第540話 満身創痍の第四艦隊、鼠ヶ関湊にて

 天正元年 四月一日 とり四つ刻(1830) 出羽 田川郡 鼠ヶ関湊


 第四艦隊は死傷者の処置とマストと帆の補修を行った。


 ようやく航行が可能となって出羽の側の越後国境の湊に入港したのは、日没直前である。


「なんという事だ、わが第四艦隊が、このような無様な負け方をするとは! 御屋形様に申し開きが出来ぬ!」


 司令長官の佐々清左衛門加雲は、机をドン、と叩いては何度も同じ事を繰り返し言っている。引き分け、とは言い難い。


 ひいき目に見ても負け戦である。


 大砲の射程と火力を活かすことが出来ずに接近を許したのだ。


 接舷攻撃を受け拿捕だほはされなかったものの、マストに損傷を受けて帆はほぼ燃やされてしまった。


 予備帆をつかっての航行しかできない。


 乗組員を上陸させ、休息をとらせる事はできたが、艦艇の修理に時間がかかるのは目に見えている。小佐々領内の軍港と同じような設備など、望むべくもないのだ。


 総帆分の綿布は、簡単に手に入るのだろうか?


 小佐々領内ではなく、しかも奥州である。小佐々領内では木綿も盛んに栽培され、帆布、衣類等々様々な用途に使われている。


 しかし他はそうでもない。比べると値段も高く量も少ないのだ。


 海戦に勝利できなかった事も含めて、そういった補給と修理の不安が加雲の頭を悩ませていた。





「長官、加賀屋与助と仰せの方がお見えです」


「何? (誰だ? 加賀屋というくらいであるから、商人であろうか?)お通ししなさい」


 乗組員にも慰労のために酒を許可し、休息を命じていたため、加雲も酒を飲んで寝ようとしていたところであった。


「初めてお目に掛かります。酒田にて廻船かいせん問屋を営んでおります、加賀屋与助にございます」


 見ると三十代後半の、体型はシュッとしているが、笑みをたたえたやさしそうな男である。


「加賀屋、殿にござるか。……して、その加賀屋殿が、それがしに何用でござろう」


「はい、然れば、お困りの事はなかろうかと思い分きて(考え判断して)まかり越しましてございます。われら酒田三十六人衆は、尾浦城の出羽守様(大宝寺義氏または武藤義氏。以後は大宝寺義氏と記載)の命にて、権中納言様の郎等(家来)の方々には、できる限りの助けをいたすよう仰せつかっております」


 加賀屋は羽前国酒田の廻船問屋である。


 上林や鐙屋あぶみやなどと共に、はやくから街年寄を務めた、三十六人衆のなかの廻船問屋でも最大規模の大店おおだなであった。


 酒田からは米、大豆、紅花、青苧あおそなどを移出し、播磨の塩や京都・大阪・堺・伊勢の木綿、出雲の鉄、美濃の茶、南部・津軽・秋田の木材などを移入している。


「そうでござったか。いや、かたじけない。実は、不躾ぶしつけではあるのだが……綿布を用立ててもらう事は能うだろうか? むろん銭は払う。足りなければわしが御屋形様に言うて、用立てていただく」


 与助は笑顔のままだ。


「ええ、能いまする。いかほどご入り用で?」


「そうだな……おい君」


 加雲は当直の下士官に命じて船の図面を持ってこさせる。その図面をみて加雲は考え、計算をして答えた。


「ざっと六百疋、あれば助かる」


「六百疋(!)……ですか。……はい、少々暇をいただければ、ご用立て能うかと存じます」


 与助は少し驚いたようだが、恐らくは帆に使うのだろうと理解し、それを表にはださない。船の大きさもさることながら、和船では考えられない帆の面積である。


「いかほどの刻を要するであろうか」


「左様でございますね。運良く京大坂、堺、伊勢より木綿が届いております。三十六人衆すべての蔵と、加茂や吹浦、野代や十三湊まで手を広げれば、七日から十日で能うかと存じます」


「おお! 左様か! かたじけない。恩に着る!」


 加雲は喜びの余り与助に近寄り、手を取って感謝の意を述べる。


「それで、値はいかほどだろうか」


「はい、本体(本来)ならばお代はいただきたくないのですが、さすがに量が多うございます。それ故、いさや(そうですね)……。一ぴき銀一もんめで数えると、しめて銭七十二貫(864万円)ほどにございましょうか」


「そうか! いや、ありがたい!」


「他に何か、ご入り用はございますか?」


「そうだな、われらだけでも事足りるのだが、能うならば船大工を雇いたい。それから綿布はすべて揃ってからではなく、集まったものをその都度いただければ助かるのだが」


「かしこまりました」





 総額七十二貫の取引ではあるが、与助と一緒にいた番頭の小市郎は、なんだか納得していない様子である。


「旦那様、一疋銀一匁五分とは、普段の値とかわらぬではありませぬか。あれだけ多くの木綿を集めるのも手間暇かかります。倍の値で売っても良かったのではありませぬか?」


 与助は小市郎をみてニッコリ笑い、そしてため息をついた。


「小市郎、本当にそうお思いなのですか? まったく、お前には私を助け、加賀屋をより大きくしていく役目があるのですよ。今、相手の弱みにつけ込むように利を貪ればどうなりますか?」


「それは……」


此度こたびは十分に利がとれる商いとなるでしょう。然れど、次は如何いかがですか? 何かあったとき、次に酒田に加雲様、いや権中納言様の御家中の方々がお見えになったとき、我らに用をお申し付けになりますか?」


「……」


「商いとはそういう物です。損して得取れという言葉がありますが、商いは信用が物を言うのです。ここで信用を得ておけば、この先加賀屋は三十六人衆の中でも抜きん出て、奥州一の大店おおだなとなれるでしょう」


「浅はかにございました。精進いたします」


 奥州どころか堺の会合衆である今井宗久や、九州四傑(神屋宗湛、島井宗室、平戸道喜、仲屋宗悦)をもしの存在となるかもしれない。





 ■第三師団、陸路にて北信濃の平倉城へ 4/5着予定。

 ■第二師団、吉城郡塩屋城下。

 ■杉浦玄任、井波城。

 ■大名軍、全軍が到着。明日出撃予定。

 ■城生城別働隊、喜右衛門。行軍中。

 ■謙信、増山城で待機中。

 ■第四艦隊、出羽田川郡鼠ヶ関湊。

 ■(秘)○上中

 ■(秘)停○補○中

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