第336話 肥薩戦争③織田の観戦武官とただの射撃目標

 十月九日 巳の四つ刻(1030) 種子島


 城内の士官の慰問を行い、城下の看護所へ向かう。負傷した下士官や兵達にも声をかける。中には声をかけている途中で息絶えた者もいた。


 戦争とは、こうなのだ。胸が締め付けられる思いだが、やはり、こればかりはどうにもならない。


 葛ノ峠の戦いで叔父三人を喪い、塩田津の湊では純正にとって第二の親のような、内海丹波と福田政道の両名を喪った。


 去年の大友戦役では筑紫惟門、高橋鑑種、立花鑑載を喪っている。


 幼い純正の頭をたたいていた叔父達の笑顔や、福田や丹波の豪快に笑う声、未熟な主君を支え、懸命に戦ってくれた人達の真剣な眼差しが思い出される。


 戦なのだ。


 そう気持ちを引き締め、旗艦金剛丸に戻る。旗艦では艦隊司令の姉川惟安少将が、艦長に声をかけながら出港準備をしている。


 ホー……ヒー……ホー……。

 

 舷門送迎の音が鳴り、乗艦する。


「戦闘旗を掲げよ」


 純正は惟安にそう短く伝え、辺りを見回す。みなキビキビと出港の準備をしている。


 やがてメインマストに掲げられた小佐々家の七つ割平四つ目の家紋の旗の下に、通常は艦尾に掲げられている軍艦旗が掲げられ、戦闘旗となる。


「惟安、これから出て、薩摩まで行けるか?」


 事前に風向きは聞いていたが、今は昼である。日没までに帰れるか聞いたのだ。


「は、現在東の風二十二ノットなれば、半刻で佐多岬沖に着くでしょう。禰寝湊へはさらに四半刻ほどかと。内城まではさらに一刻と四半刻。湾内をぐるっとまわっても、日没までには屋久島の宮ノ浦の湊、最悪でも竹島か硫黄島沖に錨泊できます」


 うむ、と純正は短くうなずき、指示をだす。


「準備でき次第出港用意、四半刻でできるな?」


 ははっ、と惟安の返事が響く。小佐々海軍の軍艦は、初期のものは露天であったが、今回の新造ガレオンから簡易的な艦橋構造物となっている。


 敵の射程外から艦砲にての攻撃を想定している軍艦だが、まだ白兵戦や鉄砲などの銃火器での戦闘がなくなったわけではない。防護目的でつくられたのだ。


 パパラパン! パパラパン! パパラパンパ・パンパパ~ン!


「出港用~意!」


 勇ましい出港ラッパと号令のあと、次々に艦が岸壁から離れていく。岸壁には休んでいろと命じたにもかかわらず、伝右衛門他数名の将官が、岸壁に立って敬礼している。


 登檣礼とうしょうれいが終わり、双眼鏡を使わないとわからないくらい離れても、まだ岸壁にいた。無念をはらしてくれ、そういいたげであった。


「いよいよですね」

 

 高揚感で、少しうわずったような声が聞こえた。純正はゆっくり後ろを振り返る。


「なんばしよっとか(何やってんだ)?」


 信忠である。信忠以下二十五名は、信長の意向もあり、観戦武官として陸戦もしくは海戦をみる事になった。純正はなんども断ったが、二十五人全員の圧には耐えられなかった。


 今の純正なら一蹴していただろうが、やってしまった事を後悔しても仕方がない。


 念のため、連盟で血判を押した念書を作成した。


 戦死したとしても、一切小佐々側は責任をとらない事、戦死いかんに関わらず、この観戦武官として起きうる事故の一切は織田側にあることなどだ。


 三通をつくり、留学生代表として信忠、そして信長にも送った。


「なんばしよっとかって! (なにやってんだ!)」


 あまりの声の大きさと純正の形相に、直立不動である。


「はい! 観戦武官として、ご挨拶を兼ねてお伺いしました!」


「そんなことはわかっている! なんで勝手にここに入ってきたのか、と聞いている!」


 さらに信忠は体をこわばらせる。


「は! 申し訳ありません。『留学生、織田勘九郎入ります』と伝えました!」


「声が小さい! それに返事もしとらん!」


 純正の鬼の形相に信忠は後ずさり、平伏して、申し訳ございません! と叫んだ。


「物見か! 何のための道行きだ!」

(遊びに来たのか! 旅行のつもりか!)


「いえ、とんでもありません!」


「よいか、そなたらは弾正忠殿のはからいでここにおる、士官待遇だ。しかし! たとえ二等水兵からであっても、命令は聞かねばならんぞ!」


 はい! と返事をし、純正の『立て』という命令で立ち上がる。


 そして純正は、基本的になにもするな、と命じた。よほどの事がない限り、素人にちょろちょろされては困るからだ。人の生死に関わる事である。


 半刻(1時間)で佐多岬が目に入ってきた。総員に戦闘配備をかけ、警戒を厳にする。予想通りの風だ。ほどなく禰寝の湊の南側にある、丸峯岬沖に到達した。


 山頂には禰寝の支城である瀬脇城が視認できる。禰寝の湊はまだ見えない。


「右砲戦用意!」

 

 純正が指示を出し、司令以下が復唱して伝達される。


「右城郭まで、フタフタテンマルマル(22.00町・2.4km)」


 測距手が距離を測り、砲術長が仰角を計算する。


「撃ちー方始めー!」


「仰角十二、(撃)てー!」


 爆音とともに右舷の大砲が発射される。が、届かない。風が向かい風に近い。


「修正十五度、(撃)て~!」


 仰角を上げて、命中した。風速、風向、仰角、炸薬量などを記録する。


 旗艦の砲撃に合わせて二番艦、三番艦と次々に発射する。その轟音に、信忠をはじめとして留学生は身動きができない。


 もちろんせまい艦橋内には全員入り切らないので、二十人ほどは上甲板で邪魔にならないようにしている。


 双眼鏡で天守らしい構造物の破壊を確認したら、純正は攻撃中止、前進して禰寝の湊を目指した。

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