第445話 元亀二年と遠洋航海、バンテン王国より東へ。

 元亀二年 元旦 諫早城


 元旦の年賀の挨拶には、年々増加の一途をたどる来賓の数に対応するため建てられた、巨大な迎賓館が使用された。100人や200人ではない。


 純正はまず、午前中を空け、家族や親族との対面に時間を割いた。父親はいつまでたっても父親であるし、母親もそうなのだ。参列者の面々は次の通り。


 ・毛利輝元

 ・小早川隆景

 ・吉川家名代 口羽通良


 やはり吉川元春は来なかった。予想はしていたが、名代を寄越すのと、本人が来るのでは意味合いが大きく違うのだ。


 そしてはるかに規模の小さい武田高信や南条元続も、なぜか名代であった。


 名代というのは代理人という事で、本人がどうしても外すことが出来ない用事があったり、体調不良などで来られない場合には代役として訪問する。


 しかし元春においては、そのような情報を純正は受け取っていなかった。南条、高田などはなおさらである。


 ・三村元親

 ・浦上家名代 明石行雄

 ・赤松家名代 赤松政範

 ・別所長治


 山陽の国人の中で名代を送ってきたのは、石川勝式や三浦貞家などの、ある程度の規模だ。大名として多くの国人を従えるほどでもないが、三万石以上の国人が多かった。


 舐められているのか? 純正はそうも考えたが、いずれにしても前回の会議の武威が行き渡っていないのだろう。


 しかし、わかりやすくて良い。


 以上が今回の会議で小佐々家の支配下もしくは同盟となった諸大名だが、それ以前の大名はほぼ、本人が出席した。


 商人も列席し年賀の挨拶をしていく。みんなホクホク顔だ。よほど儲かっているのだろう。


「道喜よ、その方は俺が沢森の家督をついですぐからの付き合いだから、今さらだろうけど、随分儲かっているのか?」


「はい、それはもう。ありがたい事にございます」。


 平戸道喜とは純正が石けんや塩の販売に四苦八苦しているところを助けられた。


 あれからもう9年になる。長かったような早かったような。気づけば西日本をほぼ統一しているではないか。


「本当に感謝している。博多の神屋宗湛に島井宗室、それから豊後の仲屋乾通に宗悦、ありがとう」


「いえいえ、とんでもない事でございます。中将様の先見の明にて、われら商人、どれだけ儲けさせていただいているか。これからもご贔屓にお願いいたします」。


 全員が恩恵を受け、三方良しの商売が出来ているようだ。話をしていると、堺の会合衆代表で、今井宗久が来ていた。


「おお、これは宗久殿、遠路はるばるご苦労にござるな」


「なんのこれしき。中将様へのご挨拶なら、喜んでまいります。ああ、それからこれは、せがれの兼久(今井宗薫)にございます。ほれ、ご挨拶なさい」


 今井宗久は堺の会合衆の一員であるから、本拠は畿内のはずである。本来なら信長に挨拶にいくところなのに、諫早に来ている。


 どうやらその辺は上手く立ち回っているらしく、会合衆の中で宗久ばかりが信長と親しくしていると、よろしくない、というような空気を作り出しているようだ。


 そこで、持ち回りの体で、来ている。


「兼久にございます。この度はかように豪華な席に加わることを許していただき、誠にありがとうございます」


 純正より年下として紹介されたが、しっかりしている。よほど商売の現場で揉まれているのだろう。

 

「ほう、凛としていて賢そうですね。今井家は安泰だな」。


 わはははは、と一同が笑う。


「時に中将様。少しばかり不思議なというか、なんでもない事なのですが、商人はちょっと変わった事があると、気にしてしまうたちでして」


「なんだ、どうしたのだ?」


「いえ、相模の商人が会合衆の一人と会っていたのですが、どうやら京にいる宣教師を紹介するようなのです」


 宣教師? と純正は思った。いったい何の目的で宣教師に会うのだろうか? 


 考えられる事は貿易だが、どう考えても無理だ。根っこは完全に純正が押さえているし、堺は信長のお膝元である。


 なんだ?

 

 ■南緯6°11′33″ バンテン王国 ジャカルタ


 練習艦隊司令官である籠手田安経少将は、バンテン王国の国王にジャカルタの租借を願い出ていた。


 今回の目的はオーストラリア大陸の発見と、大小スンダ列島、ニューギニア島に良港を見つけ拠点とする事である。


 その根拠地とするための租借なのだ。ニューギニア島の港で有名なのはポートモレスビーだが、別にそこでなくてもいい。


 すでに1526〜27年ごろにポルトガル人のドン・ジョルジェ・デ・メネセスが発見して「パプア」、1546年にはスペイン人のオルティス・デ・レテスが発見して「ニューギニア」と命名している。


 しかし、熱帯雨林と湿地帯が大半を占めていたので活用方法がなく、ほとんど手付かずだったのだ。チャンスである。


 純正の頭の中に、オーストラリアやニュージーランド、インドネシアやパプアニューギニアの大体の地図は入っていたが、正確な緯度経度は知らない。


 ジャワ島の東側にはマラタム王国があり、こちらとはまだ通商が開かれていない。


 さらに東には小スンダ列島に属するバリ島のゲルゲル王国(ダルム・ブクン王)があるが、そこもまだである。


 小スンダ列島を東にいくとティモール島があり、ポルトガルが1520年に領有を宣言している。


 しかし、領有を宣言もなにも、サラゴサ条約自体がめちゃくちゃなんだから、そのへんのところは穏便に協議が必要かもしれない。


 そして北のボルネオ島とスラウェシ島だ。ボルネオ島は1521年にマゼランが発見してブルネイ湾に入港しているが、マゼランはスペイン艦隊で、いわゆる敵性国家だ。


 その他にもボルネオ島には15世紀には明の鄭和が寄港し、ポルトガル人も来ている。その東のスラウェシ島も領有は宣言されていない。


 そしてボルネオ島は鉱物資源の宝庫だ。


 石油、石炭、ダイヤモンド、金、銅、スズ・鉄、マンガン、アンチモン、ボーキサイトなどが産出する。マンガンやアンチモン、ボーキサイトは今のところ、? だ。


 純正がなぜこのように海洋探検、進出を考えるようになったのかというと、やはりスペインの影響が大きい。


 ニューギニア島のどこかの子午線より西はポルトガル領? だというサラゴサ条約があったが、フィリピンの占領統治をスペインは狙っている。


 戦争はしたくないが避けられない。そしてやるからには勝たなくてはならない。


 しかしポルトガルとスペインは隣国であるし縁戚でもあるので、直接的な支援は難しいだろう。


 1度勝っても、フィリピンにセブ島をはじめ足場がある以上、何度でもやってくるかもしれない。


 そのため南方の資源を確保して拠点を設置し、挟撃ならびにヌエバ・エスパーニャからの経由地としての機能をなくす必要があった。





 

 陽が傾き、バンテン王国の宮殿は金と紫のグラデーションでやわらかく照らされていた。


 籠手田安経少将はその壮麗な風景を背に、緊張と期待を内に秘め、パヌンバハン・ユスフ王との会見の時間を静かに待つ。


 両国間の通商関係はすでに存在しており、日本の刀剣や美しい陶磁器と引き換えに、バンテンからは豊富な香辛料がもたらされていた。


 だが安経の心には、これ以上の親交を求める想いが燃えていた。


 正直なところ、香辛料はフィリピンや台湾で生産可能となれば、その種の産物は必要としない。


 しかし、石油・石炭・錫・ ニッケル・ ボーキサイト・ 鉄・チタン鉄鉱の宝庫なのだ。やがて、安経はパヌンバハン・ユスフ王の前に引き立てられ、語りかけた。


「偉大なるパヌンバハン・ユスフ王、両国はすでに素晴らしい交流を築いております。私は今、お互いの国をより知り、理解し合うため、より実質的な結びつきを望んでいます」


 パヌンバハン・ユスフ王は淡い笑みを浮かべ、安経を見つめた。


「安経殿、我々もまた両国の交流に大いに満足しておる。しかし、これ以上の交流とは一体何であろうか? そしてそうしたほうが良い理由はなんだ?」


 安経はしっかりとした声で応えた。


「我々はさらなる繁栄を共に築くため、貴国バンテンの領土を租借し、交易拠点を構築することを望んでおります」


 租借、という言葉の反応を見て、しばらくした後、続けた。


「我々の関係を固め共に力を合わせれば、外部からの脅威に対しても、より強く立ち向かうことができます」


 事実、同じイスラム国家ではあったが、ジャワ島東部のマラタム王国の勢いが伸びてきていた。そして王は『外部からの脅威』に対して敏感に反応したようだ。


 パヌンバハン・ユスフ王は沈黙し、しばらくその言葉を味わった後、慎重に話しだした。


 ポルトガルの事は知っている。兵士は銃で武装し、船には大砲が搭載されている。安経の船にも同じものがあり、兵士は同じように武装しているのだ。


「貴国との絆を深めることは、我が国にとっても有益である事は理解している。しかし、領土の租借は我が国にとって重大な決断となる。それゆえ我らは、どのような条件で、どれほどの期間、そしてそれが我々の国と民にどのような利益をもたらすのか、これらを深く考慮し検討せねばならぬのだ」


「もちろん、それは当然の事です。ゆるりと時間をかけられ、しかと協議の上お返事いただければと存じます」


 交渉の第一歩を歩みだした。そして艦隊は、さらに東へ、北へ南へと進むのであった。

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