第468話 アドラー・フォン・リューベック?3,000トン級帆船・戦列艦建造計画

 元亀二年 七月十七日 諫早城


「ああ、そうでした。海軍省からなにかありますか?」


 直茂が示し合わせたかのように、海軍大臣の深堀純賢に発言を促す。純賢は純正の顔を見て、純正はうん、とうなずく。


 海軍省への予算配分と技術協力において負担が必要なため、最後に回したのだ。


「では、海軍の艦隊再編計画について、これは海軍工廠の内輪の話にもなりますが、科学技術省のご協力が必要となります」


 そう聞いて一貫斎と忠右衛門は色めきだつ。純正がなにやらまた、無茶振りをするのではないか、と思ったのだ。


「ご存じの通り、先のイスパニアとの海戦で敗れはしなかったものの、わが海軍はかなりの損害を出し申した」


 全員がその被害を思い起こし、場が静まる。


「そしておそらく、イスパニアの艦隊はあれだけではござらぬ。船も、第二線から第三線のものでしょう」


 緊張してはいるが、純賢は整然と、はっきりとした口調で続けた。


「来るべきイスパニアの脅威に備えるべく、海軍工廠造船所の拡張と、そして、百門を備える軍艦の建造のあらまし(計画)を発議いたします」


 その発言の直後に、大蔵省の太田屋弥市が立ち上がって発言する。


「そ、それはまた、膨大な算用を要するのではありませぬか?」


「はい、しかしながら前大臣の深沢義太夫殿がおっしゃった様に、わが小佐々は水軍(海賊)を祖としております。日ノ本もまた島国にござれば、ポルトガルやイスパニア、そして明と対峙していくには、強力な海軍が必ず要りて欠かせぬものなのです」


 ここで勝行の名を出したか、と純正は思った。


「そして交易においても、様々な脅威からわが民を守らねばなりませぬ」


 勝行はマニラ沖の海戦で、肘から下の左腕を失う重傷を負いながらも、艦隊の指揮をとり続けてスペイン艦隊を撃滅したのだ。


 その後勝行は、一週間にも及ぶ間、危篤の状態であった。


 故に死の淵から生還した、生ける軍神のような存在になっていたのだ。


「……」


「具(つぶさ・具体的)にはどのようなことを? そしていかほどの算用になりましょうや。こればかりは他の省庁との兼ね合いもありますし、いかに御屋形様の肝いりとは言え、易き事にはござりませぬ」


 弥市は見抜いていた。ん、んっ! と純正が咳払いをする。


「はい、つぶさに申さば、まずは造船所にございます。新たに呉浦と飾磨津にて造営いたしまするが、同じ規模の船渠(せんきょ・ドック)を佐世保湊と佐伯湊にも増やし、その規模で三千トン、八十万貫の軍艦を造船できるものとします」


 三千トン、八十万貫という数字に驚きを隠せない弥市だが、今の艦隊旗艦である金剛丸が五百トンというのは知っている。


 その六倍だと言うのか? 弥市はつばをのみ込む。


「また、新しい船渠では、これは工廠と科技省にも助勢いただかねべばなりませぬが、百門以上の砲を載せる事あたう船を作れるようにいたします」


「百門! ?」


 一貫斎が素っ頓狂な声をあげる。船の構造を考え直し、その砲門数でも安定性を保ち、機動力を失わない船……。


 艦隊旗艦の金剛丸でさえ、十八門カルバリン砲で五百トンである。


「確か、イスパニアの軍艦は金剛とあまり変わらず、それでいて金剛より砲門数が多いと聞き及んでおります」


 忠右衛門が確認する。


「そうだ。今マニラにて修理中である一番大きな船が八百トンである。それを曳航して佐世保湊に寄港させる予定ゆえ、十分に調べ、大型艦の建造を行うのだ」


「ははあ」


 忠右衛門と一貫斎は同時に答え、一同は弥市の顔を見る。


「それで、都合いくらと考えておるのですか?」


 そう質問する弥市の言葉に、純賢が答える。


「船渠一つでおおよそ九万二千五百貫(111億円)、四カ所で三十七万貫(444億円)となり申す」


「……。なるほど。そしてさらに、新造艦の建造費用がかかってくると?」


「すぐにではござらぬ。船渠の完成におおよそ一年から二年かかるであろうから、それまでは今のあらまし(計画)通りにござる」


 既存の建造計画の事を言っているのだ。


 フィリピンに遠征している三個艦隊の損害においては、拿捕した艦艇をそのまま充てる。そのため隻数自体は変わらない。


 しかし第四艦隊と第五艦隊においては、いまだ艦艇が完成しておらず、運用するには継続した建造が必要であった。


「今のあらましでは、再来年の元亀四年の年度末に、五個艦隊分の船の入目(歳出・予算)が終わる。ちょうどそのころ船渠ができ上がるであろうから、新造艦はそれからになるな」


 純正は弥市に向って話し、忠右衛門と一貫斎には、それまでに船体の強度や浮力等をふまえた船の設計をするように伝える。


 年ごとに、日を追う毎に軍事費が増大していく。


 敵がいる以上仕方のない事なのかもしれないが、なんともやりきれない気分の純正である。これ、GNPでいったら何パーセントになるんだろうか……。


「殿」


 内務省の太田七郎左衛門が発言する。


「なんだ?」


「その、ここで言うのもなんですが、先の戦での戦死者が千名を超え、今のところ遺族恩給が八万二千貫(98億4千万円)、傷痍軍人の恩給が十七万六千七百貫(212億円)、あわせて二十五万八千七百貫(310億円)となっております」


「……うん」


「再来月、九月の六日には戦没者慰霊祭が行われます」


「……そうか。わかった」


 これにて臨時閣議が終了した。

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