤魔化してる」

「誤魔化してる……」


 そんな理由なのかとシェイは顔を引き攣らせたが、脳裏に以前見たヒューの戦う姿が過って表情を戻した。彼が銃を構えるところはまだ一度しか見たことがないが、確かに片手しか使っていなかったと思い出したのだ。


「でもさ、どっちも空になったら結局詰め直さないといけなくない?」

「おう、そうなったらアイツ素手で戦うぞ。つってもナイフくらいは使うけど。しかもたまに戦いながらこっちに銃寄越してきて装填させられる」


 返ってきた答えに、シェイが呆れたような表情を浮かべた。


「それでいいの……? イヒカは危ないし、素手でいけるなら元から銃なんて必要ないんじゃ……」

「本人がいいならいいんじゃねェの? オレは別に平気だし。むしろヒューが戦闘中に自分で弾詰めようとすると、酷い時には半分くらい落とすから勿体ねェんだよ。後で拾ってるけど全部は見つからないことが多いしさ」

「……そこまで不器用だったんだ」


 シェイが乾いた笑いを零すと、ちょうど全てのパーツを磨き終わったのか、イヒカがそれらを組み立て始めた。分解する時よりも幾分か遅いが、それでもあっという間に金属のパーツが銃の形になっていく。最後に弾の装填されていないそれをイヒカが顔の前で構えて、ガチンッと撃鉄ハンマーを鳴らせば作業は完了だ。

 これまで何度となく見た流れにシェイが「おおー」と声を漏らす。イヒカはそれを聞いて得意そうな顔をすると、「はい次ー」と言って別の銃を手に取った。



 § § §



 隊商キャラバンが街に着いたのはその日の夕方のことだった。ゴルジファを出て二日、盗賊に襲われることのなかった道のりを思って、シェイはほっとしたように肩の力を抜いた。


「――つーわけで、こっからいつもどおり別行動な」


 幌馬車の逗留所で、隊商キャラバンのメンバーを一箇所に集めたヒューがこの後の予定を告げる。


「朝になったら俺とイヒカ、それからジルの三人でイースヘルムに向かう。その間本隊には街道沿いを進んでもらって、うまく行けば六日後に戻ってきた俺らと合流できる予定だ。細かいことはトーズとグレイに伝えてある」


 そこまで言うと、ヒューはシェイに視線を向けた。


「シェイだが、イヒカの手は結構治ってきてるからお守り係は完了。本隊と進んでくれ。――トーズ」


 ヒューがシェイとは別の方に向かって声をかける。すると「はあいー」と気の抜けた返事と共に男が一人、小さく手を上げた。


「お前とシェイってまともに話したことあったっけか?」

「いんや、ちょこっとだけ。名乗ったくらいかな」


 そう言いながらトーズと呼ばれた男は帽子を取ると、シェイの方へと身を乗り出した。柔和な表情を浮かべた彼はヒューよりも若く、イヒカよりは年上だと思われる落ち着きを漂わせている。マスクを取らないのは彼が回復者スタネイドではないからだろう。周囲に避けるべき人目はない。


「俺のこと覚えてる?」


 優しい声で問いかけられて、シェイは大急ぎで記憶を辿った。


「えっと……副隊長さん、ですよね?」

「やだ俺この子好き。イヒカなんか一ヶ月経っても覚えてくれなかったのに」


 トーズが感動したように言えば、離れたところから「オレのことはいいだろ」とイヒカの嫌そうな声が上がった。それを聞いたヒューは「喧嘩なら後でやれ」と窘めると、再びシェイに視線を合わせた。


「本隊と進む間にいい場所があったらそこで降りてもいいし、地名が分かれば後で送れるよう手配する。何にしろ俺がいない間はトーズにそういうことは相談してくれ。それでいいか?」


 ヒューの言葉に周りの目が自分に向くのが分かって、シェイは少し居心地悪そうに身じろぎした。僅かに視線を泳がせたが、けれどすぐに「はい」とヒューを見上げる。そうして集まっていた注目が散っていくのを感じながら、シェイはこっそりと顔を俯かせた。



 § § §



 今後の予定の説明が終わった後、隊商キャラバンのメンバー達は各々の作業に戻っていた。大抵は幌馬車の確認とグイの世話だ。いつもなら雑用がないか聞きに行くシェイだったが、ヒューが一人でいるのを見つけて、「ヒューさん!」と慌てて彼の元へと駈けていった。


「ん?」


 不思議そうな顔でヒューがシェイを見下ろす。シェイは一瞬躊躇ったが、意を決したように口を開いた。


「さっきはああ言ったんですけど……僕も、イースヘルムに着いてったら駄目ですか?」


 その言葉にヒューの目が細められた。いつ人が来るか分からないため鼻より下はマスクで隠されていたが、それでも十分怪訝な表情をしているのだと分かる目だ。


「……あそこの危険性は理解してるんだよな?」


 探るような低い声にシェイの身体が強張る。だが何かを確認するように胸元へ手をやると、シェイは「はい」と短く答えた。


「お、シェイも来んの?」


 近くを通りかかったイヒカが嬉しそうに目元を綻ばせる。その声にシェイは辛そうに顔を歪めたが、既にヒューの方を見ていたイヒカはそれに気付かなかった。


「ならシェイ用の荷物も用意しないとな! いつものと、他に何か――」

「駄目だ」


 楽しそうなイヒカの声をヒューが遮れば、心臓を掴まれるような緊張がシェイを襲った。マフラーの下で唇を固く結びながらシェイが視線を彷徨わせていると、「なんでだよ」と不満そうなイヒカの声がその耳に届いた。


「シェイが行きたがってるんだったら前より状況的にはマシだろ? ならいいじゃん。せめてもう少し考えろよ」

「マシじゃないから駄目だと言ってる」


 低い声のままイヒカに答えたヒューは、厳しい目でシェイを見つめた。


「お前、イースヘルムで死ぬつもりだろ」


 シェイの肩がびくりと跳ねる。イヒカが訳が分からないとばかりに「は……?」と自分を見てくるのを感じながら、シェイは「お願いします!」と慌てて声を発した。


「ギョルヴィズを抜けるまででいいんです! それより先なら普通の人は来ない……ならあそこで死んでも、誰かに迷惑をかけることにはならない。だから……!」

「ふざけんなよ!」


 怒鳴ったのはイヒカだ。その声の大きさに周りにいた者達が三人に目を向ける。けれどイヒカは周囲のことなど全く目に入っていない様子で、怒りに溢れた顔をシェイへと向けていた。


「なんでお前はそうやってすぐ生きることを諦めるんだ!」

「諦めるしかないだろ!? 現実的に無理なんだから!」

「だとしてもギリギリまで粘れば何か方法があるかもしれないだろ!?」

「粘る時間なんてない!」


 シェイが声を張り上げる。イヒカの大声にも負けないその声は、怒声というよりも悲痛な叫びのような響きを持っていた。


「毎日毎日どんどん体温は下がっていく……今日計ったら二五度しかなかった。街を出てからまだ三日なのにあれから一〇度近く下がってる……! このままならあと一週間しか生きられないのに、どうして粘れると思うの?」

「ッ……まだ大丈夫だ! 一気に進行する時もあるけど、何日か変わらない時だってある! そういうのを繰り返して進んでくから一週間しか生きられないことなんてない!」

「それに何の意味があるの!?」


 シェイが叫べば、イヒカが辛そうに言葉を詰まらせた。


「一週間でも二週間でも変わらない! 体温が下がるごとに身体が重くなっていくのに……ちょっと悪化しない日があったからって、その時動けるような体調じゃなければ何の意味もない……!」

「意味はあるだろ、時間ができるんだから!」

「自分で動けないなら時間なんてないのと一緒だ!」

「お前が動けなくても周りにできることはあるじゃねェか!」

「それが嫌なんだよ!」


 力いっぱい声を吐き出して、シェイは再び息を大きく吸い込んだ。


「自分のために周りに迷惑なんてかけたくない! 今だってろくに役に立つ仕事もできないし、盗賊に襲われたら隠れなきゃならない! 仮に僕が盗賊に見つかれば、そのために命を危険に晒すのは僕じゃなくて僕以外の人だ! 僕が生きていたらそれだけで迷惑がかかる! 迷惑をかけてまで生きていたくないんだよ!!」

「それでもお前に生きていて欲しいと思う奴はいるかもしれないだろ!?」


 イヒカがシェイの肩を掴む。その力と言葉に泣きそうな表情を浮かべたシェイだったが、すぐにイヒカの手を振り払った。


「その人のためだけに他の大勢に迷惑をかけるの? そんなことをしたってその人が苦しむだけだ!」

「じゃァお前は家族が同じこと言い出したらどうするんだよ! 何もせずそのまま素直に死なせるのか!?」

「ッ……それは……」


 シェイの口が動きを止める。それまでの勢いを失ったかのように顔を強張らせるその姿に、「お前が言ってるのはそういうことなんだよ!」とイヒカが怒声を浴びせた。


「残される側の気持ちを少しは考えろ! 迷惑かけたくないって他人を気遣えるのに、どうしてお前が死んだら嫌だって思う奴のことは考えられないんだよ! お前が考えるべきはその他大勢じゃなくてそういう奴のことだろ? 全部悟ったような顔して諦めるんじゃなくて、ちゃんと自分を想ってくれる奴らのためにできることを考えろよ!!」


 叫ぶように言ったイヒカは泣きそうな顔をしていた。それを見たシェイの顔もまた同じように歪む。だが二人共睨み合うばかりで、どちらも言葉を見つけられないでいるのは明らかだった。

 そんな二人の様子にそれまで黙って聞いていたヒューは困ったような顔をすると、「あー……」と小さく声を漏らした。


「とりあえず何だ、イヒカは仕事してこい。グイの世話とか手が足りてないだろ」

「……手伝ってくる」

「おう、よろしく」


 イヒカが二人に背を向けて歩き出す。それを見たシェイもはっとしたように「僕も手伝いを、」と言いかけたが、言い切る前に「シェイは駄目」と肩をヒューに掴まれた。


「お前さんは俺の手伝いな。ちょうど荷物持ちが欲しかったのよ」

「荷物持ち……」


 シェイは自分の手とヒューを交互に見比べて、「……分かりました」と居心地悪そうに頷いた。

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