第467話 明の隆慶帝と琉球国王尚元王、変動する国際情勢

 元亀二年 七月十七日 諫早城


「次は司法省ですが、なにかござるか?」


 直茂が司法大臣の佐志方杢兵衛に尋ねる。


「は、それでは失礼して。実は小佐々諸法度に関わる事にて、少々問題が出ております」


「ほう、なんだそれは?」


 法の整備や施行などは杢兵衛に任せっきりだったのだ、新鮮である。


「実は武家の中に、諸法度に反する行いをする者がおりまして、格式の高い者が下の者をないがしろにする、という例にございます。されど、処分を決めかねておりまする」


「なんだ、そんな事か。諸法度はここにいるみんなはもちろん、細かな修正はあったが、全員納得の法であろう? 誰が背くような事をしているのだ? 見証(けんじょ・審判)の後、黙って刑を言い渡せばよい」


 純正はそう言い放ったが、杢兵衛はなんだか言いづらそうだ。


「それが、その……御一門の方にて」


「なにい! ?」


 杢兵衛の言葉に、驚きとともに落胆を覚える純正。


「誰だ?」


「は、伊万里様、兵部大輔様の弟君にて……」


 は~~~、と純正はため息をついた。なんだろう、この脱力感。おぼっちゃん気質ってのはこうやって芽生えるのか? 特権意識というのだろうか?


「……構わぬ。内容によるが、その、なんだ、厳重注意みたいなものか?」


「は、初めてとなりますので、その様になりまする。されどたび重なりて刃傷沙汰となれば、かなりの重き罪となりまする」


「構わぬ。みな言うておくが、身内だからとてひいきはせぬ。心得ておくように」


 まったく。次やったら切腹だ! くらい脅しておこうか、と思う純正であった。


「次は外務省ですが、ございますか?」


 利三郎が答える。


「は、日ノ本の中においては、なんら変わりはございませぬ。しかしながら琉球ならびに明においては、いささか不穏な気配にございます」


 一同ざわついてきた。明はともかく、琉球とは友好な関係を築いてきたのではないのか?


「いったいどうしたのだ?」


「はい、琉球国王尚元様は、外交においては伊地親雲上ペークミーや長嶺親雲上を用いて我らと交易を盛んに行い、国を富ませて国庫も潤ってきたと喜んでおりました」


「うん、それがどうした? なぜ不穏なのだ?」


「は、四年前に交易を始めてより、その功ありて国栄え、以後は明より鞍替えして冊封をなくし、小佐々家に庇護を求めてはどうか、との考えが出てきた様にございます」


「うむ……それで?」


「伊地親雲上や長嶺親雲上は小佐々びいきでありましたので、いつの頃からかその考えの領袖と目されるようになったのです。されどそれを面白く思わない輩もおり、やはり頼むべきは明である、との考えとで朝廷を二分しているようにございます」


「ふむ、国益を考えればわれらと結んだ方が琉球にとっては間違いなく益となろう。明との朝貢による中継ぎの貿易など、今の時代にそぐわないのだ。」


 琉球に対する貿易優遇の撤廃は、琉球王国自体の危機を招いていくことになる。


 年に三回許されていたものが二年に一回となり、下賜されていた大型の船は下賜がなくなり、自前の小型船での貿易となった。


 当然、貿易量が減る。一度の交易量を増やそうとしても、硫黄や馬、胡椒や蘇木といった琉球国王名義の交易品の量も減っていったのだ。


 そしてそれは、貿易収入の減少による財政難となって現れた。


 正直なところ、海禁政策の緩和によって中国、朝鮮、日本の商人が自由に海を渡って交易が出来るようになり、明への朝貢を軸として公的な中継貿易という琉球のスタイルは完全に時代遅れなのだ。


 現実的に明の国力は落ちてきており、今後は女真族の脅威にさらされる事となる。そして、大被害を被ったものの、フィリピンでの勝利が琉球の朝廷内でも噂になっているようだ。


「いずれにしても、琉球の国内問題に介入するのは止めておきたいが、友好関係は保っておかねばわれらは南へ進めぬ。中継地としても絶対に必要だ。いざと言うときは力になる、と伝えよ」


「はは」


「明はどうなのだ?」


「は、われらが琉球にかなり強く関わっている事については、あまり良き思いではないようです。それよりも……」


「なんだ?」


「台湾についてでございます」


「どうした?」


「公にはなっておりませぬが、明の朝廷の中では、台湾はわが領土、などと言っている輩がいるようなのです」


「ははは、ばかな! 化外の民、だったか? 台湾はその化外の地ではなかったのか? 笑わせる」


「はい、三年前使節を送った際にはそれどころではなかったのでしょう。しかしその後、海禁政策を停止するなどの張居正による改革が実を結び、国庫が正常化しました」


「うむ」


「われらの入植が上手くいっているところをみて、領有を主張しているのでしょう」


「笑わせる。もし外交的に言ってきたら突っぱねろ。よいな」


「はは」


 琉球にしても明にしても、放置はできない。注意深く観察し、最適解をもって対応しなければ、と純正は考えた。


「内務省はいかがか?」


 直茂が太田七郎左衛門(小兵太・太田利行の父)に尋ねる。


「は、戸籍と不動産の登録編纂は順調に進んでおります。検地との兼ね合いもあるので、農水省と共同の部分もありまするが、特段問題はありませぬ」


「うむ、戸籍はともかく不動産は争いの種にもなるゆえ間違いのないようにな」


「はは」


「よろしいでしょうか」


 発言を求めてきたのは従兄弟の太田和九十郎秋政である。


「なんだ?」


 いまだに、慣れない。


「はい、暦と刻の件なのですが、今は暦に関しては朝廷がすべからく行っており、ユリウス歴を知るのは海外との取引のある商人や省庁、そして外務省関連、軍関連の方たちだけでしょう」


「うむ」


「ですから暦を変えて、という形ではないのですが、時間の表示を十二支で表すのではなく、欧州のように二十四時間で表すようにしてはいかがでしょうか」


「むふ、なぜそう思うんだ?」


 純正はいずれそうしようと考えていたので、秋政の提案には驚かなかった。むしろ天文学者でもある秋政なら、いずれ言ってくると考えていたのだ。


「はい、まず時計の改良によって半刻(1時間)どころか四半刻(30分)、それよりも細かに刻を刻むことが能いまする」


 うん、とうなずく純正。


「そうなれば、例えば旧来ならば午三つ刻の五分と言わなければなりません。しかし欧州風だと十二時五分ですし、一二○五という風に四文字でも表せます」


「確かにそうだな。実は俺も昔からそう思っていた。時計が正確になって、しかと刻を刻めるようになったのだから、その方が便利であるな。どうだ、みんな?」


 大きな反対はなかった。軍関係や省庁内から始めるとして、特に支障がでる事が考えられなかったからだ。


 民間に広く認識されるまでは時間がかかるだろうが、24時間で表記した方が明らかに便利だ。


「では、そのように」

 

 直茂がしめた。次は文部省だ。


「文部省からは特にありませぬ。今のところ各国に中学校と高等学校を一校ずつ設立しております。小学校は寺社の協力があって問題なく進んでおりますし、中高は教師の問題もあり、時間がかかりますゆえ」


「なるほど、何か必要な事があれば随時あげるように。頼むぞ、教育は国の根幹であるからな」


「ははあ」


 科学技術省からは例のごとく予算の増加と人員の増員依頼がきた。


 これは仕方ない。研究開発も国の基となる重要時候なのだ。特に実験や検証などは、違う物で同じ事をする、というような地味な作業の繰り返しもある。

 大量の人員を投入してこそ、時間の短縮ができるのだ。


 経産省と国交省、そして情報省からは特に議題はでなかったが、厚生省と農水省から同時に発議があった。

 

 まだ小規模ではあるが、粉塵を吸い込むことによる咳や痰、体調不良を訴える者が出ているという。


 ああ! 純正は叫んだ。なんでこんなこと今思い出すんだ? もっと早く出来たものを。これはなんだ? 転生者の神様がイタズラして、今思い出すように仕向けたのか?


 純正の思いとは関係なく、大声に驚いた全員が純正を凝視する。


「ますく……ええと、これは玄甫に頼むが、布に柿を塗り込んで、そうして針金で周りを囲んで縫い合わせ、その間に梅肉を挟むのだ。これで口を塞いで作業をするように」


 純正は思い出したのだ。


 転生前、歴史の名所旧跡めぐりをして石見銀山跡へ行ったとき。『福面』という日本最古? のマスクが使われていた事を。そしてかなりの効果があったようだ。


 それをきっかけに、有害物質のデトックスをググるようになり、きのこ類が鉛や水銀、ヒ素などの有毒物質の排出に有効だという事を知ったのだ。(どれほどかは、疑問だが)


 その他にもたくさんあったが、全部は思い出せない。


 確か鉛の排出にはキレートなんちゃら? だかなんだが……でよく覚えていないが、確かではないし、原料も知らない。


 純正はきのこを鉱山労働者に食べさせる事を徹底するよう伝えた。椎茸は機密事項だが、ほかにもキノコ類はある。栽培させよう。


 玄甫には他に効果のある食べ物を調べるため、研究チームを作ることを命じた。


 相変わらず玄甫は『?』という顔をしていたが、今回は全員が『?』であった。


 人命には変えられない。

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