第562話 勝てるのに、和睦する理由があるのか?
天正元年 四月六日 午三つ刻(1200) 越中 道雪本陣
「申し上げます! 上杉家家老、須田相模守殿がお見えです」
「うむ、通すが良い」
小佐々軍総大将立花道雪、副将高橋紹運の他、島津・三好・一条・長宗我部・龍造寺の主立った将が居並ぶ中、謙信の名代として陣中にやってきたのは須田相模守満親である。
「はじめてお目に掛かります、上杉謙信が郎党、須田相模守にございます。此度は拝謁の時をいただき、誠にありがたく存じます」
「立花道雪である」
道雪は尊大でもなく、低姿勢でもない。わずかに口元に見える笑みが、まるで仮面のように感情を表にみせない。
「さて、積もる話もござらぬゆえ、早速本題といたそう」
道雪が切り出した。満親は居住まいを正し、道雪に和睦の口上を述べ始める。
「は、然れば申し上げまする。わが主におかれましては、道雪殿と和睦いたしたく、それがし名代として罷り越しました」
「ふむ」
「今ここで打ち合いを始めては二日三日の事にござるが、津留荷留を含めれば一月近くにはなり申そう。道雪殿、いや権中納言様の勢は何百里(直線距離1,000km超)もくれぐれ(はるばる)とこの越中まできて、兵士も疲れ果てておるのではござりませぬか? 兵糧とて一年二年も持ちますまい」
「ふむ」
「……」
「……で?」
「さ、然れば、これ以上の兵の失も
満親は努めて冷静を装うが、道雪達の無言の圧がすごい。
「ふむ。……さて、各々方、いかがいたそう」
道雪は相も変わらず笑顔で、その奥でいったい何を考えているのかわからない。さらに他の諸将も余裕の表情である。
「和睦にござるか……」
島津義弘が発言する。
「道雪殿、一つよろしいか?」
「どうぞ」
「然れば相模守殿(須田満親)殿にお伺いいたす。そも和睦とは、互に
「如何にも、相違ござらん」
「して、取り合わねば(問題にしなければ)ならぬのが、互に益のあるときにと仰せだが、方々(あなた方)はともかく われらに何の益があるのでござるか?」
黙って首をかしげるものもいれば、うなずく者もいる。
「では有り体に申し上げる。正直なところ、われらも兵糧にそれほどゆとりがあるわけではござらぬ。然れど、それは方々も同じにござろう。加えて、わが船手衆が方々の船手(小佐々海軍)を破ったのはご存じか?」
満親はその発言で小佐々陣営に動揺が走ると思ったのだろうが、意に反して誰も驚かない。
「ふむ、噂には聞いておりましたが、誠にございましたか。……して、沈めたのですかな?」
「いや、沈めたとまでは聞き及んでおりませぬ。ただ全ての船の帆を焼いて船を動かせぬようにいたしたと」
「ふふ、ふふふふふ。……いや、詰めが甘うござるな。それがしは船手の事はよく存じ上げぬが、予備帆というのがあるようでな。表に出ておる帆を燃やしても、その予備帆を使って船は動くようですぞ」
「……? いったい何が仰りたいのですかな?」
「いまごろは修繕して、越後の海沿いを襲っておるやもしれませぬな」
「何を馬鹿な事を! 左様な知らせ、聞いてはおりませぬ」
「それは
「先ほどから聞いておれば、なにやら和睦をせずとも勝てるような物言いにござるが、加賀や飛騨は方々の所領ではござらぬでしょう? 能登が抑えられれば、小荷駄を動かすのも難儀するのではござらぬか?」
満親は小佐々海軍の件とあわせて、上杉水軍が能登を襲い、内輪もめを誘って味方に引き入れた事を暗に示した。
「
道雪は、わざと間を置いて続ける。
「神通川上流の、城生城が落ちたのはご存じかな?
全員の顔が険しくなる。
道雪は筑前岳山城での戦いで経験している。道雪以外も、全員が小佐々の近代陸軍の砲兵の威力を身にしみて経験しているのだ。
「信じられませぬか? 城生城を失ってもまだ、信に値せぬというのであれば、己が目でしかと確かめるがよろしかろう。それに、仮に、万が一和睦をいたすとしても題目(条件)が整っておらぬし、御屋形様にお伺いを立てねばならぬ」
「それは無論、おおせの通りにござる。では和睦の筋(可能性)はあるのでござるな?」
「無論にござる。ただし、勝ち筋のない
「それは、言われなくともそういたす!」
■夕刻 信濃から越後山中 山口村付近 第三師団
「参謀長、失はいかほどか?」
「は、千から千五百ほどかと」
「一割の失であるか……。上杉軍がこれほど強いとは。いかほど進んだのであろうか?」
「は、朝から進んでようやく半ばにございます」
「左様か……。皆も苦しいであろうが、辛抱だ。明日の夕刻には根地城までたどり着ければ良かろう」
「はは」
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