第561話 和睦交渉を左右する所口湊の海戦と七尾城の戦い

 天正元年 四月六日 巳の一つ刻(0900)


「なんぞ(何だ)あれは? 如何いか様にも(どうみても)兵船ではないか! しかも、上杉の兵船、船手衆ではないか!」


 来島通総と得居通幸が、七尾湾に停泊する三百艘の上杉水軍の軍船を発見したのだ。


「なにゆえ、何故能登に上杉の船手が……かように多き兵船がおるのだ?」


 通総は動揺を隠しきれないが、兄で補佐役の得居通幸が答える。


「お味方であるはずの能登の所口湊に、敵の上杉の兵船がかようにも多く集まっておるのは、いくさに他なりませぬ。てまた(さらに)、上杉の荷船は捕らえ、兵船は沈めよとの命にございます。続く船に知らせ、軍の支度をさせましょう」


「う、うむ」


 こうして小佐々家中の大名船団(小佐々水軍)と、上杉水軍との七尾湾海戦が始まった。 





 ■巳の四つ刻(1030) 穴水城


「やはり、こちらに集まった勢は千五百ほどか……。兵糧矢玉はふんだんにあるゆえ、一年は持とうが、力攻めをされると如何いかんともし難いな……」


 穴水城主(父親が亡くなり、その前に家督も継いでいたため)の長綱連は、備蓄目録を見ながらうめいていた。


 籠城は援軍ありきの戦術であるが、援軍の当てがない。


 小佐々の大軍が越中に向かって上杉と決戦をするのは聞いていたが、能登の防衛までは協力してもらっていないのだ。


 内輪もめなど予想外の事である。


 小佐々の水軍が輪島沖をぐるりとまわっているのは聞いていた。しかし、その目的がわからない。上杉との戦い、というのを考えれば、越後方面であろう。


 七尾城が敵方になった情報は、航行中の小佐々水軍は知るよしもない。


 それを踏まえて、綱連がどうやってこの先をやり過ごすかと考えていたとき、近習が走ってきた。


「申し上げます! 上杉の水軍が、内海(ここで言う七尾湾)にて船軍ふないくさをしております!」


「なんじゃと? 何処いずこの船手と打ち合うて(戦って)おるのだ?」


「それが……せんだってお話のあった、お味方のようでございます……」


「権中納言様の船手か?」


 綱連は報告を聞くやいなや、そう言って城の一番見晴らしの良い場所へいって確かめる。


「おおお、これは……僥倖ぎょうこうぞ! 孫七郎殿! 孫七郎どのはおらぬか! 九郎も呼ぶのだ!」


 近習が孫七九郎(原田孫七郎・小佐々家臣)と九郎(弟の長連龍)を連れてやってくると、綱連は状況を話し、今こそ討って出て攻撃を加え、父の敵を討とうと説明する。


「佐兵衛様(綱連)、お気持ちは良くわかります。然りながら、今はまだその時ではございませぬ。この軍、わが方の勝ちが見えておりますが、いましばらく有り様(様子)を見た方がようございます」


「兄上、それがしも兄上と同じ思いにございます。然れど、ここは孫七郎殿の言うとおり、いましばらく有り様を見た方が、こちらの失を控える(抑える)事になりまする」


 綱連は自分の考えをやんわり否定された事に不満ありげな素振りを見せたが、それでも納得し話を続けた。


「左様か。まあ、二人がそこまで言うのであれば止めた方が良いのだろう。然れど孫七郎殿、先ほど勝ち筋が見えておると言うておったが、如何なるあや(理由)にてじゃ?」


 そこだけが疑問である。


「そ(それ)は、よくここから船軍ふないくさの有り様をごらんになれば自ずと見えてまいります。穴水の湊にとまっておる敵の船手は、全体の三分の一ほど。半数以上は南の所口湊へ停めているのでしょう。これはそれがしが放った忍びの知らせなのですが……」


 純正が義慶のために能登に派遣していたのは、原田孫七郎と戸塚雲海の他に数名いたが、孫七郎が先任である。


 不在の際は繰り上がって次席三席が指示を出せるように、忍びを数名配置していたのだ。


 孫七郎が素早く長綱連以下を避難させ、穴水城への籠城の段取りが出来たのも彼らのおかげである。


「その船手衆の半数以上が陸へ上がり、酒に女に博打に、遊興の限りをつくしておる有り様。無論、金を払ってではございませぬ。乱妨取りにございます」


「おのれ……上杉め! 何が義の為じゃ」


 戦国の様々な逸話は美談で語られる事も多い。


 しかしその暗部として、戦地で略奪行為を行うのは、ある意味下級足軽の収入源でもあり、士気を上げるために必要悪とされていたのだ。


「然りとてそれが、勝ち筋となっているのでございます」


 孫七郎はそうやって、眼下に見える湾内で水上戦を行っている船団を指さして言う。


「われらの船手は思う存分自在に動いておりますが、敵方、上杉の船は、ご覧ください。あまり動いておりませぬ」


「うべなるかな(なるほど)。まさに(確かに)動いてはおらぬな」


 綱連は納得するようにほおに手をやり、水上戦を行っている海域を見つめる。


「数百の兵船も、動かす衆がおらねばただの木の塊にございます。われらはこの軍が収りて、われらの船手衆が陸に上がるのとあわせて掛かるのが上策かと存じます」


「あいわかった。ではそのようにいたそう」





 ■同刻 七尾城の南西 枡形山


「申し上げます! 内海にて上杉の船手と、何処の船手かは分かりませぬが、ぞの船手と打ち合い(戦い)になっておりまする!」


「何と! ?」


 畠山義慶は傍らの大塚孫兵衛尉連家つらいえに向かって目を輝かせる。


「は、機が訪れた様にございます。何処いずこの船手かわからねど、我らの敵上杉に掛かりたる(攻撃している)はお味方も同じ。今こそ勢を率いて七尾城へ向かい、城に掛かりて打ち滅ぼすべきかと存じます」


 遊佐続光と温井景隆の謀反は明らかとなり、長続連が殺された事も報告があったのだ。


「うむ」


「おお、ここにおられましたか。修理大夫様。お聞きになりましたか?」


「これは右衛門尉殿。御助力、かたじけない。……聞いております。まこと、無念にござる」


 菊池武勝は阿尾城の無事を確認すると、二百の兵をおいて、残り八百を率いて義慶の援軍として来ていた。


「……それで、如何いかがなさるおつもりにございますか?」


「今が好機と考えまする。全軍をもって七尾城へ進み、掛からん!」


「それを聞き安堵いたしました。それがしも城を奪われた憾み、ここで晴らさず何処ではらせましょうか」


 三人は顔を見合わせて、黙って頷く。


「皆の者、よいか! これより城へ進み、謀反人遊佐続光、温井景隆を討ち取る!」


 おおお! という鬨の声と共に、畠山勢は七尾城へ向けて進んでいった。





 ■道雪本陣


「申し上げます! 上杉家家老、須田相模守殿がお見えです」


「うむ、通すが良い」 

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