第539話 接舷乗艦と火矢攻撃、第四艦隊壊滅??

 天正元年 四月一日 午一つ刻(1100) 立花道雪 陣中


「殿、杉浦壱岐守様がお見えです」


「何? 壱岐守殿が?」


 九州の武士である道雪にとって、杉浦玄任(1517~)は見知らぬ人物である。道雪以外の、一番近い摂津三好衆にとっても知っている者は少ないかもしれない。


「よし、お通ししろ」





「初めてお目に掛かります。杉浦壱岐守にございます」


「戸次道雪にございます」


 二人とも初対面であったが、戦場という事もあり、かしこまった挨拶はしなかった。


「して、此度こたび如何いかなる御用向きですかな?」


「は、まずは越中への討ち入り(攻め込んだ事)、感謝申し上げまする」


 玄任は軽く頭を下げる。


「いやいや、我らは我らの当て(目的)ありて討ち入ったのみにござる。そのように頭を下げられるような事はしておりませぬ。どうぞ、お構いなく」


 道雪率いる大名衆は、玄任、つまり本願寺を助けるために越中へ進軍したのではない。


 純正の外交戦略上で上杉家と戦うようになり、陸軍の後詰めとして、謙信を越後へ退却させる事を目的としていたのだ。


に候か(そうですか)。然れど、当て所(目的)は違えど同じく謙信を敵とする者同士、会っておいた方が良いと思うたのです」


 なんとも言えない不思議な間合いで始まった会談であったが、結局対謙信戦で協力する事に合意した。


 玄任にしてみれば積極的に純正の軍勢を利用したかったのだ。


 道雪にしてみても、味方は多いに越したことはない。





「では、我らが川を渡りて謙信に臨んでおる間に、玄任どのは後ろより増山城に掛かる(攻める)という算段でよろしいか?」


「承った!」


「我らは明日、早朝より徒渉としょう(徒歩にて川を渡る事)を始めるゆえ、玄任殿は遣いの者をこちらに寄越しておいていただきたい。その者が報せに走り、それを機に打ち掛かっていただこう」


「委細承知。我ら七万の兵にて掛かれば、謙信とて退かざるを得ますまい」


 玄任はにこやかに笑う。


「壱岐守殿、油断は禁物にござる。いくさは何が起こるか分かりませぬ故」


「存じております。謙信とは何度もやりおうております故、用心いたします。それでは、これにて」


 そう言い残して作戦の概略を打ち合わせた後、玄任は陣をあとにした。


(さて、天骨(天才)と言われる謙信の武略、如何いかなるものか……)


 道雪は傍らに置いてある手紙を読みかえし、つぶやいた。





 ■飛騨国 越中国境 吉城郡 二屋村(二屋村・羽根村口)


 両側を斜面に挟まれた隘路あいろが続く街道は、幅が一間と少し(1.82mと少し)ほどしかない。


 その街道を足軽のみで構成された別働隊が行軍している。馬は置いてきた。


 離合などできる幅ではないし、山中からの伏兵など、敵と遭遇すれば囲まれて終わりだ。複数の物見を放ち、十分に安全が確保されてからでないと騎兵の進軍は危険である。


「申し上げます! 小佐々軍はすでに数日前に通っており、南からの街道の合わさる大無雁おおむかり、落合の村にはおりません」


 放っていた物見からの報告を聞いた斎藤喜右衛門(越中城生じょうのう城主、斎藤信利の家臣)は、ひき続き注意深く兵を進め、隘路を抜け開けた平地には出ずに、山沿いを隠れながら北上した。


 明日の今ごろには、塩屋村で待機し、様子をうかがっている小佐々軍の後背に到達できるだろう。


 もしくは、すでに出発して越中に入っているかもしれない。


(さて、殿からは、どちらの命が下るであろうか……)





 ■越佐海峡 霧島丸


 上杉水軍の軍船は、錦江湾で第一艦隊(当時)が戦った島津軍のようにはならなかった。


 錦江湾海戦の際の島津軍は、五十隻程度の大小様々な船が一塊となって直進してきたが、それが砲撃の餌食となり、狭間筒の的となったのだ。


 縦陣とも横陣とも言えない、方陣や円陣のような無秩序な陣形が、雨あられのように降り注ぐ砲弾に粉砕された。


 残った船も鉄砲に狙撃されて、完全に沈黙したのだ。


 しかし、今回は違った。


 秩序だった上杉水軍は、複縦陣でまっすぐ旗艦めがけて突撃してきた。加雲が陣形を変えて対応するも、すかさず追随し射線を確保させない。


 上杉水軍の先頭集団と旗艦の距離はぐんぐん縮まって、ついに接舷を許してしまった。


 こうなると大砲は役に立たない。取り囲んだ上杉水軍の兵士は強襲乗艦を試みて、かぎ縄を放り投げてくる。


 その集団とは別に、その周りを囲んだ船団からは火矢の雨が放たれる。


 完全に意図した行動であり、戦術である。旗艦である霧島丸を包囲し終わったら、二番艦、三番艦へと群がる。


「撃て撃て撃て撃て!」


 怒号が飛び交う中で霧島丸の甲板要員は、乗艦しようとする水兵を狙って撃とうとするが、眼下の小舟からも弓矢や鉄砲が射かけられ、要領を得ない。


「長官! このままでは本艦は拿捕だほされてしまいますぞ!」


「そのようなこと言われんでも分かっておる! おのれこの上は!」


 加雲は軍刀を抜き、艦橋から降りて舷側での戦いに参加しようとする。


「何をされますか! 長官が水兵同士の打ち合いに加わって如何いかがいたすのですか! 無駄死にですぞ!」


 もとより、加雲にもそれはよくわかっている。自分が死んでも次席、その次は三席と指揮権は移っていくのだが、士気の低下は否めない。





「申し上げます! マストに火の手が上がりましてございます! フォア、メイン、ミズン全ての帆に火の手が上がっております!」


 伝令が息を切らせながら報せてきた。マストに損害、帆が焼失でもしてしまえば、航行不能となる一大事だ。


「なにい! まずい、皆で力をあわせて消すのだ!」


 加雲以下、懸命に指示を送り消火を試みる。


 しかし折からの強風で火は大きく燃え上がる一方である。敵の乗艦を防ぐための白兵戦に人員を割かれてしまい、消火がままならないのだ。


 旗艦の霧島丸だけではない。足柄、羽黒も同じように炎が赤々と燃え上がり、もうもうと煙が上がっている。


 それでも、小佐々軍の誰も負けるとは考えていない。必死に防戦し、上杉軍を撃退しようとそこかしこで戦いが続いた。しかし状況は悪くなる一方である。


 このまま行けば、全艦拿捕の可能性すらでてきたのだ。もう一刻(2時間)ほど、一進一退の戦闘が続いている。


 じりじりと追い詰められていた、その時である。


 があん、があん、がああん!


 どんどんどんどん!


 突然、ドラと太鼓の音が鳴り響いた。


 大砲と鉄砲の音、怒号と斬り合う音の混ざりあった、まさに戦場の音が周りを支配する中で、かき消されることなくしっかりと聞こえるのだ。


 するとどうだろう。


 とたんに斬り結んでいた上杉兵は小佐々兵と距離を置き、舷側に走っていっては海に飛び込み始めた。


「なんだ? 一体何が起こっているのだ?」


 艦上にいた上杉兵は一斉に海に飛び込み、鈎縄で舷側を登っていた兵も同じく飛び込んだ。


 周囲を囲んでいた小早船は、霧島丸の船体から離れ、兵を乗せると距離を置くように離れていく。


 甲板上の兵士は矢を射かけたり鉄砲を撃ったりしたが、マストと帆の消火が先決である。敵である上杉兵を追う余裕などない。そんな事は、勝っている軍隊がやるものだ。


 足柄、羽黒以下他の艦艇にへばりついていた上杉軍も、同様に離れていく。


 やがて上杉水軍は、西の、佐渡方面へ向かって戦闘海域を離脱するように去って行った。


 海域に残ったのは、無惨にも帆を焼かれ、マストを損傷した八隻の小佐々海軍第四艦隊の艦艇である。





 ■第三師団、陸路にて北信濃の平倉城へ 4/5着予定。

 ■第二師団、吉城郡塩屋城下。

 ■杉浦玄任、井波城⇔守山城。

 ■大名軍、守山城にて着到待ち、軍議終了。

 ■城生城別働隊、喜右衛門。行軍中24km(54.5km)

 ■謙信、増山城で待機中。

 ■第四艦隊、交戦中。

 ■(秘)移動中

 ■(秘)移動中

 

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