第348話 九州平定セン、然レドモ先ハ尚長シ……。

 十月十九日 巳二つ刻(0930) 日向国紫波洲崎村(宮崎市折生迫) 


 三人が全員そろうまで、四日かかった。伊東祐青すけきよは自領内での開催もあって、通達が届くのは一番遅かったが、十六日に紫波洲崎城へ挨拶にきていた。


 純正は城内に案内され城で過ごすように言われたが、ありがたく断った。


 変にもてなされて手心が加わっては他の二人に申し訳がないし、食事や環境も艦内の方がよかったのだ。


 短期間の航海なので種子島産の野菜や果物が豊富である。三者が全員到着するまで、停泊した艦内で少しだけゆっくりした。乗員には上陸を許可し、外泊も許可した。


 ああ、息子に会いたい。元気にしているだろうか、そうだ、手紙を書こう。そんな事を純正は考える。


 十八日に肝付、ついで相良が到着し、入城。十九日の開催となった。


「弾正大弼である。苦しゅうない、面を上げよ」


 純正から向かって右に伊東祐青(25)、中央が相良義陽(26)、左が肝付良兼(34)である。三人とも純正とは初見で、緊張している感は否めない。


 全員が純正より年上だが、純正はもう慣れたものだ。この時代年齢はある程度考慮され、敬意をしめす対象である。


 それは現代と変わらないが、家格や身分の差、立場の差を覆すものではない。現代とは比べものにならないほど厳格であった。


「みな、遠路ごくろうであった。待っている間、艦内でゆっくりさせてもらった」


 純正は冗談のつもりで言ったのだが、三人とも冗談には聞こえない。口上ではああ言ったものの、どういう仕置きがあるのか気になって仕方がないのだ。


「お待たせして誠に申し訳ございませぬ、道中悪路にて……」


「いやいや、別に嫌味で言った訳ではない。時間がかかる事はわかっておったし、本当にゆっくりできたのだ」


 純正の言葉に一同の顔が和らぐ。


「されば、こたび参ったのはこの後の策についての話じゃ。知っての通り、われらを困らせてきた島津めは手に入れた。戦の火は燃えぬかと思う。故に、今の状況を語らんとする」


 三人が固唾をのんで純正の言葉に聞き入る。


「まず、三者とも島津とは敵対しておった。だが一国のみでは立ち向かえぬため、一堂に会し、島津を討つべく策を巡らせた。備えを整えるために、戦を続けるための兵糧や銭、矢弾を余に頼ったのじゃ。この件、誤りはなかったか?」


 三人とも、は、相違ございませぬ、と答えた。しかし、祐青だけは、少しだけ、ほんの少しだけ違和感があったようだ。おそらく純正の『余』という表現であろう。


 純正はわかって使ったのだ。


 おそらく使ったのは初めてであろう。今までの一人称は『俺』であった。現代からの転生人である純正には、わしやそれがし、という呼称はどうも受け入れにくかった。


 会談の最初からマウントをとり、家柄は考慮はするが自分の決定を覆すものではない、俺とお前には厳然たる立場の差があるのだぞ、という明確な意思表示である。


 義陽は周辺諸国の情勢の変化と、小佐々との一年半に及ぶ通商で彼我の軍事的、経済的、文化的差を認識していた。


 その中で独立を保とうともがいてきたが、もはや無理だと悟ったのであろう。わかりやすい態度だ。義陽という人物はいい意味で実直なのだろう。それが見て取れた。


 良兼にいたっては、志布志を含めた松山城や尾野見城での戦いにおいて、小佐々陸軍の戦い方やその様子を見ていた。そして決めたのだ。敵にしてはならない、と。


 まず鉄砲の数が違いすぎる。足軽全員が鉄砲をもっているなど、ありえないし考えられない。鉄砲がどれだけするのか、そして玉や玉薬の尋常ならざる量。


 撃っても撃ってもなくなる気配がなかった。


 大砲なるものは、この世のものではない有様だ。これが良兼の正直な感想であり、領主としてはこれに従い、決して逆らってはならぬと心に決めたのだった。


「島津の領地はおおよそ四十五万石ほどある。それを全部召し上げ、十四万石のみ残した。残りは余の直轄地と、国人たちと知行地や俸禄の件で話し合おうと考えている。ゆえに余の手元に残るのは二十ないし二十五万石ほどになろうかの」


 相良義陽と肝付良兼は微動だにしない。黙って聞いているのみだ。


「しばし、しばしお待ちくだされ」


 発言したのは伊東祐青である。


「真幸院は、真幸院はいかがなりましょうか」


「むろん、余の治むるところとなる」


 純正は当然の質問に当然の答えで返した。


「されど真幸院は古より豊かなる土地にて乱れの元多し。日向の守護として、この地を統べ、民の安寧と繁栄を望み、鎮撫と治めの業に努めんと考えておりました」


「なるほど修理亮よ、その方の言い分、一理あると認めぬこともない」


 祐青の言い分を認めた上で、しかし、と純正は続けた。


「しかし、問題が二つあるぞ。一つは、は島津に勝ったが、その方は負けておるではないか。古より勝者が敗者より奪う事はあっても、敗者が勝者から得るものなど、ないぞ」


「それは……」


 祐青は続けようとしたが、続くはずもない。紛れもない事実なのだから。


「それから、大膳大夫どのは……残念であったな。八月に左京大夫どの事が、あったばかりだというのに」


 大膳大夫は島津戦で討ち死した前伊東家当主の伊東義祐であり、左京大夫はその嫡子である伊東義益である。


 義益は知勇に優れ性格も温厚だったので、伊東家の将来は安泰と目されていた。


 しかし八月に病気で急死したのだ。嫡男の死が義祐の無謀な行動の原因となったのかは、知るすべがない。


 家督は末子の伊東祐兵が継いだが、幼年のため祐青が補佐をしている。


「お心遣い、痛み入りまする」


 祐青は頭を下げたが、それとこれとは別である。


「修理亮よ、日向守護というが、いつ、誰が任じたのだ?」


 祐青は一瞬ひきつった顔をしたが、やがて落ち着いて答えた。


「は、さればわが伊東家第六代当主祐尭公が、第八代の公方様より御教書を賜ってございます」


 落ち着いて純正も返す。


「あの、『日薩隅三ヶ国の輩は伊東の家人たるべし、ただし島津、渋谷はこれを除く』というものか?」


「よくご存知で。さようにございます」。


 純正は、悩み、考える風にしながらも、躊躇せずに反論した。


「しかしのう、その御教書だが、偽書ではないかとの疑いがあるのじゃ」


 な! 祐青が目を見開き純正を注視した。


 純正の難癖なのか、屁理屈なのか。祐青はすぐさま反論し、相良義陽と肝付良兼は固唾をのんで事の成り行きを見守ったのであった。

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