第470話 虚々実々、信長と純正と信玄と

 元亀二年 八月十日 三河


「申し上げます!」


 武田軍の撤退の報を受け、逃散していた兵をまとめていた信長のもとに急報が入った。


「何事か!」


 信長に急を報せるのは、織田家の忍者集団『饗談きょうだん』の頭領である、岩村長門守重休しげやす(273話)である。


「は、信玄庶子の諏訪四郎勝頼、武田譜代の家臣に対し、所領安堵の起請文を発給しておりまする!」


「なにい! 確かか?」


 信長は眼をギラつかせ、睨むような眼差して重休を見る。もちろん、こんな状況で嘘など言えるはずもない。そもそも確証がなければ報告などできない。


「は、間違いございませぬ。懐柔したる諏訪神社の神人かみびと(神主)よりの報なれば、相違ございませぬ」


 信長は息を吸い、ゆっくりと言う。


「つまり?」


「は、間違いなく、家督相続の起請文かと」


「ふふ、ふふふふふ、ふはははははは! 天は我に味方したぞ! 見よ! 仏敵だのなんだのと言うても、その信玄坊主が果て、わしは生きておるではないか! ふははははは!」


 信長は高らかに笑い、一同を見渡す。


「祝着至極にござりまする!」

「慶事至極、心よりお喜び申し上げまする!」

「歓喜の至りにござります!」


 居並ぶ諸将が信玄の訃報に喜びの声を上げるなか、筆頭家老である柴田勝家が口を開いた。


「して殿、いかがいたしましょうか」


「知れた事。信玄の死を大いに喧伝しようではないか。そして我らはゆうゆうと近江へ向かい、まずは甲賀衆や南近江の謀反人どもを成敗するのだ」


 誰もが信長のその発言に希望をつのらせ、胸を躍らせる。


「申し上げます」


 下座のとりわけ端のほうにいた男が信長に正対し、発言する。


「南近江、甲賀攻めには、ぜひともわれらに先陣をお命じいただきますよう、お願い申し上げまする」


 全員の注目があつまる。


 かつての近江守護であり、近江、伊賀、伊勢の三国に影響力を持った、六角左京大夫義賢である。傍らには当主である次男の中務大輔義定もいた。


 浅井氏をも影響下に収めていた六角氏であったが、信長の上洛戦にて敗れ、その後服属して命脈は保ったものの、領国は三雲城のある甲賀郡の一部のみとなっていたのだ。


 しかもその領国である甲賀郡は国人が乱立し、服属後はわずかに三万六千石のみとなっていた。


「その意気やよし! 甲賀攻めは六角を先陣とする!」


「ははあ! ありがたき幸せにござりまする!」


 平伏して信長の命を受ける承禎(左京大夫義賢)親子であったが、当然、戦働きによる旧領回復を願っての事であった。


 ■八月十二日 京都 大使館


「そうか、信玄が果てたか!」


 京にあって東西の情勢を見ていた純久は、ただちに神代貴茂准将に命じて山城と近江の境にある逢坂の峠に軍を配備させ、自身も向う事とした。


 純正からは義昭を丁重に『お迎え』せよとの命令であった。


 それを純久は『通すな』という意味だと解釈したのだ。ここで通して何事もなかったかのようになど、できるはずがない。


 織田に敵対した以上、小佐々の敵なのだ。


 将軍義昭は南近江の瀬田城を拠点に、駒井秀勝が籠もる青地城を攻めていたが、落とすことが出来ずにいた。


 信玄の西上に意気上がる反乱軍であったが、その内実は烏合の衆だったのだ。


 甲賀五十三家は義昭に従ったわけではない。


 あくまで利害が一致しての反乱である。信長を倒す、というより火事場泥棒的に近隣を攻め、自らの領国を拡げようとする者ばかりだったのだ。


 これまでの甲賀衆は自治的色合いが強く、そのため甲賀を統一しようという勢力は現われにくかった。


 庇護者として六角氏を担いでいたのだが、その六角氏が没落した。そのため信長を代わりに担ぐ事にしたのだが、信長は同じ様な自治は認めなかった。


 自治とは名ばかりの、形骸化したものに成り下がったのだ。


 所領は減り、既得権益は少なくなった。


 反乱の芽は静かに芽生えていたのだ。五十三家の中には六角氏に従い織田の庇護下に留まる者もいたが、多くはこの機を逃さず、離反した。


 そして今度はまとまりもなく、手当たり次第に侵略したのだ。


 それぞれがバラバラに行動したため、義昭の思い描いた浅井領も含めた近江の占領は、絵に描いた餅でしかなかった。


 そうした遅々として進まぬ軍事行動のなか、義昭に信玄死すとの報が入ってきた。


 ■近江国 青地城


「なにい! ? そんな馬鹿な! 確かな事なのか?」


 そんな馬鹿な、という方が、考えてみれば馬鹿である。信玄は享年五十三歳。人間五十年と言われていた時代では、考えられない結論ではない。


 しかしなんでまたこのタイミングで? や、まさか? そんな事が! という思いを考えれば、わからなくもない。


 しかし包囲網の帰趨を信玄一人に頼っていた義昭の浅はかさ、と言われれば反論はできないであろう。


「美作守(山岡備前守景友の兄、景隆)! なんとする! ?」


 義昭は八つ当たりのように叫ぶ。


「は、されば、この期に及んでは和議しかなかろうかと存じます」


「なにい? 余に信長に降れと申すのか?」


「残念ながら幕府を残し、公方様の御身を考えれば、残された道はそれしかありませぬ」


「ぐ……。城は、城はどうじゃ? 瀬田の城に籠もれば勝てるのではないか?」


 義昭は籠城を選んだが、そもそも間違っている。


「恐れながら、籠城は後詰めありきの策にございますれば、後詰めの見込めぬ今、得策ではございませぬ」


「そのような弱気でどうする? 持ちこたえれば、信長不利とみて助勢する者も出てくるやもしれぬ」


「公方様、瀬田城は平地にありて西に瀬田川がございます。京逢坂からの敵ならば、しばらくは防ぎようもございましょう。然れど信長は東から参ります。攻めるに易く、守るに難い城なのです」


「では、南にある大日山の城や対岸の石山の城はどうじゃ? 大日山は瀬田より高い山にあるし、石山は反対に東側に川があるゆえ信長を防げるのではないか?」


 景隆はため息をする。


「公方様、石山も大日山も瀬田の唐橋から半里(約2km)と離れておりまする。かように離れていては、信長が川を渡るのを許してしまいます。さらには西には小佐々がおりて、石山では東と西とに敵を抱えまする」


 義昭はギリギリと歯ぎしりをしながら、山岡景隆の意見をのみ、和議をするしかないのかと、拳を握りしめたのであった。

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