第347話 戦国九州のポツダム宣言とヤルタ会談??

 永禄十二年(1569) 十月十九日 巳一つ刻(0900) 紫波州崎村(宮崎市折生迫) 


 洋室、洋間がある城は、おそらく諫早城だけであろう。もしかすると岐阜城にもあったかもしれないが、知る由もない。


 種子島城にはもちろん洋室はないが、諫早城と艦内は洋室である。紫波州崎村の紫波州崎城は、純正には堅苦しさを感じさせた。


 九州をほぼ統一し、残るは南方と四国であった純正には、何も問題はなかった。

 

 島津の国力を、石高基準で三分の一、十四万石程度に削ることで肥薩戦役は一応の終焉をみた。島津側は当然全面的に納得はしなかったであろう。


 今後小さな小競り合いが発生するかもしれないが、それなら小佐々としては実力行使するしかない。


 どの道、三州守護を大義名分にしても、島津はその後に北上してくるのだ。対決が早まっただけに過ぎない。


 三国守護の地位を保全し、それを脅かす存在を、脅威でなくしてやるというのだから、否定すればただの私利私欲で戦をしてきた事になる。


 屁理屈かもしれないが、純正にしてみれば、久々に筑前仕置と同じくらいの理詰めである。同時に朝廷と幕府に根回しをして、今回の決定に介入されないようにする。


 後々、義弘あたりが家久と組んで国人をあおって何かを企むかもしれないからだ。もちろん、事前に国人を懐柔して、小佐々に背くのは愚策だとわからせる。


 残った課題は、三国同盟の体をなさなかった、伊東・相良・肝付の三家である。


 同盟の戦略の大前提は、島津を包囲して選択肢をなくし、徐々に勢力を削って行くことであった。いわば広域にわたる兵糧攻めとでも言おうか。


 しかし、肝付は裏をつかれ敗退し、相良は退却、そして伊東は目も当てられない大敗北を喫した。これが純正が介入を決意した理由である。


 任せておいては島津の勢力が拡大してしまうからだ。


 で、あるから島津の降伏に、三者はまったくと言っていいほど貢献していない。したがって、島津の割譲する領地はすべて小佐々が領する事になる。


 少なくとも純正はそう考えていた。

 

 島津直轄地以外である他の国人の取り分を半分としても、十五万石はある。


 半分は多すぎるので、三分の一ないし四分の一以下にするつもりだが、そうすると、二十万石から二十五万石はある。


 また、長引く相良との同盟関係。純正はどうでもいいと考えていたが、伊東と肝付の手前はっきりさせねばならなかった。


 伊東にしても肝付にしても相良にしても、小佐々の盟友たり得ない。今の小佐々家にとって、純然たる同盟関係にあるのは織田家だけだ。


 毛利はただの不可侵であり、長宗我部とは同盟というよりも停戦の状態が続いているという方が正しい。


 上方から三好を討てとの勅命が来ているが、島津を理由に先延ばしにしてきた。


 ゆえに長宗我部が前面にたって戦をしているわけだが、小佐々の支援があっても母体の長宗我部が弱いので、小競り合い程度しかおきない。


 まともに戦っても勝てるわけがない。


 しかし、島津の仕置が終わった今、せっつかれる事は間違いないだろう。純正の頭には嫌な予想しか思い浮かばない。 


「初めて御意を得まする、日向の守護、伊東修理亮祐青と申しまする。弾正大弼純正殿の威勢、心より畏敬しており候。しかしながら、こたびの失態、誠にお詫び申し上げ候。当家も古来よりの歴史と名誉を有しており候。故に、同等の立場で共に進む所存でござる」


 伊東祐青のあいさつであるが、「日向守護」という文言に、純正の表情が曇ったのを誰もが認めた。


「お初にお目にかかります、相良修理大夫義陽にございます。昔日の盟約、変わらぬ誠意をもって奉じておりまする。北天草の件、心よりお詫び申し上げ候。鉱山資源も拠り所として、今後の信義を願う次第でござります」


 北天草の件とは、以前相良と不可侵条約と通商条約を結ぶ際に問題となった、北天草の国人の離反の件である。


 島津の侵攻に対し相良は頼りなし、と考えた北天草の国人が小佐々に鞍替えしたのだ。確かに、義陽の失政にて国人の信を失い離反を招いた事は、迷惑をかけた事にならなくもない。


 しかし純正にしてみれば、労せずして国人衆が味方についたのだ。感謝はあっても咎める理由はない。


 しかし、それを理由に『小佐々の責任は問わないから、対等な条約、同盟を結べ』というのはいただけなかった。国力差は圧倒的だったからだ。大友を降伏させる前とは言え、それほど差があった。


 それでも純正が調印したのは、鉱山資源の件と北天草の件があったからだ。しかし、今となってはその価値はないに等しい。


 小佐々との交易は、相良に十分すぎるほどの利益をもたらした。


 これ以上、対等同盟を結ぶ意味は小佐々にないのだ。そう考えて純正の口元に笑みがこぼれた。


「初めて御目にかかりまする、肝付佐馬頭良兼と申し候。志布志における敗退、心より恥じ入り候。弾正大弼殿の助力には深く感謝申し上げまする。その恩をどう返すか日夜思案の上におりまするが、共に、後日においても手を取り合いたく存じまする」


 三家の中では、一番マシだな、と純正は思った。


 しかしそれが対等な盟約につながる訳ではない。そして島津の脅威が去った今、小佐々にとって九州での同盟相手は必要ない。


 もし、五分の盟約を結ぶのであれば、平伏などはしない。一定の敬意は示すだろうが、一般的には格下が格上に対して行う行為である。


 そして今回の会談では全員が平伏している。それぞれ口上の内容に違いはあっても、格下だという認識はあるのだろう。


「弾正大弼である。苦しゅうない、面を上げよ」

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