第335話 肥薩戦争②島津家の野望と小佐々純正の決心
十月七日 酉四つ刻(1830) 大隅(鹿児島) 種子島
純正は念のため、天草から南下して、
そして自身は艦隊を率いて南下を選択したのだ。
案の定、佐伯経由の通信が早かった。七日早朝に出港した船は、なんとか日没に間に合って種子島に到着した。
『発 総司令部 宛 種子島分遣隊 秘メ 支援要請ヲ認メル 艦隊ニテ 輸送 移送ノ 支援ヲ 行ナウベシ 秘メ ◯六 酉三(1800)』
しかし、そのときにはすでに陸海軍ならびに種子島勢は、出港したあとであった。
内容において現在の軍事行動と差異はなかったが、島に残っていた当直士官は、念のため志布志に伝令船を送った。
■十月八日 巳の三つ刻(1000) 日向(宮崎) 真幸院 太田和利三郎
志布志落城の報を聞き、純正は多方面に手を打った。種子島への伝令であり、相良と伊東への使者、最悪の手段を考えて朝廷や幕府への仲介依頼である。
四国戦役がまだ継続中であり、長宗我部においては織田も含めた五者協議を行った。その上でさらに上奏するのは気が重かったが、念のためである。
事前に根回しをして、いよいよ戦況が悪化するようなら、頼まなければと考えたのだ。現在はまだ、島津と小佐々が直接戦をしている訳ではない。
しかし、それはもう目前に迫った問題であったのだ。
そして、ここ真幸院。
事ここに至っては、島津と会って話をするしかない。おそらく、というかほぼ間違いなく、大隅併合と日向侵攻を考えているだろう。
陸路と海路、どちらで利三郎を真幸院へ向かわせるか殿は迷っていたが、結局海路を併用する道を選んだのだ。
相良の領地まで街道がコンクリート舗装され、伝馬宿が設けられていれば陸路の方が早かったであろう。しかし宇土までしか整備されていなかったのだ。
そのため、そこから普通の馬でいくと、あと一日はかかったであろう。
今回選んだのは種子島からの信号を受信した戸石の湊まで馬で行き、そこから海路にて天草、さらに海路で水俣まで向かい、真幸院まで馬で向かう手段だ。
海路は帆船ではなく、漕船を使った。内海で風も予想できなかったため、まだ安定して速度のでる漕船にしたのだ。さて、島津はどう出るだろうか。
「修理大夫様におかれましてはご健勝のほど、お慶び申し上げます。はじめてご尊顔を拝したてまつりまする、小佐々弾正大弼様が家臣、太田和利三郎直政にございます」
利三郎は平伏して口上を述べる。
「修理大夫である。苦しゅうない、面を上げよ」
はは、とゆっくりと利三郎は顔をあげる。
正面の上座に義久、右手に義弘、左手に歳久がいる。三人とも圧がすごい。殺気というか、殺気をなにかでくるまって、わからないようにしているようだ。
「さて、見当はつくが、別にわしの健康は喜びでもなく、ご尊顔でもなかろう」
皮肉交じりに義久が言うと、二人もふふふ、と笑う。当然心からの笑いではない。利三郎はまさに、敵地にいると実感をする。
平時の外交や戦争終結に向けての交渉は何度もある。しかし、直接宣戦布告をして戦争に突入する前に、仮想敵国の当主とあうのは初めてである。
「とんでもないことです。されば申し上げます。こたびは修理大夫様のお心の内をお伺いしたく、まかりこしました」
「心の内、じゃと」
「は、されば島津御家中は今、薩摩大隅、そして日向と戦をしております。また、この有り様では、おそらく大膳大夫様も退けられたと存じます」
うむ、と義久が静かにうなずく。
「大隅では河内守様の領土も攻め取らんとしておりますが、いつまで、どこまで考えておられるのでしょうか」
義久は笑みを浮かべ、義弘と歳久を見て答える。
「どこまでとは、最後までじゃ。余は三州守護である。わが島津家は鎌倉の御代、源頼朝公より薩摩、大隅、日向の三国を家祖忠久公が賜り以後、領してきた」
利三郎は黙って聞いている。
「すなわち伊東や肝付などは、わが家臣筋なのである。家臣筋が守護だなんだのと、呆れて物が言えぬ。ゆえに成敗しているにすぎぬのだ」。
義弘と歳久は、さもありなん、という顔をしている。
「では、この戦、おやめになる気はないと?」
「わかりきった事を聞くでない。止める必要もなければ、理由もない。そしてそのつもりもない」。
左右の二人は変わらぬ反応である。
「では、その後はどうするのですか」
義久の表情がピクリと止まる。
「その後、か。あるべき姿に戻った後のことであるな。その時になってみぬと分からぬが、時に弾正大弼殿は種子島や琉球に、いろいろと手を出されておろう?」
利三郎に、なんらやましいことはない。
「はい、それがどうされましたか?」
「うん、種子島にしても琉球にしても、古くからわが島津家が門戸となっておったからの」
「手を引け、と?」
「そうは言っておらん。だからその時になってみんとわからん、と申したではないか」
利三郎は深く息を吸い込み、ゆっくりと話した。
「では、琉球にしても種子島にしても、今後わが小佐々と思惑が違い、利害が対立する事があれば、戦も辞さぬという事でしょうか」
義久は黙っていたが、やがて話しだした。
「結果的にそうなれば、残念ながら、致し方なかろう」
利三郎が目をつぶり、遺憾の意を表しながらも考え込んでいると、ドタドタと廊下を走る音が聞こえ、謁見の間に家臣が走り込んできた。
「何事じゃ、騒がしい」
義久はそうたしなめるが、家臣の言葉を聞いて顔色が変わった。……変わったのだが、深刻な表情ではない。
「いかがされましたか」
利三郎は少し顔をしかめて不思議そうに聞く。
「利三郎とやら、いろいろと考えているようだが、始まったぞ」
「? 一体何が始まったのでしょうか」
「その方らの軍船と、わが軍が戦となった。それゆえ、話すことはなくなった。お引取り願おう」。
利三郎は状況を整理しようとしたが、島津側は慌てることもなく、利三郎を退座させようとする。
「お待ちください。何かの間違いでは? ありえませぬ。本当に、本当にそれでよろしいのですか!? わが小佐々と戦をなさるのですか」
なんとか話をまとめようとする利三郎であったが、島津側の態度は変わらなかった。城内から出ざるを得なくなり、成果もなく帰ることとなった。
■十月九日 巳の一つ刻(0900) 大隅(鹿児島) 種子島 赤尾木の湊
純正が率いるのは新鋭軍艦の旗艦金剛丸、準旗艦古鷹、加古、汎用軍艦天龍、龍田、汎用キャラベル白露、夕凪、初春の八隻である。
停泊していた屋久島の宮ノ浦を出港し、赤尾木の湊が目に入ったとたん、その異様な光景を目にしたのだ。
いったいどういう事なのだ? 純正は目を疑った。
湊には無惨に帆を破壊された種子島分遣隊の旗艦陽炎と島風、そして損傷をうけつつもなんとか航行が可能な三隻が無惨な姿をさらしていた。
それがあまりにも衝撃的で、入港してすぐに赤尾木城へ向かった。湊には人だかりができており、けが人やそれを治療する人達や野次馬でごったがえしていた。
「何があった!? 大丈夫か」
城内に入った純正は、あいさつも簡単にすませ、城代として詰めていた上妻家続に話を聞く。そして負傷兵がいる間へ急いで向かった。
「伝右衛門、大事ないか? いかがしたのだ、詳しく話せ」
頭に布を巻き、左腕に添え木をして布で固定をしていた佐々伝右衛門が、起き上がって答えようとする。部屋の中には二十人ほどの負傷兵がいる。
城内にいるのは指揮官、士官級で、水兵は城下の救護所にいるようだ。
「申し訳ありません。してやられました。志布志へ陸軍兵を輸送した後、われら海軍はすることがありません。志布志はどの城も大砲の射程外でした」。
純正はゆっくりでいい、といい気を遣いながら話を聞き続けた。
「そこで、一旦南下して薩摩の錦江湾に入ってやろうと考えたのです」
「艦砲射撃か」
「はいそうです。そしてゆっくり南から湾内へ入っていきました。それがしが油断したせいにございます。申し訳ありません」。
「謝らずとも良い。それで、どうなったのだ」
「はい、錦江湾の西岸にそって北上していました。大砲の射程に城が入れば攻撃しようと考えていたのです。そうして内城が見えるところまで進んだんですが、大砲の射程外でした」
伝右衛門は続ける。
「さすがに旧式のフランキ砲では、仰角を上げて追い風だったとしても七町から八町です。諦めて帰ろうとしたときです。やつらが、撃ってきたのです」
撃ってきた?
純正は聞き返した。まさかとは思いながら、うすうす感じていた嫌な予感が当たったのだ。
「一発や二発ではありません。ゆうに二十から三十発は撃ってきました。もちろんわれらも応戦しましたが、何分不意打ちにて、旗艦のマストをやられました」
伝右衛門は怒りと情けなさで表情が暗い。
「やがて防戦一方になり、退却いたしました。不甲斐ない限りです」。
「あいわかった。ゆっくり休むがいい」。
純正は伝右衛門にねぎらいの言葉をかけ、心に決めた。
(ああ、もう面倒くさい。いろいろとやってきたけど、結局俺が甘ちゃんなばかりに、皆が余計な被害を受ける。利三郎が真幸院にいるが、この件はまだ知らないだろう。知っていたとしても俺の考えは変わらん)。
ぶち殺す。
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