第700話 『街道、馬車鉄道、鉄道、湊』

 天正十一年十月二十九日 政府庁舎


 本能寺の変が、変とならずに乱で終わり、政府庁舎では引き続き会議が行われていた。


「方々、先だって決められた街道とみなとの整え、遊技場(競馬・賭博・宝くじ)を設ける儀にござるが、まずは街道を整える策を論じたいと存ずるが如何いかに?」


 織田信長が即座に応じた。


「内府殿、同意いたす」


 万座も同意し、街道の整備の議論が始まる。


「ではまず論ずべきは、何処いずこに、如何ほど、如何にして整えるかにござろう。わが領内は以前より進めておった故、除いて頂いて構いませぬ。まずは何処に設けましょうや」


 純正は織田信長の言葉を受けて、全員に向かって問いかけた。


 真っ先に口を開いたのは勝頼である。

 

「内府殿、甲斐・信濃の山岳地帯の整えが急務かと存じます。東西の往来の要衝でありながら、険しい地形ゆえに整え備えるのが難しゅうございますゆえ」


「ふむ、では整え備える事をまとめて整備と呼びますが、武田殿の領国である甲斐・信濃を最も早く整備すべきとの事であるが、他の方のお考えは如何に? 新政府の庁舎は大阪に出来まする。堺から京まで、京から美濃・尾張・岡崎まではすでに中将殿と徳川殿で整備が終わっておりましょう。淡海(琵琶湖)沿いの小浜ヘ向かう街道も浅井殿が整備されておられる」


 純正はコンクリート舗装の現状を伝え、残った部分の優先順位を決めようとしたのだ。


「内府殿のご指摘、誠にその通りでございます。然りながらわが岡崎から武田殿の駿河をへて、相模守殿の小田原までの街道が、まだ十分に整備されておりませぬ。東西の往来を考えますと、この間の整備も急務かと存じます」


 家康が慎重に言葉を選びながら発言すると、北条氏政も意見を述べる。

 

「然に候。加えて、関東と上方を結ぶ街道の整備も同様に急務かと存ずる。特に武蔵から上野を経て信濃へと至る道筋の整備が要るかと存じます」 

 

「内府殿、わしとしては北陸道の整備も案を提じたい。若狭から越前、加賀を経て能登に至る道は、日本海側の重き道となりましょう」


 信長が付け加えた。


 純正はこれらの意見を聞きながら深く考え込んだ後、発言した。


「方々のお考え、よく承知いたした。どれも重き街道ゆえ、いずれがもっとも重しかを判ずるのは難しゅうござるが、如何いかがでござろう。時はかかるかもしれぬが、皆一斉に取りかかるというのは」


 純正の提案に対し、各大名たちは一瞬の沈黙の後、それぞれの意見を述べ始めた。

 

「内府殿のお考え、もっともにございます。然れど一斉に取りかかるとなれば、人手と銭の配分が難しゅうございませぬか。我が甲斐・信濃の山々での賦役は特に難しかと存じます」


 勝頼が最初に口を開いた。続いて家康だ。

 

「然り。各街道が如何ほど難しかを考え、相応の配分が要るかと存じます。また、整備の進捗状況に応じて、随時整える事も肝要かと」


 氏政が付け加える。

 

「加えて、各領国の境の整備を如何に進めるかも題目となりましょう。如何に力を合わせるか、その関わり合いを深めるのも重き事かと存じます」


「確かに一斉に始めるのは望ましい事ではあるが、職人や材料を如何にして揃えるかも考えねばなるまい。まずは各々で能うる箇所から着手し、順次拡げていくのはいかがであろうか」


 信長が他の大名の意見を聞いて折衷案的な意見を述べた。


「中将殿、方々もそうですが、それでは新政府の意味がありませぬが……。新政府の予算、その年要るであろう算用をあらかじめ決めようとの言問の場にござる。そしてその新政府の入米は、石高に応じてそれがしも含めて、方々からいただくものにござる。自らが出した銭は、街道の件も、過日の療養所の件も、すべて遅かれ早かれ自らに還ってくるのです」


 純正の言葉を、全員が黙って聞いている。


「主たる街道の整備に関しては国が公の生業として行う。それ以外の領国内の街道についてはそれぞれが、それぞれの裁量で行えばよろしいかと存じます」


 やはり、全員が自国ファーストである。

 

 本当は新政府の負担金拠出に関しても不満があるのかもしれない。領主として各国の自治を行いながら、新政府の一員として、国として予算を負担するという感覚を根付かせるには、まだまだ時間がかかるのだろうか。


「如何でござろうか、方々」


 純正が問いかけると、再び重々しい沈黙が場を包んだ。

 

 各大名は自領の利益と新政府の目指す統一のバランスを取る難しさを感じていた。しかし、最初にその沈黙を破ったのは北条氏政だった。


 はあ……と純正は溜息をついた。それも全員にわかるように、隠そうともせずだ。要するに、金出したくないんだろう? 純正はその言葉が口から出そうなのを必死でこらえる。


 ……。

 ……。

 ……。


 誰も口を開かない。


「では方々、こちらをご覧下さい」


 純正はそう言って、負担金比率の一覧表と、前もって見積もっていた街道整備の費用の内訳を見せた。


 



 小佐々家 47.56%(115,573.31貫)

 織田家 26.17%(63,633.53貫)

 北条氏 10.06%(24,464.94貫)

 武田家 7.46% (18,122.61貫)

 徳川家 2.88%(7,000.87貫)

 里見家 2.41%(5,857.69貫)

 浅井家 1.86%(4,521.30貫)

 畠山家 1.20%(2,916.20貫)

 大宝寺家 0.40%(972.07貫)


 総額243,016.25貫


 ※中山道(岐阜~諏訪~高崎~大宮~日本橋)

 455km(90,061.25貫)


 ※東海道(岡崎~浜松~小田原~日本橋)

 330km(65,607.50貫)


 ※北陸道(小浜・東野山~金ヶ崎~金沢~富山・七尾)

 227km(45,581.25貫)


 ※甲州街道(日本橋~甲府~下諏訪)

 212km(42,191.81貫)




「これは……」


「二万人の人夫を使って約九ヶ月半で終わるおきて(予定)にござる」


 全員が声を失っている。金、金、金……。そう思っているのだろう。街道整備が重要だと分かっていても、具体的に必要な金額を聞けば言葉を失うのだろうか。


 しかも、直接自らが領内を整備しているわけではない。





「内府殿、ここはいったん……ゆるりと考えて、後日答えを出す、でいかがか?」


 信長の発言に、純正は無表情で答えた。


「わかりました。そういたしましょう」


 ああ! もう面倒くせえ! 最初に全部俺が出して、無利子無担保で、後から回収するようにしようか! 面子をつぶすもくそもねえ! 全く前に進まねえじゃねえか。


 純正がそう考えて、今回の会議を閉会しようと思っていた時である。近習が報せをもってきた。


「何事か?」


「は、つぶさにはこちらの書面にて」


 純正は言われるがままに書面を見て、溜息をつく。


「あい分かった。ご苦労、下がるが良い。方々、ではこれで此度こたびは仕舞いといたしましょう。ああ、それから相模守殿、遠路関東からお越し頂いて、盟主としてもてなしも致しておりませんでした。今宵、宴を開きます故、如何か?」


「おお! これは有り難い!」 


 氏政はそう返事をし、閉会となった。





 次回 第701話 (仮)『氏政と。久しぶりに純正ぶち切れる』

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