第634話 『織田水軍から織田海軍へ、イスパニア情報の収集』(1577/10/13)

 天正六年九月二日(1577/10/13) 岐阜城


「何? 小佐々から参陣の求めが来ただと?」


「は、これよりイスパニアなる南蛮の国と戦をするゆえ、海軍の参陣を求めると。水軍とは呼ばず、海軍と。されど強いるものではなく、判は委ねるとのことで、その代わり商いによる益を是正すると申しておりました」


「ふ。判は委ねる、か。例(当然)ではないか。まあ良い。是正とは、商いによる益の偏りが間違っておると認めておるのか?」


に候わず。しかれども、五年は猶予を設けるとの事にございました。いかがいたしましょうか」


「ふむ……。含むところはあるだろうが、五年の猶予はありがたかろう。その間に小佐々の技術を盗み、少しでも敵うようにせよ。また水軍……まあ海軍でもどちらでも良いが、我らの海軍が小佐々に劣っている事は知っておる」


 信長は考えている。


「その我らの助力を請うとは、イスパニアとやら、どうやらこれまでの敵とは違うようだ。まあよい。小佐々の戦、この目で見るのも良いであろう。『応』と返事せよ」


「はっ。……お待ちくだされ。殿、いまこの目で見ると仰せにございましたか?」


 光秀は引きつった顔で信長に尋ねた。


「無論だ。我が領内の治は、既にわしがおらずとも良かろう。良し、諫早にも遣いを出せ。信忠を参陣させよ、とな。織田海軍の初陣じゃ」


 実際に織田海軍は伊勢長島の一向一揆いっき鎮圧に出動しているので初陣ではない。しかしその後は海戦らしきものもなく、災害派遣や物資の輸送にあたっていたのだ。


「はは」





 ■十月一日(1577/11/10) 諫早城


「そうか。セブ島付近の敵の兵力はこれで間違いないか?」


「は。何度も確認しておりますゆえ、間違いはないかと」


「うむ」


 ※ビサヤ地方 スペイン軍兵力


 ・セブ島……守備隊(原住民含む)約1,000名、サンペドロ要塞増強済。火砲は40門。

 

 ・対岸のマクタン島……守備隊(同上)約1,000名、新設要塞。火砲は20門。三方を海、南西の川を堀として北東部分の約1.3kmの長さを城壁で覆う。


 ・東のレイテ島、南のボホール島、西のネグロス島に要塞と陸上兵力を増強中。


 ・マクタン島とボホール島の間にあるオラゴン島やバナコン島にも台場を造成中だが、大砲の射程の関係で海峡を通過する船舶の完全な排除はできない。


「これは、さすがだな。たった五年でここまでやるとは」


「御屋形様、笑い事ではございませぬぞ。敵の備えが整わぬうちに打ち入る(攻め入る)というこたびの策、幸いにございました」


「ははははは。済まぬ。海軍はいかがじゃ? 敵の海上戦力はないのか?」


「は。それに関しましては、わが海軍における駆逐艦ほどの大きさの船が、三隻ほど確認されております。いずれも荷船の護衛について動いているようで、三隻がみなとにいることはまれにございます」


「うむ。さようか。わが陸海軍の編制はいかがじゃ?」


「第一艦隊から第三艦隊まで編制ならびに訓練はほぼ完了し、練度の維持に努めております。第四艦隊に関しましては回航し、伊勢にて織田海軍と合流する形となります。ただ……」


 海軍大臣の深堀純賢が口ごもる。


「ただ、なんじゃ?」


「は。こたびの戦には、織田海軍の旗艦に左近衛中将様が座乗する由にて、ご子息の勘九郎殿にも、観戦武官として乗艦させるようにとの求めにございます」


 純正はまたか、と思った。無茶振りもここまでくれば、あきれるしかないが、腹が痛む話でもない。


「まあよいわ。ついでに海軍士官のほれ、何といったかの? 九鬼……ああそう、九鬼澄隆も海軍だったろう? もう練習航海から戻ってきておるのか」


「は。確か海兵を卒業してすぐに練習艦隊に乗り込んでおりますゆえ、戻っていずれかの艦か隊におるかと存じます」


「さようか。では望む通りにするが良い。陸軍はいかがじゃ? それから兵站へいたんに関しては?」


『ははっ』と純賢が答えた後に、陸軍大臣の深作治郎兵衛兼続と国交大臣の遠藤千右衛門が答える。


「ごほっ……。抜かりはありませぬ。内城の第四師団、息子の……いや、失礼しました。深作宗右衛門少将が準備を始め、順次台湾へ全軍を動かしております……ごほ」


「大丈夫か?」


「大事ありませぬ。されど寄る年波には勝てませぬ故、この戦を最後に、隠居いたしとうございます」


 深作治郎兵衛兼続(64)。

 

 純正が転生してからずっと、譜代の家臣として支えてきてくれた老臣であり功臣である。純正の父の政種よりもひとまわり年上で、祖父の代から仕えている。


「うむ。あいわかった。治郎兵衛の功は片時も忘れた事などない。戦が終われば隠居を許す。そういえば海軍の姉川惟安も、退役して隠居しておったな。むしろ、遅かったのかもしれぬ。許せ」 


 姉川惟安は、元少弐家の家臣である。龍造寺家との争いにて降るのを良とせず、落ち延びたのだ。そこを純正が人材雇用の必要性から召し抱えた。


 その惟安は、すでに68である。


「とんでもありませぬ。この兼続、最後のご奉公、務めさせていただきます」


「うむ」


 しんみりとした空気の中、千右衛門が発言する。


「兵站につきましては障りはありませぬ。台湾に備蓄してあった兵糧矢弾をそのままマニラに移し、薩摩より琉球を介して台湾へ運んでおります」


「うむ。どれほどの備えじゃ?」


「は。四個艦隊と一個師団の兵にて、おおよそ半年の備えかと。それ以上は預かるための建屋がないため能いませぬが、順次荷船にて送る事能いまする。新たに建屋をこしらえまするか?」


「そうか。あい分かった。建屋は新たにはいらぬ。……琉球へは知らせを送ったな? 返書はどうだ? 明の動きは?」


「いまだ返書はありませぬが、特に反対はないかと存じます」


 外務大臣の利三郎が答えた。


「明に関しましても、その後は目立った動きはありませぬ。ただセブとの間に荷船が盛んに行き来しているのみにございます」


 情報省の藤原千方だ。


「そうか。万事つつがなく運んでおるな。さあ、イスパニアよ。いざ戦わん」





 次回 第635話 『織田海軍と第四艦隊、信忠と澄隆の乗艦』

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