第349話 九州平定セン、然レドモ先ハ尚長シ……。②

 十月十九日 午三つ刻(1200) 日向国紫波洲崎村(宮崎市折生迫) 


 な! 祐青すけきよが目を見開き純正を注視した。


「めっそうもございませぬ! 誰がそのような事を。許せませぬ」。


 純正は落ち着いて祐青を制止した。

 

「修理亮よ、余はその方が嘘を申しておるとは思っておらぬ。ただ、恐れ多くも幕府からの御教書にあやまちがあってはならぬ、そうであろう」


 祐青は平伏し、認めた。


「よって事の真偽がわかるまで、この件は預かりとする、よいな」


 はは、と三人全員が返事をした。


「それからお主ら相良・伊東・肝付の三家と、わが小佐々との盟約についてだが、余はお主らに服属してもらう他ないと思うておる」


 しばらく沈黙が流れた後、最初に返事をしたのは肝付良兼であった。三人のうちで年長者ではあるが、一番現実を見ているようだ。ここで異を唱えればどうなるかわかっている。


 ついで相良義陽が答え、一番時間がかかったのが伊東祐青であった。島津の件でもあったが、守護どころか三州守護のその上の、六カ国守護で九州探題の大友宗麟を従えているのだ。


 逆らえる道理や実力もない。


「これは重畳、てっきり異を唱える者がおると思うておったが、余の思い過ごしのようでなによりじゃ」


 純正は心にもないことを言う。


「さて汝ら三人に問おう、何ゆえ人々は争いを起こし、他の者の土地を侵し、その力を求めんとするのか?」


「されば、一族ならびに領民を守るためにございます。弱ければ守ることあたいませぬ。ゆえに攻めて増し、力を積むのでございます」


 純正は、うんうん、と聞いている。


「修理大夫(相良義陽)の言やもっともなり。わが小佐々もそのようにしてまいった。では佐馬頭(肝付良兼)よ、自らを脅かすものがおらぬとする。さすれば攻める必要もなければ、力も必要ない、相違ないか」


「はは、相違ございませぬ」


 良兼は考える間もなくすぐさま答えた。徐々に祐青の動きが鈍くなっているのがわかる。


「ならば、余が代わりに守るゆえ、今までのように強大な兵や力を持つことは不要じゃ。分相応の知行にて新たな土地を治めるがよい。もちろん、故郷を遠く離れるということではない。今の知行の中より、余が適当と思し召す場所を選ばん。いかがじゃ?」


 良兼と義陽は、いずれ申し付けられるであろう待遇が、どの程度のものなのか? に関心が移っている。


 あまりにひどければ考えなくてはならないが、許容範囲であれば受け入れよう。そう考えていたのだ。


 祐青だけは、『はは、相違ございませぬ』と言ったのか、言わなかったのかわからない。声をださず、口だけを動かしているようにも見えた。


「修理亮よ、伊東家中に関しては御教書の件があるゆえ、すぐにではない。その結果によって変わってくるゆえな」。


(結果などどうでもよい。なぜこのような形になっているのだ。確かにわれらは島津に手痛い敗北を喫した。だからと言って、なぜこうも勝手を言われなければならないのだ)


「まずは義陽よ、相良家は八代郡の古麓村、芦北郡の佐敷村、大迫村をはじめとして五万二千石とする。水俣浦、津奈木浦、佐敷浦、海浦、田浦、日奈久浦、八代の徳渕の津はそのまま領するがよい。よく民を安んじて治めるのだ」。


「はは、ありがたき幸せに存じまする」


(なぜだ、なぜありがたき幸せになるのだ?)


「次に良兼であるが、肝付家は大隅肝属郡高山村、日向国諸県郡志布志村、西方村のほか、すべてあわせて七万一千石とする。志布志湊、今町川湊、池野湊はそのまま領せ」


 ははあ、と良兼は平伏する。どうやら純正の仕置きは二人の予想より多かったようだ。二人は少なからずとも、小佐々に服属した大名や国人の現状を知っている。


 相良は一年半のつきあいで、肝付は陸軍将兵からの情報で、どこの誰がどのくらいの禄なのか聞いていたのだ。


 家中随一の禄は大友家。これは予想どおりで二十万石である。


 ついで今回仕置された島津が十四万石。三番目が一族の龍造寺で十三万石。肥前と薩摩では土地の違いがあるので、実質は龍造寺が二番手かもしれない。


 その次は筑前の秋月、高橋、立花となる。筑後の蒲池も有力だ。この面々が居並ぶ上位に食い込む程度の禄は残ったのだ、良しとしよう。そう考えていたのだろう。


「最後は修理亮、伊東家だが、これはさきほどの結果がわかるまでの暫定である。日向児湯郡の高鍋村、都於郡村、宮崎郡清武村、那珂郡加江田村を中心に、あわせて八万一千石とする」


「はは」


 声も小さく、表情も暗い。意図しているのかしていないのか、純正が怒るギリギリのラインの態度である。ふてくされて、しぶしぶ従っているとも思える態度であった。


 しかし純正は気にしない。想定内なのだ。どうせ反乱が起きるだろう。


 ■小佐々海軍 第一艦隊 旗艦 金剛丸 艦上 


「では千方どの、その手はずで間違いないであろうか」


 ニコニコと笑顔で確認するのは鍋島直茂である。


「は、間違いございませぬ。もともとくすぶっていた火種にて、暴発するのは時間の問題かと」


 そう答えるのは小佐々家中情報省の大臣、ではなく藤原千方景親であった。二人共笑顔で談笑している。傍から見ると二十代半ばと三十代半ばの青年が世間話をしているようにしか見えない。


 直茂も景親も、小佐々家の古参に近い。


 直茂は肥前における最後の強敵となった龍造寺隆信の右腕であったが、主家の龍造寺家が小佐々家に敗退すると純家(政家)を擁立し、存続と発展につくしてきた。


 景親は純正が小佐々家の家督を継承し弾正大弼となる前の、沢森政忠の時代より情報戦にて純正を支え、情報省のトップとして小佐々家中を支える千方景延の嫡男である。


 二人とも幕末の海軍士官のような出で立ちだが、もちろん軍属ではない。イメージでいうところの背広組だが、階級章はついていないので、軍属でない事はすぐにわかる。


「お二人とも、こちらにいらっしゃったのですか。昼食の時間が過ぎてしまいます。後でご用意する事もできますが、お時間をいただきます」


 士官室係の水兵が呼びにきた。


「ああ、すまないね。すぐに行くよ。千方どの、今日は一緒にいかがか」


「そうですね、たまにはいいかもしれません。ご相伴にあずかります」。


 そう言って二人は、笑いながら何事もなかったかのように士官食堂へ向かった。

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