第701話 『氏政と。久しぶりに?純久ぶち切れる』(1582/7/29) 夜 

 天正十一年十月二十九日(1582/7/29) 夜 在京大使館(小佐々事務所)<純正>


「ささ、まずは一献」

 

 俺は氏政に酒を勧め、叔父さんは氏規や家老の板部岡江雪斎に勧めている。


かたじけのうございます。では、ご返杯を」


 氏政も上機嫌で、俺に杯を返してくる。氏政は数えで45歳、氏規は38歳、江雪斎は46歳だ。前世の俺より年下だが、当たり前だが戦国歴は長い。


 俺はここで、言いにくい事をはっきり言わなければならない。


 それは、北条が信長暗殺計画(失敗)に加担していたという事実だ。空衆と石宗衆、情報省の総力を挙げた調査の結果、資金援助と武器提供の物証が発見されたのだ。


 当初は難航していた捜査であったが、地道に探り続け、ようやく掴んだ。





 宴もたけなわ、全員がほどよく酔っている。


「さて、相模守殿」


「なんでございましょう、内府殿」


 氏政は少し赤みがかった顔で俺を見る。酔ってはいるが、氏規、江雪斎ともに正気である。


「……公方様は、息災であろうか」


「「「! !」」」


 俺のその一言に三人は凍り付いた。


「……はて、何のことでしょうか。それがしにはとんと覚えがありませぬが」


 氏政は冷静を装いながらも、微妙に声が震えているのが分かる。俺はそのまま続けた。


「まあ、それは良いでしょう。……北条家が中将殿を害する謀を企み、刺客の一味に金と武器を融通しておった証が挙がっているのですが、如何いかがかな?」


 その言葉に、氏政は驚きの表情を隠せない。氏規と江雪斎も同様だ。義昭の加担は想定済みで、しかもどうでもいい。影響力など皆無となっていたからだ。


「事実無根にござる! そうでしょう兄上!」


然様さよう! 斯様かようなこと、あってはなりませぬ!」


 驚き困惑した氏規と江雪斎が、ほぼ同時に俺に向かい叫び、氏政を見た。


 氏政は黙って目をつむり、杯を一杯一気に飲み干して、言う。


「……氏規、江雪斎、お主たちには知らせておらぬが、これはわしが独りで考え、下知したことだ。無論、新政府へ加わる事となり、一味へは謀を止めるよう命じておった」


 その言葉に、氏規と江雪斎は開いた口が塞がらない。言葉を失い、どうすべきか考えがまとまらないのだ。


「そーんーなーこーとーがー、まかり通るか! ! !」


 がしゃんと音を立てて、氏政の目の前で叔父さんが投げつけた杯が膳に当たり、料理と酒が飛び散った。


「無礼な! 何をなさるか!」

 

 氏規が叔父さんに向かって怒鳴り、江雪斎も叔父さんを見る。氏政は黙って座ったままだ。


「何が無礼か! 斯様なこと、何故なにゆえすぐに知らせない? 知らせておけば宿を変え、行く道を変え、警固の人数を増やしておいたものを! 止めるよう言ったが聞かなかった? 然様なげんがまかり通る訳がないであろう! よくよく考えて見なされ、いずれの側に理があろうや!」


 叔父さんの怒りの声に、部屋の空気はさらに張り詰めた。しばらくの沈黙の後、氏規が重々しい口調で口を開く。


「……治部少輔しょうどの、まこと仰せの通りにございます。どうかお怒りをお収めくださいませ。この通りにござる」


 氏規は叔父さんに対して頭を下げ、さらに続ける。


「兄上、斯様な重き事、我らに一言もなく行うは大きな過ちにござる」


「我らは新政府に与し、この日ノ本の静謐せいひつをになう立場となったのです。先の戦に関してもなんらとがなく、所領も安堵あんどにて万事つつがなく進んでおりました。殿、この儀についてはしかと弁明し、しかるべき償いを致さねばなりませぬぞ」


 そこまで聞いていた俺は、氏政に聞く。叔父さんはまだ憤慨して酒を飲んでいる。珍しい……いや、こんなに感情を露わにする叔父さんは初めてかもしれない。


「さて相模守殿、此度こたびの仕儀、如何するおつもりか」


 俺の言葉を聞き、氏政は杯を飲み干して立ち上がると、バサッと服をはたいて俺の目の前に進み、座って平伏した。


「内府様、此度の仕儀、すべてこの氏政の不徳のいたすところにございます。子細は先ほど申し上げた次第にて、弁解もございませぬ。如何いかなる戒めをも負う覚悟にございます」


「……あい分かった。然れどこの儀はそれがしの一存では決めかねるゆえ、中将殿ならびに他の方々とも諮って、おって沙汰いたすこととする」


 俺はそう言って座を中断させ、氏政、氏規、江雪斎の北条一行を宿舎へ帰らせた。すぐにでも信長に会おう。





 翌朝、俺は信長に書状を送った。信長は在京中であり、織田の宿舎に行くのは人目に付きすぎるため、信長を大使館に呼んで話をすることにしたのだ。


「内府殿、今日は何の用向きか?」


 数日後に大使館を訪れた信長の声には、厳しさが感じられた。なんだか俺の用件を見透かしているかのようだ。


 深く息をついて、話し始める。

 

「中将殿、過日お話しした、北条と公方様の件、覚えておいでだろうか」


「覚えても何も、殺されかけたのだ。忘れるはずあるまい」


 まあ、そうだよね。想定問答だ。


「実は此度、その証がみつかりましてな。そこで数日前に氏政一行を招いて、真偽の程を正したのです」


「で、あろうな。の間の言問の席にて様子がおかしかったゆえ、もしやと思っておったのだ」


 俺は苦笑いをして答える。


「さすが中将殿、子細は後からお話しますが、氏政が謀っておったようで、氏規も江雪斎も知らなかった由。新政府に与すると決めた後、一味に止めよと命ずるも聞かず、此度の仕儀となりました」


「ふむ」


「それがしも色々と考えましたが、中将殿のお考えを聞かねば決めかねまする。切腹、隠居、所領召し上げとありますが、如何いたしましょうや」


「ふん、このわしに手をかけたのだ。気持ちとしては切腹の上所領を全て召し上げ、と言いたい所であるが、そうも行かぬであろう?」


「は。そうなりますと、北条側も相応の抗いをみせましょう。戦になるかと存じます」


「であるな。ならば、そうだな。氏政には責めを負う形で隠居してもらい、氏直に家督を継がせよう。それから、所領は……武蔵、相模、伊豆を残して召し上げ、これで如何じゃ?」


「はい。それがしもその様に考えておりました」


「うむ。腹の虫が収まらぬが、まあ良いであろう。呑むかのう……」


 信長の問いに対して俺は答える。


「呑まなければ、致し方ありませぬ」


「……そうよの」





 次回 第702話 (仮)『公方の京都帰還と北条の減封、佐竹と宇都宮』

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