第444話 正確な時計とライフル銃と気球と石炭ガスにコークス②ライフル銃と第101狙撃小隊

 元亀元年 十二月二十七日 諫早城


 諫早城には毎日のように京都の大使館、そして西国の津々浦々から様々な情報が集められてくる。それはこの年末でも変わらない。





 発 純久 宛 近衛中将


 秘メ 越前 朝倉 左衛門督 上洛セザリキ リユウ ナラビニ 親交求ム 旨ヲ 記シタル 書状ヲ 送リシモ 弾正忠様 時 スデニ 遅シ ト 弾劾セリ 備前守様ト 刻ヲ 同ジクシテ 越前ニ 攻メ入ル 模様 来春 雪解ケ 二月 ヲ 見込ム 秘メ





 やはり二月か、と純正は思った。


 それにしても、今さらかよ。なんでさっさと上洛できないならできないで、その理由をしっかり添えて書状なり送ってこないかね。


 純正は朝倉重臣の書状に対して提案をしていたからだ。フル無視されたら誰だって嫌だろうに。


 純正が思った事は当然信長も感じているだろうし、それが理由で1度攻めている。


 もう後には退けない。そもそも越前は地政学的に、信長にとって支配下において置かなければ心が休まらない土地なのだ。


 それに和議を結んで撤退はしているが、御内書の中身は撤回されていない。純正は通信文書を読みながら、今後の戦略を考えているが、最重要要素はいつ起きるか、である。





「殿! 殿! お喜びくだされ! ついに、ついに完成しましたぞ!」


 ノックをする前に廊下から大きな叫び声が聞こえ、ドンドンドンというノックにそのまま引き継がれた。


「入れ」


 息を切らせながら執務室に入ってきたのは、工部省改め科技省の鬼才、国友一貫斎である。


「なんじゃ、いつもながら忠右衛門といい秀政や秋政といい、学者と技術畑の人間は騒々しいな」


 純正は笑いながら答える。


 しかし大抵は良い報告ばかりなので気にしていない。失敗は成功の母というが、研究開発には時間がかかり、失敗を伴うことは純正もよくわかっているからだ。


 そして、こうやってドタドタと走り大声で来る時は、たいてい何かができあがった時なのだ。


「ついにできあがりました! らいふるです!」


「なにい! マジか?」


「いえ! 殿、間近ではなく、できあがったのです!」


「お、おう。ではさっそく見せよ」。


 言葉のアヤと言うか、ギャグと言うか、コントのようなやり取りをして一貫斎の工房へ行き、実物を見せてもらう。


 初めて一貫斎の工房へ行ったのは、もう8年も前になる。


 天久保にある工房には定期的に訪れていたものの、来るたびに新しいものが増え、古いものがなくなっている。


 設計をする図面台や、卓上と床に置く旋盤などがある。旋盤などは、多くの人が描く日本古来の職人像とは結びつきにくい。


 ハチマキ姿の親父がノミや木槌、鉄の金槌などでカンカンやっているイメージだ。


 しかし、ここはそうではない。なんと旋盤があった。現代の旋盤とは違うが、原型は同じなのでなんとなく純正はわかったのだ。


 3本の溝を持つプーリー(ベルトからの力を軸に伝えるための部品。自転車のチェーンの内側のギザギザの円形をイメージ)とベルトを組み合わせることで、3つの速度が得られるようになっている。


 人力による足踏み旋盤の歴史は、1500年ごろのレオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチに描かれていたらしいが、実際にはそのアイデアで作られたという記録はない。


 もう一つ、卓上型の金属製の旋盤があった。


 おそらく精密機械の部品? をつくるためだろうか。精密機械と言えば、今進行中の時計製作だが、6月に試作品ができあがったとの報告を思い出した。

 

 機械時計はもともと、教会の時計のように鍛冶職人が作れる大きさだった。


 しかし屋内で使える小型の時計を求めるようになり、時計作りはもはや、専門の技術として確立されている。


 より精密な加工が必要となる時計職人の慈恩針心の工房には、これと同型の最新型の旋盤があるようだ。もっと細かな専用機械があるかもしれない。


「一貫斎、ひょっとして、これでライフルの銃身作ったんじゃないよな?」


「は? いえ、違いますが。これでどうやって銃身を作るのです?」


「え? いや銃身をここに固定して、こっちに線条(螺旋)のカッた、いや切り込みの工具をつけて、回しながら、ぐぐぐっと」


「……」


「……?」


「……」


 やばい、なにかに火をつけてしまった! 


 しかし、実際は、確か、高速で回っていた様な記憶があるから、人力では無理か? 蒸気機関? いやいやもっと小型で電力がないと無理だろう……。


 純正は今更ながらに後悔したが、一貫斎は複雑な、考え込むような表情をしている。


「ま、まあ、いいからいいから。さっそく案内してくれよ」


 一貫斎はブツブツと何かをつぶやきながら、純正を射撃場へ案内する。


 純正が案内されたのは、屋外にある射撃場である。従来の鉄砲の3倍程度の距離に的が設置されている。


「これにございます」


 一貫斎が見せたのは、大きさや外観は今までの銃と変わらない。


 一つだけ違う点は、スコープがついている点だ。そりゃそうだ。有効射程が伸びても見えなければ当たらない。


「まず、銃身ですが……」


 と一貫斎が話し始めた。これは技術者科学者あるあるなんだろうが、話し始めると、長い!


 要するに銃身の内壁にらせん状の溝を彫り(ライフリング)、弾丸に回転をかけて発射すると弾道が安定して飛距離が伸び、命中率もあがるというものだ。


 しかし、その加工には非常に手間暇がかかったが、発想を変える事で改善した。


 戦国時代の銃身は円柱状の芯金に銃身の元となる鉄板を熱して巻く事でつくられていた。


 熱間鍛造で鉄板の接合面を一体化させてパイプ状にした後、その上から帯状の鉄板を巻きつけて補強する二重巻張り法が主に使われていたのだ。


 そこで、芯金に捻った八角形の鉄棒を使う事で銃身の内部をらせん状(線条)に刻めるのでは? という発想にいたったらしい。


 案の定、芯棒を替えるだけで今までと変わらない方法で銃身が完成した。


「ほう……詳細はわからんが、よくつくったものだ」


 純正はいつも感心する。


 一貫斎をはじめ周りの技術者や科学者からすると、純正のヒラメキやヒントは天才と言っても過言ではない価値を持つようだが、純正は違う。


 何と言っても前世の記憶なのだ。


 純正が考え作ったものではなく、先人たちの知恵と努力の結晶を記した、ウィキペディアの表面上の知識なのだ。なんで誇れるだろうか。


 それを元に作り出し、純正のイメージを実物として世に出した人達こそ、素晴らしく称賛されるべき人達である。


「次に弾ですが……」


 射撃場の射手の後ろの控室には、分解された銃の部品が並べられている。それを見ながら一貫斎が説明を続ける。


「通常の丸い弾を使うと、銃身内でガス漏れが発生し、かえって射程と威力の低下を招いて、弾道も不安定になるのが問題でございました」


 もう、ガス[ヤン・パブティスタ・ファン・ヘルモント(Jan Baptista van Helmont・1579年1月12日 - 1644年12月30日)が提唱した概念]という概念を、すでに使っている。


 すごい、素晴らしい技術の進歩だ。


 毎度ながらに感心する純正である。技術者と科学者は、すでに現代に近い概念や言葉を使いつつあるのだ。


「うむ、弾を大きくしすぎれば、こめるのに時間がかかるという話もしておったの」


 隙間を埋めるためにぴったりの大きさだと装填に時間がかかりすぎる。ひどいものだと木槌で叩いて弾を込めた、という記録も残っているほどだ。


 その問題を解決したのが、純正の発案? による椎の実弾である。


 銃の口径よりも少しだけ小さいどんぐり型の弾で、後ろに半球状? の穴? くぼみ? があいているものである。


 発射時の爆発で弾丸が膨らんでライフリングに食い込むような仕組みになっており、それによりガス漏れを防いで効果的に回転を得られるようになっている。


 弾は早合と同じように紙製の薬莢のようなものに包まって扱われる。従来の銃と同じ早さで装填ができて、飛距離、命中率が上がるとなれば、驚異的な進歩である。


「最後に、火薬、玉薬にございます」


「火薬? 何か違いがあるのか?」


「ございます」


 そういって一貫斎は火薬の配合について説明を始めた。


 火薬の性能自体に関係はないようなのだが、一般的な黒色火薬は爆発した時に衝撃が内部に発生して、ガス圧が高くなり銃身に負担がかかるようなのだ。


 そこで、火薬の原料である炭の種類を変え、様々な試験を行った。


 その結果、炭素50パーセント前後の半焼炭を用いるのと、銃に負担がかからず、結果耐久性も上がったというのだ。いわゆる褐色火薬である。


 史実では無煙火薬が発明され、普及するまで使われたものだ。純正は、改めて技術者のすごさを思い知った。


 そこまでやるか? のレベルである。妥協を許さないのだろう。


 一通り説明を受け、お待ちかねの射撃を見学したのだが、見事、300m先の的に命中した。


 それからほどなくして、陸軍第一師団の一個小隊を選抜し、第101狙撃小隊が編制されたのであった。

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