第699話 『経済格差と賭博場と競馬』

 天正十一年七月十日 政府庁舎

 

「方々、此度こたびは日ノ本を如何いかにして栄えさせるか、以前より論じき題目の、つぶさなる策を論じたく存ずる。まずは国々の間に見受けられる、富の配分の隔たりを如何にして埋めるかにござる」


 要するに、純正が治める肥前国と、それ以外の国の格差をいかにして埋めるか、どうやって経済成長させるかである。ベルリンの壁崩壊後の東西の経済格差や、EU間の経済格差と考えれば良いかもしれない。


 状況は、もっと深刻である。

 

 信長が口を開いた。

 

「まずは、畿内を含めた北と東の田畑における生業を、治し良くしていくことが急ぎであろう。寒き地でも作物が良く育つ様に工夫をし、治水もせねばならぬ」(農業開発・治水)


 勝頼が続く。

 

「田畑の生業のみならず、物を作り出す業もまた重し。鍛冶場や織物工房を多く設け、金山の産物を活かすべきかと存ずる。また職人を育つ事も行うべきでございましょう」(商業改善・鉱山開発・技術者育成)


「街道を整うるもまた重し。道や橋を整え、物の流れを滑らかに致さば、商い盛んになりましょう」


 勝頼、次いで家康の提案に、長政がうなずきながら話を継ぐ。

 

「医術の備えもまた強めねばならぬ。診療所を設け、領民を健やかなる有り様に保つ事で、死を減らす事能いまする」(医療改善)


「学び舎を増やす事も忘れてはならぬと存ずる。幼子の頃から学べる仕組みをつくれば、元服後には国のために役立つ者が数多く生まれるに違いありませぬ」(教育改善)


 と発言するのは畠山義慶である。こうなるとせきを切ったように言いたい事が出てくるから不思議だ。


 結局のところ全員が自領の発展を願っている。最終的にはそれが新政府である大日本国の発展につながるのであるが、今のところはまだ、自国ファーストが強い。信長でさえそうなのだ。


「様々な生業を探し、生み出し、現地の名だたる品を活かして、今ある値に新たな値を付けた品を多く産み、外に売る事で商いを盛んにすることも肝要にございます」


 正木憲時(里見義重名代)が発言すると、大宝寺義氏、北条氏政も続いた。様々な意見が交わされ、出尽くした頃に純正が締めくくる。


「方々のお考え、全て重き事かと存じます。されど一度には出来ませぬ。最も先にやらねばならぬ事はなんでござろうか? ああ、それから浅井殿のお考えは至極ごもっとも。されど医に関しては先だって予算が出たばかりにござる。故に此度は他の事からと存じます。浅井殿、よろしいか?」


 異存ございませぬ、と長政は言い、優先順位を決めるために決をとった。挙手ではなく項目に番号を付け、優先順位の高い順に書いてもらい集めて開票したのだ。





「方々、よろしいでしょうか。決をとった果によりますと、街道とみなとを備え整える事が、最も成すべき事となりましてございます。では、よりつぶさに、街道と湊に分けて論じたいと存じます。何処いずこに如何ほど、如何なる様に備え整えるか、お考えを伺いたい」


 純正が開票の結果を伝え、優先順位一位となった街道と湊の整備について、詳細な議論を促した時である。


「方々、よろしいか。これまで如何にして国を富ますかという事を論じてきたが、ひとつ、突拍子もない事かもしれぬが、よろしいか」


 信長が発言した。


「なんでござろう」


 純正をはじめ、全員が信長の顔を見る。いったいどんな事を言うのだろうか。


「博打場を、設けるのはいかがか?」


 一瞬、場内が静まり返った。誰もがその意図を探るように信長を見つめている。


 武田勝頼が口を開く。

 

「中将殿、今何と仰せか。それがしには博打場と聞こえましたが」


 信長は微笑みを浮かべ、続けた。

 

「然様、博打場を設けるのはいかがか、と申し上げたのだ。賭場はとかく悪しき思いを人々に抱かせるが、それは何ゆえじゃ? 自らの分をわきまえず、実入り以上の金を隠れて使うからにござろう。それ故卑しきこと、恥ずべき事となるのではないか?」


 その言葉に場の空気が再び緊張感を帯びる。武田勝頼が疑念を含んだ声でさらに聞く。


「中将殿、ればこそ、博打場を設けるにあたっては構えなければなりませぬぞ。れが卑しからざるもの、恥ずべからざるものとなり、つ新政府の入米となる銭に変わる手立てはおありなのですか?」

 

「無論の事、その儀については営むにあたり、厳に則(規則・基準)を設け、新政府が統べる事が肝要でござる。例えば賭け金の限りを決め、身分の証となる物を見せる事とする。これにより自らの分をわきまえて楽しむ事とするのだ。賭場から得た銭は公の賦役の賃金に充てればよい」

 

 信長は微笑を浮かべながら答えた。それを聞いた家康は考え深げに信長を見つめ、口を開く。

 

「確かに、それであれば賭博の害を抑えられましょう。然りながら賭博に依る者が出てきた時、日々の営みが窮する事を防ぐための策も、要るのではございませぬか」


「その点も十分に考えておる。違えた者には罰を科せばよいし、何もこれは賭場に限った事ではない。例えばくじを引いて当たりとして銭を渡す。これも賭博の一つであり、花札やさいの目で賭けなくても良いのだ。戦はなくなったとは言え軍馬は要るであろう? 調練の一つとして競り馬を昼間に行っても良い。賭け事というより、楽しみの一つと考えればよいのだ」


 信長は頷き、家康の問いに対して説明を加えた。

 

「つまりは、賭博も含め、様々な娯楽を通じて民の生活を豊かにし、商いや物の動きを盛んにさせる、という事にござろうか。ではつぶさには、如何に始めるべきでしょう?」


 との問いは正木憲時である。


「まずは試みとして一所(一カ所)で始めてみるのが良いであろう。首尾良く成せば、他にも広げる事能うであろう。障り(問題)があれば速やかに処す事も肝要だ」


 信長が答え、各自が意見を出し合う。


「方々、それでは街道と湊を整えて備え、試みに何らかの賭博を政府の導きで行う、これでよろしいか? 次回の会合はさらにつぶさに論じる事にいたしましょう」


 議論が出つくした所で、純正がまとめに入った。反対なしで次回につながったが、いくら予算が必要かわからない。


 それにしても賭博は昔からあったが、宝くじは江戸時代の富くじからではなかっただろうか。競馬にいたっては戦後? 信長って本当は転生人? そう思う純正であった。





 次回 第700回 (仮)『街道、馬車鉄道、鉄道、湊』

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